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佐原さんは突っ込めない! その1

二章の前に現実世界のお話を一つ。

いまだに作者の密かなお気に入りであるこの子のお話を、箸休めとしてお楽しみください。

まさかのパロディゼロ。


 吾輩は佐原(さはら) 春月(はづき)である。名前は後付け。


 覚えている人は一握りぐらいしかいないと思うけど、片影くんをフッた学園のマドンナ……です。


 自分でマドンナっていうのは抵抗があるんだけども。ていうか誰に話してるんだって感じだけども。


 文化祭終わり、同じ実行委員だった片影くんに屋上で今どき珍しいほどのドストレートな告白をされた。


 あまり中途半端な返事をするのも失礼だと思い、こちらもまた、ドストレートにフッてしまった。


 そして片影くんから私への怒濤のギャグやらパロディやら砂漠ダジャレやらが始まった。長くは持たなかったけど。


 せっかくだから私も最後に一つ砂漠ダジャレを返してあげた。何故だか最後まで言えなかったような気がするのは、きっと気のせい。



 今は、その帰り道。



 片影くんに呼ばれたとき、ふだん登下校をともにする二人の友達には先に帰ってもらったので、私一人。


「片影くん……か。いっぱい突っ込んじゃったなぁ」


 真面目で仕事熱心な男の子だというのが第一印象だった。事実、文化祭は片影くんの熱心な協力のおかげで、なんのハプニングもなく成功した。


 とんでもない。


 間髪入れずに放出されるボケに、私は全て反応せざるを得なかった。


 あの場に友達を連れて行かなくてよかった。



 私が気持ち悪いくらいのお笑いファンということは、誰にも知られてはいけない秘密なのだから。



 実際、私が片影くんの告白を断ったのも、そこが一番の原因だった。


 皆が抱く私のイメージは昔から“バカがつくほど真面目”らしい。


 確かに奇抜な格好はしていないが、メガネをかけているわけでもなく、ずば抜けて学力面で優れているわけでもない。


 友達に聞いてみると“なんとなく”だそうで。こう言われたら誰も逆らえない。


 そういうことならと、今までそのイメージを崩さぬように“デキる女”として振る舞ってきた。


 その甲斐あってか“マドンナ”なる地位にまで登り詰めることができた。“いや今時マドンナって!!”というツッコミを、呼ばれる度に何度噛み殺したことだろう。


 そして、今回の文化祭委員にも推薦された。片影くんはクジだった。


 でも、これは本当の私じゃない。


 本当の私は、人のささいなボケにも突っ込まずにはいられないような、病的なまでのツッコミストなんだ。



 フッた相手が開口一番で藤原竜也の真似をするなんて、誰が予想できますか?



 突っ込むしかないでしょうよ、そんなの。



 いや、ダメだダメだ。片影くんのせいで、奥に秘めた私の本当の人格が明るみに出つつある。


 まだここは通学路。いつどこで誰が見ているか分からない。



 どんなことがあっても、大声で突っ込むなんてことがあってはならない。



 固く決意し、公園の前を早足で通りすぎる。


 が、ふと足を止めた。


 中から子どもの絶叫にも似た声が聞こえたから。


 日も沈みかけているというのに、そこには男の子が一人、わんわん泣きながら立っていた。


 五歳ぐらいで、白Tシャツに半ズボンを着こなした、十円ハゲが目立つ小太りの……


「コスチュームがもれなくノスタルジック!!昭和からタイムスリップしてきたと言っても信じてもらえるレベル!!…………はっ!!」


 慌てて周りを見る。私と男の子以外は誰もいない。危なかった。ギリギリセーフ。


 とりあえず人目もはばかられるので、逃げるように公園内に入ってみる。近付くにつれて男の子の叫び声も大きくなってくる。


「ふぇぇえええんゃんぁあぁあぁ!!ふぅんぇえぇぇえええんぬぉおぉおぉおぉおぉぉぉぉいやぁぁあぁ!!」


「泣き声の加点要素がすごい!!こぶしビブラートしゃくりフォール全部入ってる!!………はっ!!」


 口を塞ぎ、今度は公園内を見渡す。近くにいたのはトランポリンをしているヨボヨボのおじいちゃんのみ。私の声は聞こえていなかった様子。



よかったぁ!



……いやよくないよ!!



 な……な……なんてことしてくれたの、片影くん!


 あなたのボケに突っ込みまくった影響で、あらゆることに対して無意識に突っ込んじゃう体になっちゃったよ!


 こんなんじゃ私の築き上げてきたイメージが崩れるのも時間の問題だ!早く帰らないと……いやいやでも、このまま泣いてる子どもを放ったらかしにするわけにはいかない!


 ちゃちゃっと終わらせよう!


「ボク、どうしたの?迷子になっちゃったのかな?お姉ちゃん悪い人じゃないから、困ったことがあったら言ってみて!」


 私は中腰で男の子に目線を合わせ、警戒されないように優しく微笑んだ。


「ひっぐ……ふえええ……あのね、デパートでね、パパにフウセンをかってもらってね、ぐす……かえりにここであそんでたらね、木にひっかかっちゃったの……」


「あらあら……でも大丈夫!お姉ちゃん、頑張ってフウセン取ってあげるから!だからもう泣かな」



「パパが」



「パパが!!?」





 産まれてきて一番の大声だったかもしれない。


 でももう、なりふりかまってられなかった。


 勢いよく上を見る。地上約七、八メートルで、メガネをかけた中年男性が、死体のような虚ろな表情を浮かべて数本のしなやかな枝に見事に絡み付いていた。


「いぎゃああああホントに引っ掛かっておられる!!ホントにパパさん引っ掛かっておられる!!経緯を説明して!出来るだけ細かく!ギャグを通り越して怪奇現象だよこれは!!フウセンはどうしたのよフウセンは!?」


「ぐすん……すぐわっちゃった……いまどきフウセンごときでよろこぶ子どもでありたくないから」


「泣き顔さらしてる分際でマセたことを!!」


 頭がおかしくなりそうだった。この子は泣いてるから、とりあえずパパさんに事情を……!


「いやいやあの、何してるんですかパパさん!!普通この流れはフウセンでしょ!!何でパパさんが引っ掛かってるんですか!!」


「…………ドゥピドゥピポプズキャッパラッパピップルペデュッペツァンポル」


「スキャットでごまかそうとしないで!!現実をありのまま受け止めて!!“デュッペツァンポル”じゃないんです!非常事態なんですよ!!」


 謎すぎる!まるでわざと私に突っ込ませようとしていると思わざるを得ない超展開だよ!


「ていうか、どういう流れでそうなったのかは分かりませんけど!ご自身で登られたなら、降りることだってできるんじゃないですか!?」


「……それで済むなら実の子どもを泣かせてまでここにい続ける意味がなくなる。君はもう少し子どもの純粋な心を考慮するべきだ」


「その子どもの純粋な心とやらにあなたが猛スピードでトラウマ建築してるから言ってるんですが!!」


 ああもう、どうしたらいいの!?


 こんなときに友達はいないし、公園内には他に誰も……!



 誰も……。



「あっ……あれだ!!」


 私は遠くに見えるおじいちゃんが跳び跳ねているトランポリンを指差し、駆け出した。


 さすがにこの光景に突っ込むのは敗けだと思う。


「むっ……あれはどんなコースにおいてもいつかは必ずチップインしてみせる男として名高い伝説のゴルファー、人呼んで“ホールイン大垣”さんではないか」


「トランポリン関係ない!!そんなに凄いならここでパターゴルフでもやってれば………いやよく聞いたらゴルフにおいても大した人じゃない!!続けてたら“いつかは”チップインできるね誰でも!!」


 木に引っ掛かったパパさんの冷静な紹介。何でこんなにマイペースなんですかねぇこの人は!


「ほーるいんおおがき?ってもしかして……ジャガジャガ!イモイモ!どすこいどすこい!どすこいジャガイモのこったジャガのこったイモイモどすこい!!」


「いやそれホールイン大垣じゃなくてメークイン大関!!何でそんなの知ってるの最近の子が!!」


 ツッコミが追い付かないので、さっさとそのホールイン大垣さんとやらにトランポリンを貸してもらえるようにお願いしましょう。


「あのぉ……おじいさん。もしよろしければそのトランポリン、少し貸していただけませんか?」


「はぁぁぁい?なんですかぁぁぁ?」


 そっか……さっきの私の大声のツッコミにも反応しなかったってことは、よほど耳が遠い人なんだ……こうなったら!


「あの!!そのトランポリン!!少しお借りしても!!いいですか!?」


「ワシがトランポリンをしているのは飛び上がったり降りたりする際に風を起こして女の子のスカートがめくれてパンツが見えるようにするためですけどぉぉぉ?」


「カスみたいな動機!!えと、そうじゃなくて!!トランポリンを!!」


「うるさいなぁ!ワシに好意があるのか知らんけど、そんなにデッカい声出さんでも聞こえとるわ!!はよう持ってけジェロントフィリア!」


 誰が老人性愛だ聞こえてんなら最初から出せや老いぼれ……あらいけない!私としたことがおじいさん相手に冷静さを欠いてしまった!反省反省……落ち着け春月。相手はご老人。いたわる心を捨ててはいけない!


 とまあ何やかんやでトランポリンをゲット。それをすかさず木の下にセット。あぁなんかでき損ないのラッパーみたいになっちゃった!


……おわっ!ダメだ!ついに自分の語りにまで突っ込むように!!末期だ!早く帰らないと!


「ほらパパさん!これでもう降りられるでしょ!早くしてください!」


 パパさんは顔を赤らめて何やらモジモジと。


「あの、パパさん?」



「すまない……どうやらパパは、木の枝が全身をチクチクと刺激するこの状況に、いささか性的快感を覚えてしまっているようだ」



「度しがたき変態が爆誕した!!あなたホントいい加減にしてくださいよ!これ以上お子さんの前で無様な姿をさらすのはやめてください!!ああもうっ!」


 私は木登りでパパさんの所まで行き、強引に枝の拘束から解放し、一緒にトランポリンまで飛び降りた。


 何で私がこんなことを……!



 あとその場の流れでそれっぽく突っ込んだけど“メークイン大関”ってなに!?



 そして訪れた親子とのお別れ。


「ばいばいおねえちゃん!おねえちゃんなんか、きえてなくなればいいんだ!!」


「どうして!?」


 手を繋いで仲が良さそうに帰っていく親子を見送ると、私は近くのベンチに腰掛ける。


「ふぅぅ……誰にも見られてないよね?」


 どれだけ周りを見渡せども、視界に入るは依然として返還されたトランポリンでボヨヨンボヨヨン跳び跳ねている大垣さんのみ。



 深呼吸を一つ。ようやく心が落ち着いてきた。


 ノド痛いよ……。


 帰ろう。戦いは終わった。帰ってお笑いライブ見まくろう。


 しばらく休憩した後で、重い腰を持ち上げる。


 片影くんめ……今度会ったらタダじゃおかないんだから!


 あと一歩で公園から出られるという時に、トランポリンの音がピタリと止まった。


 嫌な予感がして後ろを見た。



「お嬢ちゃん助けてくれぇぇぇぇぇ!!跳びすぎて木に引っ掛かったぁぁぁぁ!!」



 ほっ……ホールイン大垣さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!





サブタイからお分かりの通り、その2もあります。

次回はもう少し本編に関係するとかしないとか。

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