第15話
「おいっ! そっちに行ったぞーー! 」
森の中で、逃げ回っているのは、シャープ・ターキーと呼ばれている魔獣だ。七面鳥のようだが、鋭い口ばしで攻撃されると命を落とす事もある。だが、食肉の材料となり、その肉は、淡白であるが油ものっており、とても美味しいという話だ。
先兵の合図に、日本から召喚された高校生達は、そのターキーを追いかけた。武藤 厚志が、ギフト、ファイヤースピアーを放とうとして、魔法指導役のレイラの止められていた。
「武藤、こんなところで、貴方のギフトを使えば、ターキーどころか、私達までこんがり焼き上がってしまいます。ターキーは、魔法ではなく、剣や弓で討伐して下さい。いいですね! 」
「チェッ! せっかく、動く相手に魔法をブチ込めたのによ〜〜」
そんなやりとりをしていると、前方で歓声が鳴った。どうやら、佐伯 優也が剣で仕留めたらしい。取り巻きの女性達から、チヤホヤされていた。
「ほら、また、あのイケメンに先起こされたぜ……」
独り言にしては、大きな声で呟く武藤の声を、外内研一は聞き逃さなかった。
「敵対関係……いや、嫉妬か……」
研一は、クラスの仲間を密かに観察している。誰が信用に値する人物か見極めているようだ。
「レイラさん、普段からこの森は、こんなに魔獣が出るのですか? 」
研一達が森に入り込んで、5分と経たずに魔獣と遭遇していた。それも、ゲームのように、進めば進むほどエンカウント率が高くなっている。
「いいえ。こんな事は、私も初めてです。大概は、一日、歩き回って、2〜3匹がいいところでしょう」
「じゃあ、何か森に変化が起きているのですか? 」
「それは、わかりません。詳しく調べてみませんと……」
「そうですか……」
研一とレイラが話をしていると、東條 凛と野々宮 手毬がその話を聞いていた。2人も怪訝な顔をしている。
「あれは東條 凛か……夜な夜な繁華街をうろついているらしいが……そういえば、中年男性と一緒のところを見たと誰かが言っていたっけ……援交か? まぁ、金髪美少女なのは認めるが、ビッチは、ごめんだ……」
研一は、そう思いながら、東條 凛と一緒にいる野々宮 手毬を見ていた。
「私達に何か用なの? 」
突然、東條から声をかけられ、驚いた研一は、咄嗟に
「いや、いつも一緒にいるから、仲が良いんだなぁ、と思ってただけだ」
「手毬とは、幼馴染よ」
「そうなんだ……」
「キモいから、私達の事、ジロジロ見ないでよね。行こう、手毬」
「……うん……」
「キモいって……他に言い方があるだろう」
研一は、そう言いたがったが、言える度胸もなく、落ち込んでいると、レイラがニヤけて
「頑張れ〜〜」
とだけ言い残し、後方の兵達のところに行ってしまった。
「何なんだ……恋愛とかそんな事をしてる状況かどうか理解できないのか? 」
理不尽な解釈をされ、研一は、心の中で怒りが込み上げていた。
陽の傾斜角度が低くなる頃、野営の目的地である滝の側の広場に着いた。ここは、ハクがこの世界に来たばかりの時、住処にしていた場所だ。
「今日は、ここで一泊する。明日は早いから各々充分に休息するように」
中年の聖騎士団の1人がそうみんなに叫ぶ。シュベルトさんの上司で、この隊の隊長を務めているアレン=キャプチャーだ。如何にも出来そうなイメージを持つ人物である。
それと、研一が注目していたのは、ライゼン=ハーバーという名の謎の人物だ。格好から聖騎士団でもないし、一般兵でもなさそうだ。しかし、身に纏う雰囲気が尋常ではない程、怖く感じる。これが、殺気であると理解するには、研一は、まだ未熟であった。
滝壺の方では、落ちてくる水の飛沫で、薄っすら虹が出来ている。その光景を女性達は、珍しそうに眺めていた。
「自撮りに最高の場所ね」
「スマホ使えれば、アップしたのにね〜〜」
「きっと『いいね』連発だよ〜〜」
この世界に不似合いな会話が聞こえて来た。クラスの大半は、観光気分が抜けないらしい。
「この世界は、きっと、命のやり取りが普通に行われている世界だ。あいつら、その事をわかってるのか? 」
そう思っているのは、研一だけでは無かった。遠巻きにその光景を見ていた東條 凛と野々宮 手毬は、段々と険しい表情に変わっていった。
◇
翌朝、研一は、毛布にくるまり寝ているとレイラさんに起こされた。
「研一、研一起きて下さい」
レイラさんに研一を揺さぶりながら声をかけられていると、一瞬、いけない事を頭に描いた。異国の美少女に朝方起こされれば、普通の高校生ならそう考えて当たり前だ。
「研一、ちょっと来て下さい」
「おはようございます。何処にですか? 」
「こっちです」
周りを見渡すと、警備兵以外の者はまだ寝ていた。レイラが研一を連れて来た場所は、女子達が寝ている場所だった。
「研一、こちらです」
「ちょっと、待って下さい。ここは、男の俺では、入りにくいですよ」
「それは理解できますが、急患です。研一は『診察』という医師のギフトを持っていますね。その急患を診てもらいたいのです」
「病気ですか? それでは、仕方ないですね……」
医者一家の研一は、生まれた時から、医師に囲まれた世界にいる。日本では、医師の免許を取れる年齢ではないが、急患と聞いては黙っていられない。
「この2人です。昨夜から、お腹が痛いそうなのですが……」
その2人は、東條 凛と野々宮 手毬だった。2人とも、お腹を押さえ苦しそうにうずくまっている。
研一は、2人の側に近づき、その状態を見た。顔色は、それ程悪くはないが、汗が滴っている。
「お腹のどの辺りが、痛いの? 」
「手で押さえているあたり……」
「野々宮さんは? 」
「凛と同じ場所だと思う……」
「もしかして、生理とか? 」
「ち、違うわよ! バカ! 」
赤くなった東條 凛は、そう苦しそうに怒鳴った。
「バカはないだろう? 大事な事なんだ。野々宮さんは? 」
「ち、違います……」
恥ずかしそうに、うつむいている。
「どんな痛みなの? 重いとがズキズキするとか? 」
「ズキズキする痛みよ」
「わ、私もです……」
受け答えははっきりしている。痛みの中でも恥ずかしさもある。急性の胃腸炎か? それとも、虫垂炎(盲腸炎)か?
「食欲は? 何か変わった物を食べたりした? 」
「配給されたものだけよ」
「私もです……」
「吐気はある? 」
「少し、気持ち悪い」
「私も……」
研一は、そう話す女子2人の目の動きを見逃さなかった。
「それと、トイレの回数は? もちろん、大の方だけど」
「なっ! 何て事聞くのよ! この変態! 」
「東條さん、これは、大事な事なんだよ。下痢なのか便秘なのか、わからなければ判断がつかない」
「そ、そんな事、あんたに言えるわけないでしょう? 」
「困ったなぁ〜〜そうだ。レイラさんに話してくれる。それを聞くから」
「まぁ〜〜それなら……」
東條 凛は、小声でレイラさんに話している。野々宮 手毬も同じだ。
「研一、2人とも、下痢気味だそうです」
便が出てるなら、腸閉塞では無いようだ……
「うん、わかったよ。あと2人とも舌を出してくれる? 」
「何でよ! 」
「ここには、採血する道具もなく、X線もない。東洋医学も考慮に入れて診るしかないんだ。病気になると、舌には色々な症状が現れるんだよ。胃が悪いと白くなったりするしね」
「わかったわ」
2人とも観念したようだ。口からちょこんと舌を出すその恥ずかしげな表情は、『グッ』っとくるものがある。
「ありがとう。2人とも、少し、舌が白くなっているようだね。それに、口臭もある。胃腸が弱っている証拠だ」
「口臭……」
2人ともその言葉を聞き、慌てて手で口を押さえた。
研一は、食中毒の件も疑っていた。こんな世界だ。どこに未知の細菌やウイルスが存在しててもおかしくない。だが、2人の様子がおかしい。東條 凛が恥ずかしい質問をされた時には、怒り出して、お腹を押さえていない。痛みが強ければ、恥ずかしくても、その手を退ける事は無いはずだ。それに、野々宮 手毬の態度である。終始うつむいたままで、お腹を押さえてはいるが、力が入っていない。恥ずかしい質問の時には、その手を外し、顔を押さえている。
研一は、普段の2人の動向を思い出し、ある、考えが浮かんでいた。
「レイラさん。正確な病名は、判断できませんが、急性のお腹の痛みのようです。水分補給をこまめにして、お腹に入っている悪い物を排泄し、今日一日、安静にして様子をみれば問題ないかと思います」
「なっ! 排泄って……死ね! 変態」
怒りが最高潮なのがわかるほど、東條 凛の顔は、赤くなっていた。一方、野々宮 手毬の方は、恥ずかしいのか、オジギ草のようにうつむいたままだ。
研一は、あらゆる可能性を考慮して、そう判断した。未知の病気なら研一でも手に負えないが、既知の病気なら患者から伝わる雰囲気、目の動き、仕草や言葉の受け答え、体臭など……で、ある程度判断できる。正確な診断は、この世界では出来そうも無いが、恐らく間違ってはいないだろうと思っている。
「研一、ギフトを使ったのですか? 」
「いいえ。使ってません。まだ、使い方が理解できないので……この判断は、僕達の世界では、医師が行う一般的な判断です」
「そうですか……わかりました。凛と手毬は、討伐が終わるまでここで休んでいて下さい。研一もです。急変した場合の付き添いは、研一が適任でしょう。私は、この事を隊長に報告してきます」
「わかりました」
レイラは、そう言って隊長が休んでいる場所まで出かけて行った。東條 凛は、研一を睨んだままだ。病気でなかったら、殴られそうな勢いである。
研一は、バツが悪そうに少しその場を離れ、レイラさんの帰りを待った。
「あんなに睨まなくていいのに……俺、何か悪い事したのか? 」
研一は、乙女心が分かっていなかった……
◇
レイラは、この部隊の隊長、聖騎士団のアレンと話をしている。
「急患か……異世界人は、役にたたんな。その者が持つギフトは何だ? 」
「運搬と育成です」
「聞いたことも無い能力だが、どんな能力なんだ? 」
「運搬は、物を運ぶ能力だそうです。育成は、植物などを育てる能力だと思います」
「攻撃系で無いのならその者達は必要ない」
「わかりました。また、医師のギフトを持つ者もここに置いて行って構わないでしょうか? 」
「医師か……戦闘には不向きだな。その者もここで待機して様子をみよう。怪我をした我らの兵士を診てもらうまで、ここで力を温存してもらった方が役に立つ」
「ポーションを使ってみてはどうでしょう? 」
「これから、戦闘が始まるんだ。戦え無いものに与える余分なポーションなど無い! 」
「わかりました……」
「それと、一般兵を1人、監視につけておけ。逃げられでもしたら、困るからな」
「はい。そのように致します。失礼しました」
アレン隊長の気持ちもわかるが、この一週間、一緒に訓練をしてきたレイラには、その隊長の物言いにムカムカ腹が立っていた。
「でも、これであの3人だけでも危険な目に合わせなくて済んだわ……」
レイラは、そう思いながら、研一がボーッと立っている場所まで戻って行った。




