第11話
レイフル国、王都、王宮の謁見室では、レオナルド第一王子をはじめ、国家の重鎮達が連なる中、聖騎士団に入りたてのシュベルト=ハラヤスと魔術師のレイラ=スタンダードは、片膝を折り、首を下げていた。
「シュベルト、レイラ、顔を上げて構わない」
『勿体ないお言葉でございます。レオナルド王子』
「今日、君達をここに招いたのは、君達にしてもらいたい件があるからだ」
「私の様な若輩者に、王家からお仕事を賜わるなど勿体ない事で御座います」
「実は、異世界から、召喚した者達の指導役として、君達を任命した。力を貸してくれるか? 」
「はい。ご命令とあらば、このシュベルト。精一杯努めさせて頂きます」
「うむ。で、レイラはどうだ? 」
「私の様な者が王家のお役にに立つのであれば、喜んで引き受けさせて頂きます」
「そうか、そうか〜〜心良く承諾してくれて我も嬉しく思う。異世界から来た者達は、神からそれぞれギフトを授かっている。できれば、早急に使えるようにしてもらいたい」
「はい。畏まりました。一つご質問をお許し下さい。異世界から来た者達は、剣術や魔法は使えるのでしょうか? 」
「剣術は知らんが、魔法は使えないらしい。魔法は、お伽話の中でしか存在しない世界だそうだ」
「そうでありましたか……先程、王子は、早急にとおっしゃいましたけど、一年ぐらい鍛錬の猶予はお有りなのでしょうか?」
「シュベルト、君は勘違いをしている。我が言う早急とは、七日だ。それ以上は認められん! 」
「七日ですか? 魔法も使えない者達を僅か、七日で戦えるようにするのですか? 」
「レイラ、我の意に逆らうのか? 」
「し、失礼しました。ですが、七日では魔法習得は難しいかと存じます」
「構わん。使えん者は死ぬだけだ。それに、今は、早急な事案が発生している。君達は、修道士師団の件は聞いておるか? 」
「はい。私は、知っております」
「お恥ずかしながら、私は知りません」
「シュベルトは、聖騎士団の一員だ。知っていても不思議ではない。レイラは、まだ、学生の身分だ。知らなくて当然だろう。実は、神から始末を任されたある人物に、修道騎士団がほぼ全滅したそうだ。教会から聖騎士団にも、討伐の要請が来ている」
「えっ……修道騎士団がですか? 」
「そうだ……修道騎士団といえば、王家の抱える聖騎士団と同等だ。その者達が、一人の男にほぼ全滅させられてしまった。助かったのは、後衛部隊の魔法士とその援護騎士だけだ。これは、由々しき事態である」
「そんな事があったのですね……」
「それで、その者の始末を異世界から来た者達に討伐してもらおうと思う」
「お言葉ですが、異世界から来た者達がどれ程の実力かは知りませんが、修道騎士団に優っているとは思えません」
「そのことは重々承知している。だが、盾には使えるだろう? 」
「そう言うことなのですね……」
「レイラ、我が国の戦力を失う事は、あってはならない。聖騎士団がもし、その異端者にやられてみろ。我が国の信用は丸潰れだ。隣国に笑われでもしたら、レイフル国の名に傷が付く。それだけは、避けたいものだ。しかし、召喚された、異世界人なら、話は別だ。理由付けは如何様にもできる」
「わかりました。レオナルド王子……」
「うむ。わかってもらえれば問題ない。早速、鍛錬を始めてくれ。できれば、西の国境付近の山脈にオークの巣があるそうだ。一週間後、その討伐が出来るように鍛えてくれ」
「オークですか……」
「シュベルト、勝てとは言っていない。我が聖騎士団が最後に討伐出来るぐらい役目を果たせればそれで良い。しかも、その山脈付近に、例の異端者もいるらしい。合わせて、始末してもらいたい」
「わかりましたが、その異世界人は、叛旗を翻す事はないのでしょうか? 」
「その点も考慮して、首に奴隷用を改良した拘束具を取り付けた。着けている異世界人達は、魔力暴走を防ぐ魔具と言ってある。逆らう者がいたら、首をはねて構わない」
「そこまでお考えなされていたとは……シュベルト、レオナルド王子のお考えの深さに感銘いたしました」
「わかってくれればそれで良い。また、この件は内密だぞ」
『はい。畏まりました』
「それから、お主達だけでは、心許ないと思い、彼にもその旨を頼んでおいた。何かあれば頼るが良い」
謁見室の脇の扉が開き、その彼が入って来て、王子の前で膝まづいた。
「あ、貴方様は……」
「この国の者なら誰でも知っておるだろう。我が国最強の剣士、ライゼン=ハーバーだ。ライゼン、この者達と異世界人を頼んだぞ」
「御意……」
謁見室は、ライゼンの登場で、空気が重くなった。それ程の気を身に纏う人物は、世界広しといえども、このライゼンしかいないだろうと、シュベルトは思っていた。
◇◇◇
レイフル国王宮内に併設されている修練場側の宿舎に、日本から召喚された2年A組の生徒達は、それぞれ部屋を与えられ休んでいた。
剣術の指南役として、任命されたシュベルト=ハラヤスは、レイフル国の剣術学校を首席で卒業し、聖騎士団に入ったばかりの青年だ。
そして、魔法指導役として任命されたレイラ=スタンダードは、魔法学校の優秀な女子生徒でもあるが、幼い時から魔法の才覚を現し、卒業後は魔法学校の先生として教鞭をとるはずだった。しかし、王家から、今回の件で異世界人の指導に当たる事になった。
二人は、早速、異世界人がいる宿舎に足を運ぶ。ここには、王国最強剣士と言われるライゼン=ハーバーは、来なかった。七日後のオーク討伐には参加するようだ。
「シュベルトさん。異世界人とは、どのような人達なのですか? 尻尾が生えているとか、頭に角が生えていたりするのでしょうか? 」
「レイラは、異世界人を見るのは初めてかい? と言っても、俺も、召喚された時に、チラッと見ただけだが、俺達と何も変わらない風貌だったよ」
「そうですか……」
「レイラ、どうしたんだい? 」
「人間とかけ離れた容姿なら、奴隷のように扱いやすかったのですが……」
「容姿は同じでも、この世界の人間では無い。情などかけなくても構わない」
「そうですが……少し、気が重いです」
「それは……そうだな……」
宿舎に向かう二人の足取りは、重かった。
「さぁ、着いた。レイラ、これは、王家から直々に頼まれた仕事だ。わかっているだろうが、失敗は許されない」
「はい。心得ております」
「では、参ろう」
意を決したように、シュベルトとレイラは、宿舎の中に入って行くのだった。
◇◇◇
ここは、王都、イリヤス教会本部。
修道騎士団が、異端者にやられたと聞いて、第二王女ユリシーナは、キャサリンの安否を心配して駆けつけていた。
「キャサリンは? キャサリンは無事なのでしょうか? 」
我を忘れたようにユリシーナは、その身に似つかわしく無い大きな声を上げていた。
キャサリンは、聴こえて来た声がユリシーナのものと分かると、休んでいた部屋を飛び出し、その声の元に向かった。
「ユリシーナ様! 」
「あっ、キャサリン! 」
二人は、お互いの姿を見つけると駆け寄り、抱き合った。
「あ〜〜キャサリン……無事で良かった……良かった……」
「ユリシーナ様。御心配をお掛けして申し訳御座いません……」
二人は、抱き合ったまま、離れなかった。
「ぶぉほん! ユリシーナ様、キャサリン様。ここは、教会で有りますよ」
二人の再開を邪魔した無粋な人物は、教会の世話役。貴族達の侍女のような役割のメルシーという老女である。
「すみません。メルシー。嬉しかったもので……」
「いいえ。構いません。ですが、キャサリン様まで、王女と同じ振舞いでは、困ります。場所をわきまえて頂かないと……伯爵家のお嬢様だとしても今の貴女は、王女の付き人なのですから」
「メルシーさん。すみませんでした……」
「わかればよろしいのですよ。美味しいお茶でもお入れ致しましょう。さぁ、応接室の方でお話し下さい」
『はい』
教会内の応接室でユリシーナ第二王女とキャサリンが、メルシーの入れてくれたお茶を飲みながら、
「ユリシーナ様。教会にお戻りになって構わないのですか? 」
「私は、召喚魔法のお手伝いをしただけですから、もう、王宮には要はありません。それに、私が、何時迄も、あそこにいるのは、気に入らない方々もおりますし……」
「それは……ユリシーナ様が、神からのご慈悲を頂いているからです。妬む者がいれば、妬ませてあげれば良いのです」
「キャサリンは、相変わらず、気にしないのね」
「私は、ユリシーナ様の騎士です。誰が何を言おうと私だけは、ユリシーナ様の味方です」
「キャサリン……そう言ってもらえて嬉しいわ。でも、修道騎士団が異端者にやられた事を聞いた時は、生きた心地がしなかったわ。本当に、無事で良かった……」
「実は、私も何で生きているのか不思議なのです。その異端者に、鎧を消されました。力を強く使われてたら、きっと、この世にいなかったでしょう」
「消された? それは、どういう事なのですか? 」
「異端者の不思議な能力です。異端者に襲いかかった者達は、みんな消されてしまいました……」
「それは、転移魔法とかではないのですか? 相手を強制的に転移させるような……それでも、反則的な力ですけど……」
「詳しい事は分かりません。でも、転移魔法なら、消されたみんなは無事という事ですよね。それなら、何らかの連絡が入ってもおかしくないと思います。それが、今の時点で無いとすれば、消されたとしか考えられません」
「そうですわよね……その場にいなかったのに出過ぎた言葉を言ってしまって……」
「ユリシーナ様が悪いのではないのですから、お気になさらずに……」
「本当、私は、駄目ですね……大きな被害が出たというのに、こんな風に考えてしまうなんて……不謹慎でした……」
「いいえ。全ては、異端者が悪いのです。ユリシーナ様ではありません」
「その異端者は、さぞ、鬼のような人なのでしょうね」
「それは……」
キャサリンは、ハクの寂しそうな目を思い出していた。鬼というより、行き場のない捨て子のような感じだった。
「キャサリン。どうかしたの? 」
「いいえ。何でもありません……」
キャサリンは、仲間がやられたというのに、こんな事を考える自分こそ、不謹慎だと思っていた。




