邂逅
ーー光輪。
琥珀も珂雪も、その光に魅入っていた。
それは焔をすべて包み込むと、そのまま収束し、やがて形を変えた。
光に目がくらんで何も見えない。
琥珀はいつのまにか、森の火の勢いが弱まっていることに気づいた。
ーー葵の宮さま。
二度目の声。
葵の宮は、消えない光の手綱を握ったまま、不思議とまだ虚空のなかにいた。
葵の宮がそのまま見つめているとーーその真新しい光のなかに、人型をとった四獣が現れた。
すでに凪だった頃の見た目ではなくなっている。
茶色がかった髪は、今は鮮烈な赤。
目が醒めるような黄金色の瞳ーー
対する葵の宮は、衣の裾や髪の先端は焼け焦げ、頰にも腕にも痛々しい火傷の跡があった。
一部は水ぶくれ、膿んだ体液が傷から滲みでている。
その四獣は、目の前にいる主を認めると、みるみるうちに、透明な液体を瞳にあふれさせた。
「ーー申し訳ございません」
嗚咽しながら、その四獣は言った。
「なぜ謝るの」
四獣は主を見上げた。
そして、
耐えきれないように視線を下へそらせた。
「傷つけてしまいました。私がーー」
そこでいったん言葉をとぎらせると、四獣は口のなかでつぶやいた。
「私が、四獣だったのですね」
葵の宮は、唇を持ち上げた。
「だから言ったでしょう。郷を出ていくなと」
「ーーお怪我は」
葵の宮は、その言葉は意に介さず右手をかかげると、再び印を押すように、目の前にいる四獣の額に据えた。
そして、目を閉じてから言い放った。
「汝、夏の郷の四獣にして四神。そなたの名を、新たに焔とす。我に従い、この国の理に則り、天宮の名において、我の佑けとなるか、如何」
四獣は瞠目しーーやがて静かに受け入れた声で言った。
「ーーすべてはこの国と、自然の定めのままに」
葵の宮はその言葉を聞くと、わずかに微笑んだ。
そして、
今までずっとはりつめていたからだろう、緊張の糸が急に解けたように、その場で崩れ落ちた。
ヒュウマが察して素早く飛んでくる。
焔はヒュウマの背にまたがると、倒れ込んだ葵の宮を、その手で抱きよせた。
夏㚖殿の奇獣舎で別れた時のことが、はるか遠い昔に感じられた。
あの時必死に引きとめようとした葵の宮を思うと、おのれの不忠が憤ろしかった。
まさに切歯扼腕の思いでーー焔となった少年は、声もなく力つきた主の様子を見つめる。
もう少しで、
自分は《葵の宮》を本当に殺しかねないところだったのだ。
その事実に、彼は戦慄を覚える。
その一方で、
葵の宮がやって来なければ、自分は未だに理を解さない破壊者だっただろう。
それを身を挺して鎮められるとは。
なんという度胸と勇ましさだろう。
そして、その局面を乗り越えたからこそ、
官吏や郷長が、たった十五に過ぎない少女の言うことを聞くのだ。
ーー葵の宮さまは、その真理をよく心得ていた。
だから宮代の進言をはねのけ、保身に走ることを諒としなかったのだ。
もし保身に走れば、夏㚖殿の内部は分裂しただろう。
登極が延びれば延びるほど、新しい巫女姫への求心力は弱まり、以後、表向きに登極をすませても、その実情はすべて宮代が握ることになる。
ーー篠竹の底意は、それにあったのかもしれない。
しかし今となっては、もうどちらでも焔はかまわなかった。
「ーーやっと終わったな」
いつのまにか、琥珀がいたずらっぽい笑みを隣で浮かべている。
琥珀も、今改めて目にする少年が「たよりない」とは、もう思わなかった。
彼は目覚めたのだ。
ーー正道に、新しい巫女姫の名のもとで。
「いや、まだこれから始まるんだ。お身体の快復を待って、夏至に過たず儀をすませなければいけない。その証人に、なってくれるだろう?」
他の郷の四獣が「証人」となるのは、極めてめずらしい。
その言葉に、琥珀ばかりかーー後方にいた珂雪もうなずいた。
「あそこでのびているのは、どうしますか」
顎で示されたのは、洞窟の端で横たわる飛英のことだった。
その言葉は、琥珀がひきとった。
「じきに《桜の宮》が采配を振るだろう。謹慎か、禁錮か。それ相応の沙汰があるはずだ。ほうっておけばいい」
珂雪は、それでは不十分とばかりに下をねめつけていたが、興味をなくしたように目をそらし、代わりに焔に言った。
「よければ私が夏㚖殿までご同行致しましょう。見知った侍女もいる。それに、登極の誉れを前に、禍根を残しておいてはいけないから」
それは、宮代が恐れていた「冬の郷の四獣」のことだった。
事実、珂雪は斥候として夏㚖殿に潜伏した経緯もある。
焔は諾った。
はるか春陽殿から、ヒュウマに乗って飛んでくる影が見える。
事の次第を見に来たのだろう。
焔は、葵の宮を守る決意を新たに、その影と合流すべく、ヒュウマの手綱を再び握りしめた。
《了》




