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「四季の中つ国」  作者: 雪花
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飛英

一番最初に見た印象は、


ーー案外、小さいんだな。


というものだった。


見た目が、あまりにもかよわく、頼りなく思えたのだ。

まさかこれが、と胸の内で何度も思ったが、どうやら本当に、間違いなさそうだった。


だから、少々手荒な真似を使っても、手元に置きたかった。

正確には、手に入れたかったのだ。


そうするのに充分な理由が、彼自身にはあると思っていた。




飛英(ひえい)、入りますよ」



外側から涼やかな声がして姿を見て見せたのは、彼の主だった。

薄紅色の瞳に、同じ色の髪が長く背に垂れて、花を散らした打掛けをまとった姿は特別な優美さがある。

この中つ国でも、絶世の美女と言われるゆえんだった。


「今朝は、早くから外に出ていたのですね」


飛英は、

読んでいた書物を卓の上に置いた。


「ヒュウマと出ていました。いけませんでしたか」


「いけなくはないけれど、何事かと思いましたよ」



その言い方に、飛英は苦笑した。


「そんな、大袈裟な」



桜の宮は、その場で何も言わずに飛英を見つめていたが、



ーーと。


そこで、高らかに、

鈴の音が鳴り響いた。


春陽殿の、門番からだった。


誰かーー使者が、来ているのだろう。

桜の宮に取り次ぎたいと、部屋へ報せが来る。




ーー思いのほか、早くやってきたな。


と、飛英は思った。


そして、


ひとり、部屋を後にした。



***



「四季の中つ国」にいる4人の四獣には、それぞれ特殊な力があると言われている。



その郷のひとつ、春の郷の四獣ーー飛英には、見えない結界を張る力があった。


そのなかにさえ、かくまってしまえば、誰も見つけることはできないのだ。


飛英自身、その能力を試したことはなかった。

何しろその力を行使できるのは、他の郷の巫女姫と、四獣だけなのだ。


それゆえ、その力は『禁じ手』と呼ばれ、滅多なことでは使うことができない。


しかし、

いざ彼が使おうと思ったら、どうすればいいのか、いとも簡単に分かった。


春の郷の名にちなんでか、

その技は『胡蝶(こちょう)』と呼ばれ、長らく彼自身の内にあった。




薄暗い洞窟に足を踏み入れると、

奥の方に、

ぼんやりと横たわった人の輪郭が見える。


大分、弱っているが、やはり間違いない。


飛英は、動けない相手のそば近くまで寄ると、負傷している左腕を調べた。


矢には、しびれ薬が塗ってあったため、もうしばらく動くことはできないだろう。


しかし、ここまであっけなく捕らえられるなら、薬を塗っておく必要もなかったな、と心の端で思う。



「ーー気分は、どうだ」



返答はないものと思って話しかけたが、相手はぼんやりと視線をむけてくる。

その目に、わずかなりとも敵意の炎が燃えているのを見て、飛英は面白く思った。



「……お前は、誰だ。どうしてこんなことをする」



体がしびれているわりにはよく話せるな、と飛英は思いがけず心愉しくなった。



「お前を手に入れられたのは、本当に幸運だった」



質問には答えず飛英は言うと、

まだずいぶん幼く見える四獣に目を細めた。



ーー宮代がどう思ってるか知らないが、あいつの思うようにさせるものか。



そう思い始めるとますます愉しくなり、飛英は最後、背をむけながら言った。


「安心しろ。お前の不在を心配しているやつが、じきにやってくる。ここを見つけることができればの話だが」



次第に遠くなっていく声と足音を聞きながら、

凪は、

なぜこんな場所に捕らえられているのか、相手の意図が分からずに困惑した。


そして不意に、

秋の郷で出会った明るい髪の少年の声が浮かんだ。



ーー何かあったらいつでも呼べよ。きっと助けてやるから。



ーー本当に、情けない。




凪は、思うように動かない体を抱えて、

遠ざかっていく後ろ姿を見る。


と、

月の光のせいか、

その背は僅かに光を帯びていた。


黒い服装に、酷薄そうな、うす緑の目。

短くて白い髪。


ーーあいつが、俺に、矢を射ったのか。



そう考えながら、

凪は、またいつ覚めるともしれない眠りに落ちていった。








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