第24話
白狐族の里にハクが、戻って来た頃には、もう、お昼の用意が始まっていた。フウコ達は、とっくに着いていたらしく、里の者は、巨大イカを調理していた。
里の入り口で、ササと、手毬そして研一が、ハクと凛の到着を待っていた。フウコからヒコに変わったヒュドラは、巨大イカをヒコの火炎で、焼き、調理の手伝い? をしている。
ハク達の無事は、フウコから聞いていたので、命の心配はしていなかったが、その姿を見るまで到着を待っている3人は、気が気でない様子だ。
「凛、大丈夫かしら……」
「しかし、あの男は、何者なんだい? あの高さからダイビングして、東條さんの命を救うなんて、人間技じゃないよ」
「ハクさんですか? ハクさんは、普通の人間ですよ。私も、危ないところを助けてもらいました。里のみんなもそうです。ハクさんとヒュドラ様に救われました」
「人間って……まぁ、この世界は、未知の世界だ。ササちゃんがそう言うならそうなのだろう」
「でも、色々あったけど、ササちゃん達が来てくれなかったら、私達、あの山の上でミイラになってたわね。ありがとう。ササちゃん」
「僕からもお礼を言わなければ、ありがとう。ササちゃん」
「やはり、皆さんは、良い人間でした。ハクさんと同じ匂いがしたから、もしかして、って思ってましたけど」
「匂い? あの男と同じ? 」
「ササちゃん。それ、どう言う意味なの? 」
「私も詳しくはわかりませんが、他の人の匂いと違うって事しか……」
「匂いか……まぁ、僕達では、きっと感知出来ない感覚なんだろうね」
「もしかして、ハクさんも召喚されたんじゃないかしら……」
「召喚って何ですか? 」
「召喚って言うのは……」
「あっ! 凛達だーー! おーーい、凛」
「その説明は、後にしようか……」
「ハクさ〜〜ん」
3人の目線には、森を駆け抜けてくる凛を抱えたハクが見えた。凛は、ハクに抱きつきながら、片手で手を振りだした。それを見た手毬は、
「凛のあんな笑顔見たことないよ〜〜」
里の入り口で待っていた3人は、無事な2人の姿を見てほっとする。
ハクは、みんなの前で凛を降ろした。
「あの〜〜ありがとうございます」
「礼はさっきので十分だ。もう無茶はするな」
「はい」
「ササ、メシの用意が出来たら呼んでくれ。眠いから、小屋で休んでる」
「はい。あの〜〜お帰りなさい」
「あぁ」
ハクは、ササのお迎えにも素っ気ない態度で、小屋に向かって歩いて行く。そんなハクの後ろ姿を見て、ササは、思わず息を飲んだ。
「なんか愛想の無い人だなぁ」
「そうね、でも、誰よりも優しい人だよ」
「みんなごめんねーー心配かけたよね……」
「ううん。凛が無事で良かった……」
「そうだね。あの高さから落ちて無事なんて奇跡だよ」
「あれ、ササちゃんは?」
「さっきまでここにいたのに〜〜」
「ササちゃんなら、あの男の後を追って行ったよ。余程、心配だったらしいね」
「そうかーーササちゃんにもお礼を言いたかったのに……」
凛たち3人も里の中に入って行く。里は、珍しい食材を手に入れ、お祭りのような騒ぎだった。
◇◇◇
ササは、いやな予感がして、ハクの小屋に駆け寄る。思った通り、ハクは、部屋の中で倒れていた。
「ハクさん、ハクさん。あっ、凄い熱……」
ササは、ハクをベッドに運ぼうとしたが、1人では無理そうだ。ササは、慌てて外に飛び出して、母親のネネを連れて来ようとした。自分の家に走って向かう途中、里を見学していた研一とぶつかってしまった。
「あうぅ〜〜」
「痛っ、ってササちゃん? 」
「貴方は……ちょっと来てください。早く、早く! 」
ササは、研一の袖を引っ張り、ハクの小屋に連れて行った。
「こっちです。えっと〜〜」
「研一だよ」
「研一さん、この中です」
ササの慌てぶりに、ただ事ではない様子を感じた研一は、ササに続いてハクの部屋に入った。
「これは、どうしたんだ? 」
「すごい熱なんです。ベッドに移動させたいので、足の方を持ってくださいますか? 」
「ちょっと、待ってくれる。今、診るから無闇に動かさないでくれる? 」
「えっ!? 」
「熱だけなら構わないが、病気によっては、動かさない方が良い場合もあるんだ」
「そうなのですか? 」
「僕は、医者の息子だ。それに、能力も診察という医師のスキルだ。任せておいて」
「はい……お願いします。ハクさんを助けてください」
研一は、ほぼうつ伏せ状態で倒れているハクの様子を観察する。呼吸が荒く、脈も早い。確かに熱も高いがどうも様子が変だ。
「出血は無いようだが……使ってみよう。ギフト『診察』」
すると、研一の脳内には、ハクの容態がスキルボードのように表示された。
その表示の中に、とんでもない状態が書き込まれている。
「馬鹿な……あり得ない……」
「どうかしたんですか? ハクさんは助かりますよね? 」
「ササちゃん、ハクさんの能力は何だか知ってる? もしかして、再生かい? 」
「再生? いいえ違います。ハクさんは消す事しか出来ないって言ってました」
「消す? 再生じゃなくて……もしかして、消したのか? 傷や損傷を……」
「どういう事なのですか? 」
「ハクさんは、骨折11カ所、内臓損傷、特に腎臓、肝臓、膵臓など臓器を損傷した形跡がある。それに、腰椎、胸椎、頸椎等、背骨と言われている部分の骨折、大腿骨をはじめとする足の骨の骨折を繰り返している。それだけでは無い。筋肉の断裂や血管、神経の損傷もあったようだ。だが、全部、元の状態に戻っているんだ。これは、医学的に診て明らかに異常だ。理解できない……」
「あの〜〜難しくてよくわかりません」
「つまり、多分、雲から落ちた時、骨が折れ、お腹の中身を損傷しても、自分の能力でそれを消し去って元の身体に戻し、それを繰り返しながら、東條さんを救ったって事だ。どれ程の痛みが彼を襲っていたか、想像したくない程にね」
「でも、ハクさんは、元に戻ってるのだから助かりますよね? 」
「繰り返された再生で、身体が悲鳴をあげているようだ。熱は、しばらく続くかもしれない……」
「でも、元気になりますよねーー」
「今の僕では、答えられない……」
「そんなぁ……」
ササの目から涙が溢れ出す。でも、その時、
「何を騒いでる? 」
「ハクさん、ハクさん」
ハクの意識が戻ったようだ。
「どうして、こんな無茶をしたんですか? あなたは? 」
「お前は、あの時のメガネか……」
「メガネって、それはいいですけど、安静にして下さい。今、ベッドに運びますから」
「必要ない。俺は、熱があるのか? 」
「そうです。繰り返された再生の反動だと思います」
「そうか……わかった」
ササは、自分に手を翳し、まず、高熱を平熱に戻した。余計な熱を消したのである。そして、繰り返された、反動によって悲鳴をあげている身体を正常化した。つまり、反動を消したのである。
ハクは、さっきまで、死にそうな状態だったのが嘘のように、普段のハクに戻ってしまった。
「ま、まさか……こんな事が……」
「メガネ、助かった。礼を言う。それと、ササ、心配かけたな」
「ハクさ〜〜ん。ウェ〜〜ン、ウェ〜〜ン」
元気になったハクを見て、ササは、ハクに抱きつきながら大声で泣き始めた。そんな、ササの頭を優しくハクは撫でる。
「ハクさん、あなたは、何者なのですか? 何でこんな無茶を平気でできるんですか? 」
「俺には、記憶が無い。自分で消したようだ。何者かは、定かではない。だが、無茶はしてない。出来る事しかしないからな」
「ですが……」
「少し、休む。悪いがササを頼む」
「ハクさん。私、ハクさんのそばにいます」
「お前の親が心配する。食事ができたら呼んでくれ」
そう言って、ハクに抱きついているササを研一に任せて、ハクは、ベッドに横たわってしまった。疲れていたようで、横になるなり寝てしまった。
「ササちゃん。今は、静かに寝かせてあげよう。あとで、見に来てあげれば良いと思うよ」
「うん……」
ササを連れて、小屋を出ると、ドアの脇で凛がうずくまって泣いていた。手毬は、心配そうに凛の隣で見守っている。
「聞いていたんだね」
凛が静かに頷く。
「今は、寝かせてあげよう……」
ササの案内で、みんなは、ササの家に向かった。
周りの祭り騒ぎとは裏腹に、みんなの気持ちはどうしようもなく、やり切れない思いに埋まっていた。




