第32話
「何なの? これ? 」
ヒコは、逆さに吊るされた人達を見て、呟く。
「さっきの声は、多分、あの子です。間に合いませんでした……」
ササが、見つめていた先には、小さな女の子が吊るされていた。もう、息が途絶えているようだ。
「酷い事するわネーー」
「ヒコ様っ! 」
ササは、木の上に人の気配を感じた。ヒコも気づいたらしい。
「あんたなの? こんな事したのは? 」
「いや〜〜見つかってしまいましたか、ひゃははは」
出てきたのは、白い装束を着た猿のような小柄な男性だった。
「どうですか? 僕の芸術作品は? 」
「あんまり美味しそうじゃないわネ」
「ひゃははは、これは、予想だにしない返答。参りました」
「はっきり言って、趣味が悪いわネ」
「まぁ、理解出来ないのは、当然の事。それに、そちらの子は、獣人の子ではありませんか? 」
「良くわかったわネ」
「貴女もただの人ではなさそうだ。イリサス教信者でもなさそうですしね」
「イリサス教? そんなの興味ないわ」
「そうですか。でも、こちらも、イリサス教信者でなければ、興味ありませんので、では、また、何処かで会いましょう」
その猿のような小柄な男性は、木々の上を渡り、林の中に消えてしまった。
「良いのですか? 逃しても……」
「だって、美味しくなさそうだもの」
「そうですよね〜〜」
さっきのササの悲鳴が聞こえたのか、この場所に研一達も駆けつけた。
「キャッーー! 」
「何、これ? 」
「酷い仕打ちだ……」
「あんた達も来ちゃったの? あんまり、見ない方がいいわよ」
「そうですが……これは、修道服? もしかして、教会の人達ですか? 」
「わからないわ。興味無いし」
ヒコは、細かい事など気にしないようだ。
「でも、さっきの猿みたいな人、イリサス教の信者でなければ関係無いって言ってましたよ」
「ササちゃん、それ、本当? 」
「はい」
「って事は、この人達は、教会の神父さんや信者さん達って事も考えられる」
「メガネ君、どうかしたの? 」
「いいえ。どの世界にも宗教関係の争いはあるのだな、と思いまして」
「そうネ。神を棚に上げた意地の張り合いってとこかしら」
「でも、このままでは、良くないですよね。降ろしてあげないと……」
「わかったわ。木から遺体を降ろせばいいのネ」
ヒコからフウコに変わったヒュドラは、風魔法を操り、繋がれていた紐を断ち切った。
「これでいいの〜〜? 」
「はい」
研一は、1人暮らし1人調べまわって、生きているものがいないか探したが、無駄だったようだ。
そして、遺体を並べて、そのまま放置した。
土に還してしまったら、もし遺族がいた場合、手がかりが無くなってしまうと判断したようだ。
フウコ以外は、みんな落ち込んで馬車に戻って行った。
◇◇◇
「爺さんの山荘は、もしかして、あれか? 」
「はい、そうで御座います」
それは、山荘と言うにはあまりにも大きな屋敷で、広い庭もあり、色とりどりの花が綺麗に咲いていた。
「お屋敷の間違いじゃないのか? 」
「ハク、凄いよ。水が湧き出てる」
「ルル様、あれは、噴水と申しまして、地下から汲み上げた水を一定の圧力をかけて出したものです」
「喉乾いても、いつでも水が飲めるね」
「あぁ、本当だな」
セデスの案内で、正門から庭に入り、玄関まで来た。すると、中から扉が開いて
「セデス様、一体、何処まで行かれてたのですか? お屋敷を3日も留守にするなんて聞いておりませんよ」
「いや〜〜すまん。実は、山で遭難しかけてのう、こちらの方々に助けてもらいました」
「お客様でしたか、失礼致しました。私は、セリーヌ様の侍女をしておりますマリーナと申します。皆様の事は、セリーヌ様からお伺いしております。どうぞ、中にお入り下さい」
侍女マリーナは、一瞬、ハクの顔を見た。だが、ハクは、その表情を変えない。
「ねぇ、ハク、さっき、この女の人。あたい達が来る事知ってたみたいな言い方したよ」
「そうか? 」
侍女マリーナは、ハク達を家に招き入れる。そこには、玄関の広いホールの中に車椅子の少女がいた。淡いピンク色の長い髪に髪と同じ色の透き通った瞳を持つ、可憐な少女だ。
「お待ちしておりました。私が、この家の主人、セリーヌで御座います。家名は、都合がありまして名乗れませんが、この家での滞在中は、お好きなようにされて結構で御座います。ハク様、ルル様」
「丁寧な挨拶は心得てない。俺は、爺さんがこの屋敷に来れば、温泉に入れるって言ってたので寄っただけだ。入ったら。直ぐ、出て行く」
「そうでしたわね。セデス。ハク様とルル様を浴場にご案内して、それから、セデス。貴方もお入りになって下さい。汚れてましてよ」
「畏まりました。ハク殿、ルル様、こちらで御座います」
ハクとルルは、浴場に案内された。その時、セリーヌの側を通った時に、
「どこかで会ったか? 」
「いいえ。お初にお目にかかります」
「そうか……」
と、小さな声でセリーヌとハクは、短く言葉を交わした。
◇
ハクは、久し振りの風呂に、のんびり浸かっていた。この世界に来て、初めての風呂だ。しかも、温泉となれば、言う事ない。
「ハク〜〜聞こえる〜〜? 外にもお風呂あるよ〜〜」
隣の女性用のお風呂から、ルルのはしゃいでる声が聞こえてきた。
ルルも、お風呂は、初めてなのかも知れない。
「ハク〜〜! ハク〜〜! 」
煩いぐらい大きな声で騒いでるルルだが、ハクの返事がこないのでムキになっているようだ。
「うぉほほほ、元気が良いで御座いますな。ルル様は」
いつのまにか、執事のセデスもいた。ハクは、その気配を感じ無かった。
「いつ、入ってきたんだ? 」
「先程で御座います」
「そうか……」
只者ではないと思っていたハクだが、この得体の知れない爺さんの行動には、驚かされる。
「ルル様、外のお風呂も気持ち良いですぞ。お入りになる事をお勧め致します」
「そうなの〜〜入ってみる〜〜」
「若い方は、元気があってよろしいですなぁ」
「ルルも爺さんには、少し、打ち解けたようだな」
「そうで御座いますか、それなら、宜しいのですが、彼女は、見た所、銀狼族で御座いますね」
「そうらしい。知っているのか? 」
「はい。この世界では、とても珍しい獣人です。それに、満月になると少し、粗相をすると聞いた事があります」
「里では、地下の岩場に隔離されたらしい。今日は、満月か? 」
「いいえ。でも明日の夜は、眠れないかも知れませんね」
「そうか、満月は、明日か……それまで、ここにいるつもりは無い。爺さん達には、迷惑はかけん」
「そうもいきません。そろそろ、お連れの方も来る頃で御座いますし」
「連れ!? ルルなら、そこにいるぞ」
「いいえ。そのお連れではありません。太古の荒神様と白狐族のお嬢様、それに、異世界から来た人達です」
「爺さん、あんた、何者なんだ? 」
「これは、私の力ではありません。セリーヌお嬢様のお力です。セリーヌ様は、夢見を所持しておられます」
「夢見? 」
「先の事を、夢で体験してしまう能力です」
「そうか……それで」
「ご納得頂けましたかな? 」
「爺さんとあそこで、会ったのもあのお嬢様は、知ってたって事か……」
「そう言う事になります」
「まぁ、今はいい。温泉を堪能したい」
「そうでしょう。この湯は、最上の湯ですから」
ハクとセデスは、目を閉じ、ゆっくり肩まで湯に浸かるのだった。




