四十体目 期待を裏切られれば腹の底から叫べばいいじゃないっ!
あのあとザダルダさんの証言もあって、皆が俺に抱いているであろうとんでもない誤解を一応は解くことができ、えぐえぐと泣きじゃくるセンナは、ヒカヤの付き添いで逃げるように店の中に入っていった。
“一応”と言ったのは、センナがいなくなってから数分間、ミャーちゃんとサバシルが一度も俺に目を合わせてくれていないからだ。
「死ねっちょ」
誰だ今“死ねっちょ”って言ったサバシルは。
「こほほほほほほ!!皆さんどうしたんですかそんな暗い顔して!!ほら、アクラッチちゃんの爆笑モノマネでも見て元気出してください!ジャイアンのマネ!のぉびぃたぁのくぅせぇに、なぁぁまぁいきぃだぁぁぞぉぉぉ!いや何で昔のドラえもんボイスやねん!ドラえもんが謀反起こしたみたいになっとるやん!こほほほほほほほ!!」
アクラッチさんの突き抜けた明るさが、今は非常に暖かい。
センナが戻ってきた。顔を見るのは可哀想だと思ったけど、美女を見たいアマネっちのエロ目が、勝手にピントをセンナに合わせた。
センナは俺と目が合うと一瞬だけ他所を向いたが、負けてたまるかと言わんばかりに俺の瞳の奥の奥まで覗き込んできた。
妙な緊張感が場を支配し、全員が息を呑む。あのアクラッチさんも。
やがてセンナは薄い唇をキュッと噛み締めたあと、ゆっくりと口を開いた。
「ア……アイスクリーム……ってさ、食べると頭がキーンてなるでしょ?あの現象って“アイスクリーム頭痛”って言うらしいわよ。そのまま過ぎるわよね」
うきゅ~?
「あと……温かい紅茶は当然、体温を上げてくれるけど、逆に緑茶は体温を下げる効果があるみたい。冬には避けた方が良さそうね」
「冬の夜空って、一年のうちで一番透明度が高くなるから、綺麗な星を見たければ寒い時期が良いらしいわね」
「ペンギンはいつも氷の上を歩いているのにほとんど滑らないけど、あたしたち人間もペンギンみたいな歩き方をすれば、雪道の上を滑らずに歩けるらしいわよ」
いかれておるらしい。まだ若いのにあわれなこと。
………という粗末な感想で片付けるには不気味すぎるぞ。
止まらないセンナの世間話に、アマネくんを中心とした全員が目を点にしていた。あのアクラッチさんも。
センナがボケ役に回るとは考えにくいし、話の中にボケと呼べる面白ポイントもない。それに終始真顔で、ふざけているようにも見えない。
しかし計算高いセンナが意味もなくこんなに饒舌になるとも思えない。何か考えがあるんだ。
それとも、ホントに恥ずかしさでおかしくなっちまったのか?世間話のトピックも、雪とかアイスクリームとか、妙に話に偏りが……。
待てよ。
もしかして……もしかしてコイツ……。
「7月25日はかき氷の日らしいわね。これはかき氷が元々は“夏氷”と呼ばれていて、“なツーごおり”っていう語呂合わせらしいわ」
手当たり次第に冷たいものの話をたくさんすることによって、クールキャラのイメージを強引に取り戻そうとしているのか!?
いやいやいやいや!!あのセンナがまさかそんな!エナジードリンクを1000本一気飲みした金田朋子さんでも思い付かないようなブッ飛びすぎな行動を起こすわけがない!俺はセンナを信じるぞ!
「あと……あとね、あたし季節で言うと冬が好きなのよね。冬生まれだし。このことを友達に言ったら“あぁ、センナちゃんクールだから分かるッス!冬っぽいッスもんね!”って言われてさ……ホント、イメージの力って怖いわよね。でもまあ確かにクールな人って冬のイメージ強いけどね。あたしも含めて」
ぎにゃぁぁぁぁ!!
悪い予感が的中した!!シビレ切らして露骨にクールアピールしてきた!!いくら相手がバカ揃いだからってそいつは愚策すぎるだろ!!
俺は悔しさと恥ずかしさと腹立たしさと愛しさと切なさと心強さで胸がいっぱいになった。おかしくなっちゃいそう!心臓が破裂しそう!
センナがこんなに残念な奴だったなんて……俺は唯一の知的常識人キャラを最後まで貫いてくれると信じてたのに!!
「よ……よくも……よくも……」
「え?ど、どうしたのアマ」
「よくもだましたアアアア!!」
俺はセンナに喉が裂けるほどの絶叫を浴びせかけた。
「騙したって、あ、あたしは何も……」
「はぁ……はぁ……落ち着いて聞けよ、センナ。お前が水着姿の時に晒したあの醜態は……そんなオバちゃんの立ち話のようなやり方で吹っ飛ばせるほどライトなものじゃない」
そのとき初めて、センナの形のよい輪郭を一滴の冷や汗が軽快に滑り落ちた。
「お前の言った通り、イメージというのは恐ろしい。特に第一印象は、極めて強く相手の脳裏に焼き付く。火傷の痕が簡単には消えないように、一度周囲に与えられたファーストインパクトを別のイメージに完全変化させるのは至難の技。おいそれと成せる芸当じゃない」
「そういう意味ではお前のクールキャラは完璧だった。アケボノの後ろから颯爽と現れ、何の躊躇もなく俺を切り捨てたお前から漂っていたのは、絶望すら覚える程の、凍てつく殺気に他ならなかった。お前は、少なくとも俺にはその冷たい熱傷をくっきり刻めただろうし、他の奴等に対しても、冷静沈着ガールとしての立ち位置を維持するのに、何ら違和感のない言動を貫いてきた……だが」
「…………やめて……」
「その火傷を、ズバッと鋭利な刃で斬りつけられたらどうなると思う?傷の上に新しい傷ができ、周りの意識はイヤでもそちらに向く。そしてその時、下にある傷痕には誰も注意が働かなくなる」
「やめて……おねがい………」
「分かるか?その“鋭利な刃”ってのが……さっきのビキニ姿のお前のキャラ崩壊だ。お前の今まで積み上げてきた冷徹女剣士のイメージの上に、より強烈なイメージが築かれたんだ。たったの一瞬でな」
「確かに俺も“はずかしいからこっち向かんといてぇや……あほぉ………!!”までは興奮したさ。あんな見事な鼻血出したら言い逃れもできないからな。しかし“ムリやし!!きがえるもん!!あの鎧がいいもん!!”ぐらいからはマズかった。一応仲間だから、幼稚園児を見守る父兄のような優しい視線は送っていたが、正直引いてた。さすがに号泣はアカンわセンナちゃん。更に追い討ちをかけるようにあの見苦しいマシンガントーク。寒めな話をしてクールキャラに舞い戻ろう……なんて、愚かすぎて言葉も出ない」
「………………ぐすっ……」
「ゴメンなセンナ、泣かないでくれ。気持ちは分かるんだ。焦るよな。一刻でも早く、元のイメージ取り戻したいよな。火傷の上の切り傷、さっさと消し去りたいよな。でも…………あ れ は ひ ど い」
「う…………うわああああん!!アマネのアホ!!アマネなんかだいっきらいやぁぁぁぁ!!!」
恥のパラメーターが上限を迎え、センナはおびただしい量の砂埃を巻き起こしながら砂浜を全力疾走し、どこへともなく消えていった。
ミャーちゃんといい、この世界には、無実な者の名を叫び罵倒しながら全力疾走するスポーツでもあるだろうか。
可哀想なことをしてしまったが……許せセンナ。俺だって好きでこんなこと言ったワケじゃない。
悔しかったんだ。お前が浅慮な行為に及んだことが。
この羞恥を踏み台に、真の意味での鋼のメンタルを身に付けてほしい。ボケは俺やヒカヤに任せて、お前はずっと常識人でいてくれ。
しかしセンナには驚かされたな。わんこそばみたいに次々と新しいキャラ飛び出してくるんだもん。
僕達の切り傷を奪ってクールキャラ再生か……フッ……まるで将棋だな。
「いやぁ、まさかセンナさんのキャラをあそこまで崩壊させるなんて、水着って凄いね!まるで“今まで水しか貰ってなかったのに、ある日いきなり肥料をドバドバ与えられた野菜”みたい!」
「クソ長い割りに毛程もピンと来ない比喩!!おいヒカヤ、お前最近ちょっと影薄いからって、何もそんな水着と無関係の言葉を並び立ててまで存在アピールしなくていいだろ!」
「失敬な!無関係じゃないもん!だって……」
ヒカヤは俺に視線を移し、顔面の筋肉という筋肉をフル稼働させて一級品のドヤ顔を見せつけた。
「どちらも“競泳用(今日栄養)があります”から」
……お後よろしいんちゃいまっかのぉ!?