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四体目 毛布が足りなければ譲ればいいじゃないっ!

「おやおや、ヤンヤン!無事に帰ってきたかね!ブハハハハヒッ!」


「ただいまです、お父さん」


 つけ坊のおうち。ログハウスっぽい。なんか金持ちのバカンス用の別荘みたいだな。忌々しいああ忌々しい忌々しい。


 ノックをしてから数十秒間。ボーッと待ち続けていると、何とも豪快なヒゲをたくわえた、金歯がセクシーな気前の良さそうな茶髪のオジサマが、酒瓶を片手に出迎えてくれた。酒臭っ!


「遅いじゃないヤンヤン、門限を五分も過ぎてるわよ」


「お、お母さん……?えと、ご、ごめんなさい……」


 そして奥から出てきた、つけ坊似のべっぴんさんなご婦人。ただしこちらは金髪のショートヘアー。瞳もややつり気味で、つけ坊のような物腰柔らかげな雰囲気も、オジサマのようなウェルカムさも感じられない。


「ブハハハハヒッ!まぁまぁそんなに目くじら立てるなシリカ!魔物に出くわさなければそれで良いじゃないか!こんないい娘をやつらに食わせてたまるか!やつらに食われるぐらいならワシが食べてやる!なんつってな!ブハハハハヒッ!!」


 酔っ払いの冗談って時にグロテスクよね。


「あなたに偉そうに言う権利があると思ってるの!?黙って酒でも飲んでなさい!ったく……親の言うことも聞けないような子どもは、魔物に食われでも何でもすればいいんだわ!!」


「ちょっ、それはさすがに言い過ぎじゃないっすかね?」


「なんなのあなたは……勝手に家に入ってきてからずっとサイドステップを踏み続けて……やめなさいサイドステップ!!不愉快よサイドステップ!!」


 娘に対してあまりに過激だと思った俺は、つけ坊ママ……シリカさんに言い放った。


「俺はカタカゲ アマネ。こことは違う、異世界から来ました。元気な男の子ですよ。途方に暮れていたところをお宅の娘さんに助けてもらっちゃって……んでもってコイツは妹のヒカヤです。元気な女の子ですよ」


 紹介されたヒカヤはビクビクしながらも礼儀正しく一礼した。


「アマネさんもヒカちゃんも、とってもいい人たちなんです、お母さん!行くあてがなくて困っているみたいで……おうちに泊めてあげたいんです!」


「知らないわよそんなの!何よイセカイって!ワケが分からないわ!あとアマネだか何だか知らないけどいい加減にサイドステップやめなさい!!サイドステップ禁止!!あっ!ヤンヤンあなた、怪我してるじゃない!危ないことはしちゃダメって言ったでしょ!」


 シリカさんは乱暴につけ坊の腕を引っ張り確認した。


「こ、これはドロボウを説得しようとして……でもアマネさんにバンソウコウ貼ってもらったから、もう大じょ」


 パーン、という音が家中に響き渡った。シリカさんがつけ坊の頬をひっぱたいた音が。


「何が説得よ……あんたみたいな生意気な子は、さっさと死んでしまいなさい!!」


「うっ……ふえっ……」


 ついに泣き出してしまったつけ坊。


「あ……あんた、さすがにやり過ぎだろ!」


「うるさいわね!よそ者が他人の家の事情に首を突っ込まないでちょうだい!そんなにこの人たちがいいんだったら、一緒に野宿でもして魔物のエサになればいいじゃない!食費も減るし助かるわ!そうよ、あんたなんか一刻も早く出ていきなさい!早く!!あぁ、行くならできるだけ遠くに行ってちょうだいね!面倒事に巻き込まれるのはゴメンだから!」


「このババアッ……いやババアに見えないけど……!!」


「くっ……この男、性懲りもなくサイドステップを……殴りかかりにきなさいよ!ここはそういう場面でしょ!!」


「やめてくださいお母さん、アマネさん!もう、いいんです……行きましょう、二人とも」


 つけ坊は俺たちを引っ張り、自らの家をあとにした。




「ん……えっと、その……怖いお母さん、だなぁ……なははのは……」


 気まずい、気まずすぎる!


 こんな町からはずれた山の近くの静かな場所で、家を追い出された女の子が隣に座っているなんて!さすがに初めてのシチュエーションだ!いやいや女の子が隣にいたこと自体ねぇだろ!うるせぇ殺すぞ!おう殺してみろや!!やってやらぁ!!


「うっ……お母さん、今まであんなに怒ったことないのに、いつも優しかったのに、何で……うぐっ……」


「え、そうなのか?そりゃ不自然だ。初めて怒ったとは思えないくらいの迫力だったよな?」


 つけ坊は、何も喋らなくなった。


 いや、喋れないんだろう。ただずっと、泣きじゃくったまま。


 母親に“死ね”とまで言われたんだ。よほどショックが大きかったんだろうさ。それが初めて見た怒りならば尚のこと。


 ヒカヤがそんなつけ坊の頭をそっと撫でてやる。大きくなったな、妹よ。


「結局野宿か……寒いし腹減ったな」



「ヤンヤン、アマネくん、ヒカヤちゃん、探したよ。こんな所まで来てたのかね」



 ダンディ坂野から坂野を抜いたような声が、後ろから聞こえてきた。


「ひっく……お、お父さん……?」


「家内が失礼なことを言ってしまって申し訳ないね。普段はあれほど取り乱すことはないのだが、どうしたのやら……。おっと、紹介がまだだったね。ヤンヤンパパのグンノルです。よろしく。ブハハハハヒッ……」


 あ、静かに笑うときもその笑い方なんだ。


「心配でこっそり抜けてきただけから、あまり長居は出来ないけど……水と食事、あと毛布を持ってきたよ」


 その手には見たこともないような色とりどりの果物や魚に野菜、綺麗な水の入ったランプのような入れ物、そして雲のようにフワフワの毛布が二枚、乗っかっていた。


「毛布は人数分用意できなかったが、なんとか上手く使ってくれ。すまんね」


「あっ、いえ、ありがとうございます……すみません、俺たちみたいな素性も分からないよそ者に気を遣っていただいて……」


「そりゃ遣うさ。娘を助けてくれたんだろう?こちらこそ礼を言うよ。ブハハハハヒッ」


 一回目で突っ込むべきだったけど、その最後の引き笑いなんなの?


「あの、その……私、ヤンヤンちゃんとは、その、ご、ご友人でいらっしゃるので……えと、これからも仲良くし申し上げます!よろしくですっ!」


 ヒカヤが勇気を出して宣言した。相変わらず稚拙な日本語じゃが……よく言った。


 グンノルさんは少しだけキョトンとした顔でヒカヤの顔を見ていたが、やがて満面の笑みを浮かべた。


「ブハハハハヒッ!ヤンヤンに友達とは嬉しいニュースだ!こちらこそ、愛する娘をよろしく頼むよ。さて……ではワシの方も、うるさい家内を黙らせてくるか。じゃあおやすみ。魔物には……気を付けるんだよ」


 グンノルさんはお酒をグビッと飲むと、上機嫌そうに去っていった。当然だ、娘に友達が出来たと聞いて、喜ばない父親はいない。


「んじゃありがたく、いただいちゃいますかね!腹減って死にそうだったんだ!ぬおっ、この果物うめえっ!服脱げそう!」


「ちょっと、こんな所で食戟のソーマ式の旨味表現やめてよ兄さん!!」


「ざぁぁんねん!華麗なる食卓式の旨味表現でしたぁっ!」


「どっちでもいいよ!リアクション似てるんだから!ていうかアレ、女の子が脱げてこそだからね!兄さんはただ最初は“ウメエッ!”って言ってガツガツ食べ進めるくせに、だいたい後半辺りで“ヒュー……ヒュー……”って苦しむぐらいが丁度いいんだよ!」


「テメエ“喰いしん坊!”の大腹 満太郎さんディスってんじゃねぇぞヒカヤ!大食いにもドラマがあることを示すマーベラスな演出だろうが!最終巻の最後のページの“ごちそうさま”で何人が泣いたと思ってんだ!もちろん“食キング”や“極道めし”ディスも許さねぇからな!」



「ふ……ふふふ……」



 俺とヒカヤが料理マンガ談義に花を咲かせていると、隣からクスクスと笑い声が聞こえてくる。


「つけ坊?」


「あっ、ごめんなさい!ここのところ災難続きで、こんなに楽しいことは久しぶりだったもので、つい……」


「災難って……生理か」


「はっ倒しますよ。とにかく……家を追い出された直後とは思えないほど、楽しいです。やっぱりお二人はいい人たちです!」


 それから焚き火をつくり、三人でそれを囲んで楽しく、色んな話をした。


 俺たちの世界のことを話すと、つけ坊は目を真ん丸くしてキラキラ輝かせながら聞いてくれた。


「ぜひ一度、行ってみたいです。お二人の世界に」


「あぁ、ヒカヤの友達なら大歓迎だ」


 話は続いた。それこそ時間を忘れるくらいに、いつまでも、いつまでも。




「……さて、そろそろ寝ろお前ら。夜更かしは美容の大敵だ」


「そうですね……ではアマネさん、この毛布を使ってください!私はヒカちゃんと一緒に寝ますので!」


「いんや、俺はいい。お前ら一枚ずつ使え。いくらチビスケ二人とはいえ、さすがに小さいだろ。しかもヒカヤすごい寝相悪いぞ。大丈夫だ、俺は火と魔物の番をしてるから」


 そう言って俺はつけ坊から貰った毛布をそのままリターンした。頭がクラクラするぐらいのフワリと甘い香りがしたが、瀬戸際で誘惑を押し切る。


「え、でもそしたら兄さんが……」


「大丈夫だヒカヤ。俺はいつもならこの時間は起きてるからな。眠くなっても焚き火があるから寒くないし、つか寝る気ないし。万が一魔物が襲ってきても俺がなんとかするからさ、お前らは安心して寝ておくんなまし」


 これでよし幾三。妹を守んのが兄貴の役目だ。実質、つけ坊も年齢的には妹みたいなもんだしな。


 つけ坊は申し訳なさそうに俺を何度もチラチラ見ながら、ヒカヤと一緒に布団に入ると、二人同時にすぐさま寝てしまった。あらあら、よっぽど疲れてたんだな。いい夢見ろよ。



 異世界生活、一日目。


 まだまだ分からないことばっかりだケロ。ヒカヤは変な魔法を覚えちまったし、その上、魔法でできた人形を俺の彼女にするとか……はぁ。


 まゆつばな話だが、それは明日以降、じきに分かることだ。


 しかしつけ坊も散々だったな。いくら美人でもあんな怖いお母さんは嫌じゃのう。


 腹立つなぁ、シリカさん。何も実の娘にあそこまで言うことないじゃん。ぷんすかぷんぷん。


 まっ、グンノルさんが黙らせてくれるらしいから、今日を凌げば無事に丸く収まる………




「………え?」




黙……らせる……?



 いくら娘に酷い扱いをしたからといって、妻に対してそんな言い回しをするだろうか?


 せいぜい“説得する”とか“怒りを鎮める”とかじゃないのか?


 嫌な予感がした俺はつけ坊に近寄り体を揺する。


「おいつけ坊、起きろ……くっ!?」


 急いで毛布から離れ、自分の顔に強くビンタを食らわせる。ジンジンとする頬の痛みの中で、必死に思考を巡らせる。


 この毛布のニオイ……頭がボーッとしてきて……あと少しで眠っちまうところだった。覚えがある、このカンジは……。


「睡眠薬だ……かなり強い睡眠薬がたっぷりまぶされている……どうしてそんな……」



『こんないい娘をやつらに食わせてたまるか!やつらに食われるぐらいならワシが食べてやる!』


『あんたなんか一刻も早く出ていきなさい!早く!!あぁ、行くならできるだけ遠くに行ってちょうだいね!』


『お母さん、今まであんなに怒ったことないのに、いつも優しかったのに、何で……』


『魔物には……気を付けるんだよ』



「あ………」


 全て、分かってしまった。


 突っかかっていたことが全て、一本に繋がった。


 考えるより先に、俺は走り出していた。



「シリカさんっ!!」




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