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十八体目 居場所が見付からなければ見付けてもらえばいいじゃないっ! ●

「……………はっ!!」


 センナが目覚める。


「やっと起きたか若者よ。あまりにグッスリだったから俺も眠っちまうところだったよ」


「あんた、一体何を………っ!!何よこれ……手が……!」


 センナが起き上がろうとするが、手を後ろでガッチリと縛られているため、無事に失敗。


「おっと、身動き不能だろ?30本の輪ゴム手錠だ。1本じゃ弱々しいが、ちりもつもればやまとなでしこ。簡単には外せないぞよ」


「どういうこと……?あんた“全て出しつくした”って……くっ……!」


 センナが頭痛に苦しむ。無理もない、ありゃいてえもん。あれこそパーーンてなりますわ頭が。


「おう。戦闘に使えると思ってた道具はな。だが……最後の最後に“コイツ”が役に立ったみてぇだ」


 取り出したるは……ハンドクリーム。


「お前が一円玉をチェックしてる間に、俺はコイツを取り出した。そんで自分の後ろにタップリと中身を絞り出しながら、呆気なく降参した。“あとは俺を斬ることにだけ集中しろ”ってな。お前はまんまと俺の言うことを聞いてくれて、全速力で走ってきちまった。俺の最後の仕掛けが待っていることも知らずに」


「何で……十分に体を麻痺させたのに、そんな俊敏に動けるなんて……っく……!」


 頭痛で苦しむ相手を得意気な顔で見据える。


「色々と時間稼ぎをしたおかげで少しだけなら動かせたってのもそうだが……想像したんだよ」


「想像……?」


「さよう。俺がくたばったせいで妹がアケボノの野郎に泣かされるようなことがあったらってのを思い浮かべると、もう麻痺とかそんなんどうでもよくなってな。あとは力でねじ伏せただけだ」


「馬鹿力とその変なクリームだけで……あたしを倒したっていうの……?そんなの卑怯よ!!そんなクリームを持っているなんて知らなかったし!!」


「“自分が持ってないものを持ってる人を卑怯者呼ばわりなんて、器の小さい奴ね。あんたのそういうところ、大嫌い”……どっかの“最強女剣士さま”の名言だよ」


「っ………このっ……!!」


 怒りを露にするが抵抗はできないセンナ。俺も限界だが、剣を振れる力は残っている。


 自分の剣とセンナの剣を両手に持ち、センナを真上から見下ろす。


「さてさて、さんざん好き勝手やってくれたねぇセンナちゃん?あろうことか、この俺のファーストキスまで奪ってくれやがってこの野郎。まぁそれはいいんだけどさ。チョーシこいてザックザック斬りまくっちゃってさぁ。俺の完璧なボデーに傷付いちまったじゃねぇかよぉ」


「くっ……殺すならさっさと殺しなさい!無様に命乞いをする気はないわ!」


「勇ましい女だな。その言い方じゃ、俺の勝ちでいいのかい?」


「う………ち……くしょう…………あ、あんたの勝………ああああ!!」


 降参を口に出そうとするがグッと飲み込み、拘束をほどこうとする。ほんにプライドの高い女じゃのう。


「無駄だって。30本だよ?人間の体にある全ての指より10本も多いんだよ?だからなんだって話でしょ?ごめんね?」


「……質問、していい?」


 センナが体の力を抜き、俺を見上げた。


「もしそのクリームにあたしが気付いて、避けてしまったら……あんたはどうしてた?諦めて死ぬ気だったの?」


「ん?否だが」


 俺の即答に目を丸くするセンナ。


「どうして?それが通用しなきゃ、もうあんたに策はなかったでしょ……?」


「俺、ここに妹たち助けに来てるんだよ?何で助けずに死ななくちゃいけないの?おねえちゃん頭悪いの?」


「!!で……でも、他にやりようがないじゃない!そんな傷だらけで麻痺までしてて、どうやってあたしを倒せるっていうの!?」


 言っても分からないセンナに、俺は深く溜め息をつく。


「あのな。妹があんな変態キザ野郎にさらわれたんだぞ。しかもジョンやジャックの話じゃ、捕まった奴は酷い仕打ちをされるとか。そんな目に妹が遭うのをあの世から指くわえて見てろってのか?俺はアイツを助けるって決めた。一度決めたら助けるまでは死なないし死ねない」


「だから!それでどうやってあたしに」


「勝てるんだよ」


 センナは言葉を詰まらせる。


「何があっても勝つんだよ。元の世界に帰るまでは、妹の制服姿をこの目で拝むまでは、アイツが笑顔で“いってきます”って言って学校に飛び出していくのを見送るまでは、誰も俺を殺すことなんかできない。俺と妹の間に立ちはだかった時点で、お前の敗北は決まってたんだよ、センナ」


「…………ムチャクチャじゃない。論理的に全く成り立ってないわ。こんな支離滅裂な主張するやつ、初めて見た」


 センナが僅かに笑った気がした。その時、それまで彼女からジワジワと感じられた戦意が、完全になくなった。


「悔しくて頭がおかしくなりそうだけど、あんたの勝ちよ。もうあたしは抵抗もできない。頭も痛いし縛られてるし。剣がなくちゃ魔法も使えないもの。煮るなり焼くなり好きにしなさい」


「あっそ。じゃあこれ飲みな」


 俺は小瓶を取り出し、寝ているセンナの口に流し込む。


「んぐっ!?……んくっ……んくっ……ぷはっ!こ、これって……」


「お薬。これで頭も治るだろ。さて、俺も飲むか…………ぶっはあああ!!このために生きてんなぁ!!」


 シリカさんからもらった薬を飲むと、大量の刀傷がシュワシュワと消えていく。疲れも嘘のように引いていった。ホントに凄い効力だなこれ。


「ばっ……バカじゃないの!!あんた、これから殺す奴の傷治してどうするのよ!!」


「バカはお前だ。誰が殺すっつった?お前みたいな外見も戦闘力もウルトラ級のカード、簡単に捨ててたまるかっちゅうねん。俺と来な、センナ。お前は今からこっち側だ」


 センナの顔がまたしても冷酷なそれに戻る。ああんもう、今までちょっと朗らかで良かったのにぃ。


「……それが本当に最善の手段だと思ってるの?」


「イェス。“好きにしろ”って言ったのはお前だろうが。嫌とは言わせぬぞ!アホ!!」


「シルマ様を裏切れと?それをシルマ様の第一の部下であるあたしに言うの?」


「……いい加減に目ぇ覚ましな。あのクソ王子がやってることはまともじゃねぇ。いや、それとも……もうとっくの昔に覚めてんじゃねぇのか?」


 マンガだったら“ギクリ”と出そうなセンナの顔。わっかりやすいなコイツも。


「バカなこと……言わないで」


「あのとき……俺を家まで運んだの、お前なんだろ?」


 返答は帰ってこない。


「お前さ、アイツのやってることがとんでもないことだって、最初から気付いてたんじゃねぇの?でも誰もアイツに逆らうことは許されなかった。そこで俺みたいに無鉄砲なバカがケンカを挑んできた。悩んだだろ?今までそんな奴、いなかったもんな」


 でも、きっと図星。


「この戦いでだって、お前ほどの力なら俺を瞬コロすることなんか造作もなかったはずだ。わざわざあんなに回りくどい技の数々をお披露目しなくてもな」


 なぜなら、顔に出てるから。


「俺がお前を気絶中に殺さなかったのは、お前を味方にしようとしたからってだけじゃない。お前が俺を殺す気がなかったからだ。戦ってる途中にそれが確信に変わった。どういうつもりだ?」


 センナは全て吹っ切れたかのような、清々しい顔をした。


「……大した奴ね。ついさっき頭カラッポみたいな主張をしたのと同じ人間とは思えないわ」


「それじゃあ……」


「でも一つ間違い。最後だけ……あんたが“全力で殺してくれ”って言った時は、あたしはあんたを本当に殺そうとしたわ。もう全て諦めたと思ったもの。まさかアレも演技だとは思わなかったから、それが敗因になったわけだけど」


 俺はセンナが喋っているのを黙って見つめているだけ。


「あんたの言う通りよ。まさかシルマ様に逆らう大バカ者がいるとは思わなかった。さすがに揺らぐに決まってるじゃない」


「何でお前はアイツをそこまで慕うんだ?」


 センナは口をきゅっと閉じたが、やがて決心したように息を小さく吸った。


「あたしの家族さ……みんなみんな、殺されちゃったんだ」


「!!そ、それは、魔物に……!?」


 センナは僅かに首を縦に振る。


「七年前、このイメルルに初めて魔物が攻めてきた。当然、町はあっという間に大混乱。でも運悪く、その魔物たちはあたしの家に入ってきたの」


 センナの頬に涙が流れた。


「昨日のように思い出せるわ。お父さんが周りにあった武器を闇雲に振り回して魔物に果敢に立ち向かっている景色を。その頃は何の戦闘力もない、ただの一人の女の子だったあたしを、お母さんが守るように抱き締めながら小刻みに震えて泣いていたことを。そして二人はなすすべもなく魔物に……」


「…………お前……」


「その後、家はボロボロに崩れ落ちた。でもお母さんがあたしを守ってくれたの。死んでもなお、たった一人の娘であるあたしのことをね」


 俺は手を使えないセンナに近付き、その涙を拭ってやる。


「生き埋めになったあたしは間もなく救助された。魔物を倒し、あたしをガレキの山から助け出してくれたのが……シルマ様だった」


「でも、アイツがお前を助けたのは……」


「分かってる。あの人は今も昔も変わらない。最初にこの城に連れて来られたあたしは、そりゃ驚いたわよ。たくさんの女……当時のあたしと同じくらいの女の子までもが、牢屋に入れられて暗い顔をしていたんだもの」


 センナは遠い過去に思いを馳せるかのように、天井をボンヤリと眺めている。


「あたしも最初は牢に入れられ、同じ仕打ちを受けたわ。言いたくないような酷いこともたくさんされた。でも……あたしは逃げ出そうと思ったことはなかった。全て受け入れるつもりだった。この人に命を救われた。その事実は変わらないんだから」


「そんなのっ……!」


「おかしいでしょ?でもね、あたしはどうでも良かったの。魔物に襲われた時の地獄のような時間……お父さんとお母さんが死んでいくのを何も出来ずに見ていた、あの苦しみに比べたら、どんな拷問も屈辱も、耐えることができた」


 俺は奥歯を噛みしめた。センナの言うことが、少しも理解できない。気持ちを共有してやれない。


「そして、あたしはその従順さを認められて、シルマ様の部下になった。あの人に少しでも恩返しがしたい。その気持ちで毎日剣を振った。休むことなく牢屋から聞こえてくる誰かの悲鳴に耳を塞ぎながら……ね」


「命の代わりにプライドを捨てたってか?そんな生き方で、お前を命かけて守ってくれた父ちゃん母ちゃんが幸せだと思ったのかよ!?」


「あたしだって!!」


 喉が裂けてしまいそうな声で、センナは叫んだ。思わず気圧されて、黙りこんでしまう。


「あたしだって……苦しかった!これで本当にいいのかって!ずっとずっと苦しんでた!!でもダメなの!あたしはあの人に捨てられるのが怖かった!もう帰る場所がないあたしは、居場所を失うのが怖かった!!誰もこんなあたしを救ってくれる人なんていなかった!だからっ!!」


 俺はセンナの手に巻き付けられた輪ゴムを全て外してやる。


 センナは両手で顔を覆い隠して、必死に泣き声を殺している。


「だから……あの時……あの二人がさらわれて、あんたがシルマ様の前に立ち塞がったとき、あたしは嬉しかった……!あんたなら、もしかしてって……今までどんなにもがいても見えることがなかった、光が見えた気がしたの……!」


「まあ、なんだ……俺はヒカヤとつけ坊を助けたかっただけだ。分かってると思うが、お前を救いに来たわけじゃない。今もそれは変わらない」


「……そうよね」


 センナの顔がフッと曇る。このアマもなかなかに人の話を最後まで聞かん奴だぎゃあ。


「はぁ……落ち込むのは早いよ。耳の穴かっぽじってよぉく聞け。俺は欲張りな男だ。欲張りなアマネくんは、ヒカヤとつけ坊を助けるのはもちろん、その道中でも拾えるモンは容赦なく拾っていく。救えるモンは遠慮なく救っていく」


「!!あんた……」


「居場所ってのは自分が居なければならない場所じゃねぇ。自分が居たいと思える場所のことだ。そりゃ、俺たちがお前の家族ほどの役割を担うのは到底ムリだが、意外と居心地がいいもんだぞ……仲間ってのはな。もう一度言う。俺と来な、センナ。お前が楽しくって笑い泣きするぐらいの居場所、アマネちゃんが作っちゃる」


「……うん…………うん……………!!」


 その後しばらく、センナは大声で泣き続けた。俺はそれを黙って見ていた。


 どさくさで頭を撫でたりなんかしたら、今度こそ殺されそうだったからな。


 ひたすらに泣きじゃくる彼女を、傍で温かく見守ってやった。




「アマネェェッ!!」


「右に同じくぅぅぅ!!」


 センナが落ち着いた頃、ジョンとジャックがボロボロになりながら走ってきた。名前くらい呼んでジャック!!


「お疲れ。その様子じゃ……勝ったみてぇだな。ほら、これ飲みな」


 俺とセンナが飲んだ薬を、二人にも手渡す。


「ごっきゅごっきゅ…………ぶっはぁぁぁ!!生きててよかったぁ!!じゃねぇよ!!何だってんだよ!お前も相手もピンピンしてるじゃねぇか!戦いはどうなった!!」


「あぁ、んーと……なんつうか……今日から仲間になった、センナちゃんでぇぇぇす!!パチパチパチパチ!!」


 担任の先生よろしくセンナをド派手に紹介する。


「は…………はああああああ!?」


「み…………右に同じくぅぅぅぅぅ!?」


 二人は顔を見合わせ、ガラガラの声で叫んだ。ちゃんと驚いてジャック!!


「お前、バカか!この女はシルマの……」


「君たちの何恒河沙(ごうがしゃ)倍も戦力になるぞセンナ君は!」


「何恒河沙倍!?てめえアマネこの野郎!俺たちがどんだけ必死に戦ったと思ってんだドボケ!!」


「だから労いの言葉とともに薬あげたじゃ……ぎいいいいやああああああ!!前後から二人でコブラツイストするのやめて!!痛み痛み!!初めての痛み!ぎょえええええええええええ!!ギブギブ!!許してけれぇぇぇぇ!!」


 こうして俺は、たった今自分が倒したセンナの何恒河沙分の1の実力しかないはずの男たちに負けた。


 激痛の中、センナ=リフルソフィアという頼もしい仲間が、少しだけ笑った声が聞こえた気がした。


 やったねあまねちゃん!仲間が増えたよ!



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