第39話
「そうですか……ハク様とキリコ様が……」
里に戻ったササから連絡を受けた山荘の主人セリーヌは、何か思いついたように
「では、ハク様の事は、私の知り合いに伝えておきます。何かあれば連絡致しますね」
「すみません。セリーヌ様にご迷惑かけて……」
「そんな事はありませんよ。それに、私も気になりますから」
白蛇通信が終わってセリーヌは、侍女のマリーナを呼んだ。
「マリーナ、悪いのだけどミリーナに連絡を入れてくれますか? ハク様が、オーリア国の王都に向かったらしいのです。追われる身なので心配です」
「わかりました。ミリーナに連絡を入れておきます」
「お願いします」
セリーヌは、夢見の能力で未来の出来事を体験できるが、この件については知らなかったらしい。
「ハク様……未来は、行動で変えてしまう事も出来るのですよ……」
不安に思いながらセリーヌは、窓から空に浮かぶ雲を見つめていた。
◇◇◇
「グ〜〜スピ〜〜グ〜〜」
「おい、キリコ。起きろ! 」
おんぶされたまま寝てしまっているチビキリコは、小さくなったとはいえ、力が抜けている分、重かった。
「キリコ、メシにするぞ」
「……う〜〜ん」
ハクの背中におんぶされ、振動が心地よかったのか、チビキリコは、中々起きてくれない。
ハクは、森で捕まえた雉のような鳥を、チビキリコをおんぶしたまま捌く。降ろそうとしても、ハクの前側でしっかり結んだ手が解れず、外せない。
「面倒な奴だ」
「呼んだ? 」
「何だ、起きてたのか? 降りてくれないか? メシの用意がしずらい」
「やだ」
「チビは、メシ抜きだ」
「わかった。降りる」
捌き終わった肉を、木に刺して串焼きにし、出来上がったものをキリコに渡す。
「ほらっ」
「うん、まぁまぁ、でも、塩気が足りない」
そんな事を言いながら美味しそうに食べているキリコにハクは、
「……何でついてきた? 」
「ふぬ? わからない? 」
「あぁ、全く」
「ハクは、強い。けど、弱すぎる。以上」
「そうか……」
キリコの言いたい事は何となく理解していた。ハク自身、己を強いと思っていない。消す事しかできないハンパ者としか思っていないからだ。
この世界に名を轟かす化物ヒュドラが、何故、自分を気にするのか、理解できなかった。
「街に行くのは、ルルの為? 」
「それだけではないがな……」
「ふ〜〜ん」
「食ったら行くぞ」
キリコに自分の気持ちを見透かされる、と思ったハクは、それ以上の事を語らなかった。
ハク達は、再び王都に向かう。
◇
陽が傾いてきた。
ハクは、夜を過ごせそうな場所を探す。
周りは草原で適当な場所がなさそうだ。
こういう場所で寝ると、夜露で朝には、濡れてしまう。
もう少し先に進み、
「キリコ、今日は、この辺りで寝るぞ」
「う〜〜ん。ここは、ダメ。初めては、夜景の見える場所がいい」
「…………」
「どうしたの? 」
「いいや……」
周囲を見渡すと、少し先の方に明かりが見える。
「あそこに村があるようだ」
「そう、屋根があるところの方が服が濡れなくてすむ」
「行ってみるか……」
ハクは、出来るだけ人目を避けたがったが、キリコがいたのでは、そうもいかなそうだ。
ハクは、その明かりを頼りに進むと、
「村ではなさそうだな」
「村だよ。ゴブリンの」
そこは、魔物の村だった。二足歩行をするゴブリンは、人間と同じ習性を持つ。群で行動し、狩をする。しかし、狩の標的は人間だ。
「あいつら、何をしているんだ? 」
「捕まえた人間を火であぶり、食らうつもり」
ハクは、見間違えかと思ったが、木に縛られ、その木の下に火をつける薪をくべてるところだ。
関わらず、先に進もうと思っていたが、木に縛られていたのは、女の子だった。随分泣いたのだろう、もう、今は、諦めたようすで目が死んだように虚ろになっている。
ゴブリン達が、火がついた松明で少女の下にある薪に火をつけた。
ハクは、手を翳し、その炎を消した。
ゴブリン達が、不思議そうに何かを話している。
「助けるの? 」
「寝床の確保のついでだ」
「そう」
ハクとチビキリコは 、草陰から乗り出し、騒いでいるゴブリンの元に行く。
ゴブリンは、手に剣や槍を持ち、交戦の体制を取りはじめた。
ハクは手を翳そうとすると
「私がやる」
チビキリコは、そう言うと口から霧を吐き出した。
「その霧は、毒か? 」
「違う。眠らせるだけ」
ハクは、木に縛られていた少女を気にしたらしい。キリコもそれを心得ているようで、睡眠作用のある霧にしたようだ。
霧はあっという間にゴブリンの村を包む。ゴブリン達は、その霧に触れ、その場に倒れ込んだ。
「終わった」
「そうか……キリコ、ゴブリンを一ヶ所に集めてくれ」
「えっ〜〜面倒」
「後で、美味いものご馳走してやる」
「仕方がない」
ハクとチビキリコは、村に入り、女の子の拘束を解き、下に降ろした。キリコは、ゴブリン達を一ヶ所に集めている。チビとはいえ、ゴブリン程度を抱える力は、余裕であるようだ。
建物の中にいたゴブリンを含め、30体前後はいたようだ。キリコは、面倒くさそうに、ゴブリンを投げ飛ばしていた。
少女は、寝てしまったようだ。その方が良いとハクは、思っていた。
「ハク、終わった」
そこには、ゴブリンの山ができていた。
「こいつらは、何故人間を襲うんだ? 」
「繁殖の為と、食事の為」
「そうか、じゃあ、遠慮はいらないな」
ハクは、そのゴブリンの山に手を翳して、消してしまった。
そこには、もう、何も無かった。
「ハクは、掃除屋になればいい。綺麗になる」
「考えておく」
2人は、少女を連れて、この村で一番良さそうな建物の中に入った。
◇
ここは、元は、人の村だったようだ。ゴブリンが村を襲い、そして、代わりに住んでいたらしい。
「他の村人は、殺されたのか? 」
「多分、そう」
「あの子は最後の生き残りって事か」
「それは、わからない」
「この国の人間は何してんだ? 」
「他の者がどうなろうが知った事ではない。自分が生きるので精一杯」
「まぁ、確かにな……」
建物の中で、寝られそうなところに女の子を寝かせ、ハクは、家の中を見渡した。
「うぬ? 」
ハクは、奥の部屋に何か気配を感じた。
「まだ、誰かいるようだ」
「そうなの? 霧張る? 」
「いや、いい」
ハクは、その奥の部屋に行った。物が散乱してお世辞にも綺麗とは、言えない。
奥のほうに、割と大きな箱があり、気配はそこからしている。
ハクは、躊躇いもせずその箱を開ける。中には、口と手足を縛られたおっさんがいた。
「何してる? こんなところで」
ハクは、そのおっさんの拘束を解いた。
「娘は? シズは、無事ですか? 」
おっさんは、開口1番に娘の心配をし出した。きっと、ゴブリンに食われそうになっていた女の子だろう。
「おっさんの娘かどうかわからないが女の子ならあっちで寝てるよ」
そのおっさんは、寝ている女の子のところに行き、
「シズーー! シズーー! 」
「魔法で寝ちまったから、すぐには起きないぞ」
「すみません。助けていただいたのに、お礼も言わず」
「構わない。ついでだ」
「私は、王都で商いをしておりますハデスと言います。娘共々助けて下さいましてありがとうございます」
「王都? この村の者ではないのか? 」
「この村には、商いに来ました。まさか、ゴブリンの住処になっているとは……」
「そうか」
「この村では、ポーションの材料、ユズリ草が採れるのです。今、王都では、ポーションが品薄になってまして」
「それで、巻き込まれたのか」
「はい」
「ハク」
キリコは、どこかに出かけていたようだ。
「外に出てたのか? 」
「周りに霧を撒いてた。これで、誰が来ても探知できる。で、誰? 」
キリコは、商人ハデスを見て尋ねる。
「その女の子のお父さんだ。奥の部屋の箱の中にいた」
「そう。明日の夕食にするつもりだったのね」
「それは、知らん」
「そのお嬢さんは、娘さんですか? 」
「いや、違う。ただの旅に連れだ
「そうなのですか、こんな幼いのに旅をされているのですか……」
ハデスは、キリコを見て自分の娘と比べたらしい。旅暮らしが不憫に思えたようだ。
「もう、寝るか? 」
「ハク、美味しいものを食べさせてくれると約束した」
「街に着いたらな」
「もし、王都に行かれるのなら、是非、私にご馳走させて下さい」
「ハク、ご馳走だって」
「はい。助けて頂いたお礼です。是非とも〜〜」
「わかった」
返事をしないとしつこそうだ。ハクは、面倒くさそうに返事をした。
◇◇◇
レイフル国王宮前広場では、謎の剣士ライゼン=ハーバーとシュベルトの指揮下に配置された高校生達の出陣式が行われていた。
レオナルド第1王子をはじめ、第1王女の近衛隊も列席している。
出陣の鐘が鳴り、列席者や街の人達に見送られ、佐伯 優也達は、馬車に乗り込み出陣した。
その頃、時を同じくして、イリサス教会本部でも、ユリシーナ第2王女をはじめ、キャサリンと高校生達は、オーリア国に向けて出発した。
それぞれの運命を乗せて……




