第19話
聖騎士団率いる高校生達が、滝壺に戻ってきて、いち早くその異変に気づいたのは、得体の知れない剣士ライゼン=ハーバーだった。
「アレン殿、これは、キングベアーの仕業ですな」
「ライゼン様、キングベアーですか……では、ここに居た者達は、もう……」
「おそらく……」
「そうでしょうな、キングベアーに襲われて、助かるはずも無い……」
「隊長、向こうの森に、ランザの遺体がありました。身体を引きちぎられています」
「そうか……やはりか……一般兵とはいえ、王国の兵士だ。丁重に弔おう」
その時、担任の三角 慶太がシュベルトを引き連れてやって来た。ここにいた自分の生徒の安否が気になっての事だろう。
「隊長さん、私の生徒は? どこに行ったんですか? 」
「三角、落ち着いて下さい」
シュベルトが、隊長アレンに掴みよる三角を制した。
「この状況でお分かりにならないと言うのですか? 」
「どう言うことだ! 」
「死んだという事です」
「何だとーー!! 」
アレンに殴りかかろうとする三角を必死に止めているシュベルトは、仕方なく、三角の腹に拳を入れた。
『うぐっ……』
三角を抱えて、アレン隊長から距離を置いた場所に座らせ、
「すみません。ですが、少し落ち着いて下さい。生徒を心配するのは私も同じです。もしかすると、川に入って流された可能性もあります。あとで、探索隊を派遣しますので」
「……俺が……俺もここに残っていれば……」
三角は、拳を地面に叩きつけた。薄っすら血が滲んでいる。
その姿を見ていた隊長のアレンは、
「先程は、少し、配慮が無かった。だが、我が兵士も森で遺体で発見された。その無念さを、貴方にぶつけてしまったようだ。謝罪をする」
「……何で死ななければならないんだ……俺達は、ただの教師と生徒だぞ……クソッ! クソッ! ウッ……」
三角の目から涙が溢れ出して来た。
そんな担任の三角とは、反対にクラスメイト達は、
「おい、聞いたか? ここに残ってたやつら、魔獣にやられたらしいぞ」
「あの大量の血痕じゃ、助からないだろうな」
「ひゃーー怖いわ」
「ここに残ってたのは確か、東條と野々宮、それと外内だろう? 」
「あと、津田も途中から引き返したから4人だ」
「あいつら、確か診察とかのゴミスキル持ちだろう? 俺みたいに攻撃スキルがあれば助かったんじゃね〜〜の」
「確かに〜〜」
高校生達は、クラスメイトを心配するというより、自分ではなくて良かった、と思っているようだ。しかし、魔法指導役のレイラは、残された遺留品を見て、川下を見渡し、それから、そびえ立つ、山脈の方を見つめていた。
◇◇◇
ハクは、夜まで時間を潰すのが面倒なので、宿屋に行き部屋をとった。昨夜、寝ていないので仮眠をとるつもりのようだ。
ハクの事は、まだ、街の住民には知れ渡っていないようだ。掲示板を見るより、日々の生活の方が忙しいのだろう。
ハクに用意された部屋は、二階の一番奥の部屋だった。個人周りした部屋で、ベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だ。
それでも、この世界の殆どを野宿で過ごしてきたハクにとっては、豪華な部屋に思えたらしい。一瞬、ベッドに寝るのを躊躇ったほどだ。
ハクは、その躊躇ったベッドに寝転び、目を閉じた。そして、今日、収集できた情報を自分なりに精査したようだ。
「俺が異端者……」
あの時、騎士達を消したからか……
だが、あの騎士達は、その時既に、俺を異端者扱いしていた……
「訳がわからん……」
その答えを得るには、教会に足を運んで確かめなければならない。
ハクは、自分の能力で消してしまったあの騎士団達、特に消せなかった女騎士を思い出していた。
それと、あの山脈で会った魔族の事も考えていた。この世界には、どうやら、得体の知れない者達がたくさんいるようだ。
ハクは、そんな事を考えているうちに、眠りに落ちてしまった。
〜〜〜
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〜
『雅和、靴下は脱ぎっぱなしのまま洗濯機に入れないでって言ったでしょう。ちゃんと裏返して元に戻しておかないと、干す時面倒なのよ。二度手間になるから、もう、やめてね』
『わかった。わかった』
何処かで見た覚えのある女性が、ベランダで洗濯物を干している。それを、ソファーに横たわって見ている男性がいた。
『雅和そこ片づけておいてよ。もう、いつも出しっぱなしなんだから』
『わかったよ。ねぇ、これから、何処か行かない? 』
『行くってどこに? 』
『そうだなぁ〜〜せっかくだし、遊園地とか? 』
『馬鹿じゃないの? 子供みたい』
『じゃあ、決まりだ』
『私、行くって言ってないよ』
『いや、行こうよ。2人の休みが重なるなんて、滅多にないし』
『う〜〜ん、どうしようかなぁ〜〜』
『夕飯、おごるから』
『今回だけよ。それと、夕飯は家で作るからいらないわ。節約して結婚費用を貯めないといけないのわかってる? 』
『わかってるよ。◯◯…………』
『◯◯……』
『ハ◯……』
『ハク』
「ハク」
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〜〜〜
「ハク〜〜! いつまで寝てるんだーー! 」
『ドッスン!! 』
ハクの寝ているベッドの上にヒコが覆い被さる。ササは、その光景を見て、両手で目を隠していた。
「何だ……お前か」
「お前かじゃありません! 何、熟年夫婦の夫のような受け答えしてんの? 馬鹿なの? 」
「何で、ヒコがここにいる? 」
「それは、誰かさんが美少女2人に黙って出て行ったからです! 」
「2人!? 」
ハクが周りを見渡すと、そこに恥ずかしそうにしているササがいた。
「お前も来たのか? 」
「何ですか! その態度。もう、頭にきた! 」
『ドッスン! ドッスン! ドッスン! 』
ヒコが、ハクの上で跳ねていた。そして、
「ササもおいで。この薄情者に制裁しなければ」
「はい……お邪魔します。エイッ! 」
ヒコとササは、ハクの上をまたがり、そのまま跳ねる。流石のハクもこれではもたない。
「わかった。わかったから、どいてくれ」
「じゃあ、もう、勝手に何処にも行かないと約束しなさい」
「……」
「約束! 」
『ドッスン! ドッスン! ドッスン! 』
「わかった。約束する。だからどいてくれ」
「これでいい? ササ」
「はい」
2人は、ハクの上で跳ねるのをやめた。
「どうやってここがわかったんだ? 」
「気配が分かれば転移できるって言ったでしょう? もう、忘れたの? 」
「そう言えば、そんな事、言ってたな」
「どうして、お前まで来たんだ? 外は、危険なんだぞ! 」
「それは〜〜その〜〜」
「ハク、それは、乙女心というやつよ」
「意味がわからん」
「とにかく、ハクは、私とササと一緒に世界を回るのよ。いいわね? 」
「……」
「いいわね! 」
「わかった……約束だしな……だが、そろそろ、どいてくれないか? 」
「そう言えばそうだったわネ」
「ササもお願いだ」
「はい〜〜」
ササは、ハクに名前を呼ばれて顔が赤くなってしまった。それに、嬉しくて、隠していた尻尾が勢いよく飛び出し、ブンブンと左右に揺れ出した。
「あら、あら、罪な男ネ」
ヒコとササがどいてくれたので、ハクは、ベッドから起き出す事ができた。騒がしい2人のおかげで、さっきまで見ていた夢を殆ど覚えていなかった。だが、顔はわからないが夢の女性が気にかかる。
「あの女性は、誰だったんだろう……」
◇◇◇
「じゃあ、ハクがここに来たのは、白狐族の里が二度と襲われないように、この地の領主を始末しに来たと言うのネ」
「始末するとは言っていない。様子を確かめたかっただけだ」
「ハクさん……」
ササは、ハクの話を聞いて、嬉しいと思う反面、怒りも込み上げてきた様子だ。
「ほら〜〜ササが、泣いちゃったじゃない」
「ハクは、ジゴロ」
「お腹がすきました〜〜」
久し振りに、キリコとフウコが顔を出した、と思ったらササがいきなり
「ヒュドラ様、私は泣いてません! なんか、少し、怒ってます」
「何で〜〜? 」
「里の為に、ハクさんがしてくれた事には感謝しますが、何で言ってくれなかったのかをです。ハクさんは、外は危険だと私の事を心配して下さいました。でも、心配だったのは、私もです。1人で外に出かけて、ハクさんにもしもの事があったらと考えただけでも……」
「そうよネ~〜ハクが全て悪い」
「ハクは、言葉足らず」
「何か食べましょうよ〜〜」
ヒコ、キリコ、フウコに変わりながら、ハクに文句を言っていた。フウコは、ちょっと違うみたいだが……
「わかった。これからは、きちんと話す努力をする」
ハクは、この騒動に早く決着をつけたかったようだ。
「で、これからどうするつもりだったの? 」
「夜になったら忍び込もうと考えていた」
「じゃあ、作戦決行は今日の夜ネ」
「待て、お前たちは連れてかない」
「何でよ〜〜? 」
「危険だからだ。それに、俺は、異端者として追われているようだし」
「異端者!? ハクが? 」
「あぁ……前にも襲われた。俺と一緒にいるところを見られたら、お前たちまで異端者扱いされてしまう」
「ハク〜〜さっき、一緒に行動するって約束したよネ〜〜? 」
「したが、これとは別だ」
「ハクに選択権はありません。作戦決行は夜。みんなで行く。これで決まり」
「…………」
「決まり! 」
「……わかった」
ハクは、とうとうヒュドラに押し切られてしまった。
◇◇◇
「寒い、高い、怖い……」
「東條さん、下を見ない方がいい」
「もう少しで頂上よ。頑張って、凛」
3人は、切り立った岩を登っていた。遥か下には、森が広がっている。
ここまで来るのに、手毬の能力で、どんぐりを育成し、伸びる木の枝に捕まって距離を稼げたのだが、最後の最後で頼みのどんぐりが底を尽いてしまったのだ。
「う〜〜ん。もう、手が痺れて、登れない」
「ここで諦めたら、空中ダイビングだぞ。あと2メートル少しだ。頑張れ」
「凛、ごめんね。どんぐり、もっと拾っておけば良かった」
「ちょっと、あんた、肩貸しなさいよ。足を少しだけ乗せさせてよ」
「仕方ないなぁ〜〜でも、僕だって限界なんだけど」
「あんた、男でしょう? か弱い女子の頼みを聞けないなんて最低よ」
「それだけ文句が言えれば、あと少し登れると思うのだが……」
3人は、喧嘩しながらも、何とか頂上に着く事が出来た。登山道具無しに、ここまで登れるのはハクを除いて奇跡に近い。
『やったーー!! 』
「もうダメ。体力の限界だわ」
「右に同じ……」
「私も……」
3人は、山頂でしばしの休息を取るのだった。




