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「ハハハハハハハハッ!!いい顔だ!まさか僕が魔物とまで内通していたとは思わなかったようだね!!」


 いきなりの事態に頭がついていかない俺たちを、シルマは嘲笑った。


 数は先ほどの兵士よりも格段に少なかった。だが、見慣れた人間ではない、不気味な生物たちに囲まれる恐怖は、俺たちを震撼させるには充分すぎた。


「何で、人間のお前が……!まさか、魔物側に寝返ったってのか!!」


「その通りだ。僕はずっと昔に“あの人”と契約を交わし、味方に引き入れてもらった。その結果、魔物をも従えることに成功したのだよ。魔物は素晴らしい!余計な考えも持たず、ただ僕の言うことだけを聞いてくれる!絶好の傀儡さ!」


 出たよ“あの人”。絶対のちのちの重要人物じゃん。絶対すげぇ悪いやつじゃん。これより悪いとか勘弁してくれよ、いらん伏線作るなよ。余計な敵が増えるだろ。


「センナ、お前……これも知ってたのか!!」


「知ってるわけないでしょ!!まさかシルマ様が魔物と……」


 動揺していたセンナは何かに気付いたような顔をした。



「え?」



 何か、とてつもなく恐ろしいことに。


「さすが、勘がいいねぇセンナ!そうだよ、よく考えなくても分かることだよなぁ?ずうっと前から魔物を従えていたにも関わらず、どうして僕はあの時、君を魔物から助けるなんてことをしたのだろう?」


「っ………テメエ!!」


 俺も、気付いてしまった。同時に、アケボノに対する憤りが急激に込み上げてきた。


「家族を失った君はもろく、忠実な駒にすることは造作もなかったよ。まさか自分が慕っている男が、魔物に命じて自分の家族を殺させた男だったなんて、夢にも思わなかっただろうからね!!」


「どうして……そんなことを……」


 センナの顔は下を向いていて見えない。


「決まってる……君のような美しい女、手にかけない選択肢などないだろう!!」


 寒気がした。


 センナの姿はたちまち見えなくなった。固く握られた剣から放たれた、濃い冷気によって。


 だが、センナがその中でどのような顔をしているのかは想像できた。


「そんなことだけのために、あたしのお父さんとお母さんを……あんただけは……あんただけは絶対に許さない……!」


「クハッ!いい殺気だ!本当に飼い主に噛みつこうとは、面白いね……」


「おも……しろい……?」


 センナがか細い声で聞き返した。


「ああ、面白くって仕方がないよ。何故なら……」


 アケボノが今までに見たことがないような邪悪な顔で笑った。



「君の牙はあの時……家族の命とともに消え失せてしまったのだから」



「シッ……シルマァァァァァァァ!!!」


「待て、挑発だ!行くなセンナ!!」


 俺の制止を振り切り、逆上したセンナは巨大な冷気をまとってアケボノに突っ走っていく。


 涼しい顔をしているアケボノの前に、ヒカヤとつけ坊を連れてきた大男二人が立ちはだかる。


「そこをどきなさい!!」


 何も見えなかった。氷の煙の中で、激しい金属音だけが鳴り響いた。センナの攻撃が弾かれた……?


「残念、君の裏切りなど想定内だよ。この二人が身につけている鎧は、君の攻撃を完全に遮断する、君を相手どるためだけに用意した、特殊な代物でね。無力だった君に全ての技を教えた僕のことを、簡単に斬れると思ったのかい?」


「くそっ!!シルマ!あたしはお前を許さない!!殺してやる!!殺してやるっ!!」


 強い意志も虚しく、センナの攻撃はすべて貫通することはなかった。


「さて、使えないゴミの処分は奴等に任せるとして、僕もそろそろ……」


 アケボノの怪しげな声だけが聞こえる。だがセンナの冷気のせいで、その姿は見えない。


「アケボノ、テメエ何を……」



「いや!離して!!」


「ヒカヤ………?」

 

 ヒカヤの叫び声が聞こえたと思うと、センナが別の場所に移動したことで、煙が徐々に晴れていく。


 姿を現したのは、獣のような息遣いでヒカヤににじり寄るアケボノだった。


「フハッ!フハハハッ!!大人しくしろ、性奴隷!!魔物どもが奴等の足止めをしている間に、せめて憎きカタカゲ アマネの妹であるお前だけでも僕が!!覚悟しろよ!今までに味わったことのないような恥辱をその小さな体に刻み込んでやる!!」


 アケボノは、恐怖に怯えているヒカヤの服を、強引に引き裂いた。


「ヒヒハハハハ!!カワイイねぇ!!カワイイ体してるねぇ!!さぁ、いっぱいイイコトしよう、子羊ちゃん!!クヘッ、ヘヘヘヘヘハハハハハ!!」


 あられもない姿になったヒカヤに近付くアケボノの顔は、もはや気品溢れる王子ではなく、己の欲望だけを満たそうとする変質者のそれだった。その目は正気を失っていた。


「テメエ……ヒカヤに触んなっ!!」


「貴様は黙って魔物どもと戦っていろ!妹が汚されていく姿を何も出来ずに眺めているのが、低俗な貴様にはお似合いだ!!ヒャヒャヒャヒャ!!」


 くそっ、まずはこの魔物たちをなんとかして、それからあの野郎を……。



「いやあああああああ!!怖い!怖いよ!!助けて!助けて!!兄さあああああん!!」



「―――――っ!!」



 こんなに人やら魔物やらで溢れているのに。


 こんなに騒がしいのに。


 ヒカヤの悲鳴を聞いたとき。



 俺の中で、何かがプツンと切れた音がした。



「みんな……この魔物どものこと、頼む」


「お、おい、アマネ……?」


 ジョンたちにそう言い残した俺は、鞘を投げ捨て、剣を握りしめ、ゆっくり、ゆっくりと、アケボノ……いや、シルマに近付く。


 シルマはこちらに気付くと醜い顔で怒り狂い、


「ちっ……おいお前たち!卑しきゴミクズが僕とエンジェルちゃんの神聖な営みの邪魔をしようとしているぞ!殺せ!!」


 シルマの命令を聞いて襲いかかってきた数体の魔物を、俺は一瞬で切り捨てた。


「どけ、邪魔だ」


 自分でもどういう動きをしたのか、よく分からない。


 でも、歩けば歩くほど、ヒカヤの泣き顔がだんだんと近付いてきて。


 それに伴い、シルマへの怒りもどんどん、どんどん膨らんできて。


「ひっ……くそっ!誰か!誰か早くなんとかしろぉっ!!」


 懲りずに立ちはだかる魔物を、まるで赤子の手をひねるかのように、次々にねじ伏せる。


 シルマに対する怒り以外の感情がなかった俺は、今なら誰にも敗ける気がしなかった。


「ひっ……ひいいいいいい!!」


 刻一刻と忍び寄る恐怖に戦慄し、腰を抜かすシルマ。


 鈍い銃声の音が二発、聞こえた。


 口から血が噴き出す。


 ああ、撃たれたんだ。腹を二ヶ所ね。



 そっか、撃たれたのか。



 ふーん。



 俺はシルマの顔面を思いきりぶん殴った。


「ごばはあっ!!」


 数メートルほど吹っ飛んだシルマは、腰を抜かしたようで、この世の終わりのような顔をして俺を眺めている。


「まっ……待ってくれ!!冗談だ!!今までのは全部、僕の悪ふざけだったんだよ!!ほら、君の妹もお友達も無事だ!監禁していた人たちも、みんな返すから……殺さないでくれぇっ!!」


「……………じゃ、一つ質問していいか?正直に答えてくれたら、斬り刻むのは勘弁してやる」


「あ……ああ!!何でも答える!だから……」


 俺はシルマの胸ぐらを掴みあげる。


「お前が魔物と繋がってるってことは……さ。まさか、昨日の夜にヒカヤとつけ坊が魔物に襲われたのって……」


「ひっ……それは……それは……!!」


 反応を見て、全て理解した。


 だが、コイツの口から言わせなければならなかった。


「答えろ。さもないと……」


「ひゃっ……す、すまなかった!!だが、二人には傷一つつけさせていない!本当だ!!本当なんだっ!!」


「……そうか」


 約束通り、俺は剣を投げ捨てた。


 すると、シルマは素早く後ろに引き下がり、醜く笑ってみせた。


「クハッ……クハハハハハハ!!バカが!!掛かったなカタカゲ アマネ!!死ねぇぇっ!」


 魔法の呪文のようなものを唱えるシルマ。


 足元に異変。


「こいつは……」


 気付いた時には遅かった。



 俺の体は灼熱の炎に包まれた。


「………熱ぃ」


 普通なら耐えられないくらいの苦しみだっただろう。


 しかし、今の俺が抱ける感想は、その一言だけだった。


 たとえ火のなか水のなか、とはよく言ったものだ。


 全身を包む炎を何とかするより、優先させるべきことがある。


 この身が焼け切るよりも先に、殺すべき相手がいる。


「バカなっ!!なぜ倒れない!なぜ……ぐはっ!!」


 シルマの顔面に容赦のない蹴りを食らわせる。


 火がゆっくりと消えていく。


 つい最近に受けたことのある、凍えるような冷たい風によって。


 後ろを見る。センナの奥に巨大な氷の塊が二つ、並んでいるのが見えた。


「センナ……倒せたんだな、あのデカブツども」


「アマネ、あんた……」


 センナの言葉を聞かず、そのまま倒れたシルマに馬乗りになる。


「まっ……まってくりぇっ!!あやみゃりゅ!!あやみゃりゅかりゃ!!ほんてょうにすまなかってゃ!!ごめんなしゃいっ!!ゆるしちぇくだしゃいっ!!」


「悪ぃけど……俺を騙したとかじゃなくってさ。ヒカヤ泣かした時点で、何言ってもムダなんだわ」


「はひっ……ひっ……!」


「ちょうどいいや。約束は守ってやる。斬り刻みはしない。けど、お前が何年も何年も罪のない人たちに与えてきた苦しみ、全部返してやるよ。たんと味わいな」


 そのままシルマの顔をひたすらに殴り続ける。


「ぐふっ……!」


 コイツに苦しめられてきた多くの人たちのことを想って。


「げはっ……!」


 ヒカヤの悲鳴を、噛みしめながら。


「ぐあっ……!」


 一発一発に感情を込めて。


「あがっ……!」


 殺意だけが俺の拳を動かす。


「ぁ……ぁぶっ……」


 目の前の相手は血をブクブクと噴き出して白目をむいている。


 センナ以外の皆も俺の所に近付いてくる。倒してくれたのか、全部。


「ア、アマネくん……その、そろそろトドメを刺した方が……」


 シリカさんが言いにくそうに俺に声を掛けた。


 シルマは、もはや普通の人が直視できる状態ではなかった。


 俺は、どんな顔で皆の方を振り向いたのだろう。


 シルマの返り血だらけで、怒りにあふれた、さぞかし酷い顔なんだろうな。


「ひゃっ……!」


 可愛らしい声を出してビクビクと怯えるミャーちゃんの頭を、サバシルちゃんが何食わぬ顔で優しく撫でている。


「オメさんの気持ちは分かるけども、もうソイツには生かしておく価値もないっちょ。妹さんやミャーちゃんが怖がってるっちょ」


 サバシルちゃんは諭すように言った。


「ア、アマネさん……?」


 目を覚ましたつけ坊が、状況が分からず真っ青な顔で俺の名前を呼んだ。


「悪いけど静かに見ていてくれ、みんな。コイツだけは許せねぇんだよ。もっともっと、死ぬ方が幸せだと思うくらいに!!」


 誰の言葉も響かない。


 俺の脳内にいまだに響いているのは、さっきのヒカヤの悲鳴だけ。



 何十発、殴っただろう。


 シルマは声も出さなくなっていた。


 でも。


 まだ、死んでいない。



 マだ、殴れル。



 マダ、足リなイ。


 

 マダ、コロサナイ。



 マダ―――――――。



「やめて……」


 ふわり、と。


 後ろから何かが優しく俺を包み込んだ。


 手が握られる。


 昔から何度も握ってきた、白く温かい手に、血だらけの、焼けた汚い手が、ギュッと、握られる。



「もうやめて!!兄さんっ!!」



「ヒカ……ヤ……」


「私なら大丈夫!何もされてない!私は助かったの!!兄さんが、助けてくれたの!!だから!!」


 ヒカヤの涙が、俺の首筋に流れ落ちた。



「だからヒカ、もう兄さんのそんな姿……見たくないよ……!」



 長い溜め息をつく。


 今まで自分の体を支配していた“自分じゃないもの”を、一カケラも残さずに追い出すために。


 全て吐ききった後で、俺はヒカヤの手を強く握り返した。


「ごめんな……ヒカヤ。怖がらせちまったな。もう大丈夫だ。お前も、兄さんも」


 泣きじゃくるヒカヤに、俺は優しく言い聞かせた。


「まったく、急に人格が変わるんだもの。すごく……じゃなくて、ちょっとビックリしちゃったじゃない。ほんのちょっとだけど」


 センナがシルマの……いや、アケボノの方を向いて、俺に語りかける。


「すまねぇ、センナ。火、消してくれてありがとな。もうほとんど残ってないかもしれねぇけど、あとは……お前の仕事だ」


「ん、行ってくる」


 センナは虫の息のアケボノに近付くと、しばらく黙って見下ろしていた。


「セ……ン……」


 ほんの少し、他に何か音が出れば、容易にかき消されてしまいそうな声だった。


「シルマ……いえ、シルマ様」


 センナは、深々と頭を下げた。



「ありがとうございました」



 アケボノの体が、ピクリと動いた。


「わっ、私からも!えと、助けてくれてありがとうございました、シルマ王子!!」


 ヒカヤが元気よく言い放った。


「ヒカヤ!お前!」


「えへへ……どんな理由があっても、助けてもらったお礼は言わなくっちゃ!ね、センナさん!」


 センナは何も言わなかったが、ヒカヤの方をわずかに見たあとで、少しだけ微笑んだ。


 ヒカヤには、俺も分からなかったセンナの気持ちが分かったらしい。


 不思議な感じだった。


 ヒカヤの言葉の意味が、分からなかった。


 だが、それでヒカヤを責めようとも思わなかった。


 アケボノの顔はボコボコになっていたが、二人の礼を聞いた後で、ソッと目を閉じたのが分かった。それにより、一筋の涙が押し出され、溢れ出てきた。


「ころ……せ……センナ……」


 センナは、何も言わずに剣を構えた。



 呆気ない、幕切れだった。



 胸を貫かれ、動かなくなったアケボノの顔を数秒眺めた後で、センナは剣を引き抜いて立ち上がった。


「ふぅ………終わったわよ、アマネ」


「帰ろ、兄さん!」


「………あいよ」


 俺はどうしても、なぜセンナとヒカヤが礼を言ったのか、納得の行く答えにたどり着くことは出来そうになかった。


 全て終わったはずなのに、突っかかりが残った。


 でも、ヒカヤの笑顔を見たとき、そのモヤモヤはどこへともなく消えていった。


 きっと俺なんかには、永遠に理解できないだろう。



 永遠に。



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