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絶無の異端者  作者: 聖 ミツル
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第14話




 壁を乗り越え街に不法に潜入したハクが、降りたったところは、この街の外れにある貧民街のようだ。


 着地点に、桶が転がっており、バランスを崩して尻餅をついてしまった。気まずい顔をしているハクを、薄汚いボロボロの服を着た子供が見ていた。


「おじさん。あの壁を越えてきたの? 」

「……あぁ……誰にも言うなよ」

「わかった」


 素直にハクの言う事を聞くその子供のお腹が『ギュルル』と、威勢良くなる。お腹が空いているのは、一目瞭然だが、ハクは、あいにく食べ物を持ち合わせていない。


「腹が空いてるのか? 」

「……うん」

「実は、俺もだ……」


 ハク自身、昨夜から何も食べていない。ポケットの中には、最初にオークの住処から奪った硬貨が入っている。


「どこか、飯を食わせるところを知っているか? 」

「知ってるけど、こんな朝早くからはやってないよ」

「それもそうだな……」


 少しは食べ物を恵んでくれるのではないかと期待してたのだろうか、その子供は、残念そうな顔をしている。


「お前は、こんな朝早くからは何してるんだ? 」

(かまど)にくべる(まき)を集めていたんだよ」

「薪集めか……」


 ハクは、自分が降りたった周囲を見渡す。開けた土地に草が生い茂り、壊れた古井戸がある。


「あの井戸は、まだ、使えるのか? 」


 喉が渇いていた事を思い出したハクは、その子供にそう聞くと


「あの井戸は、もう枯れてしまって水一滴も出ないよ。おじさん、水飲みたいの? 」

「あぁ、喉が渇いた」


 子供が言うように、その井戸が使われている様子はない。


「あの〜〜おじさん。その足元にある薪を頂戴。くれたら、家まで来なよ。水くらい飲ませてあげる」

「薪? あぁ、これか……」


 それは、ハクが着地に失敗して壊してしまった木の桶だ。子供に薪と言われるまで、その認識が無かった。


 ハクは、壊れた桶を拾い上げ、その子供に渡した。湯を沸かすくらいの燃料にはなるだろう。


「ありがとう。おじさん。家、こっちだよ」

「あぁ……」


 そう言いながら、小さな腕の中に大事そうに薪を抱いて、その子供は駆けだした。


 ハクは、その後ろ姿を見て、子供の向かう先の小さなボロい小屋が乱立している場所とその更なる向こうの高台にある大きな屋敷と見比べていた。


 貧富の差は、何処にでもある問題だ。ハク自身、その日暮らしの生活をしている。しかし、現実にこのような場面に直面すると、考えてこんでしまう。


「俺が、この世界にいる意味は何なのだろう……」


 ハクは、重い腰を上げ、お尻についた土ほこりを手で払い、手入れされていない肩まで伸びた白い髪をフードで隠し、その子供の後を追う。


 建ち並ぶボロい小屋から白い煙が立ち昇っている。


 その子供は、その中の小屋の一つに入って行った。


 ハクは、その煙を見ながら、そのあとに続く。


「あ母さん、薪あったよ〜〜」

「ありがとう。ユズ、ゴホン、ゴホン……」

「お母さん、無理しちゃダメだよ。後は、私がやるからーー」


 ハクが、のそっと、扉の前に立っている。その姿を見たユズの母親は、子供を守るような動作を取り、険しい顔でハクを睨みつけた。


「おじさん、こっちにおいでよ。水、今、持ってくるから〜〜」

「ユズの知り合いなの? 」

「そうだよ。空き地で、薪をくれたんだ〜〜」

「そうなの……」


 警戒を少しといたが、身体はユズを(かば)ったままだ。母親のその姿を見たハクは


「心配するな……水をもらったら直ぐに出て行く……」


 竃の近くにある水瓶の中に木製のコップで水をさらい、ユズが、ハクのところまで水を持ってきた。


 暗くてよくわからないが、黄色く濁り、少し、臭みのある水だ。ハクは、ユズからコップを受け取り、躊躇わずにその水を飲み干した。


「……助かった」


 お礼のつもりなのだろうか、ハクは、小声でそうユズに話しかける。

 すると、


『ゴホン! ゴホン! 』


 ユズの母親の湿った咳が響く。ユズは、苦しそうにしているお母さんの背中をさすり始めた。


「病気なのか? 」

「……うん。胸の病なんだって」

「そうなのか……」


 ユズの不安そうな言葉にハクは、家の中に入り込み、ユズと一緒に、咳き込んで苦しそうにうずくまっている母親の背中をさすり始めた。


「薬とかはないのか? 」

「……そんなの買えるのは貴族ぐらいなもんだよ」

「そうか……水をくれた礼だ」


 サスは、ユズの母親の背中に手を翳した。ハクの能力は消す事をだけだ。

 ハクは、母親を苦しめている病の素を消した。


 すると、母親の咳は止まり、呼吸も楽になったようだ。うずくまっていた身体を起こし、青ざめた顔に赤みがさしていた。


 ユズは、母親の劇的な回復に、言葉が出てこなかった。ただ、薄汚い顔に不似合いな大きな瞳から涙が溢れ出し始めた。


「あの……何がおきたのでしょう? 」


 ユズの母親は、ハクの顔を見ながら問いかける。


「病の素を消しただけだ……」

「そんな事ができるのですか? 貴方様は何者なのですか? 」


 これまで見た事もない母親の元気な姿の質問責めに、抑えていたユズの感情が溢れ出た。


「お母さん〜〜お母さん〜〜」


 ユズは、母親に抱き着き大きな声で泣き出してしまった。その泣き声は、しばらく間、小屋の中に響き渡った……





 ハクは、ユズ達、親子に食事に誘われていた。食事といっても、じゃが芋らしき芋を水で煮込んだスープだけだ。


 塩味もついていないそのスープは、青臭い芋の味しかしないものだったが、この親子にとっては、貴重なものだ。ハクは、遠慮なくそのスープを胃袋に押し込んだ。


「こんな物しかお分けする事しかできず、申し訳ありません……」


 ユズの母親は、ハクにすまなそうな顔でそう呟く。


「構わない……それに、割といける……」


 何も食べていなかったハクにとっても、食べられるだけでもご馳走である。裕福な者が差し出す食事よりも、ハクは、このスープの方が貴重なものだとわかっている。


「おじさん、じゃなくて、ハクさんは、これからどこに行くの? 」

「少し、用があってこの街に来た。用が済んだら、森に帰る」

「森って、山のところの森? 」

「そうだ……」

「あんな怖いところに住んでるの? 」

「住んではいない……森なら、食材があるから、うろついているだけだ」

「ハクさんって変わってるね」


「これっ、ユズ、失礼な事を言ってはいけません」

「だって〜〜森には、怖い魔獣がいるんだよ。それに獣人もいるし、普通なら、森に入ったら生きて帰れないよ」


「人にとって、森はそういうイメージなのか? 」

「そうですね。森は、怖いところです……現に、私の主人が森の魔獣に殺されてしまいましたし……」

「そうか……すまなかった……」

「良いのですよ。もう、昔の事ですから……」


 ハクは、顔色こそ変えなかったが、すまなそうにポケットをさらった。


「世話になったついでに教えてもらいたい。この硬貨の価値は、どれほどなんだ? 」


 ポケットから掴んだ貨幣をテーブルに置いた。それを見た親子は、驚きを隠せなかった。


「ハクさん、なんでこんな大金持ってるの? これ、白金貨だよねーー私、初めて見たよ」


「山で拾っただけだ。俺には、人里で暮らしていた記憶が無い。価値がわからないんだ」


「ハクさん。取り敢えず、このお金はしまって下さい。不用意にこんな大金出したら、殺されかねませんよ」


「そういうものなのか? 」


「はい。ハクさんが持っていたのは、白金貨と大金貨、それと金貨10枚と銀貨です。白金貨と大金貨は普通では使いません。使うのは貴族や商人だけです。それと、金貨一枚あれば、今の私達の生活でしたら3ヶ月ほど過ごせます。普通に暮らすなら1ヶ月分でしょう。銀貨10枚で金貨1枚の価値があります。銀貨一枚で宿屋なら食事付きで2泊はできると思います」


「そうなのか……」


「ハクさん、記憶が無いの? 」

「あぁ……気がついたら森を彷徨っていた」

「そうだったの……苦労したんだね」


 無邪気なユズに、そんな事を言われるとハクは、胸が苦しくなってきた。これが、どういう痛みなのかハクには、理解できない……


「世話になった。これは、飯の礼だ」


 ハクは、テーブルに金貨3枚を置いて出て行こうとした。


「待って下さい。ハクさん。こんな大金受け取れませんよ」


 慌てた様子で、ユズの母親が追いかけてきた。しかし、ハクは、


「俺にとっては、さっきの飯はそれだけの価値がある。それは、お前達の正当な対価だ。いらないのなら、捨ててくれ」


 そう言い残し、ハクは家を出て行ってしまった。ユズの母親は戸惑っていたが、ユズは、ハクの後ろ姿に、大きな声で、


「ハクさ〜〜ん、ありがとう。それと、お母さんを治してくれて、ありがとう〜〜」


 ハクは、ユズのその声に振り向かず、片手を上げて応えたのだった。そして、自分自身に手を翳して、気配を消した。





 ササ達がいる白狐族の里では、朝から、ヒュドラが、森に結界を張っていた。その結界は、ヒュドラの森と同じように、白い霧で覆われた。


 獣人達が、二度と襲われないようにした結界だが、東の山脈方面には張っていない。そうしないと、獣人達が食事の確保のための狩ができないからだ。


「毒の霧ではないから、安心して。道に迷う事はあるだろうけど、獣人達なら、感覚で戻れるよね? 」


「ありがとう御座います。ヒュドラ様。こんなにしてくださって、何とお礼を申し上げたらよいか……私達には、そのご恩に応える物がありません……」


「気まぐれでやった事だから、気にしないで。それより、ササ、準備はどう? 」

「はい。準備できてます」


 ササの背中にはリュックサックに似た荷物入れを背負っていた。頭には、耳を隠す帽子をかぶっている。それに、尻尾も上手く服の中の隠しているようだ。


「まるで人間の女の子みたいね」

「上手く隠せてるでしょうか? 」

「ここまでしなくても、私が幻術をかけてあげたのに……」

「キリコ様は、そんな事もできるのですか? 」

「私にとっては、朝飯前。でも、転移は、ヒコの方が得意」


 キリコになっているヒュドラは、ヒコの姿に変わり、目を閉じた。


「あっ! ハクは、街の中にいるみたいね。気配を消されてしまったから、大まかな場所しか追えなくなったわ」


「人間の街にハク様が……」


「ハクは、元々、人間よ。街に行ってもおかしくないわ。でも、どうして、街なんかに行ったのかしら……あんなに人を避けてたのに……」


「さぁ? 私にはわかりません」


 ササが、首を傾げながらそう答えるとヒュドラの1人芝居が始まった。


「でも、いいわ。人間の街も見ておきたかったし、美味しいものが食べられるかもしれないしね」

「美味しいものですか〜〜ジュル……」

「フウコは意地汚い」

「そう言うキリコも目がないくせに〜〜」


 ヒュドラの1人芝居が長くなりそうなので、その間、ササは、里の者達と別れを惜しんでいた。


 昨夜、ササの父親からヒュドラとササにハクが残していった貨幣を渡しておいた。獣人達には、人間のお金は必要ない。これだけ、あれば当分は、お金に困る事はないだろう。


「ササ、そろそろ行こうか? 」

「はい」


「ササ、気をつけるんだよ。身体を大事にね」

「ヒュドラ様、何卒、ササをお願いします」


 ササの両親を始め、この里の獣人達に見送られ、ヒコになっているヒュドラは、ササとともに、ハクが気配を消した近くに転移した。







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