第30話
ヒコになっているヒュドラは、ササと研一を連れて、馬車を見に来ていた。
旅に必要な日用品や食料は、凛と手毬が買い出しに行っている。
「何で、馬車を買おうと思ったのですか? 」
「だって、荷物が増えたら必要でしょう? それに、二足歩行は疲れるしネ」
「でも、この世界では、高価な物なんじゃないですか? 」
「良くわからないけど、前に、ハクが拾ってきたお金で足りると思うよ」
「拾ってきた? ハクさんが? 」
「そうなんです。私の里の復興にと、持ってきてくれたのですが、里では、人間のお金は必要無いですし、旅に出る時、お父さんから渡されました」
「私も、ササも、こういうのは苦手だから、メガネ君に交渉してもらおうと思ったのよ」
「そうだったのですか。僕のできる範囲でなら協力は惜しまないつもりです」
「よろしくネ〜〜」
というわけで、馬車を扱っている商人のところに、今 来ている。
商人は、研一達の身だしなみを見て、
「ここは、遊び場じゃないんだ。冷やかしはごめんだよ」
そこの店主は、あからさまな態度で、研一達に、話しかけた。
「むっ……まぁ、そう思われるのには、仕方ないかもしれないが、このお嬢様方は、とある国にある大商人のお嬢様達だ。今は、身なりを隠してこうして、諸国の旅し、見聞を広めていらっしゃる。だが、この街に来る途中、馬車が壊れてしまってね。それで、買い求めたいとここにきたのだが……」
研一の説明を聞いて、その亭主は、胡散臭そうに思いながらも、もしかして、という頭が働いたらしい。少し、態度を和らげた。
「まぁ、それなら、見ていっても構わないですけど……」
ヒコと、ササは、珍しそうに馬車を見ている。そして、
「メガネくん、これが良いわ」
ヒコが気に入ったのは、この店で一番豪華な馬車だった。
「店主、あの馬車は、如何程でお譲り出来ますか? 」
「あの馬車は、貴族様の特注品です。お譲りしたくても、受注生産品ですので無理です。それに、とても高価な代物なので……」
「参考までに如何程ですか? 」
「白金貨3枚です」
「ということは、金貨では……」
「300枚になります」
それを聞いた研一は、その値段の高さに驚いた。金貨1枚が、日本で10万円だとすれば、3000万円もする事になる。
「ヒコ様、そちらは、受注生産品らしくお売りできないという話です」
「そうなの〜〜つまらないわ。じゃあ、こっちは」
ヒコが次に向かった馬車は、荷台が大きく、それに、頑丈な作りをしていた。さっきの馬車みたいに綺麗な装飾はされてないが、これも、良い品であるようだ。
「あちらの馬車は? 」
「はい。商人様向けの高級品でして、荷物もたくさん運べるよう作られています」
店主は、お前達に買えるものか、という目つきで見るが、一応、受け答えはしている。
「メガネ君。これにしよう」
「良いのですか? 」
「これなら、荷台で寝られるしネ」
「そうですか。わかりました。店主、そちらの馬車は、おいくらになりますか? 」
「はい。白金貨1枚と大金貨5枚は、頂かないと……」
さっきの半額か……高いな……
「メガネ君。この中から、適当に渡してくれる? 」
ヒコから、大きな布袋を預かった研一は、その中身を見て驚いた。
白金貨や大金貨、それに金貨が溢れそうな程、びっしり入っている。
研一は、出来るだけポーカーフェイスを気取り、
「店主、お嬢様が、これを気に入ったので購入したいと思うが、馬も逃げてしまってね。馬付きで購入したいのだが……」
「馬ですか? このクラスになると2頭は必要になります。うちの牧場で取り揃えることはできますが。そうすると、白金貨2枚は、頂かないと〜〜」
「白金貨2枚か……白金貨1枚と大金貨7枚で手を打ちませんか? 」
「それは、無理です。馬1頭の値段になってしまいます」
「では、大金貨3枚でどうです? 」
「うむ〜〜うちで扱っている馬は、とても優秀な馬です。それでは……」
「そうですか、では、大金貨7枚と金貨5枚出しましょう」
「ぬ〜〜仕方ありませんな……ですが、即金でなければ受け付けませんよ」
「もちろんです。代金は、今、お支払い致します」
研一は、店主に白金貨一枚と大金貨7枚、それに金貨5枚を差し出した。
「おっ、た、確かにありますね。では、馬の用意がありますので、明日までお待ち下さいますか? 明日の午前中には、出発できるよう、用意をしておきますので」
「構いませんが、こちらで購入した、荷物を先に荷台に積んでも構いませんか? 宿屋に置いておくわけにもいきませんし」
「持ち論です。厳重に保管致しますので」
「それは、助かります。ヒコ様、明日までお待ちくださいとの事です。馬の用意もありますし」
「そうなの? まぁ、いいわ。それまで、街を見て回りましょう? ネッ、ササ」
「はい〜〜」
ササは、どうも気後れしているようだ。
「それで、お客様。御者の経験者の方はどちらにいらっしゃるのですか? 明日、早めに来てもらって、馬の説明を致しますので」
御者? そうか……荷馬を操る人物か……困った。誰もいない……
「実は、御者は、馬車が壊れた時、その……事故で……」
「そうだったのですか? それはお気の毒な事で……」
「できれば、私がやりたいと思います。教えてくれるところはありますか? 」
「それでしたら、これから、うちの牧場にご案内致します。お渡しする馬もおりますので」
「それは、助かります。ヒコ様、荷馬の様子を見に行って来ます。ヒコ様達はどうしますか? 」
「馬を見てもつまらないからパス」
「わかりました。私、1人で行ってきます。これは、お返ししときます」
研一は、ヒコから預かったお金の入った袋を返した。そして、店主と一緒に、牧場に出かけて行くのだった。
◇
「ヒコ様、良いのですか? 研一さん1人で行かせて」
「大丈夫なんじゃない? それに、何かしてないと落ち着かない様子だしネ」
「そうでしょうか……」
馬車を買いに行った帰り道、中央の大きな広場に出ると、ベンチがあり、そこに凛と手毬が何かを食べながら座っていた。
「あっ! 凛ちゃん達だ。行こう、ササ」
いきなり、駆け出したヒコにササは、ついてこれない。
「待ってくださ〜〜い」
その声に、凛と手毬が反応した。
「あっ、ヒコさんとササちゃんだ」
「ササちゃん。可愛い。必死に追いかけてる〜〜」
「何、食べてるの? 」
「向こうで買ったお饅頭みたいなお菓子です。みんなの分もありますよ」
ヒコが到着して、すぐに、ササも駆けつけた。少し、息切れしている。
「ササちゃんの分もあるわよ。どうぞ」
「え、いいんですか? 美味しそう」
4人は、ベンチに腰掛け、お饅頭を食べる。中には、かぼちゃを甘く煮た餡が入っていた。
「ところで、外内君は? 」
「馬を見に行ったわよ。馬車を買ったから、その馬をネ」
「そうなんだ〜〜1人でだいじょうぶかな? 」
「あんな、メガネ猿気にすることはないわよ」
「でも、誰も知らないとこで、1人って不安じゃない? 」
「平気よ。あのメガネ猿なら〜〜」
「あっ! ハクだ」
「えっ、どこどこ……」
ヒコの冗談に、凛は、顔を真っ赤ににしていた。
「わかりやすいわネ〜〜これは、強力なライバルが現れたわネ。ササ」
「何で、私に振るんですか〜〜」
「ヒコさん、言っていい冗談があると思います! 」
「凛ちゃんの怒った顔もいけるわネ」
「もう〜〜! 」
「でも、相手がハクじゃネ〜〜」
「どういう事ですか? 」
「手毬ちゃん、あのネ。ハクは、記憶も感情も消したと思ってるのよ。詳しくは、言えないけど、そんな、面倒な奴、お付き合いするの大変でしょう」
「そうなんですか? 何で、ハクさんは、そう思ってるのでしょう? 」
「それ程、忘れたい何かがあったという事ネ。ネッ、面倒でしょう? 」
その話を、凛とササは、聞き耳をたてて聞いていた。
誰もがいろんな事を抱えて生きている。記憶や感情を無くしたい程の出来事って何なのだろう……と凛は思っていた。
◇◇◇
「ハク、その先に、魔獣の匂いがする」
「わかった」
ハクとルルは、連れ添って走り、魔獣を消しながら山道を進む。
凶悪な獣や、魔獣は、ルルが探知し、ハクが消して進んだ。
息がぴったり合った夫婦のようだ。
「あの山を越えれば、オーリア国に入るはず」
「じゃあ、一気に行くぞ」
「うん」
ルルが指差した山まで、まだ、かなりの距離がある。
だが、この2人なら、今日中には、超えられそうだ。
2人は、途中で、休憩を挟みながら、その山を目指した。
昨日のワイバーンの遺体は、ハクの亜空間バッグに収められている。
お腹が空いた時は、その一部を解体して食べていた。
肉は硬く、匂いもキツい肉だが、ハクとルルは、そんな事気にしていなかった。
食べ物は、自分の命を繋ぐ貴重なもの……そういう認識だった。
「ハク、暑い。汗かいた」
「俺もだ」
「どこか、水場で汗を流したい」
「わかった。近場にあるか? 」
「うん。こっちから、水の音がする」
2人が、向かった場所は、行き先とは、遠回りになる方向だが、喉も渇いていたのでちょうど良い。
ルルの後をついて行くと、少し大きな川が流れていた。
魚もいるようだ。
「へ〜〜良いところじゃないか」
ハクがそう言うと、ルルが、口を人差し指を押し付ける素振りをする。「黙って」という合図だ。
「あの草陰に誰かいる。人間の匂いがする」
「こんなところにか? 大丈夫だ。俺が見て来る」
ハクが、ルルの指差した方向に歩いて行く。
すると、いきなり、剣がハクの目の前を掠めた。
その剣は、目に見えないほど、早く鋭かった……。




