一歩進んで 4
出来上がったスープカレーをつぎ分けてテーブルに並べて。
主食はターメリックライスと白飯。
一応、辛さの緩和になるようにポテトサラダを小皿に乗せた。
オトウサンのカレーは唐辛子の量がかなり少なめで作ってあるので色も茶色。それ以外の3皿はかなり赤い。食欲をそそる香辛料の香りが漂う。
一応、柚鈴は試食をしたので、どれも美味しく仕上がっているのは間違いがない。
辛すぎて食べれないものは作ってないはずだ。……多分。
これは柚鈴基準になってしまうので、言い切ることはできない。
並んだ食事に、リビングにおいやった二人を呼んで椅子に座ってもらう。
そういえば、この家族に食事を作るのは初めてだと気づいて、少し胸の辺りがサワサワとした。
なんというか、ちょっとした緊張だ。
美味しいと思ってもらえると嬉しいな。いやいや、志奈さんにはちょっとくらいは苦しい顔をしてほしいのだけど。
柚鈴は心の中だけでこっそり、そんなことを考えていた。
柚鈴の席の隣がお母さんが、志奈さんが向かいに座り、空いた席にオトウサンというのが席順。四人でテーブルについた。
「美味しそうにできたわね」
「このカレーには感謝と煮込まれたスパイシーになった複雑なものが色々入ってますから」
にっこりと笑うお母さんに、志奈さんがしたり顔で答える。
『複雑なもの』
含みのある言い方を、お母さんは単に香辛料のことだと思ったようだけど、志奈さんが言いたいことが違うのを知っている柚鈴は複雑だ。
「なんか美味しくなさそうなんでやめてください」
志奈さんを小声で止めてから、お母さんの方を向いた。
「私が、母の日には帰ってこれなさそうだから、今日はこれがお母さんへの感謝カレーなの」
「うん、ありがとう」
「志奈さんが作ってくれたし、いつも以上に辛くなるように頑張ったから、美味しいと思うよ」
「姉妹初の共同カレーというわけね」
茶化すようなお母さんの言い方に、瞬間、複雑な表情を浮かべてしまう。
志奈さんは嬉しそうに笑っている。
「……ま、まあ。間違いではないけど」
「共同作業はもう一つあるんですよ」
反論したくなっていた柚鈴を遮るように志奈さんがにこやかに言うと、一度席を離れてから柚鈴の方に手作りのカーネーションの籠を渡した。
そうだった。
食事をふるまうことで、ふっと忘れかけていたが、志奈さんが渡せるように取りにいってくれたらしい。
受け取った柚鈴が、お母さんへと差し出す。
手作りにしては上出来といえるプレゼントに仕上がった籠に、驚いたように息を飲んだ。
「カーネーション?」
「今年は、手作りにしたの。志奈さんと二人で」
お母さんが、柚鈴と志奈さんを交互に見つめてから、なんとも言えない表情でした後に。
にっこり笑った。
「ありがとう」
じっくり手作りのカーネーションを見て、しみじみと呟く。
「そうか。なんだか改めて、娘が二人になったんだなあって思ったわ」
娘が二人になった。
カーネーションを作りながら、柚鈴も同じようなことを感じていたので、お母さんの気持ちが少し分かるような気がする。
形としては今そうなったわけではないけれど、感じる瞬間が今、お母さんの中にあったんだろうと思う。
温かい気持ちに包まれて志奈さんを見ると、頬を両手で口元で押さえて、一瞬泣きそうな顔をしていた。
それを見て、柚鈴も少しだけ泣きそうな気持になった。
「ありがとう。これから沢山『お母さん』するから、よろしくお願いします」
お母さんは志奈さんや柚鈴の気持ちを包むような、柔らかな笑顔で頭を下げると、志奈さんが釣られたように頭を下げた。
「ふつつかな娘ですけど、よろしくお願いします」
先に志奈さんにそんな風に言われてしまっては、柚鈴はどうすればいいか分からない。
同じようなことを言うのは変な気がする。
もう何年も『ふつつかな娘』をやってきているので。
それに志奈さんにとっては縁がなかった『母の日』なのだから、色々思うこともあったんだろう、と思うだけに、どうしようと一人慌ててしまった。
オトウサンだけが、楽しそうに頬杖をついていて、非常に羨ましい立ち位置だ。
顔を上げてからそんな柚鈴に気付いた志奈さんが、じっと見つめてきてから、ふっと笑った。
「柚鈴ちゃんも、私のことは愛しい姉としてよろしくね」
「なんですか、それは」
どさくさに紛れた発言に、ものすごく地味に平常心スイッチを押してくれて、柚鈴自身が驚くほど冷静な声が漏れた。
志奈さんも、いつものスイッチが入ったのか、笑って続ける。
「柚鈴ちゃんからの『ふつつかな妹ですがよろしく』を希望しているアピール」
「いや、言いませんよ」
1人取り残されてしまったからと言って、断固その話には乗らないという態度を見せる。それから志奈さんのペースに乗らないように目を背けて、お母さんを料理へと誘導した。
「さあ、食べて。この話題は終了したいので食べて」
「あらあら」
軽く笑ってから。いただきます、と手を合わせてお母さんが一口食べた。
「…うん、美味しい」
咀嚼して、顔を綻ばせたお母さんにほっとして、柚鈴も手を合わせる。
「うん、ほどほどの辛さで美味しい」
先に食べたオトウサンの声が続いて、柚鈴もカレーを一口食べた。
カレーの香ばしいスパイスの風味と、一緒に入れた果物の甘味、それから後になって燃えるような辛さが波打つようで、熱い。
辛いというより燃えるようだ。
「…美味しい」
柚鈴より先に志奈さんが言ってから、少したって考え込むように#項垂__うなだ__#れる。
「辛い…」
後からやってくる辛さに気付いたのか、慌てて水を飲もうとグラスに手を伸ばした志奈さんを止める。
「し、志奈さん。水は飲まない方がいいですよ。水飲むと、余計痛いような辛さになります。舌がやられちゃいます。ご飯を食べてください」
「はい…」
ご飯を一口食べて、しかし負けられないと思ったのか。
志奈さんは覚悟を決めたように更にカレーも口に運んでいく。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「柚鈴ちゃんの複雑な愛情を感じる気がする…」
「な、なんですか、それ」
マイナスな感情は煮込むように言ったのは志奈さんだ。
柚鈴にはそのつもりはなかったわけなので、苦情を言われても困る。
しかし。
あきらかに体温が1,2度は上昇したような表情で食べ進める志奈さんは、健気だが心配になるのも確かだった。
「オトウサンと同じ辛さに変えましょうか?」
「まだ早いと思うの」
「私には今に思えますけど」
志奈さんは諦めない。
オトウサンが隣のことは気にせず、何事もないように笑顔で食べ進めているのを見て悩んだが、少し様子を見ることにした。
辛いが美味しいのも確かだし、本人にやる気があるのだから頑張ってもらってもいいのかもしれない。
少なくとも隣の保護者が止めないのだから、大丈夫だと思いたい。
このオトウサンを信じて良ければ。
「でも、母の日帰ってきてくれないのね。寂しいわね」
お母さんが食べる手を休めて、ため息をついた。
「ごめんね。中間考査の前で余裕ない気がして。電話するから」
「待ってるわね」
そういってからお母さんは、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、生徒会に入ったの?」
「え?」
「入学式でそんな話していたじゃない。志奈ちゃんが生徒会だったから後を追って生徒会にとかなんとか」
そういえば、喫茶店でそんな話をしたかもしれない。
柚鈴もようやくそのことを思い出して、首を振った。




