第28話
ハクとルルは、山の麓の岩場を、夜を明かす仮の住まいとした。
山から流れる沢もあり、飲み水の確保も容易だ。
「ハク、こっち来て」
ルルがそう呼ぶ。
ハクは、黙ってルルの指示する方に歩いて行った。
そこには、少し、窪んだ場所があり、さっきより、夜を明かすには、丁度良い。
「こっちにするか」
「うん」
2人は、敷き詰めていた草をそちらの場所に運ぶ。一晩とはいえ、出来るだけ快適に過ごせた方が良い。
「あとは、メシか……」
「あたいは、木の実とか採ってくるよ」
「気をつけていけ。魔獣がいるだろうから」
「ハクよりは、敏感だよ」
「確かに……」
2人は、いつの間にか、気心知れ合う仲になっていた。
ハクは獣を求めて、再び山に入る。
何か動いた気配がしたので、その場に身を潜め、自分に手を翳し気配を消した。
目の前には、小さな野ウサギがいる。ハクは、手を翳し、そのウサギの体内に流れる血液を消した。こうする事によって、血抜きをする必要がなく。捌いて、火に炙ればすぐに食べられる。
この日まで、生き抜いて来た知恵の1つだった。
「ルルは、これだけでは足りないだろう……」
ハクは、倒れたウサギの足に木に巻き付いていた蔓を巻き、背中に背負った。そして、次の獲物を追い求める。
一方、ルルは、木苺の実や山菜を集めていた。
沢の周辺には、獣や魔獣らしきものが食べたと見られる獣の残骸が残っている。
「これは、危ない奴(魔獣)が近くにいるかも……」
周囲に足跡や気配は無い。だが、ルルは気を抜かなかった。
一通り、食材を集め帰ろうとすると、周りが、ざわつき始めた。
「何かくる……」
森の木々が揺れている。
「風だ……」
ルルは、頭上をみた。そこには、大きな羽根を広げたワイバーンがいた。
ワイバーンは、ルルをめがけて突っ込んでくる。周りの木々が激しく揺れる。
ルルは、横に跳ねた。身の軽さは、ずば抜けている。
ワイバーンのくちばしは、地面に刺さった。
その隙に、ルルは、来た道を走って戻る。
ワイバーンは、ルルを標的に定めたようだ。
そのまま、飛び立ち、空から、ルルを追いはじめた。
いくら、身体能力が優れている銀狼族のルルでも、単独でワイバーンには、勝てない。
ルルは、気配を感じながら、ジグザグに進路を変え走る。
でも、このまま、ワイバーンをハクのところに連れ帰ってしまって、良いものか考えてしまった。
ハクは強い。でも、相手は、ワイバーンだ。いくらハクでも……
ルルは、思考を迷わせた。それが、自身の隙になってしまった。
ワイバーンは、再び、ルルの背後から、そのくちばしを向けた。
「あっ、間に合わない……」
そう思った瞬間、ワイバーンは、動きを止め、その場に落ちた。
大きな落下音が、周囲に響きわたる。
一瞬、何が起きたのかルルは分からなかったが、それを見た時、安心したのか、忘れていた呼吸を再開した。
目の前には、ハクが手を翳していた……
◇◇◇
研一は、今、非常に辛い気持ちになっていた。
確かに、オーリア国の王都だけあって、店も沢山ある。
しかも、この王都は、海に面しており、交易も盛んのようだ。
その為、色々な、貿易品が店先にたくさん並んでいる。
「だが、何で水着を買いに来なくちゃいけないんだ! 」
「これ、良いわね〜〜」
「手毬には、こっちが似合うよ」
「私、無理です。こんなの着るなんて」
「そんな事ないよ。ササちゃんなら何でも似合うわ〜〜」
「人間って、面倒ネ。こんなの着て、水の中に入らなきゃいけないなんて」
「ヒコさん、こうやって水着を選ぶのが、楽しいのよ。ヒコさんには、やはり、赤のこれが似合うわ」
女性達が水着を選んでいる間、研一は、店外でまたされている。
「こんなの罰ゲームだ……」
研一は、女性達の買物の長さに、ホトホト疲れていた。
「あの〜〜僕、先に宿屋に戻ってるよ」
「ごめんねーー外内君」
「あんた、いたの?」
手毬と凛の許可? をもらい、研一は、宿屋に向かって歩きだす。
宿屋の部屋は、もう、確保してある。この王都では、割と良い宿屋だそうだ。
宿屋でヒコから、金貨1枚と銀貨5枚を貰ってある。研一は、少しブラついて帰ろうと思った。
港の方に向かうと、そこに掲示板がある。研一は、この世界の文字は読めなかったが、似顔絵が貼ってある。
「ハクさんだ……」
鋭い目つきが、研一の印象に残る。
「実際のハクさんは、もっと、優しい顔をしているのに……」
この世界の、情報システムは、まだ、未発達のようだ。これでは、逃げている相手を捕まえるには、大変だろう。
だが、定住してしまったら捕まる可能性が高い。ハクは、一生、逃げ続け無ければならないのか、と思うと不憫に思えた。
その時、港の方から騒いでいる声が聞こえた。
「だから、デカいイカが、雲に乗って空を飛んでいたんだってーー! 」
「また、嘘つきナッツが騒いでるぜ! 」
「まぁ、誰も信じね〜〜けどな」
「本当なんだ。あのイカが、きっと、母ちゃんの育てた真珠を食べちまったんだよーー! 」
「ナッツ、そんな嘘ばかりついてねーーで、漁業料を持ってこい。もって、こられねーーなら、お前の持つ漁業権は、俺が貰うからな」
「だから、あのイカが食っちまって、真珠がとれなかったんだ」
「まだ、日にちはある。その時に、耳を揃えて払って貰うぞ。いいな! 」
「うるせーー! この、おたんこなす! 」
少年は、そう怒鳴りながら、走って行ってしまった。
話の内容から、研一は、あの少年は嘘は、ついてないと考えていた。
イカの件は、きっと、フウコさんが操っていたあの雲の事だ。
僕達もそれで助かったわけだが……
でも、イカが、育てた真珠を食べてしまった、というのは、不明だ。
だが、少年は、漁業権とやらの料金を払わないと、それを取り上げられてしまうようだ。
「うむ……何か、引っかかる。まずは、情報収集だ」
研一は、メガネを『クイッ』と右手で少し持ち上げ、あの走って行った方を見つめていた。
研一は、なるべく人の良さそうな人間に、色々話を聞いた。
特に、港で、お土産屋を営んでいる女主人らしき人物の話は参考になった。
つまり、この街では、真珠が特産品として有名らしい。
漁師達は、魚の他に、その漁業域で真珠を獲り、生計を立てているようだ。
しかし、誰もが、漁師になれるわけではない。
国が認めた者達に、その漁業権を与えているようだ。
漁業権は、数が限られているので、裏で高値で取り引きされているという話も聞き出せた。
そして、さっきの子供は、父親を漁で亡くし、今、母親と一緒に生活をしているらしい。漁業権を取り上げられてしまったら、生活が成り立たないだろうという話だった。
「真珠か……確かアコヤガイの体内に球体の異物を混入すると、真珠層が形成されて、真珠になると聞いた事がある。でも、おかしい……他の漁師の所では、普通に真珠が採れて、もう、殆どが、一年間の漁業料を払い終わったらしい。では、何故、あの少年のところだけ……キナ臭い感じがする」
そんな事を考えながら研一が歩いていると、さっきの少年が、熱心に掲示板を見ていた。
「君、何を見てるんだい? 」
「誰? 別にいいだろう。俺が何を見てようが、メガネの兄ーちゃんには、関係ねーーだろう? 」
少年が見ていたのは、ハクの手配書だった。
「この手配書に何か用なの? 」
「うるせーー! 」
少年は、研一にツバを吐き捨てた。
「全く、生意気なガキだ。だが、それだけ、追い詰められているという事か……」
研一は、ハクの手配書を見ながらそう、呟いた。
◇
「ちょっと、待て! えっと、確か、ナッツだったな」
「何で、俺の名前知ってんだ? 」
「港で君達の話を聞いていたんだ。実は、僕も空飛ぶイカを目撃したのでね」
「本当? じゃあ、みんなに話してくれよ。そうすれば、きっと……」
「漁業料の事かい? 」
「何で知ってるんだよ。怪しい奴だな」
「だから、さっき、港で話を聞いたって言っただろう」
少年のナッツは、少し、怪訝な顔で研一を見ていたが、
「僕が、話してもきっと、この問題は解決しない。それより、他に良い案があるのだが……」
「何々、メガネの兄ちゃん、その良い案って? 」
研一は、概略をかいつまんで話す。すると、少年ナッツは、
「わかった。メガネの兄ちゃん。俺んちに来てくれよ。母ちゃんに話したいんだ」
「よし、案内してくれ」
その時、
「メガネ、何してる? 」
「あ、キリコさん。どうしてここに? 」
「買物飽きたから、私になって抜け出した」
研一は、これまでの経緯をキリコに説明した。
「少しは、面白そう。私も行く」
「じゃあ、メガネの兄ちゃんとその姉ちゃんも一緒に来てよ」
研一と、キリコは、少年ナッツの案内で家に招待された。
家では、母親とナッツの妹と弟が、網の修理をしていた。
「ナッツ、その人達は誰だい? 」
「母ちゃん。聞いてくれよ。スゲーーこと教えてもらったんだ」
「凄い事!? 」
「そうです。みんなで黒幕を捕まえましょう」
『えっ!? 』
研一の突然の話に、ナッツの家族は何のことだろうと驚いていた。




