一歩進んで 2
早朝、目が覚めて天井を見れば、一瞬どこか分からなくなる。
ずっとお母さんと二人で住んでいたマンションでもなければ、清葉寮でもない。
しばらく天井を見つめてから思考を巡らせ、ここが小鳥遊家の天井だと気付く。
柚鈴にとっては広すぎる一人部屋。
寝返りを打ってから、フカフカのベッドの中で思考がクリアになっていく。
一人だな、と思って寂しくなる。
もっと部屋が狭ければ、逆に安心するのだが、広すぎる部屋は孤独な気持ちにさせる。
お母さんと二人暮らしの時は、同じ部屋で寝起きが一緒だった。それが当たり前すぎて、人の気配の薄い広い部屋が酷く冷たく感じる。
寮の狭い部屋であれば、逆に隣の物音も偶にするくらいで、逆に安心させてくれた。
そういうのがない。
志奈さんは、どうだったんだろう。
この広い部屋で、広い家で中学生までオトウサンと二人。
想像もつかない。
広い部屋が寂しいなんて感じるの、私だけなんだろうか。
目を閉じて、もう一度眠りにつけるか待ってみる。
眠れるだろうか。
今日はお母さんの朝ごはんが食べれる予定だ。
炊き立てのご飯とお味噌汁は絶対にあるだろう。
あとはお惣菜が一、二品だろうか。
シンプルな朝ごはんは、作った人の味になる気がする。
炊いただけのお米にしろ、もちろんお味噌汁もそうだし、例えば卵焼きとか、煮つけとか。
オトウサンのお蕎麦も美味しかったし、志奈さんの親子丼だって美味しかった。
でも、まだ。いや、これからも。
お母さんのご飯が一番好きで、美味しく感じるんだろうと思う。
そんなことを考えていると、なんだかお腹が空いてくる。
時計を確認して、うん。やっぱり起きるには早い。
だから、もう少し眠らなきゃいけない。
柚鈴は寝返りを打った。
昨日は、志奈さんと母の日の造花を作る材料と、オトウサンの果実酒を作る材料を買いに出かけて、どちらも用意をした。
オトウサンの果実酒を作る用意は、思ったより簡単で、これは他になにかしてあげたほうがいいような気がしている。
希望通り、オトウサンの洋服を見立てても良いのかもしれない。
男性の服なんて、よく分からない気もするけど。
でも喜んで貰えるなら、頑張ってみるのも悪くないはずだ。
お母さんのために作るカーネーションは、ついつい数を増やしてしまい、結局リボンにして飾るための紙にメッセージを書き込むのは夜遅くになってしまった。
先に書き終わった志奈さんのメッセージは、すでに飾られている。柚鈴が書き終わった後、その紙をたたんで、リボンのように飾る時に目についた。
志奈さんは赤い紙。私は桃色の紙に。
籠に飾られた、いまはまだ内緒のお母さんへの手紙。
志奈さん、何を書いたんだろう。
ベットから見える、机の上に置かれた花籠が少し気になる。
お母さんへの感謝を、こうして誰かと文字にするということ。
特別な時間をシェアすること。
きっとこういうことも、家族が増えるということなんだろうと思った。
それは決して嫌なことではない。
じゃあ、何かが嫌なのかと言うと。
やっぱり、この部屋で一人朝を迎えていること、だろうか。
矛盾しているようなことだけど、そんな色々を感じているのは事実で。
広い部屋が嬉しい!なんて感じる私より、無駄な空間だなあと感じてしまってる拗ねた私がいる。
よしよし、仕方ない。
今は全部、自分の中に閉まっておくので、許してあげることにした。
私が、私を許してあげないと。
例えば、一人が寂しいと言って、志奈さんの部屋に行けば喜んで迎えてくれるかもしれないけれど。
それは、なんか嫌だなと思って、笑ってしまう。
今は私は、こういう寂しさに一人で戦いたいし、いつか戦わなくてもいいように、強くなりたい。頑張りたい。
強くなるためには。
まずは良く寝て、美味しいご飯を食べて、それからお母さんのために、今までで一番美味しいカレーを作ること。
きっとそうなんだろうと思った。
温かいベットの中で寝返りをもう一度打つと。
柚鈴は目を瞑って、誘われるままに眠りについた。
カレーパウダー、コリアンダー、ガラムマサラ。
クローブ、クミン、ナツメグ、それから鷹の爪。
果物やココナッツオイルや諸々を並べて、柚鈴は楽しそうに笑った。
寮で食事を作る機会はないし、こういったスパイス類も勿論ないので、久しぶりだ。
カレーの材料は、なんだか柚鈴を楽しくさせる。
肉は鶏肉、包丁やまな板と準備を始める。
「僕はとびきり辛くなくていいからね」
料理を始める前の柚鈴に、早々に言ったのはオトウサンだ。
「普通の、普通に辛いので充分だから」
念を押すように言ったオトウサンに、志奈さんが眉を#顰__ひそ__#めて反論する。
「お父様、そんなことでいいの?辛くても食べようとする気持ちが大切なんじゃない?」
そういうと、オトウサンは小さく両手を上げて、降参の意を表した。
「いや、僕はもういい。志奈は知らないだろうけどね、僕は柚鈴ちゃんと百合さんがよく行くカレーやさんに行って、一番辛いカレーを食べたことがあるんだよ」
「そうなんですか?」
その話は初耳で柚鈴が聞くと、オトウサンは重々しく頷いた。
少々、苦い思い出であるような反応だ。
思い当たる所があるのだろう。お母さんは、何も言わずに笑って聞いている。
「美味しかったよ。美味しかったけどね、本当に辛くて途中で味が分からなくなってくるし、量が多かったのもあったけど、ちょっと全部完食するのは難しかったよ」
「ああ…そうですよね」
その言葉に、柚鈴は納得した。
お店の人が、初心者にはお勧めしない程に辛いカレー。
一口目は甘味すら感じる。辛さも辛くて美味しい、と柚鈴は思っている。
お母さんもそう思っているようだけど、やっぱり辛さがつらい、と思う人も多いはずだ。
しかも量もかなり多い。辛くなればなるほど多い。
その量の増減は、実は足される唐辛子などの量らしい。
一番辛いカレーだとしたら、さぞ多かっただろう。
ちなみに、お店のカレーは量の面から柚鈴も一人前を全部食べることはできない。
一人前をお母さんとシェアし、後はサイドメニューを頼むようにしている。
ただ、頻繁に行って一人前をシェアするのは少し申し訳ない気がする。
それもあって、一人が食べれる量を調節できる、家でのカレー作りに至ったという経緯もあるのだ。
「志奈、お前知らないだろうけど。今日のカレーだって、まず普通にスープカレーを作ってから、唐辛子とか鷹の爪を足していくんだよ。普通のカレーだって、そこそこに辛いんだから、無理する必要はないと思わないか?」
「……お、思わないわ。というより、尚更普通じゃないカレーを食べたくなってきたくらいよ」
志奈さんが、一瞬怯んだものの断固譲らないので、オトウサンは肩を竦めた。
言い出したら聞かない、というより、オトウサンがすでに体験した、柚鈴とお母さんの普通を自分も体験したい、という所だろうか。
うん、きっとそうに違いない。
「何にしろ、僕は普通の辛さでお願いします」
「わかりました」
話を聞いていたお母さんがクスクス笑う。
柚鈴はとりあえず、普通のカレーも二人分作っておくことにした。
余ったら、タッパにいれて寮に持ち帰ればいいのだ。
「本当に手伝わなくていいの?」
「いいの。一応、前倒しの母の日だから」
それにしても、と柚鈴は付け加えた。
確かに広い台所だが、目の前に大人が3人もいるのだ。
なんでこの家族は、台所に集まってきているんだろうと、呆れたように目を向けた。
「みんな、リビングにいていいんですよ」
邪魔とまでは言えないが、思わず率直に言ってしまった。
料理を作る姿を見守ろうとする保護者。
それがここでは3人もいたようだ。反論が出る前に。
「というか、リビングにいてください」
重ねて、嘆願の気持ちで言葉を重ねた。




