お姉さまに聞きたいことがあります! 1
「どうしてちゃんと教えてくれなかったんですか?」
寮で初めての夕食を頂き、言われたいた通り確かに美味しい食事でほっこりした後。
短い時間しかなかったが、意を決して部屋から、オトウサンが買ってくれた携帯電話を初めて使って掛けた相手は、他でもない志奈だった。
本当はもっと遅い時間に電話を掛けた方がゆっくり出来たが、遅いすぎる時間に掛けるのも気が引けてしまった。
そんな中なのに、質問を最初から間違った、と思った。
考えてみれば、この質問では答えは決まっているのだ。
「だって『教えてお姉ちゃん』って言ってくれなかったじゃない?」
電話で聞くと柔らかくソプラノの声。楽しそうにクスクスと笑う、その音の麗しさ。
志奈さんは、お決まりの言葉であっさり柚鈴を転がすのだ。
思わず言葉に詰まると、上機嫌で志奈さんは言葉を足した。
「でもこうして電話を掛けてくれて嬉しかったから、質問があれば答えちゃおうかな」
「ど、どうも」
お礼を言うものの、心中は複雑だ。
「そもそも、柚鈴ちゃん。今日何を聞いて、『ちゃんと教えてくれなかった』と思ったの?」
「え、それはまず、志奈さんが随分、有名人だっていうことでしょうか?」
そう答えると、電話の向こうで沈黙が訪れた。
何かまずかっただろうか?
そんな考えが頭をよぎりつつ、間が持たないので言葉を続ける。
「苗字が一緒なだけでも驚かれるし、『志奈さんの親戚に私くらいの女の子はいない』とか、中等部だった子まで詳しくて」
「あら、そうなの?何かの取材でも受けたかしら?」
覚えがあるようなないような、という感じで、志奈がようやく口を開いた。
だがその事には、たいして気になった風でもなく、拗ねたように言葉を繋げる。
「だって柚鈴ちゃん。自分が有名かどうかなんて、自分じゃ良く分からないものよ」
「まぁ、そりゃそうでしょうけど」
「逆に教えて。私のどういった話が有名なの?」
それはほとんど、聞いてなかった。
興味津々な様子の志奈には悪いけれど、提供出来る話がない。
「...今度聞いておきます」
言葉に詰まって言うと、クスクスと笑われてしまった。
「それで?他には」
「あ、あと助言者制度です。家系とか、ペアとか。それにあのバッチ、#助言者__メンター__#制度のバッチなんですよね?なんで私にくれたんですか?」
「えぇ?あのバッチは違うわよ」
「え?」
「私が渡したバッチでしょう?助言者制度のバッチじゃないわ。だって私自身、助言者どころかペアにもなったことないもの。助言者制度のバッチなんて持ったことないわ」
意外な言葉に、困惑してしまう。
翼のデザインのバッチは、助言者助言者制度のバッチだと聞いたのに、志奈は違うというのだ。
「じゃあ、何のバッチなんですか?」
「虫除け、かなぁ?」
「は?」
意味が分からず聞き返すと、志奈は悪びれずに続ける。
「柚鈴ちゃんにもし、指導する先輩ができて、しかもその家系が「お姉さま」なんて呼ばせる家系だったら、私困るもの」
「はあ?」
「私がちゃんとお姉ちゃんになるまでは嫌なの!」
駄々っ子のように声をあげた志奈に、言葉をつまらせてしまう。
くれたバッチが何なのかの質問の答えには全くなってない。あげくに、ひたすら志奈は私に特定の存在が出来るのが嫌、だというのだ。
なんなんだ、この子供みたいな行動。
意味が分からないまま、なんだか顔が赤くなってしまう。
なんなんだ!この人!?
「一年生は上級生に見込まれちゃうと、ほとんど断れないのが助言者制度の困ったところなのよ。先に先生を通したりして、断りにくくしちゃう上級生も多いし」
「そんなに面倒な制度なんですか?」
「そうよ。そもそも助言者が学校公認なら、ペアであるメンティーもそう。学校に届け出が必要なのよ。もしそもそも助言者である上級生より下級生の方が『歴然として』優秀である場合は、制度自体意味がないと考えられて受理されないし」
「そうなんですか?」
「そうよ。助言者制度のもっとも理想的な形は、優秀な上級生がそれほどでもないの下級生を引き延ばして優秀にすることだもの」
淡々と言われて、言葉を失う。
確かに学校側からすれば、一人でも優秀な人間を増やすほうが良いと言うのは分かる気がする。
「もちろん、下級生を見込んで、声を掛ける上級生もちゃんと存在するわ。相性が大切だと考える人だって少なくはないのよ。でも、家系を存続したい一部生徒の間では、育つかどうか分からない下級生では心もとないと考えちゃったりするの。そんな中に柚鈴ちゃんが居るなんて、私が心配するのも当たり前でしょう?」
「やっぱり私、そんなに声を掛けやすいポジションなんですか?」
「柚鈴ちゃんみたいな特待生は優秀だというのが当たり前だし、外部受験生は学園のことが分からないのが当たり前だから、そういった意味で受理されやすいのよね」
そこまで言われてしまえば、もはや納得するしかなかった。
遥先輩も、それらしいことを言っていたが、特待生であり、外部受験生である柚鈴は、家系を重んじる一部の助言者に目をつけられやすいのは間違いないのだ。
助言者制度が柚鈴にとって良いものかどうかも不明である。
ひたすら面倒くさそうではあるけれど。
頭痛を感じて、頭を抱える。
しかし。志奈がくれたバッチが何なのかは、ここまでの説明では何一つ明らかではない。
その質問しようとした時、部屋のドアが叩かれた。
びっくりしてそちらを向くと、遥先輩の声が飛び込んでくる。
「柚鈴さん、一年生のお風呂の時間よ」
慌てて時計を見る。
寮のお風呂は大浴場。
学校が始まると部活や授業の関係で、時間がばらけてくるが、春休みの間は一年生が慣れるまでということで、大体の時間が決まっている。
今日は1番最初の時間帯。
荷物の片付けで、入浴時間が遅くなりがちな一年生を先に入らせるということで、夕食が終わったらすぐに大浴場に向かった寮生もいたはずだ。
気がつけば中々いい時間になっていた。
この分だと、すでにお風呂から上がった一年生もいるかもしれない。
「とにかく、あれは秘密兵器で虫除け。これ以上の質問は『教えて、お姉ちゃん』でよろしくね」
こちらの気配がわかったのか、志奈さんは愛らしく笑ってから電話を切った。
結局、大切なことが聞けてない気がする。
私は大きなため息をつくしかなかった




