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「四季の中つ国」  作者: 雪花
14/24

間諜


穀雨も過ぎたある日、

夏㚖殿で賜暇(しか)を願いでたという紅雪に代わり、珂雪は送りだされた。


事前に《葵の宮》の印象を珂雪が聞くと、紅雪は微笑んだ。


「お会いになれば、それは分かります。私は気持ちの良い方だとお見受けしていますが」



そう言いさして、紅雪はつけ加えた。



「あと、柊の宮さまの(めい)で、冬の郷の四獣がまぎれているという噂を流しておきました。そうすれば確実に、宮代わりが動き始めるだろうと」



珂雪があきれて肩をすくめると、紅雪は敬礼し、もう一度微笑んだ。



「まずは御身を大切になさいませ」




***




なまぬるい、というのが、夏の郷の最初の印象だった。

それは単に気候のことだけでなく、夏㚖殿内部にいたっても同様に感じた。

生易しい、という方が的確かもしれない。


紅雪の代わりに訪れた珂雪を、女官たちはあっさりと受け入れた。

夏㚖殿は、主に宮代と《葵の宮》のお世話をする女官たちの場で、【忍び烏】が出入りすることは殆どないらしい。


それでは、この郷の四獣を見つける機会もない。

珂雪は、少しだけそれを残念に思った。


新参の女官という立場では、《葵の宮》に(まみ)えるべくもない。

当然、宮代と会うこともなかったが、「冬の郷の四獣がまぎれている」という噂は、暗い川底をつたうように、見えないところで確かに広まっていた。


そのため事態を重く見た宮代が、近く夏㚖殿の警備を増強していく流れであることも。



ーー私がここにいて、何か危害を与えるとでも言うの。



珂雪は、その噂の本人でありながら、宮代のあまりに稚拙な恐れ方に、(あわ)れみさえ覚えた。



そのため、かえって《葵の宮》がどんな巫女姫なのか興味が湧き、「苛烈で獰猛な」焔を手中にできるのか、手腕を見極めたいと思うのだった。




***



ある夜、

夕餉を簡単に済ませ、部屋へ戻ろうと歩いている途中ーー

珂雪は、怪しい人影を見つけて立ちどまった。


怪しいと感じたのは、布で顔を覆っていたからだ。

ここにいる女官の身なりは階層によって厳しく決まっており、それに反して覆面する者はいない。


こんな夜更けに、わざわざ顔を隠し、急ぎ足でどこかへ向かう様子を見て、珂雪は気取られぬよう跡をつけた。




今まで気づかなかったが、夏㚖殿の東側には奇獣舎があり、そこは切り立った崖の上だった。



尾行していた珂雪がそっと覗くと、そこにはもうひとりーーヒュウマにまたがっている少年がいた。



少年は、被衣(かつぎ)姿の人物に気づくと、驚いたようだった。



「あ、おいの宮……」と、口が動くのを見て、珂雪はその人物が誰なのかを知った。

そして、その少年が誰なのかも。



《葵の宮》と、《四獣》



だから、彼女はあんなに急いでいたのか。

よく見ると、

少年には、わずかに光輪をはなつ気配がする。


飛英の光輪を先に見ていたせいか、それは本当にわずかで、そうと見なければ分からないほどだった。



ふたりはその後、何かを話していたが、

しばらくすると少年はヒュウマに乗り、空へ舞いあがった。

あっという間に、雲にまぎれて見えなくなる。




「よかったのですか、行かせて」



思わず問いかけたのは、

葵の宮が、彼の消えた先をずっと見ていたからだ。

まるで、行かせたことをずっと悔いているように。


葵の宮はふりむくと、珂雪の方を見た。

お前は誰だと、その目が聞いている。



「見慣れない顔ね」


その視線を受けて、珂雪は微笑んだ。



「冬の郷が四獣、珂雪と申します」



正体を明かしたのは、もうここにいる必要を感じないからだった。


珂雪の言葉に、葵の宮は、目を見開いた。



「あの噂は、虚言だと思っていた。なぜここに来たの」


「夏の郷の宮代が登極を阻んでいる、と。その真偽を確かめに参りました」


葵の宮は、目を細めてみせた。


「そう。じゃあこれでもう、その真偽のほどは分かったでしょう」


「彼はなぜ登極を阻もうとするのです」


「あなたにお願いすることが、ふたつあるわ」


先の質問を無視して、

葵の宮は、いきなりそう言った。



「ひとつめは、即刻ここから立ち去ること。そしてふたつめは、私を連れて行くこと」



「連れて行く? どこへですか」


珂雪が驚いて聞くと、葵の宮はあきれたように言いはなった。


「どこって、《柊の宮》のところに決まっているでしょう、あなたの主は。他に誰がいるの」


「でも、行ってどうするのですか」


「話したいことがあるの。それに、聞きたいことも。それに()がいなくなったなら、もうここにいても仕方ないもの」



突然の要求に、珂雪は困惑した。

女官たちの間で、時折、《葵の宮》の気性は口の端にのぼったが、聞きしに勝る傲岸(ごうがん)ぶりだった。



「どうやってお連れしろと? それに、あなたがいなくなれば大変な騒ぎになります。私も消えたとなれば、真っ先に私が疑われるでしょう」


珂雪は反論したが、葵の宮は、良い悪戯を思いついたとばかりに目を光らせて応えた。



「あなたは、「氷花」を使えるのでしょう。それで、()()()()()()()と思いこませればいい」



ーー夏㚖殿に行っても、「氷花」は使わないことだ。



《柊の宮》の言葉が耳の奥に残っているだけに、珂雪は唖然とした。



「本気で言っていますか」


「できるの? できないの?」



そう問われたら、珂雪も頷くしかなかった。

できないと思われるのは、癪に触ったからだ。



「じゃあ、決まりね」


そこで初めて葵の宮は、珂雪に微笑んだ。

とんだことになってしまったが、もうここにはいられないと思ったのは、珂雪も同じだった。

珂雪は半分、自棄(やけ)になって言った。



「では連れて行くために、あなたを『侍女』と見せかけることにします。でもこの術は、登極前の巫女姫にかけると、それを自力で解くことはできません。

相手が術を破るのに相当する相手ーーたとえば、他の郷の巫女姫や、四獣と接するまで。それでもかまいませんか」


「いいわ。そうして頂戴」



「氷花」は、静かな術だ。

場所を選ばない。

ただ、ここをすぐ発つのなら、その前に万全の準備を整えなければいけない。



「では、ヒュウマを一頭、用意して下さい。私は、あなたが部屋ごもりするため、誰も部屋に入ってはいけないと、念のため触れまわってきますから」


珂雪はそう言うと、

きびすを返して夏㚖殿の方へ戻っていった。




部屋ごもりするといっても、何日も部屋から出ず、食事も摂らなければ、分かってしまうのは目に見えている。


珂雪は、女官のなかでも、昔から葵の宮の世話をしているという、加南(かなん)という者を見つけ、今の状況を話すことにした。



《葵の宮》が、わけあってここを出ることになったこと、またそれを公にはせず、あくまで巫女姫はいることにしてほしい旨、道中は責任をもってお連れし、用が済んだら必ず戻ることーーなど、要点のみを早口になりながら伝えた。



加南は、ともすると高慢になりがちな女官のなかでも

とりわけ情が厚く、新入りの珂雪にも一番良くしてくれた、年輩の侍女だった。

今は世話役のひとりとなっているが、もとは葵の宮の乳母だったのかもしれない。



「やはり、あなたは只者ではないと思っていました」


加南の言葉に、珂雪は苦笑した。



「急にお連れするのは忍びないのですが、騒ぎだてしてほしくないのです。葵の宮さまの気がすんだら、必ずまたこちらへお連れします」



加南も、よく葵の宮の気性を知っているのだろう。それに付き合わされている珂雪の実情を心得たように、秘密裏に「部屋ごもりする」ゆえを(おもんばか)ってくれたようだった。




奇獣舎へ戻るあいだ、

葵の宮の気が変わっているといいと思ったがーー残念ながら、そうはならなかった。

代わりに、つややかな毛並のヒュウマがそこにいた。



空はどんどん明るくなっていき、透明な青色が静かな湖面のように薄く広がっている。


穏やかなヒュウマの背をなでている葵の宮の落ちついたさまを見て、珂雪は嘆息した。

戻ったらーー間違いなく、柊の宮の怒りを買うだろう。

しかし、ここにいても意味はないと言いはなった言葉は、少し理解できた。

四獣がいなければ、登極することもできない。

それだけが今、確かなことだった。



「今ならまだ、やめることもできます」



珂雪はそう言ったが、葵の宮の気持ちは変わらないようだった。


どのみちらやるなら、もう時間もない。

珂雪は大きく息を吸い込むと、素早く印を結び、その指先を葵の宮の額に押し当てた。



閃光がひらめく。

その光のなかに包まれると、

葵の宮を形作る輪郭が、わずかに揺れて定まらなくなった。

それを抑えるように、珂雪がもう一度右手を振ると、葵の宮の中心にむかって収斂(しゅうれん)した光は、やがて見えなくなった。



「なんだかそんなに変わった気はしないわね」


術式を終え、珂雪は指先に息を吹きかける。

春の郷の四獣に引き続き、試したのは二度目だ。




「今は分からなくても、そのうちに分かります」


珂雪はそう言って、ヒュウマに飛び乗った。


「私が(ぎょ)しますから、早く乗って下さい」



ーー冬の郷は、ここに比べればずっと寒冷な場所だ。でも、この術のなかにいれば、寒さを感じることもないだろう。



葵の宮は布にくるまったまま、言われた通りに、手綱を持つ珂雪の前におさまった。



ーーこれで帰るなら、一日もかからない。



瞬間、

ヒュウマは、高く飛翔した。


もうすっかり水色に明けた空にむかってヒュウマは吸い込まれ、たなびく雲のはざまにまぎれて消えていった。









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