第31話
ハクの目の前を掠めた剣は、宙を切り裂くシャープな高音だけを残した。
この距離から身を潜めて攻撃できる相手にハクも身構える。
「誰かいるのか? こんなところで何している」
「…………」
ハクが問いかけても、返事は返ってこない。逆ならハクもそうしていただろう。
「俺は、ここに水場があったので汗を流しにきただけだ」
ハクが、そう話すと、草陰から、ノソっと人が出てきた。白髪の身なりの良いお爺さんだった。
良く見ると、足に怪我をしている。それに、何だかフラフラしていた。
「どうした? 怪我か? 」
「先程は、失礼致しました。こんなところで会う人間などおらんと思ってましたので」
「ちょっと、待ってろ」
ハクは、川に行き水を汲んできた。そして、それを爺さんに渡す。
「どうした? 熱もありそうだな? 」
「お恥ずかしい話です。毒蛇に噛まれてしまいましてな……」
「蛇か……わかった」
ハクは、手を翳し、噛まれた場所の傷を消した。そして、全身に及んでいる毒を消し去った。
「これで、動けるはずだ」
「なっ、これは、どういう事で!? 」
その爺さんは何が起きたのか理解できず、ただ、驚いていた。
「体調はどうだ? 」
「え〜〜もう、何ともありません。すっかり良くなりました」
「そいつは良かった。じゃあな」
ハクが、ルルのところに戻ろうとしているので、その爺さんは慌てて
「お待ち下さい。私は、オーリア国のあるお嬢様にお仕えする執事のセデスと申します。命の恩人の貴方に是非とも、お礼を。我が主人のいる山荘にお越し願いたいのですが……」
「必要ない」
「ですが、そちらの獣人のお嬢様も是非、お越し願います」
「爺さんは、獣人は平気なのか? 」
「もちろんです。偏見を持つ者も多いですが、我が主人はそのような事はございません。それに、温泉を直に引いております。とても良い湯です。是非とも、お入りになる事をお勧めします」
「温泉があるのか……」
ハクは、ルルのところに行き、その様子を伺った。
「どうする? ルル? 」
「ハクが行きたいなら別にいい」
「温泉があるらしい。気持ち良い湯だそうだ」
「入りたい……」
「わかった」
「爺さん、俺達は、ルル、この子の事だが、オーリア国にある里に送る途中だ。僅かな時間しかいられないが、湯に入らせてもらおう」
「そうですか、そうですか、それは、良かった。これで、私も主人に怒られなくてすみます」
「爺さんの件とその主人とは関係ないだろう? 」
「そんな事はありません。私の受けた恩は主人が受けたものと同義。また、その逆もしかりです」
「爺さん、面倒なタイプだな」
「ウッホホホ、貴方様こそ面白いお方です」
「俺は、ハク。こいつはルルだ。爺さんの事を見つけたのはこいつだ。まだ、人間に慣れてないがな」
「そうですか。それでは、ルル様。貴女様は、私の命の恩人です。セデスとお呼び下さい。我が、主人と同様にお仕え致しましょう」
「……ルルです」
「これは、可愛らしいお方ですなぁ。我が主人と甲乙付けがたいであります」
「爺さんの主人は、女なのか? 」
「はい。齢16歳のお嬢様で御座います。少し身体が弱いので、山荘に引きこもり、世間と隔絶して暮らしております」
「そうか……」
ハクは、自身が異端者である事によって、この爺さん達に迷惑がかかるのでは? と考えていたが、世間と離れて暮らしているなら、少しの時間なら大丈夫か、と思うようになっていた。
その後、ハク、ルル、そして執事のセデスは、川で捕った魚を食べ空腹を満たした。
「ところで、爺さん、何でこんな山奥にいたんだ? 」
「それは、我がご主人様の為です」
「その主人が山に行けと言ったのか? 」
「とんでも御座いません。あのお方が、そのような事を申す訳がありません。ここには、ワイバーンの肝を手に入れる為です」
「ワイバーンの肝!? 」
「はい。滋養強壮にとても良い薬になります。少し、苦いですが、それが、また、良い、アクセントになって美味しいのです」
「ワイバーンなら、あるぞ」
ハクは、バッグからワイバーンの遺体を取り出した。
「これは、何という事でしょう」
「爺さんにやるよ」
「宜しいのですか? 」
「あぁ、俺達は、結構、肉食ったしな」
「それは、有難い。このセデス、命を助けられたばかりか、食材まで頂けるなどんて光栄に御座います」
「じゃあ、そろそろ行くか? ルル、行けそうか? 」
「うん。あたいは、ゆっくり休んだしね」
「じゃあ、爺さん。行くぞ」
ハクは、ワイバーンを元のバッグにしまい、爺さんと共に山越えをするのだった。
◇◇◇
「おーーっとっとーー」
不慣れな手付きで、馬車を操る研一に、
「もっと、優しい運転をしてよね。危ないじゃない! 」
「そんな事言ったって、昨日教わったばかりなんだ。文句を言うな」
「何だってーー! やる気なの? 」
「もう、凛ったら、やめなよーー。研一君が御者をしてくれてるおかげで、私達、歩かなくてすんでるんだから〜〜」
購入したばかりの馬車で、王都で購入した食材や日用品を積んで、研一達は、ルルの里に向けて出発した。詳しい場所までは、わからないが、ヒコがハクの居場所がわかるので、おおよその見当はついていた。
それに、ハク達も、オーリア国に入っているらしい。
「でも、メガネ君、センスが良いわよ。たった半日でそこまで馬車を扱えるなんてたいしたものだわ」
「それほどでもありませんが、その言葉、誉め言葉としてありがたく受け取っておきます」
「それにしても、凛ちゃん達、剣は買わなかったの? 」
「え〜〜前のがあるから、それで、いいです」
「まだ、使い混んでないわネ」
「私達、生産系や支援系のギフトの持ち主は、攻撃ギフトを持つ人達と違って、鍛錬よりも自分のギフトを使いこなせるように指導されてましたから」
ヒコは、凛達の剣を見ながらそう話した。
「僕は、弓を買ったよ。どうも、剣は無理そうだったのでね」
「そうね〜〜メガネ君には、その方があってるかもネ」
「でも、剣とかこういう武器を持っていなくちゃならないなんて、まだ、信じられないわ」
「手毬ちゃんがいた世界は、そうなのでしょうけど、この世界は、自分の命は自分で守らないと行けないのよ。ある程度は、強くなる必要があるわ」
「そうですよねーー。わかっているんだけど……」
「よっし! 私が、後で、魔法やら剣を教えてあげる。ササもやるのよ」
「私もですか? 」
「獣人の身体能力があっても、それ以上の相手はごまんといるわ。逃げてばかりじゃダメでしょう。それに、強くなれば、誰かを守る事も出来るしネ」
「はい。私、頑張ります! 」
「そうそう、ヤル気が出たみたいなネ」
「じゃあ、次の休憩地で少し練習しましょう」
『は〜〜い』
馬車は、街道を北に向けて走る。北方向には、この国の山々が見えていた。
この街道は、割と馬車が行き交っていた。すれ違う度、研一は、手綱に力が入る。
「結構、馬車が通るわね」
「あの王都は、貿易が盛んだったみたいだし」
「あれ、ササちゃんどうしたの? 」
凛と手毬が話していると、ササの様子が変なので尋ねた。
「さっきから、何か声が聞こえるんですけど、助けて〜〜って」
「そうなの? 」
「どこらへんから? 」
「左側の林の中です」
「私が見てくるわネ。メガネ君、ちょっと、馬車止めて、待ってて」
「私も行きます」
ヒコとササは、そう言うなり、馬車から飛び出して、あっと言う間に、林の中に入って行った。
ヒコとササが向かった林の中には、特に変わった様子は無い。だが、ササは、
「ヒコ様 あっちです」
「ササは、耳が良いわね」
ヒュドラは、自分の縄張り以外は、気配感知が苦手だ。キリコの霧があれば話は別だが……
「わぁーー何あれーー! 」
それを見た途端、ヒコは、思わず声を上げた。
「キャッーー! 」
ササの悲鳴がこだまする。
そこには、木から逆さに吊るされた、幾人もの人の姿があった。




