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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
49/52

一歩進んで 3

お母さんとオトウサンが出ていった後に、何故か一人出て行かない志奈さんと目があった。

「あの、何か?」

「柚鈴ちゃん、少しでいいから手伝えないかしら」

「え?」

「だって、これから作るのは母の日の食事でしょう」

そう言われて、志奈さんと母の日の贈り物を考えるのは、志奈さんへのお礼だったと改めて思い出した。

確かに手伝ってもらうのは筋だろう。

柚鈴が頷くと、志奈さんは嬉しそうにエプロンをして、隣に立った。


何をしてもらおうか考えて、そういえば親子丼を作ってくれたことを思い出した。

やったことがあることの方がいいだろう。

「取り敢えず、鶏肉を切ってもらいますね」

「はあい」

指示に従い、包丁を手にした志奈さんに、切り方を伝えてから、柚鈴も別に材料を用意していく。

機嫌良さげな鼻歌を志奈さんが奏でるのを耳にして、柚鈴はちらりとその姿を捉えた。

手際は良いとは言い難いが、台所に立つ姿でさえ絵になる。ドラマのワンシーンのようになるその光景に、妙に緊張してしまう。

「柚鈴ちゃんは、こんな風にお母さんと料理したりしたの?」

「そうですね」

「ふうん」

相槌を打った志奈さんに、柚鈴はどういう意味がある質問なのか良く分からないまま、言葉を繋げた。

「でもお母さんは、仕事で家にいないことも多かったので。結構小さい時から、私がお母さんの食事も作ったりしました」

「そうなの?」

「はい。最初はインスタント食材を使ってみたりしてたんですけど、学校でお味噌汁の作り方とか教わってからは、家で出汁を取ったりして」

言葉にすると、初めてのお味噌汁で、お母さんが美味しいといってくれたことが思いだされた。

知らずに頬が緩み、口が軽くなる。


「同い年くらいの子は、食事じゃなくてお菓子作りの方が楽しいっていう感じだったけど。私はご飯作るの楽しかったから、お母さんも休みの日は一緒にそういう時間を作ってくれて」

「そう」

「中学校ではお弁当も作りましたよ」

そういってから、柔らかく微笑んで相槌を打つ志奈さんに、ふと疑問を抱いた。


志奈さんはどうだったんだろう。

私とは別で、母親のいない志奈さんは。


じっと見つめてしまっていると、言葉が途切れたことに気づいたようで、志奈さんはこちらを見た。

「なあに?」

「あ、いえ。その」


流石にストレートには聞きにくい。


考えてみれば小鳥遊家は通いの家政婦さんが料理を作りに来てくれていたのだから、柚鈴のように料理を作ることはなかったのかもしれない。

不思議そうな顔でこちらを覗いている志奈さんにそれをどのように聞いたらいいのか、躊躇った。


「なあに?言わなきゃ分からないわ」

「はあ。ええと」

言葉に詰まってしまいながら、柚鈴は視線を彷徨わせてから、手持ちぶたさに鍋をコンロに置いた。火はまだ付けない。


「志奈さんは、オトウサンとどんな二人暮らしだったのかなって」

「お父様と?」

志奈さんは、きょとんとしたように首をかしげた。

言葉が足りなかったらしい。

少々困った気持ちのまま、言葉を探しながら繋いでいく。

「中学までは、志奈さんはこの家に住んでいたんですよね。この家はその」

二人で住むには広すぎませんか?と喉元まで出て、その言葉が正しいのか分からなくなる。

いや、どちらかというと不正解な気がしてならない。

そもそも正しい聞き方なんてあるんだろうか?

この質問は悪い質問ではないかと、戸惑う気持ちがぐるぐるしてしまう。


志奈さんは、う~ん、と考えてから答えた。

「そうねえ。中学までは、私のお母様の方のお祖父様とお祖母様が近くに住んでいたから、顔を出してくれていたわ。柚鈴ちゃんみたいに料理はしなかったけど、お茶やお花を少しお祖母様から手習いのように教わったりしたかしら」

「え?」

思いがけない言葉に聞き返すと、志奈さんはふふっと笑った。

単純にお茶やお花、というのが、柚鈴には馴染みがなかったから、出た疑問符だったが、志奈さんはそうは思わなかったようだった。


「変わっているって良く言われたのよ」

志奈さんは切り終えた鶏肉を、ボウルの中に入れてしまって、手を洗った。

大したことのない話をするように、まるで些細な話をするように、#その時__・__#言われた言葉を口にする。

「普通は習い事に出掛けて教わったり、お母様と過ごすような時間なのにって」

「そんなことを言われるんですか?」

「子供の頃はね」

気にしていない様子の志奈さんに、思わず黙り込んでしまう。

おそらく口にしたほうは、今、志奈さんの表情そのままに、ささやかな大したことのない疑問として口にして。

そして志奈さんはそんな風に言われたことを、当たり前に受け入れているのだろう。


言われてしまうものは確かに仕方ないし、どうしようもない。柚鈴だって、それは分かる。そうして生きてきたから。

でも、他の人の話を聞くことは、当人よりも心に刺さった。

多分言われたのが自分だったほうが気にしないのに。

なんだか、無邪気で悲しい言葉な気がした。


「柚鈴ちゃん」

「あ、はい」

黙ってしまった柚鈴に、志奈さんは無邪気な笑顔を向けた。

「暗い顔になってるわ。そういうものは、材料と一緒に煮込んでしまいましょう」

「え?」

「煮込む料理は、そういうものだって習ったわよ。自分のマイナスの気持ちを具材と一緒に美味しく煮込んで頂くの」

「だ、誰がそんなことを教えたんですか?」

「え?違うの?」


煮込み料理にそんなことをするなんていうのは、少なくとも柚鈴は初耳である。

驚いた顔の志奈さんに、まさかいつもそんなことしてるんですか?と聞きかけて、志奈さんは料理をあまりしないことを思い出した。

つまり料理上手の友達だろうか?


中々、ヘビーな友人がいるものだ。

想像しているのもなんだか怖いので料理を再開する。

止まっていた手を動かして、鶏肉にカレー粉をまぶしていく。


志奈さんの思いもよらなかった言葉に、それまで感じていた重い気持ちが紛れていた。

「……」

マイナスな気持ちを美味しく頂く、というのと同じような科学的な方程式だろうか。

鶏肉だけでなく、柚鈴の心もスパイシーに…

言葉としては全く面白くないけれど、なんとなくそんな現象が起きているような形に収まってしまった。


志奈さんは、柚鈴に関係なく上機嫌だ。

逆の立場だったら、自分のことで誰かが暗い顔になったら嫌だけど、志奈さんは気にしている様子はない。


それどころか、にこにこ、と笑って。

「意地の悪いことを言ってもいいかしら?」

柚鈴には嫌な予感しか感じさせないことを言いだした。

「なんですか?」

なんでもないようにコンロの火をつけながら聞くと、志奈さんはにっこりと笑った。

「私自身は正直、気にしていなかった話だったんだけど。柚鈴ちゃんが私の話で傷付いた顔をしたのが、なんだか少し嬉しく感じてしまったわ」

「……」

柚鈴が思い切り嫌な顔をしてしまったのだろう。志奈さんが目を丸くしてから、破顔した。とても楽しそうに。


「志奈さん、めちゃくちゃ性格悪いですね」

「そうね、私も今そう思ったところよ」

「今、感じた悪意もしっかり煮込んでおきますから、お腹壊せばいいと思います」

「はあい」

のびやかな返事を聞きながら、柚鈴は小さくため息をついた。


なにが嬉しいのかさっぱり分からない。

志奈さんの考えと柚鈴の考え方はちっとも似ていないし、想像もつかないからよく分からない。

手際よく調理を進めていく柚鈴は、とびきり辛くなるように願いを込めて料理を進めていく。

志奈さんの辛い、の顔が見たい。

今、願いはそれだけだ。そうすれば少しは気分が良い気がする。


何はともあれ、今日の教訓。

煮込み料理は感情も一緒に煮込んでいいらしい。

食べてお腹を壊したとしても、調理者は責任を取らないということでお願いしたい。

ちらりと横を見れば、志奈さんの上機嫌な笑顔が見えて、表情は変えずに心の中だけで付け加える。

まあ、今日は。スパイスに『志奈さんの上機嫌』も入ってるわけだから、大丈夫でしょう。

そう思いながら手を伸ばして、志奈さんに負けないだけのスパイスをガッチリと掴んだ。

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