一歩進んで 5
「入らないよ。部活だって入る気ないのに」
「そうなの?」
「そう。生徒会に入れば、常葉学園の#助言者__メンター__#制度に振り回されて特定の先輩から指導されることがないからって、志奈さんが希望してたみたいだけど。そもそも私はそんな声を掛けてくる先輩なんていなかったもの。志奈さんの取り越し苦労」
結局入学して一か月たったが、志奈さんが心配しているように特進科の東組だからと声を掛けられるようなことはなかった。
柚鈴が人気がないのかと思ったりもしたが、同じクラスを見渡しても、どの生徒にもそんな気配はないんだから、拍子抜けと言うかなんというか。
志奈さん自身が東組の生徒ではなく、普通科の西組にいたようだから、なにか勘違いをしているのかではないかと思っていたところだった。
部活に入っているわけでもなければ、そうそう上級生と会う機会なんてないのだ。
例え家系をつなげたい上級生が実際に存在していても知り合うことがなければ、声も掛けられないし、ならわざわざ生徒会に保護なんてされる必要もない。
このまま、助言者制度とは無縁で2年生になるんではないかと思っていた。
「何を言ってるの?」
志奈さんは赤い顔のまま、ポテトサラダを一口食べながら水を差すようにいった。
「何って、助言者制度のことですよ。言われてるような声掛けはなかったっていう話です」
「それはそうよ。ようやく5月になったところだもの」
「え?」
疑問の声を返した柚鈴に、志奈さんはいつもよりは余裕がない早口で言いながら、顔をパタパタと手で仰いだ。
「4月のうちは、1年生は入学したばかりだし、部活や中等部のころの関係でペアになる人たちもいるから混乱しないように、そんなに助言者制度のペア作りには力を入れてないのよ」
「力を入れてないって。学園がってことですか?」
「学園というか、生徒会が」
志奈さんはそういって、水の入ったグラスに手を伸ばしかけて止めた。
ご飯を一口食べてから、落ち着くようにため息をついた。
「助言者制度のペア作りは基本的に生徒が主体でやることだって考え方だから、生徒会の重要課題の一つなのよ。それもあって、『生徒会は公平であるように』という意味合いも込めて、ペアを持たなくてもいいっていう考え方になっているの」
それは初耳だった。
家系やペアを持っていたら、公平に援助が出来ない、ということだろうか?
その辺りはイマイチ良く分からなかったが、柚鈴が聞き返す前に志奈さんは次の言葉に移る。
「中等部から進学してきた多数の生徒は、助言者制度についてはよく知っていて高等部に入学するから特に問題なくペア作りに参加してくれるんだけど、東組を中心とした外部入学が多数存在する『特待生の子たち』は、2年生になって助言者のバッチを4月に貰っても、中々ペアを作ろうとしないのが常葉学園の課題だったの。だからゴールデンウィークが終わったら、そういう生徒が一人でも多くペアを作れるように生徒会の活動が始まるのよ」
「生徒会の活動って。そんなに強制的にペア作りをしなきゃいけないんですか?」
「助言者制度の始まりとも言える姉妹制度がそもそもOBの方々に受けが良い制度なのよ。行儀作法を先輩が後輩に教えるなんて考え方で続けるのは、常葉学園では無理も多かったけど。特に最近は、高校生くらいの子たちを親が見守るに無理が多いもの。だから完全に無くすことには反対意見も多かったみたいよ」
そういってしまう志奈さんも昨年までは高校生だったわけだが、随分大人びた言い方をする。
まあ、生徒会会長だったというわけだし、その辺りは経験が物を言うのかもしれない。
「どんなことをするんですか?」
「う~ん…基本的には、知り合わないからペアにならないんじゃないかなと思って、知り合う機会を作るようにしたかな。今年どうするのかは、今の生徒会メンバー次第だけど」
そういってから、はっとしたように志奈さんは柚鈴を見た。
「え?柚鈴ちゃん、まさかペアを作っちゃうの?」
「そういうつもりで聞いたんじゃないんですけど」
いやいや、と否定するが、志奈さんは全く聞いていない。
肩を落として、落ち込んだような顔をする。
「柚鈴ちゃんに助言者が出来たらショックだなぁ。もしかしたら私自身が言い出したペア推進案が功をなす、なんて可能性もあるわけか。まさか自分自身の手で柚鈴ちゃんの危機を招くなんて考えてもいなかったわ」
…え、私の危機なの?
一瞬、疑問符が浮かんだが、それを聞くと余計会話が混乱しそうなので、それは諦めることにする。
「志奈さん、推進案なんて考えたんですか?」
「ええ。1年生でお手伝いを始めた時から、色々と」
あっさりと言った志奈さんに、話が分かってるのか分かってないのかお母さんは感心したように声を上げた。
「志奈ちゃん、すごいのね」
「あ、いえいえ。なんとなく口にしたら、勝手にいつの間にか形になっていただけで」
勝手にって。
それの方がすごいんじゃないだろうか。
真美子さんとか、周りが優秀だったということなのかなんなのか。
多少疑問に思いつつ、柚鈴は正直な感想を口にした。
「それにしても助言者ですか。いまいちピンと来ないですね」
「そうよね。柚鈴ちゃんには必要ないと思うわ」
力を込めていう志奈さんに少々苦笑しつつ、まあそうですね、と頷いた。
特に志奈さんを慌てさせる理由もない。とりあえず若干の皮肉を混ぜ合わせながら、確認だけはしておくことにした。
「私も志奈さんで精一杯な気がするのは確かですけど。別に強制的に組み合わされるわけじゃないんですよね?」
「それはないはずよ」
「なら、まあよかったです。後はその時考えます。それより志奈さん」
柚鈴は、ずっと暑そうにしている志奈さんに、とうとう我慢出来ずに声を掛けた。
「普通の辛さのカレーにかえましょうか?」
「え、嫌っ」
「嫌って……」
はっきりと拒絶した志奈さんの様子に驚いてしまうが、志奈さんはしっかりカレー皿を握りしめ抵抗の意志を見せる。
「これを食べなきゃ、後悔すると思うの」
「なんで後悔なんてするんですか」
「だって…」
言葉に詰まった志奈さんをフォローするように、お母さんが口を挟んだ。
「まあ、良いじゃない。志奈ちゃんだって頑張って食べてるわけだし」
「それはそうだけど」
私としては明らかに限界超えている様子の志奈さんに心配しかないのだけど。
「だって、明日は柚鈴ちゃん帰ってしまうじゃない。そうしたら、同じご飯を食べる機会なんて、しばらくないでしょう?」
「それはそうですけど」
「だとしたら、今日の機会を逃したくないの」
志奈さんは、力強くいって、スプーンを口に運んだ。
「私は頑張ると決めたことは頑張りたいのよ」
その強い意志に困ってしまって、柚鈴は隣のお母さんを見た。
にっこり笑って、目線で柚鈴を宥める。
「......」
柚鈴も一口スープカレーを食べる。
美味しくて辛い。
昔、「変わってる」と言われたことは全く気にしなかった様子の志奈さんが、このカレーを食べることにはこんなにムキになっていることが不思議だ。
不思議だけど。
こんなに頑張っているんだから、というとおかしいのは百も承知なんだけど。
頑張ってる志奈さんのために、ペアの上級生は作らない、というのもアリではないかな、と思えてきていた。
それは常葉学園としては、マイナスの行動なのかもしれないけれど、志奈さんを調子に乗らせてしまうことかもしれないけれど、それよりも何よりも。
それが、少なくとも柚鈴にとって、意味を持つか持たないかさえまだ分からない助言者制度でペアを作ることを嫌だと思う人がいるのなら。
とりあえず、本当に全部食べたら。
考えても良いかな、と思いながら、必死に食べ進める志奈さんを見つめた。




