第34話
「うっ……重い……」
ハクが目覚めると、また、キリコがハクの上に乗っていた。
昨夜、部屋に戻ったあと、ハクはすぐに寝てしまったようだ。
「おい、キリコ。起きろ! 」
「……むにゃ……スピ〜〜……ス〜〜……」
「…………」
キリコは、起きそうもない。ハクは、殴ろうかと思ったが、キリコの重さで手が痺れて動かせない。
そこへササが、慌ててハクの部屋に入ってきた。
「ハクさん、大変です。起きて……はっ! 何してるんですかーー! 」
「ササ、こいつをどけてくれ」
「も、もしかして、また、キリコ様が、寝ぼけてハクさんのところに? でも、何で裸何ですかーー! 」
「知らん。目が覚めたら、こいつがいた」
「ふぅ、そうでしたか……じゃない。大変なんです。凛さんが、凛さんがーー! 」
ササが騒いでいたので、キリコも目を覚ましたようだ。
「うぬ……バク? 」
「…………」
「キリコ様も起きて服を着て下さい。大変なんです。凛さんがーー! 」
「金髪ちゃんがどうかした? 」
「子供が産まれたんですーー! 」
『えっ!? 』
ササがどうしても来てくれと言うので、ハクとキリコは、凛の部屋に行く。
「もう、産める年だろう? 子供ができてもおかしくない」
「人間の子供。ミルクの匂いがして美味しそう……」
「キリコ、変な事言うなよ」
「ハクこそ、無関心を装うのは見苦しい」
「2人とも驚かないで下さいよ。今、ドア開けますから」
「ササ、ミルクをあげてるかも知れない。いきなりは……」
「♪ ミルク、ミルク」
『ピュルルルル』
ササがドアを開けると、聞きなれない泣き声が聞こえてきた。でも、その姿を見て2人は納得する。
「あっ、ハクさん……産まれちゃいました……」
「その、ハクさんが父親みたいな言い方やめた方がいいと思うよ」
「そんなわけないでしょう! このエロメガネ! 」
「もう、2人ともやめなよ〜〜赤ちゃんが見てるでしょう? 」
『…………』
「これは、どうしたんだ? 」
「あの〜〜山で拾った卵を抱いて寝たら、産まれちゃいました……」
「拾った? こいつをか? 」
「はい…………」
ハク達の目の前には、あの邪龍の赤ん坊がいた。しかも、邪龍とは違い、羽根が生えているドラゴンだ。
「これは、珍しい。妖精龍とのハーフだ」
「キリコ、その妖精龍って何だ? 」
「妖精族の里の神とされているのが妖精龍。邪龍の奴、サカリがついてその妖精龍をレイプしたようだ」
「邪龍はメスじゃないのか? 」
「サカリのついたオス。きっと、卵の1つを引き取った。つまり、レイプして無理やり孕ませ、すぐ、三行半を下され離婚した」
「そうなんですか? 」
「そう。きっと卵を引き取る時、ドロドロの愛憎劇があったに違いない」
「そんな、昼ドラみたいな事、あるわけでないと思いますが」
「メガネ君、古今東西、オス、メスの間には、修羅場がつきもの」
ハクは、言いたい事を言っているキリコを無視して、研一に話しかける。
「随分、あいつに懐いているようだが? 」
「多分、それは、刷り込みだと思います。最初に見たものを親と認識する習性みたいなものです」
『ピュルルルル』
その龍の赤ちゃんは、嬉しそうに凛の周りを飛んでいる。
「今は、まだ、人間の赤ちゃんの大きさだが、こいつは、デカくなるんじゃないのか? 」
「もちろん大きくなる。そして、巷のありとあらゆるメスを犯すようになる」
「キリコ様、あの子、メスみたいですけど……」
「じゃあ、この世界のオスの◯◯◯を、」
『ボカッ! 』『痛っ! 』
ハクは、キリコの頭を容赦無く叩く。
「少しは場をわきまえろっ! 」
「ハクこそ、内心では焦ってたくせに」
「煩い! お前は、少し、黙ってろ! 」
『ボカッ! 』『痛っ』
「で、どうするんだ? 」
「私、育てます。もう、名前も決めてるんですからーー! 」
「…………そうか、わかった」
ハクは、凛の真剣な目を見て、そう呟き部屋を出て行ってしまった。
「ハクさんにあんな事言ってしまった〜〜嫌われたかも……」
「違うよ、凛。ハクさんは、そんな人じゃないよ。凛の気持ちを知りたかったんだと思う」
「そうかなぁ……」
「実際、人間にしろ、ペットにしろ、育てる行為は、大変な事だ。責任をもたないといけないしね。その覚悟があるのか、知りたかったんじゃないかな」
「育てるのが面倒になったら、私が食べてあげるから心配ない」
「キリコ様! ダメですよ」
「最近、ササもハクみたいになってきた」
「そうしないとキリコ様の暴走を止められませんから」
「私、ヒュドラなのに……」
キリコも落ち込みながら、部屋を出て行ってしまった。
「ササちゃん。いいの? キリコさんにあんな事言って? 」
「いいんです。ヒュドラ様だからこそ、きちんとしてもらいたいのです」
「ササちゃん。お母さんみたいね。しっかりしてるわ」
手毬は、小さいササが、こんなにもしっかりしている事に、少し、嫉妬してしまった。手毬は、まだ、甘えて生きていたように感じたのかも知れない。
部屋を飛ぶ回っている邪龍と妖精龍のハーフは『ピピ』と名付けられた。
凛をはじめ、そこにいた者は、その無邪気に飛ぶ姿に、癒されるのだった。
◇◇◇
凛の部屋にルルがいないと思っていたら、温泉に入っていたようだ。余程、温泉が気に入ったらしい。後から、キリコも来て一緒に入ったみたいだ。
ハクも、朝風呂に浸かっていた。
「爺さんか、そんなとこにいないで出てきたらどうだ? 」
「今回は、あっさりと見つかってしまいました。うぉほほほ」
「二度目だからな」
そんな事を言うハクにセデスは、湯に浸かるほど頭を思いっきり下げている。
「どうしたんだ? 」
「ハク殿には、どんなに感謝してもしきれません。この度は、お嬢様を救って頂いてありがとう御座います」
「それは、昨日の飯の礼だ。気にするな」
「それでは、このセデス、ご恩をお返しできません」
「面倒な爺さんだ」
「ハク殿こそ」
「そうだ。爺さん、1つ頼み事があるのだが……」
「このセデスにできる事ならなんなりと……」
「実は…………」
「かしこまりました。でも、宜しいのですか? 」
「その方が良い。あのお嬢様にも後で話してみようと思う」
「その方が、お嬢様もお慶びになります」
「良い湯だ……」
「はい……」
2人は、肩まで湯に浸かり、そして目をゆっくり閉じた。
◇
「そうですか……もう、行かれてしまうのですか……」
ハクは、セリーヌの部屋に行き、話をしている。
「先程の件は、了承致しました。でも、よろしいのですか? 」
「あぁ、その方が良い……きっと……」
「かしこまりました。それと、ありがとう御座います。私、練習して、必ず、ハク様の元に駆けつけてますわ。その時は、私の走る姿に見惚れてしまう程に、上手に走れるようになっていますよ」
「その必要はない。元の世界に戻れる情報を仕入れたら、また、ここに寄らせてもらう。温泉もあるしな」
「ハク様、余程、温泉がお気に入りのご様子。わかりました。お待ちしておりますね」
「では、またな」
「はい……」
ハクは、用が済んだのでセリーヌの部屋を出て行こうとすると、
「ハク様! 」
「何か用か? 」
「どうぞ、息災で……」
「わかった。お前……セリーヌもな」
「はい! 」
ハクは、部屋を出て行った。そして、ササ、ルルを連れて、ヒコの転移で屋敷を後にした。
◇◇◇
「何で、何で、何も言わずに行っちゃうのよ〜〜」
「そうだよね……せめて、一言あっても……」
「僕達は、見捨てられたという事か……」
ハク達が、屋敷を出て行ったとセデスに聞いて、凛、手毬、研一は、酷く落ち込んでいた。
すると、セリーヌがやってきて、
「皆様、誤解されてますわ。ハク様は、あなた方を見捨てたり致しません」
「だって〜〜もう、いないじゃん。どこか行っちゃったじゃん」
「そうです。きっと、邪魔になったんだわ」
「実際、僕達は弱いからね。役に立たないし、無理もないかも知れない……」
「何も言わずに出て行った事は、ハク様が無責任だと思います。でも、あなた方をとても心配しておられました。聞くところによると、ハク様は異端者として追われているご様子。追われる身は、危険が伴います。それに、あなた方も、今のままでは、この世界を生き抜く事は難しいと何処かで感じておられたのではないですか? ハク様は、元の世界に戻れる情報を仕入れたら戻ってくると約束して下さいました。それは、あなた達の為では無いのですか? 」
『……………』
執事のセデスは、
「私からもよろしいですか? ハク殿は、あなた方に剣術と魔法を教えて欲しいと、言っておられました。『俺は、消す事しか出来ない』とあなた方に教えたくても教えられないご様子でした。きっと、凛様、手毬様、研一様が強い人物になって欲しいとお考えの事です。旅は、危険が伴います。1人で旅をしても生きていけるくらいの強さを身につけて欲しかったのだと思います」
そして、侍女のマリーナからも
「私からもよろしいですか? ハク様は、あなた方をこの屋敷で雇って欲しいと言われました。この世界の常識などを教えて欲しいとも頼まれました。庶民の生活だけなら、まだしも、貴族の世界は、いろいろな社交儀礼があります。覚えておくにこしたことはありません。いずれ、あなた方は、この世界を背負ってたつ人間になられるでしょう。その時、どこに出ても恥ずかしくない振る舞いが求められます。今のあなた方にそれが、出来ますか? 」
『…………』
セリーヌをはじめ、セデスやマリーナの話す事は、間違っていないと思っているが、感情が追いついていかない様子だ。
「そんなのわかってる。でも、どうして何も言ってくれなかったの? 」
「そうよね……話してくれれば、きちんという事聞いたのに……」
「理解はできる。でも、納得はできない……」
「少し、お考えの時間が必要ですわね。それと、ヒュドラ様からこれを預かりました」
セリーヌの手には、可愛らしい白い蛇がいる。
「この蛇さんは、ヒュドラ様の分身だそうです。話しかけるとヒュドラ様に通じるようです」
「えっ、そうなんですか? 」
「じゃあ、私達、本当に見捨てられた訳じゃないの? 」
「携帯電話のようなものか……」
「話されてみますか? 」
「いいえ。今は、まだ、いいです。私、強くなって、きっとハクさんの方から頼られる人間になります」
「私も……頑張って役にたつ人間になりたいです」
「まぁ、僕は、別に大丈夫ですし……」
少し前向きになってくれた高校生達にセデスは、
「それから、ハク様は、貴方達をビシバシしごいてくれとおっしゃいました。これからは、この家の主人は、セリーヌ様です。そして、貴方達は、執事補助とメイドになってもらいます。よろしいですね」
『えっーー! 』
「えっーーでは、ありません。はい、です」
『はい……』
研一、凛、手毬は、小さく頷きながら返事をした。




