第23話
「凛、どうしたの? それ」
「向こうの広いところで拾ったんだ。可愛いでしょう? 」
「これは、何かの卵かい? この大きさだと、とんでもない大きな存在な物だと思うのだが……危険ではないのか? 」
「いいでしょう? 食べ物が無くなった時、これを割って食べれば、当分、食べ物には、困らないわ」
「確かに、今の状況は、全てが危険と隣り合わせだ。それに、食料確保は、重大な問題。これは、東條さんに1票だね」
「じゃあ、あんた。私の荷物持ってよね。私は、これを持ってくから」
「うむ。仕方ないか……」
凛は、洞穴の奥の広間から、その卵を見つけたらしい。
でも、直面する問題は、更に難易度が高かった。
「山に登ったはいいけど、これ、降りれないわね」
「こんな高いとこから、降りるの無理だよ〜〜」
「登る時は必死だったから気づかなかったけど、登るより、降りる方が難しいなんて、経験しないとわからないものだね」
3人がいる場所は、山の切り立った場所である。登って来た方も、反対側の降りようとする方も、崖しかない。
「ロープもないし、山の尾根伝いに行く手もあるけど、僕達がいた場所以外は、危なくて行けそうもないね」
「だからあんた! メガネを『クイッ、クイッ』ってしながら、冷静な判断しないでよ〜〜ムカつくから」
「僕は、君の荷物を持っているんだよ。そんな僕に向かって、ひどいじゃないか! 」
「あ〜〜ん、ヤル気なの〜〜? 」
「今度は、引かないぞ! 僕だって尊厳を傷つけれたら戦うしかない! 」
「上等じゃん。かかって来なよ。このイカ野郎! 」
「誰がイカ野郎だ! 」
「あっ! イカ……」
手毬は、空を見上げながらそう呟いた。
「だから、イカ野郎は、こいつで〜〜」
「イカ野郎じゃない。研一だ」
「違うよ。ほらっ、あそこ」
研一、凛も手毬が指差す方を見ると、雲の下にイカがブラブラしているのが見えた。
「イカだね」
「イカだよな」
「ねっ、イカでしょう? 」
ハク達が乗っている雲なのだが、そんな事をこの3人は知る由もない。
「こ、この世界のイカは飛ぶらしい。流石、フ、フャンタジックな世界だ」
「どう見ても、飛んでるように見えないわよ。雲にぶら下がってるだけでしょう」
「ねぇ、こっちに来るよ」
ハク達を乗せた雲は、邪龍の巣の上まで来た。ここに、この3人がいるとも知らずに……
『わぁ〜〜逃げろーー!! 』
山の上に止まった巨大イカをぶら下げた雲から、『ひょい』っとフウコが飛び降りる。
山頂に降りたフウコは、3人が腰を抜かして座り込んでいる脇を通って、
「ちょっと、ごめんね〜〜そこ、通るわね〜〜」
フウコは、一目散に、邪龍の棲家に入って行った。
「何なの? 」
「女の子が飛び降りて来たよ〜〜」
「これは、と、特撮映画の撮影だよ。きっと……」
雲の上では、研一達の声を聞きつけ、ササが顔を覗かせた。
「ハクさん。誰かいますよ」
「そうか」
「ハクさんと同じ匂いがします」
「同じ匂い……どういう意味だ? 」
「さぁーーわかりません」
ササに言われて興味が出たのかハクまで、雲から覗き出す。確かに、人間の男女3人がオドオドして座ってる。
「ねぇ、雲の上から誰か覗いてるよ」
「イカでしょう? イカだわ。きっと」
「確かに、野々宮さんの言う通り、人みたいだ」
ハクは、その3人に向かって、
「お前ら、観光か? 」
「そんな訳でないでしょう! 」
「ハクさん、何か怒ってますよ。あの女の人」
「面倒臭そうな奴だ。気にするな。ほっとけ」
ハクは、雲の上で、また、寝転んでしまった。すると、下から、
『あんた、人間でしょう? 私達、ここから降りれなくて困ってるの。手を貸してくれない? 』
「凛、大丈夫なの? 危険な人かもしれないし……」
「迂闊に声をかけるのは、賛成しないね」
「じゃあ、どうするのよ。こんな高いところ私達だけで降りれる訳ないじゃん! いつか、死んじゃうのよ。逃げてきた意味ないじゃん! 」
「ハクさん、あの女の人、また、怒鳴ってますよ。それに、逃げてここまで来たみたいですよ。ほっといていいんですか? 」
『ね〜〜あんた! 聞いてるんでしょう? 出てきて話を聞いてよ〜〜! 』
「あのタイプは、関わると面倒に巻き込まれる。ここはスルーが一番だな」
「もう、ハクさんは〜〜! 可愛そうなので、私が行きます。人間、怖いけど、ハクさんのように良い人もいるはずです」
そう言い残し、ササは、雲から降りてしまった。
「全く、仕方ね〜〜なぁ」
ハクは、ササの様子を見ている。何かあれば、飛び降りて、ボコボコにする予定だ。
下にいる3人は、雲からまた、女の子が飛び降りてきたのを見て、
「何、この子。耳と尻尾がある。超可愛いんですけどーー! 」
「フサフサしてる〜〜可愛い〜〜」
「こ、これは、僕は、オタクではないけど、この子のファンクラブになら入っても良い」
ハクは、雲の上からその様子を見て、獣人差別をする人間ではない事に安心したようだ。
「私は、白狐族のササと言います。何でこんなところにいるのですか? 」
「ササちゃん。ササちゃんだよ。名前まで可愛いよ〜〜もう、お持ち帰りしたい」
「素敵な名前です。感動です」
「確かに可愛いのは認める。いや、認めるしかない。この可愛さは反則だ」
「あの〜〜話を……」
全く予想外の話しか出てこないので、ササが、困っていると、邪龍の棲家からフウコが戻ってきた。
「やったーー! お宝とりもどしました〜〜。あれ、ササ、降りて来たの? この人達は誰? 観光? 」
フウコは、ササの周りに集まっている高校生達を見てやっと、ここに、この3人がいる事を認識した。
フウコの声に反応して、巨大イカが目を覚ましたようだ。イカの触手がシュルシュル伸びて、フウコ達を襲う。ハクは、とっさに飛び降り、ササだけ連れて雲の上に戻った。フウコを含む他の者はイカの触手に捕まってしまった。
「キャッーー! 」
「やだーー! 」
「イカの分際でーー! 」
「ハク〜〜酷いです。私というか弱い女の子を置き去りにするなんて〜〜」
「煩い! 今、イカを殴り飛ばしたら、みんな、落ちてしまうぞ。フウコ、このまま、山を降りるぞ」
「えっーー! でも、仕方ないです〜〜行きま〜〜す」
イカの触手に捕まった者達と一緒に、雲は、山際に沿って下降しだす。下には、薄い雲が広がり、遥か下の地上は見えない程の高さだ。
「やだ! 怖い、離してよ!いや、離さないでーー! 」
「高い、ダメーー! お母さ〜〜ん」
「何だ。このイカは? 」
「このイカは、クラーケンですよ〜〜」
「クラーケンですか? あの魔物の」
「よく知ってるわね〜〜メガネ君」
「そういえば、貴女は、大丈夫なのですか? イカの口からの大量の唾液でドロドロになってますけど〜〜」
「あら、優しいのね。ハクとは大違いです〜〜」
「キャッーー! へんなとこ触んないでよーー!この、変態イカ! 」
「すぐ着きますから、暴れない方が良いですよ〜〜」
フウコがドロドロになりながら、触手の攻撃に抵抗する凛に話しかける。
でも、凛は、触手の攻撃? に耐えられないようだ。
「この変態イカ! ガブリ」
頭に来た凛は、イカの触手を噛んだ。すると、イカは、凛を掴んでいた触手を離してしまった。
「キャッーー! 」
「凛っ! 」
真っ逆さまに、落下する凛。このままだと、命がない。
「しょうがね〜〜なぁ」
ハクは、雲からダイブする。雲を蹴り飛ばした分だけ、その落下する速さも早い。
「ハクさ〜〜ん」
ササの声が聞こえた。
落ちながら、絶叫興奮状態の凛をハクは、空中でキャッチした。抱きかかえながら、風の抵抗を利用して、山肌が出ている方に進路を変える。そして、出ている、山の岩を蹴り飛ばし、次の岩をも蹴り飛ばした。
凛を抱えながら飛び跳ねるのは苦労するようで、ハクは、いつになく真剣な顔だ。そんな時、凛は、冷静になった。すぐ目の前には、真剣な顔をして、自分の命を救おうとする白髪の青年がいる。凛がハクに恋をしてしまうには十分な状況だが、本人は、まだ、自覚してないだろう。
「あの〜〜」
「今は、黙ってろ! 舌を噛むぞ」
「はい」
ぶっきらぼうなハクの言葉の中に優しさを感じた。いつになく素直な凛は、ハクにしがみつき身を任せた。
凛は、ハクから大人の雰囲気、安心感を感じ取っていた。
「この人なら、絶対、私を守ってくれる……」
ハクは、岩肌を蹴る事によって、落下速度を落としていた。もう、森の木々のところまで降りてきている。ハクは、今度は、木を蹴り出す。最初に蹴った大木は、根元から折れていた。ハクは、木を3回ほど蹴り飛ばし、地上に着地する。ハクのレベルがなければできない技だ。
「ふぅーー思ったより、ヤバかったな。怪我はないか? 」
「ないです……あの〜〜ありがとうございました」
「気にするな。ついでだ。行くぞ」
森は、深く2人の侵入を阻むかのように霧も出ている。この霧は、キリコが貼った結界のようだ。
ハクは、凛を抱えたまま、森を走る。普通に歩いて行ったら、日が落ちてしまう。
凛は、この青年は何者だろうと考えていた。人間が走って出せるスピードではない。
でも、凛はハクが何者でも良かった。この世界に来て、こんなに安心した事はない。凛は、しがみつきながら、その身を委ねた。




