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二十六体目 別れが辛ければ好きなだけ泣けばいいじゃないっ!

 この世界での二度目の朝。


「ん、寒い……」


 時計がないからよく分からんが、空色やら空気やら色んなものから察するに、おそらく朝の6時とか7時とかだろう。


「おいヒカヤ、起きろ」


 隣で寝ているヒカヤをゆさぶる。


「むにゃむにゃ……もっとじゃんじゃん持ってきてよぉ……」


 名だたるキャラクターたちが“もう食べられないよぉ”と音を上げてきた中でこの寝言は称賛に値する。


 ニマニマしやがってこの野郎。いいなぁコイツは夢も現実もお気楽で。兄さんは早くも白髪が芽生えそうだってのに。


 人が急に増えたから仕方なく一緒の部屋、一緒のベッドにされたが、兄妹だから問題ない。



 ない。



 ない。



 ないよね?



 にしてもコイツ寝相悪すぎだろ。俺の分の布団まで全部引き剥がしやがって。どうりで寒いわけだべさ。


 そんな簀巻きみたいな感じで使われたら奪還することもできないし。つか起きるんだから奪還する必要もないか。


「ヒカヤちゃーん、そろそろ出発するぞぉ」


「うぅん……ヒカ、まだ寝たいよぉ……」


「んなこと言ったって……」



「おねがぁい……にいさぁん……」



 よし!出発は昼にしよう!



 ってワケにもいかない!  

 ここで妹のおねだり攻撃に屈してはならぬ!心を鬼にせねば!


「うぉくぃるぉおおおおおお!!」


「うぁあぁあぁあぁあぁてびちっ!!」


 ヒカヤに巻き付いている布団を強引に引っ張ると、そのままコマのように高速回転しながら転がっていき、壁に顔面を衝突させた。豚足?


「起きんかいワレゴラァッ!!いつまでグースカ寝とんじゃボケェ!!お前だって起こしてもなかなか起きない奴を起こすのイヤだろ!自分がいやなものをひとにやらせるなッ!どおーーゆーー性格してんだてめーーッ」


「いったいな!!ただでさえステーキを死ぬまで食べ続けないとマフィアに殺される夢見ちゃって気分が悪いのに!」


「そんなヴァイオレンスな夢見てたの!?えらく幸せそうな寝顔でしたが!?ふう、ふう……ちょっとツッコミ休憩。はい再開。死ぬまで食べねば殺されるって!!死しか待ってねえよ!!」


 二度寝しようとするヒカヤを全力で妨害する。


「おっとマイシスター、悪いが出発の時間だ」


「出発……?え、出発ってなに?」


 昨日お祭り会場でミャーちゃんとサバシルに話したのに…………浮かれて聞いてなかったのか。


「言葉の通り、このイメルルを離れるんだよ」


「離れる!?何でさ!!」


「いや“何でさ”って……どうやら先に進まないと元の世界には帰れなさそうだからよ」


「私たち二人で?」


「いんや、センナとミャーちゃん、あとサバシルが一緒かな」


 ヒカヤの顔色が曇る。


「ヤンヤンちゃんは……?」


「……ここに残るってよ。アイツはシリカさんとグンノルさんと一緒にいたいらしい。二人の想いもあるし、今回のアケボノ事件みたいな危ない目には、これ以上遭わせられねぇよ」


「イヤだっ!!」


 まぁ、こうなると思ったけどな。心が痛い。


「確かにまだ会って間もないけど……でもヤンヤンちゃんは、初めて私のことを“友達”って呼んでくれたの!まだ遊び足りないのに……まだ話し足りないのに……!」


「そりゃアイツにとっても正真正銘の友達はお前が初めてだろうよ。けど、どのみち俺たちはいつまでもこの世界にはいられない。お別れはいつか必ず来るんだ」


「なら、元の世界になんか戻れなくたっていい!!」


「ヒカヤッ!!」


 つい大きな声で怒鳴ってしまった。


 ビクッと体を跳ねさせたヒカヤの目からは涙がポロポロと流れ出てくる。


 すぐさまその小さな頭に手をポンと乗せる。


「………悪ぃ、取り乱した。けど、俺も辛いんだ。分かってくれ。俺たちがいるべきは、ここじゃないんだよ。大丈夫だ。お前なら、つけ坊以外にもいい友達ができる。断言する。兄さんも出来ることは何でも協力してやるから。お前がそういう気持ちだと、つけ坊だって辛いんだぞ?」


「う…………」


 名残惜しいのは分かる。でも、前に進むことから逃げて今の生活を続けるのなら、元いた世界と同じだ。


「今まで家に引きこもりっぱなしだったお前に、別れを惜しめるほどの友達が出来たんだ。むしろ兄さんは嬉しい。お前は少しずつ、前に進んでるんだ。大丈夫だ、自信持て。な?」


「……わかった……」


 ヒカヤが力なくうなずいた。


 進まなきゃいけない。


 ヒカヤのことを本当に考えるなら、こうして無理やりにでも背中を押してやるのが一番だ。


 俺たちは荷物をまとめて部屋を出た。



 一階にはセンナ、ミャーちゃん、サバシルが座っていた。


「おいおい!寝坊だぞアマ公!」


「先が思いやられるっちょね」


「俺は時間通り起きたわい!怒るでしかし!!って……シリカさんたちは?」


「用事があるって、さっき外を出ていかれたわよ」


 何でこの出発すんぞって時に揃っていなくなるのかしら。


「あーっと……もう一度確認する。こっからはアウェーだ。厳しい戦いも待ってるかもしれない。つーか待ってる。覚悟できてるか?」


 三人は同時に首を縦に振る。肝が据わったお嬢ちゃんたちだ。


「んじゃ、しゅっぱーつ……ん?」


 ドアに手をかける。朝だってのに、外がやけに騒がしい。


 まさか。



 家の外には、一本の道が出来ていた。



 イメルルの人たちが両側に立ち並んで作られた、立派な花道が。


 俺たちの姿を見るなり、皆からの惜しみない拍手が鳴り響く。


「はぁ………勘弁してくれよ。こんなん卑怯だろ」


 ガラにもなく感動で胸がいっぱいになった。


「はははっ!すごいなこれ!テメエがシルマを倒したおかげで、イメルルは平和になったんだぞ、アマ公!見ろよあの顔!どいつもこいつも生き生きしてらぁ!」


「今までどんなバカでもシルマ王子にケンカ挑んだ奴はいなかったっちょ。アテクシらもオメさんがいなければ勇気を出せなかった。この歓声は実質、オメさんに向けたものっちょ」


「むっ、胸張って歩きなさいよ。隣でガチガチになって歩かれたらこっちまで恥ずかしいんだから!!」


 センナも嬉しさと恥ずかしさのあまりガチガチになるぐらいのサプライズ。不意打ちってのもあって泣きそうになる。



 俺たちは歩き始める。


 長い長い花道を。



「すごくいってらっしゃい!!veryいってらっしゃい!!sehrいってらっしゃい!!moltoいってらっしゃい!!很いってらっしゃい!!muyいってらっしゃい!!heelいってらっしゃい!!」


 おばさんがちょっと見ぬ間にグローバル!!なんかもう色々と台無しだよ!



 花道を通っていくと、ジョンとジャックの姿。


「よぉアマネ!ついに出発か!」


「左に同じく!早いもんだな!」


 左?あホントだ!そういえば今日は立ち位置が違う!!


「おう……色々ありがとな、ジョン、ジャック!」


「まさかお前がイメルルの救世主扱いされるなんてな!敗けて悔いなしってヤツだぜ!」


「そういやお前、あのあと俺の三十円パチッただろ?」


「あっ……へへっ、珍しいコインだったからよ!つい、な!悪かったって、ちゃんと返すからよ!」


 懐に手を入れたジョンを止める。


「いーよ、くれてやるよ。この世界にはないもんだから、店によっちゃ高く買い取ってくれるところもあるだろ。せめてもの礼に取っとけ」


「アマネ……あんがとよ!また会うときがあったら、一緒にバカやろうぜ!」


「右に同じく!元気でな、アマネ!」


「おう!またな!」


 って、位置が戻った!!やっぱジャックもしっくり来なかったのか!



 道中には他のドロボウ集団……チームNSMのメンバー、そしてアケボノやセンナの部下もいた。


 こんな朝早くからゾロゾロ集まりやがって……!


 そして、いよいよ花道もゴールに近付いた時。


 一番奥に、つけ坊たちが見えた。


「おはよ!アマネくん!」


「大変だったんだぞ?これだけ立派な花道を作るのは!ブハハハハハハヒッ!!」


「シリカさん、グンノルさん……本当に、お世話になりました」


「あっ……ありがとうございました!」


 俺とヒカヤは並んで深々とお辞儀をした。


「もうっ、何よ改まっちゃって!礼を言わなきゃいけないのはこっちなんだから!」


「そうだぞアマネくん!最初に魔物扱いされたときには殺してやろうかと思ったがな!」


「笑いこらえてたって言ってたじゃないですか!!やっぱ怒ってたんですか!?いでっ!!」


「いだっ!!」


 ヒカヤと一緒にシリカさんに勢いよく背中を叩かれる。センナたちも同様に。


「シリカさんの最後の景気付けよ!これを食らった人は何があっても絶対に死なない!五人とも、自信持って行きなさい!」


「いててて……そりゃ期待できますな。どんなお守りより強力そうだ。あっ、グンノルさん!剣、返します!」


 差し出した剣をそのままグイッと押し返される。


「いいや、持っていきなさい。もうこの町は大丈夫だ。これは君が、君の守るべきもののために使うといい。ブハハハハハヒッ!」


「グンノルさん……恩に着ます」


 今のやり取りの中で、つけ坊は一度も喋らなかった。


 俺はかがんで、浮かない顔をしているつけ坊の目を真っ直ぐに見た。


「そんな顔すんなよ。達者でな、つけぼ」


「うわああああん!!ヤンヤンちゃあああん!!」


 俺の別れの言葉に被せて、ヒカヤが凄い勢いでつけ坊に抱きつく。やはり堪えきれなかったのだろう。止めどなく涙が流れている。


 それにつられてか、つけ坊の青い瞳からも自然と涙が溢れ出てきた。


「ヒカちゃん……離れていても、お友だちですからね!元の世界に戻って他に仲良しな子がたくさんできても、私のこと、忘れないでくださいね!」


「うん、絶対忘れないよ!たとえ全部の記憶が消されたとしても……ヤンヤンちゃんのこと、ちゃんと思い出すから!駄菓子屋さん行って!」


「だからヤンヤンつけボウじゃないですってばぁぁぁ!!」


 美しき友情。二人で抱き合ってワンワンと泣いている姿を見ると、やっぱりつけ坊も連れていきたいというわがままが、一瞬だけ頭をよぎった。


 三人で焚き火を囲み、話した時間が鮮明に思い出される。つけ坊は“俺たちの世界に来てみたい”と言ってくれた。


 もちろん俺もそうしたい。つけ坊とヒカヤが手を取り合って笑う姿を、いつまでも見ていたい。


 でも、それは出来ないんだ。


 開きかけた口を必死で噛みしめた。そんな俺を見て、つけ坊が首を傾げる。


「アマネさん?」


「……ヒカヤの友達になってくれて、本当にありがとな。シリカさんとグンノルさんと元気でやれよ」


「っ……アマネさんっ!!」


 つけ坊がしゃがんでいる俺に駆け寄った。



 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、頬につけ坊の柔らかい唇がくっつき、離れた。



 あまりに咄嗟のことで、いつも通りのふざけたリアクションも取れなかった。そんな俺を、してやったりといった顔で見てくるつけ坊。


「あはっ、初めて見られました!アマネさんのキョトン顔!」


「あーあ、最後の最後でやられた。次会ったら覚えとけよ、ったく」


「えへへっ……さようなら、アマネさん。大好きです」



「ああ、じゃあな……“ヤンヤン”」



 こうして俺たちは、少しだけ豊かさを取り戻したイメルルを、最高の気持ちで後にした。


 まだ先は長い。


 でも俺は、俺たちは。


 必ず元の世界に帰ってみせる。



 必ず。







「へえ、あれがカタカゲ アマネかぁ。ボクの新しいオモチャ……みーつっけた。あははははははっ!」






第一章 終




これにて一章完結。

次回は久々の登場であるあの子のお話をお送りします。

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