第2話
森深くの滝がある場所に、彼は根城を構えている。
確かに、ここでは、水の心配をする事もなく、また、食事も、魚や、水を飲みにくる獣を捕まえれば、困る事は無い。
彼が、この世界に転移してきて、およそ一月の歳月が流れた。
その間、彼は、誰とも接触していない。ただ、狩をして、その日を生きていただけである。
能力『絶無の手』を彼は、それなりに使い慣れてきた。直接手を触れなくても、彼の視界の届く範囲であれば、手を翳し消す事ができる。
また、獲物が来たようだ……
大きな猪のような魔獣だ。目が赤く、牙が異常に大きい。
彼は、その獣に手を翳す。
すると、その獣は急に動かなくなってしまった。
彼は、その獣に近づき、石で作ったナイフで皮を剥ぐ。
不思議な事に血は一滴も流れでない……
彼は、その能力で、この獣の血を消し去ったようだ。
「おぉーーこっちだ! こっちに水が流れてる音がするぞーー! 」
人の声がする。彼は、転移して初めて人の声を聞いた。
彼は、自分に向けて手を翳し、気配を消し去った。
「本当だわ〜〜良かった……もう、水、切れちゃうとこだったしね。
「おぉ〜〜三日ぶりだぜ! こんな贅沢に水を飲めるなんて〜〜」
3人組の男女だ。男が2人に女性が1人。
それぞれ、剣や杖を持っている。
彼は、さっき捕まえた獲物にも手を翳し気配を消した。折角のご馳走をくれてやる訳にはいかない。
男女は、服を脱いで滝壺に入って行く。そして、一頻り、水浴びをしたら、3人で抱き合い始めた。
大自然が大胆にしてくれたのだろうか、3人は夢中で愛し始めた。
それを見た彼は、胸が苦しくなり、そして、頭に激痛が走った。
悶え苦しむ中、彼は、元凶であるその3人の男女に手を翳しかけた……
しかし、頭痛が酷くて集中できない。
彼は、その場を這いながら、逃げ出すように遠くへ、遠くへ逃げるように走った。
「何だ……この痛みは……」
「苦しい……苦しい……」
彼の声は、虚しく森に伝わる。そして、彼はある行動に出た。
「消えてしまえ! 痛みも、記憶も、感情も、全部真っ白になれ! 」
自分の頭に手を当ててそう呟いた。
すると、彼を襲っていた痛みは無くなり、胸の動悸も治っていた。
そして、彼の黒髪は、真っ白になっていた……。
◇◇◇
天界では、一ヶ月ぶりの会議が行われていた。
転生、転移にに関して問題がないか、それぞれの担当の資料を見ながら問題ないかチェックしているようだ。
転生、転移科の統括官であるロングス神は、
「次は、女神ミサリーの担当した件ですが、問題はありませんね? 」
「はい。空間魔法も時限魔法も所持者はいませんでした」
「ほぉ〜〜聖剣保持者が1人おりましたか〜〜これは、期待できますね」
「はい。でも、転生者なので、扱うには時間がかかりそうです」
「転移者いなかったのですか? 」
「えっ〜〜と、確か、2名だけです。1人は、回復魔法所持者でもう1人は、絶無の手という消しゴムみたいな能力者です」
「消しゴムですか〜〜絶無の手ね〜〜聞いた事がありませんね。資料によれば、手を翳して、認知したものを消す事ができる……うむ……」
「女神ミサリーこの人物はどういう人物ですか? 」
「確か……ちょっと、待ってください。今、資料を見て思い出しますから……あっ! わかりました。確か、生前、とても悲惨な人生を送ったようで、記憶や感情を消して欲しいって言ってました」
「ほぉ〜〜記憶や感情をね〜〜それで? 」
「ちょっと、催眠をかけましたら、その〜〜消えたと言って転移していきましたけど……不味かったでしょうか? 」
「いいえ。それに関しては問題ありませんが、この絶無の手という能力が気になりますね。彼が認知したものは、消せるのですよね。では、もし、神を認知して消そうとしたらどうなると思いますか? 」
「神って、私達ですよね。どうなるのでしょう? 」
「わかりませんが、もし、消せるとすれば、私達も安心して生活できませんよね。この者を暫く注視して下さい。わかりましたか? 女神ミサリー」
「はい。天界から様子を見ておきます」
「何か変わった事があれば、報告して下さい」
「畏まりました」
会議が終わり、女神ミサリーは、自分の仕事場に戻った。
「あぁ〜〜注意受けちゃった……」
女神ミサリーは、あの男の行方をデスクの水晶球で、探した。
しかし、いくら探しても見つからない……
「あれっ!? この世界じゃなかったかな? 」
資料を見比べて、首を捻る。
「もしかして、もう、死んじゃった? あまり、強そうじゃなかったしね」
女神ミサリーは、転生、転移、死亡者リストに目を配る。
どこを探しても、彼の名は見つからない……
「どこ行ったの? 彼は……」
他の仕事をこなしながら、暇を見て彼を見つけ始めた。次の会議までに一ヶ月ある。
「それまでに、見つけて報告書を書かないと……」
女神ミサリーの日常は、少しだけ変わった。