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「四季の中つ国」  作者: 雪花
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獅子王


四獣には、それぞれ特殊な力がある。


例えば冬の四獣ーー玄武は、自分や誰かを他の者に見立てて、あざむくことができる。


技をかけられる相手は、他の郷の巫女姫と四獣に対してだけだ。


楓の宮は、もし危険が及ぶことがあれば、『蜻蛉』を使ってもいいと、そう言った。

『蜻蛉』は、琥珀ーー白虎の、特殊能力だった。


しかしそれは本来『禁じ手』と呼ばれ、むやみに使っていいものではない力だ。

そんな事態になるくらいなら行かない方がいいと、暗に琥珀に伝えているのだろう。


「……そんなこと言ったってなぁ」




夜更けだ。


皆が寝静まった頃にきまって目が冴えてしまうのは、本来夜行性である獣の(さが)かもしれない。


だから昼間は寝ていたりするのだが、このところ昼間も、うまく眠れない。

人探しを始めてからは、特に。




琥珀は、秋麗殿の裏側にある奇獣舎の方へむかった。

あそこなら、夜は誰も近づかない。

仲の良いヒュウマに挨拶をして、早速明朝、ここを発たなければ。

《転変》すればヒュウマに乗る必要もないのだが、【影獅子】として行く以上、致し方ない。




そんなことを考えながら、柄にもなくぼうっとしていたため、いきなり現れた影に琥珀はギョッとした。


「そろそろ、来られる頃だと思ってました」



落ちついた、深い声。


暗闇のなか、月明かりに淡く照らしだされた輪郭が浮かび、琥珀は嘆息してつぶやいた。



「……獅子王」



すべての【影獅子】を統率し、楓の宮からの信頼も厚いため、皆から彼は、そう呼ばれていた。


あごで切りそろえられた断髪が、さらりと頰にかかる。

彼はわずかに笑ったようだった。



「その呼び名はやめてほしいと、私は何度も申し上げたはず。御影(みかげ)とお呼び下さい、秋王氏(しゅうおうし)



秋王氏とは、また古い故事を、

と、琥珀は苦笑した。



まだ四人の巫女姫が天に降り立つ前ーー古い昔の話。


四人の四獣が王になって、国を治めていた。

曰く、

春王氏(しゅんおうし)夏王氏(かおうし)秋王氏(しゅうおうし)冬王氏(とうおうし)と。


しかし、血気盛んな彼らは互いの力を制御しきれず、国に争いが絶えなかったため、見かねた天宮の天女が四人の巫女姫を遣わし、それぞれの王を鎮めた。


以来、この国は巫女姫が統治するようになったのが始まりだと。


その名残で、この男は未だに琥珀を秋王氏などと呼ぶ。



「お前がここにいるということは……宮にたのまれたのか」


「宮さまには護送を命じられました。無事に夏㚖殿まで送り届けるようにと」


「過保護だなぁ。何もお前をつけなくてもいいのに」


不平そうにつぶやくと、御影は首を振った。


「いえ、むしろ宮さまにしてみれば、もっと護衛を増やしたいくらいでしょう」


「護衛を増やさないのは、影獅子のひとりとして行くからか。まあ、もし本当に四獣がいたら、光輪でわかるだろうけど」


御影は、一転して厳しい口調になった。


「そこまでの危険をおかせる御身ではないことを、秋王氏には自覚してもらいたい。宮さまの心労が、あなたにはお分かりか。そこまで、夏の郷の者に肩入れする理由を、御身を預かる者として教えていただきたい」


御影も、琥珀が夏㚖殿に行くことを、快くは思っていないのだ。

考えてみれば、当然のことかもしれない。


琥珀は、

開きかけた口を、力なく閉じてから言った。



「……ただ、ほうっておけない気がするんだ。その理由は、今はあかせない」


御影はひざまずき、うつむいた琥珀と視線を合わせて言った。


「失言をお許しください。しかし、忘れないでいただきたいのです。秋王氏は、なくてはならない郷の(かなめ)。決して無茶をしてはいけません」


琥珀が頷くと、御影は立ち上がって手を差しのべた。



「一番速いヒュウマで行きましょう。私が(ぎょ)せば、半日もかかりますまい」



琥珀は顔を上げた。



ーー手がかりだけでも、つかまなければいけない。


今はここで、立ち止まりたくなかった。




かすかに見えた、

背中の、あの光。




「うん、ヒュウマはまかせる」



琥珀は御影の手を取り、まだ薄暗い奇獣舎の門をくぐった。




***



半日もかからない、という御影の宣言通り、陽が昇る頃には、琥珀は夏㚖殿の門の前にいた。

名前は知っていても、足を踏み入れるのは、これが初めてだった。


すでに夏㚖殿にいる【影獅子】と交代をお願いしたいという旨を伝えたきり、警護の者はなかなか戻ってこない。


取り次ぎに時間がかかっているのだろう。

琥珀は、はるか下方に広がる郷の様子を眺めた。

もう昼近いというのに、人の姿はまばらで、沈んだように静かだ。


石造りの建物を見慣れているせいか、眼科の茅葺き屋根は、強い風が吹けば飛ばされそうに脆く、質素に映る。

新しい宮が登極すれば、もう少し賑わう郷になるだろうか。


「こちらの様子がめずらしいですか」


その心中を察したように、

御影は琥珀と視線を同じくして言った。


「夏の郷は、先代の巫女姫の統治が短かったのです。確か一年ももたなかったと聞きます。この郷は、長く宮の不在が続いている。だからこそ、登極は急務なのでしょう」



御影が言い終わるのと同時に門が開き、なかから先ほどの門番と、派遣されていた二名の影獅子が姿を現した。

彼らもさすがに、自分の郷の四獣は心得ている。


二人の影獅子ーー(りん)玻璃(はり)ーーは、琥珀が御影と並んでいるのを見て、目を見開いた。

だが、余程のことがあると察したのだろう。

何も言わず、敬礼するに留めた。


御影は、宮からの言伝があると断り、門番に背を向けると、困惑顔のふたりに耳打ちした。


「お前たちは、これに乗っていったん郷に戻り、明朝、ヒュウマをまたここに連れてきてくれ」


「獅子王さま、しかし」


四獣である琥珀が滞在することを、ふたりとももちろん良しとしないのだ。

御影は、その気持ちを推し量って言った。



「心配するな。仇をなす者は、私が容赦しない。ヒュウマのことをたのむ」



しぶしぶ、といった体で帰る後ろ姿を見送りながら、御影は危うく嘆息しそうになった。

当の琥珀は、何食わぬ顔をしている。




「では、おふたりはこちらへ」



案内されたのは、高くそびえる夏㚖殿の楼閣のなかだった。


琥珀と御影は、いつ終わるともしれない廊下を歩き続けた後、一番角の部屋に通された。

そこでは黒い袍をまとったひとりの男が、ふたりを待っていた。



「ようこそ、夏の郷へ。宮代を務める、篠竹と申します」



ーーこいつが、宮代わりか。



琥珀は、舌打ちしたくなるのをこらえて、彼を検分した。


裾の長い袍には金色の刺繍がほどこされ、その格好が(あるじ)然としている。

しわの刻まれた顔には疲弊した様子があり、他の郷の者を呼ばなければいけない事態であることを、暗に知らせているようでもあった。



当のーー《葵の宮》は、何をしているのだろう。



まだ登極していないと頭ではわかっていても、このように宮代がすべてを取り仕切るのは、無理がある気がした。


本来は、登極前に、他の郷が介入すべきではないのだ。

それを承知しているのか、篠竹は幾分すまなそうな顔つきになって言った。



「再び影獅子の方に来ていただけるとは。楓の宮さまのご厚情には、私も日々恐悦しております」


御影は、その言葉を受けて言った。


「宮代の方におかれましては、何かと不安なこともおありでしょう。短い間ですが、微力ながら助太刀しますので、何なりとご用命ください」


「おお、それは、なんとたのもしい」



琥珀はそのやりとりを聞いているのがだんだん阿呆らしくなり、少しだけ嘆息すると、篠竹に対し正面をきって言った。



「冬の郷の四獣がいる、という噂は本当なのか」



篠竹は一瞬虚を突かれたようだったが、先ほどより深刻そうな面持ちになって言った。



「確かに、ただの噂ではありますが、助力を請うたのはそれが原因なのです。影獅子の方々には、夏㚖殿の警備をお願いしたい」



「それは承知しますが、こちらの郷の四獣は、まだ特定されていないのですか」



御影は、さらりと聞いた。


事情は察するが、まずは四獣を見つけなければ、登極することもできない。



ーー(ほむら)か。



琥珀は、楓の宮に聞かされたその名を、胸のうちでなぞった。

篠竹は、それについては考えつくしているのか、あきらめるように瞑目して言った。



「残念ながら、私はあくまで宮代にすぎません。四獣は、天から力を与えられた巫女姫が見出すもの。葵の宮が無事に四獣を見つけるまで、すべての懸案を取り除かなければいけない。それが、私の宮代の務めだと思っています。

仮に、夏至を過ぎてしまっても、私はここで、焦らず待つつもりです」












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