第20話
コーリア男爵の屋敷内の応接室では、徴税官 ガリス=リードナーとその補佐官 トミー=シュッターがコーリア男爵の接待を受けていた。
「ガリス殿、先程、国からの書簡を拝見しましたが、魔族達が北のユーリア国を占領したと言う事は、とうとう、魔族との戦が始まるのですな? 」
「直ぐと言うわけではないでしょう。ユーリア国と我がカリナ国との間には、ドメイル国があります。ドメイル国とは、同盟国ですが、まだ、支援部隊の要請を受けておりません。ドメイル国もプライドがあるのでしょうなぁ。ですが、いつ要請が来てもおかしくない状況です。
ミハイル王は、コーリア様の剣の腕を期待しております。その剣の腕は、私も、かつて、上級魔族によって国都が襲われた時、コーリア様が、その魔族を排除した凄腕とお聞きしております」
「あの時は、必死でしたからなぁ……儂も若かったですし」
「でも、その功績で、爵位とこの領地を授かったのですから、その腕は、本物でしょう」
「今回も、コーリア様には、国都に来て頂き、その力を発揮して欲しいと承っております」
「儂には、剣しか能のない男ですから、ミハイル様のお役に立てるなら、この命でさへ、惜しくありませんぞ」
「これは、見事な忠義、このガリス、感服致しました。では、私達と一緒に、国都に同行してもらえますでしょうか? 」
「もちろんです。支度に2日頂けますでしょうか? その間に、ガリス様のお部屋には、この領地の報告書を用意しておきました。それから、お酒のおつまみも用意しておきましたので、十分堪能して下さい」
「これは、勿体無い事です」
コーリア男爵は、一緒に酒を嗜んでいた補佐官のトミー氏が眠そうな顔をしていたので、
「トミー殿、長旅でお疲れのご様子。良ければ、先にお休み下さい」
「いいえ。私は、大丈夫です」
「トミーお言葉に甘えなさい。その代わり、明日は、きちんと仕事をしてもらいますよ」
「ガリス様……畏まりました。では、先に休ませて頂きます」
「デマス。トミー殿をお部屋にご案内してくれ」
「畏まりました。コーリア様」
コーリア男爵の執事デマスに連れられて、補佐官のトミーは、席を後にした。
「なかなか、優秀そうな青年ですなぁ」
「国都の主計学校を首席で卒業した優秀な青年です。ですが、少し硬いのが玉に傷でして」
「若者には、そういう時期もあるでしょう」
「ところで、コーリア男爵は、隣国に召し抱えられているライゼン=ハーバー氏とお知り合いだとか? 」
「ライゼンですか……懐かしい名前です。確かに、奴とは、同じ師範学校の同級でしたが、彼は、卒業を待たずに、剣の修行と称して、旅に出てしまいましたからね。それに、彼の剣は、『死を呼ぶ剣』と言われてましてなぁ〜〜、彼が、剣を抜けば必ず死人が出ると言われてました。我が、示現流の剣術とは、相反した剣術ですが、その腕は確かです。ライゼンがどうかしたのですか? 」
「いいえ、この先、魔族と戦わなければならぬ時が来たら、ミハイル王がライゼン氏の力も借りたいような事を申しておりましたので……レイフル国とは、それ程、深い付き合いがあるわけではないので、その時、コーリア様のお力をお貸して頂ければ、と思いまして」
「それは、構いませんが、ライゼンですか……」
「何か、お気にかかる事でも? 」
「いいえ、生きているうちに奴の剣を再び見る機会がくるとは、思ってもいなかったものですから」
「コーリア様がそこまで言われるのでしたら、余程、剣術に長けているのでしょうなぁ」
「そうですなぁ……」
コーリア男爵は、師範学校で、彼と対峙した時の事を思い出していた。
「奴の剣は、あまりにも危険だ……」
そう、コーリア男爵は、心の中で思っていた。
◇◇◇
「抜き足、差し足、忍び足……」
暗闇の中に怪しい人影が3人、大きな屋敷の塀の周りを彷徨いていた。
「お前、何やってるんだ? 」
「ササに潜入のいろはを教えてたのよ」
「そうなのか? ウケを狙って歩いているようにしか見えなかったぞ」
「ヒィ、下手でごめんなさい」
ササは、ハクに下手と言われたと勘違いして、オドオドしていた。
「いや、ササじゃない。ヒコの方だ」
「そうなのですか? 」
「何で私なのよ〜〜! 」
「言ってもいいのか? では、まず、何故、右足と右手が一緒に出るんだ? 普通に歩くより、その方が難易度高いぞ」
「まだ、二足歩行、慣れてなのよネ〜〜意識しちゃうとそうなっちゃうのよ」
「まぁ、それもそうだな」
ハクは、人間の姿になる前のヒュドラを思い出していた。三首大蛇のあの姿を思えば今の状況は、仕方ないと納得している。
「ササ、普通に歩けばいいんだ。ヒコの事を真似する必要はない」
「わ、わかりました」
「でも、どうやって中にはいるの? 皆殺しにするなら、こんな面倒な事しなくても正面から堂々と入ればいいじゃない? 」
「無闇に殺すつもりは無い。ただ、内情を確かめたかっただけだ」
「面倒ネ。気づかれずに潜入するなんて〜〜こういう事はキリコが得意なんだよネ。変わってもらおっと」
ヒコは、キリコの姿に変わったのだが、
『グ〜〜グ〜〜・スピ〜〜・グ〜〜』
「…………」
「あの〜〜」
「何でこいつは立ったまま寝てるんだ? 」
「さぁ、どうしてでしょう? 」
『ドン! 』
ハクは、立ったまま熟睡しているキリコのお尻に蹴りを入れた。
『痛っつ! 』
「ハクさ〜〜ん。いきなり、ダメですよ〜〜」
「寝てるのが悪い」
「地震? あれ、お尻が痛い……」
「気づいてないみたいですよ〜〜」
「間抜けな奴だ」
「ここはどこ? 私は誰? 」
「ササ、行こう。こいつは、ほっとけばいい」
「そんな事できませんよ〜〜ヒュドラ様を置いてくなんて〜〜」
「チェッ! 面倒な……おい、キリコ、目が覚めたか? 」
「バク……」
「バクじゃない! お前達は、意識を共有してるんじゃなかったのか? 」
「そう。だけど、今、ヒコは寝てるし、起こすの可愛そう」
「ヒコは、寝てるお前を呼び出したんだぞ」
「私は、おね〜〜ちゃんだから仕方がない」
「まぁ、いい……気づかれずに、この屋敷に潜入するんだ」
「そう。 じゃあ、姿を消せばOK 」
「そんな事、できるのか? 」
「簡単……では」
キリコを中心にハクとササが淡く光り出した。
「何も変わってないようだが? 」
「この3人は、お互いの姿が見える。けど、他の人からは全く見えない……はず」
「本当ですか? 凄いです」
「随分、ご都合主義の魔法だな? 」
「物語には、色々な諸事情がある」
「…………。じゃあ、行くか? 」
「はい」
ササの元気な返事を合図に3人は、正門から堂々と、屋敷の中に入り込んだのである。
◇◇◇
「山の頂上に、こんな広い洞窟があるなんて、思いもよらなかったわ」
「如何にも、強そうな魔獣とかいそうなところだけど、何もいなくて安心したよ」
「私達、ラッキーよね。外で一晩、過ごしてたら、寒くて凍死しちゃうわ」
研一、凛、手毬の3人は、山を登ったは良いが、日が暮れてきたので、山を降りる事も出来ず、難儀していると、手毬が、洞穴を見つけて、今、こうしてここに来ている。
この洞穴は、ハクが消してしまった邪龍の住処に繋がる洞穴だったのだが、そんな事は、この3人は知る由もなかった。
「暗いから、周囲の探索は危ないし、今日一晩、ここで過ごして、明るくなってから、山を降りよう」
「ここに住むってのは? 」
「凛、ここには、水も食料も無いよ。直ぐ、干からびちゃうよ」
「それもそうね」
3人は、滝壺の中継地で調達したパンや干し肉を持ってきていたので、それを夕食として食べていた。
「このパン、硬いわね〜〜」
「でも、噛めば噛む程、味が出てくるよ」
「ドイツのライ麦で作ったパンに似てるね。確か、ロッゲンブロートとか言うパンと同じ感じだ」
「外内君、色々な事、良く知ってるね? 」
「ウザいし、そのメガネを『クイッ、クイッ』って、手で触りながら話す姿、なんか、ムカつく」
「面等向かって失礼な事言う事ないだろう? 」
「私は、正直な感想を言っただけです〜〜」
「まぁ、まぁ、2人とも、喧嘩しないでよ〜〜、これから、力を合わせてやってかなきゃいけないんだから〜〜」
「それもそうね」
「確かに……」
「でも、この干し肉も硬いわね〜〜」
「でも、ビーフジャーキーみたいで、噛むと旨味が出て美味しいよ」
「臭みが消えてないのは、いただけないけど、香辛料がこの世界で普及しているかわからないしね。これは、きっと、酒につけて、塩味だけで、乾燥させた物だと思うよ。保存食には、良いけど、日常的な食事にこれが出るのは、勘弁してもらいたいね」
「だから、あんたは、ウザいんだって〜〜このウンチク太郎! 」
「失礼な! 俺は、研一、ウンチク太郎なんて名前じゃない! 」
「似たようなものよ」
「何だって〜〜! 」
「何よ! やる気? 」
「だから、2人とも喧嘩はナシ! 喧嘩するなら、これから先、食事を与えません。今、食べている干し肉も没収です」
「それは……そうね。大人気無かったわ」
「確かに……」
研一、凛、手毬の3人は、そんな事を言い合いながら、夜を過ごすのであった。




