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一体目 妹を外に出したければ買い物に行かせればいいじゃないっ!

「ちくしょうめ、フラれてしまった。一世一代の大勝負だったのに。腹減ったな。焼きイモ食いたい」


 ラノベ名物、帰路の一人言。


 帰り道で空き缶やら小石やらを蹴りながら、先ほどのイベントを振り返る。


 夕日が目に沁みる。まぁ、やらない後悔よりもやる後悔だわな。


 あぁ、ナクベ=トレスヴィヒは俺が作ったオリジナルキャラで現実にはいないぜよ。言葉も俺がそれっぽく考えただけですしおすし。『強欲なる人間』はさすがに草。騙された奴はたまには母さんの肩でも揉んでやりな。


 ただこの言葉……“女は男に金銭的輝きを求め、男は女に外見的輝きを求める”っていうのは、あながち間違っていないかもしれない。


 もし俺が石油王とかだったら佐原さんもオーケーしてくれたかもしれないし、もし佐原さんがブチュチュンパみたいな顔だったら、俺は愛の気持ちではなくイオマータあたりをぶつけていたかもしれない。


 まっ、そんなことをいくら言っても時間は戻らぬのだが。


 もう俺、一生彼女できないのかな?


「ひゅうーひゅうーひゅひゅうーひゅうぅぅ……ひゅうーひゅうーひゅひゅうーひゅうぅぅ……おっ、もう我が爆誕の地か」


 今日はいつもよりも家に着くのが早く感じた。


 テンションがダダ下がりだったあまり“本当にあった怖い話”のメインBGMの口笛を吹いていたからだろうか。あれフルで聴くと結構カッコいいんだよねっ!ロックっぽくなってさ!


 家に電気は点いていない。父さんは仕事、母さんは買い物かな。


 ってことは……今家にいるのは“アイツ”だけか。


「やれやれ、そろそろビシッと言ってやった方がいいかねぇ?」


 ラノベ名物、頭を掻きながら面倒くさそうに台詞を言う。


「たっだいま~っと」


 あぁ、我が家の香りが失恋男の体を優しく抱き締めてくれる。


 玄関先で思いっきり息を吸った。近くに父さんの靴があるのは意識しない。しないしないしなヴォエエエッ!!殺す気か。殺す気か俺を。殺す気か。


 そして吸った空気を思い切り吐き出す。


「よし、行こうかのう」


“アイツ”と接するのにはそれなりに心の準備がいる。理由はじきに分かるさね。


 二階に続く階段をギシギシと音を立てて登る。“ぼくのなつやすみ”の階段のシーンが怖いと思ったことある奴はもう晩ご飯ができていまーす!


「おい……いるんだろ、ヒカヤ」


 例の者が生息する部屋の前に着く。リズミカルなノックとともに、その厄介者の名前を呼ぶ。


 返答がない。


 もう一度。またしても音沙汰なし。ドアに聞き耳を立ててみる。何やら男女の話し声らしきものが。


 まさか……いやいや、アイツに限ってそんな。俺より早く恋人とかそんな。へそが茶をヴァッカスチョコレートですよそんなの。


 興味本意でガチャリとドアノブを回すと、扉がゆっくり開いた。なんて不用心な……。


「おいヒカヤ、お前いるんなら返事くらい……」



《肝臓太郎くんを見ていると、わたし……ドクドクするの!》


《フッ、ドクドクはいつもだろ心臓子。じゃなきゃ死ぬ。でも俺は手加減しねぇぞ。お前のペースメーカー……狂わせてやるよ》


《ああん!!洞房結節ぅ~~~!!わたしの心筋、こんなにアツく、カタくなってるのぉぉ!!》


《いい声で鳴くじゃねぇか、メス臓器が。いいか、お前はアンモニア、薄汚ぇ有害物質だ。ほら“無害にして”ってお願いしてみろよ》


《うっ……素……て……》


《ん?聞こえねぇな》


《ああああん肝臓太郎さまぁぁ!!有害なアンモニアのわたしを、無害な尿素にしてくださぁぁぁい!!》



「うっ……ひぐっ……!」



「なにやってんだお前」


「ひっく……うわっ!!に、兄さん!!ノックくらいしてよ!」


「何回もしたってばよ、この……バカ妹が」


 状況整理するのに20秒ほどかかってしまったが、どうやらテレビを観ていて号泣していたあまり俺の声が聞こえなかったらしい。


 コイツが俺の妹、片影 陽夏夜(ひかや)。14歳の中学二年生。引きこもり。変わり者。だらけ症。もうなんか色々どうしようもない。でも顔はかわいい。嬉しい。


「いやすまんな。せっかく号泣してたところを……とでも言うと思うてか狼藉者!!これのどこに泣く要素があるんだよ!!」


 俺はテレビの電源をオフにして、妹に様々な感情が入り混じった怒号を浴びせた。


「あー!消さないでよっ!てゆーか知らないの兄さん!?“臓器な男女のどきどき健康診断!”略して“なのどきどき”だよ!」


「知らんわい!“はがない”と同じ形式の略した割りに言い辛っ!!完全にエロアニメっぽかったし!“ああん!!洞房結節ぅ~~~!!”じゃねぇよ!」


「マンガが爆売れで、あっという間にアニメ化したんだよ!“このマンガがすげえ!”1位だよ!日本一だよ!」


「滅べ日本!俺が許す!!」


 この女はとにかく変わり者だ。学校にも行かずに引きこもってはアニメやゲームにマンガ、そして“製作”。充実した自堕落な生活を送っていらっしゃる。


 かたくなに学校に行かず、両親もさじを投げてしまった。俺も事あるごとに引きこもり卒業を促しているのだが、なびく様子は微塵もなし。


 だったらもっと厳重にこもれよ。しっかり毎朝毎晩、家族と飯食ってんじゃねぇよ。挑発のつもりか?


 いや、バカなんだろうな。


「なぁヒカヤ……学校に行く気はないか?」


「イカナイ太陽!!私はこの生活に満足しているんだよ!ハッキリ言ってね!私はこの生活に満足しているんだよ!」


「そのコピー機みたいな語彙も学問に励めば少しは改善できるかもしれないでゲスぞ陛下?」


「うるさいゾイ!学校のマドンナにフラれた奴にどうこう言われたくないゾイ!」


 カッチーン!!


「それは言わないでくださいまだバカにできるスパンじゃないのでホント色々うるさく言ってすみましぇんでちた……」


「え、そこは効果音的に激怒する場面じゃ……なんかゴメンね私こそ」 


 重苦しい空気。妹の茶色いアホ毛がシュンとうなだれる。いるよねこういう頭上で今の心情分かっちゃう系女子。たまごっちかよ。


「てゆーかお前!何で俺がフラれたって分かるんだよ!?超能力者じゃねぇのマジで!!Ms.マリックって呼んでもいい?」


「イヤだよ!………いや“イヤだよ”ってのも失礼だけど!!まぁなんていうか、目の動きとか喋り方で、何となく兄さんがフラれたのが分かったんだよ!“趣味”の関係上、人のパーツから物事を判断するのは大得意だからね!えっへ!」


「“ん”まで言えば?そういや……また“増えて”やがんな」


 妹がいいパスを出してくれたので、ここいらでこやつの“製作”やら“趣味”やらの正体に触れておこう。


 このヒキニートは、とある常軌を逸した嗜好を持っている。


 一言で言おうか。


 コイツは……片影 陽夏夜は、ゲームクリエイターならぬ“人体パーツクリエイター”である。


 本物と見紛うほどにリアルな人間の様々なパーツを作り上げては部屋に飾る。目、鼻、口、耳、髪、体格……それぞれ何十、いや何百種類も。んでもって、その中から気に入ったものを丁寧に組み合わせて“世界に一人だけのお友達”とやらをたくさん作るのが醍醐味だそうで。


 明るい性格に不釣り合いの、なんとも背筋がゾゾッタウンなご趣味でありんす。


 特に今のように電気が消えた状態では完全にお化け屋敷だ。あな、おそろしや。


「ったく……テレビを観るときは部屋を明るくして離れて観ろよ。焼きイモ食いたい……ぬおっ!!」


 妹の視力低下も案じて部屋の電気を点けると、目がギョロリとして鼻が高く、ニンマリと怪しい笑みを浮かべながらこちらを見る、黒くボサボサな長髪の、やたらとスタイルのいい、俺と同じくらいの身長の人形が現れ、仰天した俺は思わず尻餅をつく。


「ちょっと兄さん!そんなリアクションしたらゲボボに失礼でしょ!?ぷんぷ!」


「もっと愛でろよ!名前に愛が感じられねぇよ!!“ん”まで言えば?焼きイモ食いたい」


 これはいけない。このままヒカヤがこの陰鬱な部屋でお友達づくりにハマればますます不登校卒業が遠のいてしまう。


「さて、資料研究も済んだし、次は臓器も作ってみよっかなぁ?」


 こんなこと言ってる。より深いところに行こうとしてる。ヤバしマズし。臓器はパッと見じゃ個性出ないだろ。


「ヒカヤ、お前……最後に家の外に出たのはいつだ?」


「ん?えっと、学校行かなくなってからだから……10万45年前であるぞブハハハハ」


「小暮 隆さんのマネしなくていいから」


 なるほど約一年前か……強者だな。俺はヒカヤに向き合い、そのクリリとした茶色の瞳を覗き込む。くっきりとクマができてるのに、ムダに生き生きした瞳を。


「なぁヒカヤ、外に出てみないか?」


「やぁだよ出前い~っちょう。私はこの家から出ない!穀潰しに、俺はなる!!」


「コエンマとかきり丸に謝れ!!」


「え、ルフィじゃないの?とっ、とにかく!私は一歩たりとも外になんか出てやらないんだからね!ん゛ー !ん゛ー !ん゛ー !」


 くそっ、パッション屋良の迫力に気圧されて言葉が詰まってしまった。一旦退こう。


 くっ強情な妹だ……まぁいい。



 このゲームには必勝法がある。



 もうすぐその時間だ。それまで適当に耐えるんだ。ソメイヨシノの話でもしてこの場をやり過ごすんだ。


 しばらくして、小気味のよいラッパの音が聞こえてきた。



「い~~~しや~~~きイ」



 きたぁぁぁぁ!!


「よしヒカヤ!お前にミッションだ!兄さんは今、無性に食べたいものがある!しつこいぐらい言ってたもんな!分かるよな!?」


「え、いやうん、まぁ分かるけど……それから結局、小錦は“にほんごであそぼ”のアンチスレを見てなんて言ったの?」


「その話はまた後でな!母さんはまだ買い物中だ!帰ってきてもすぐにご飯が出来るわけじゃない!お前も腹減ったろ?お前が行くと言うなら、兄さんが金を出してやろうぞ!」


 急がば回れ。小さなことからコツコツと。


 最初の段階で学校に行かせられるなら苦労しない。まずは外に出ることが大事なのだよ。


 ヒカヤの腹がグゥゥゥゥゥゥゥテンモルゲンと情けない音を立てた。グーテンモルゲン!?


「あう…………わ、分かったよ!あの車ももうすぐ近くに来るし!家の真ん前くらいなら、私にだって……!」


「んじゃ、二つ頼まぁ。屋台のオッサンって寒気するほど優しいから大丈夫だよ」


「う、うん。いってきます」


 ヒカヤは小銭をしっかりと受け取ると、緊張からか手と足を同時に出しながら部屋を出ていった。何このかわいい生き物。


 これでいい。後は徐々に飛距離を伸ばしていけば、じきに学校にも復帰できるだろう。


 まだ二年生だ、やり直しもできる。もし友達が出来なかったら俺が協力してやればいい。もしアイツをイジめるようなクソガキが現れたら、俺がぶん殴ってやればいい。


 部屋全体を眺める。こんな危ないモン作って人形なんかと仲良くしてる以上は、友達なんて夢のまた夢。


 人形は動かないんだよ、絶対に。


 にしても気持ち悪いくらいに良くできてるな。材料や作り方はいっさい秘密らしいけど。


 こういうのも少しずつ破棄していかないとな。ゴミ回収業者ビビるだろうな。



「……………遅いだや」


 待つこと二十分。あの軽快なラッパの音はすぐそこでずっと聞こえてるんだが……。ヒカヤのやつ、コミュニケーションの取り方が分からなくてオッサンに迷惑をかけているのではなかろうか?


 やはり家の真ん前とはいえ初っぱなから対人ミッションは無理があったか。死神代行になった日に藍染と戦わせるようなもんだよな。


 仕方ない、助けにいこう。



 玄関のドアを開けると、肌寒い秋風と屋台から放たれる香ばしい熱気が同時に体を貫いた。


 家の前に停まる軽トラの周囲にヒカヤの姿はない。石窯デカッ!


 あの野郎、怖くなって逃げやがったか?やれやれやれやれやれ……。


 軽トラの運転席をひょっこり覗くと、人のよさそうなオッサンが予想通りのエンジェル営業スマイルを向けてきた。買え買えビームが可視化して見える。


「おっちゃん、石窯デカくね?あと、茶髪で頭のてっぺんにアホ毛がある、可愛らしい女の子が来なかったかえ?」


「!!さ、ささささささささあ、しししししししるぁ、しるぁるぁい、しら、しらないザマス!」


 やっぱり逃げやがったな、あのチキンガール……まあいいや、どっちにしろ外には出たわけだし。先に買っちまおう。


「一つおくれ、おっちゃん」


「は……ははっは、はは、はいよ!じゃあこっちに来とぅえ、か、来とぅんぬ、き、来てくれぃ!」


 オッサンは小銭を受け取りトラックから降りると、俺を荷台の石窯の所まで誘導する。石窯デカッ!


 自分で選ばせる感じなのかな?新しいっ!


 しかしヒカヤはどこまで行ったんだ?案外、逃げた拍子にコンビニとかまで行っちゃったりして。


 だとしたら大進歩だ。こりゃアイツの制服姿を再びお目にかかれる日も近いぞ。やっぱりこのまま引きこもりっぱなしは可哀想だもんな。


 アイツには日の当たる場所で友達とバカみたいにゲラゲラ笑い合っててほしい。兄としちゃ、妹のそんな姿を見られるのが一番うれしい。


 俺は近い未来に確かな希望を感じながらデカい石窯の中を覗きこんだ。石窯デカッ!何でこんなデカいの?


 でもやっと食える。佐原さんにフラれるって分かった瞬間からずっと食べたかった石焼きイ………



モ?



「なぁおっちゃん、中に誰もいませんよ?底が見えないし。俺はホクホクの石焼きイモが食べたいんだけども。品切れかい?」


「石焼きイモ?なぁに言ってるんですかお客さん。この屋台で売ってるのは……」


 オッサンは低い声でそう言い放つと、俺を石窯の中に勢いよく突き落とした。



「石焼きイセカイですぜ」



「え、ちょ………はあああああああああああああああああああああ!!?」


 なにこれ?ああ……もしかして、異世界ものだったの、これ?


 じゃあせめてそのトラックに轢かれさせてくれよ……みんなと同じように異世界トラックとやらで転生したいよ……何だよ“石焼きイセカイ”ってよ……個性出そうとしすぎてワケわかんないもの出来ちゃったよ……。


 あれだけ熱風を放っていたにもかかわらず、中は不思議なことに、思ったほど暑くなかった。まだまだ底が見えない。ずっとずっと下に落ちていくような感覚。


 どっちだろ?転移かな、転生かな?


 だんだんと意識が朦朧としてきた。後者だとしたら……何に転生するのかな?


 子どもの頃、毛先から爪先まで毛むくじゃらでチリチリのオッサン見て“燃えたスチールウール”ってアダ名つけて友達と大笑いしたことあるから、バチが当たってケムシとかかな?


 はぁ……ケムシになる前に、焼きイモ食いたかったな……。




 イモ嫌いだけど。



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