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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
47/52

一歩進んで 1 凛子の場合

「あれ、凛子先輩。今、帰りですか?」

常葉学園から寮への帰り道、すっかり暗くなってしまって道を、生徒会の仕事を終わらせた長谷川凛子が歩いていると、脇道からのんびりとした声が掛かった。


「あら、薫さん」

同じ寮生である高村薫が、Tシャツと短パンというラフな姿で現れた。

その方向からと格好からすると陸上部帰り、と言うわけではなさそうだ。

それもそうだろう。ゴールデンウイーク中は、運動部の生徒は朝から活動して夕方には解散する。

こんな遅くに出会うとしたら、部活以外の理由だ。

「こんなに遅くにどうしたの?」

「部活終わって寮に帰ってすぐ夕食食べたんですけど、お腹空きまして」

コンビニのビニール袋を持ち上げてみせた薫に、凛子先輩はなるほどと苦笑した。

確かにハードな部活動を一日こなした後では、エネルギーが不足してしまうだろう。

こんな暗くなってから出歩くのは感心できないことだが、気持ちは理解できる気がした。

「何を買ったの?」

「鳥のささみとか。最近コンビニでも、味のバリエーションがあって助かりますよ」

連れ立って歩く薫のコンビニ袋を覗いてみると、ミネラルウォーターと野菜ジュース、ささみが2つ入ってる。


「以外とヘルシーなのね。お菓子も買ってないなんて」

「お菓子なんて腹膨れないじゃないですか。体もちゃんと作りたいし。何より今日は夕食が魚だったから、肉が食べたくって」

「薫さんにもっとも必要なものが入ってるわけね」

なるほど、と凛子が頷くと、薫はにっと笑った。

「大会でいい記録作りたいので」

それは、いつかのお礼という意味だろうか。

少し前の騒動を思い出して、凛子は尋ねた。

「そういえば、あれから陸上部では問題ないの?」

「おかげさまで。というか、鬼コーチが来てくれているので、みんな余力がないのかもしれません」


鬼コーチ、というと、間違いなく緋村先輩のことだろう。

あれから、週1、2回のペースで顔を見せているようだ。

といっても、関わっているのは自分の家系だけにしているらしいが、それでも他の部員は練習に力が入ってしまうのだろう。良くも悪くもだが。結果が出ているのは確かなので、良しと思うことにする。

光景が目に浮かぶようだ、

「それで前田光希さんの調子は?」

2年生の陸上部員であり、薫をメンティにしたがってる生徒の名前をあげると、薫は不満そうな顔をした。

「前田先輩はずるいですね。家系だからって緋村楓さんに付きっきりで指導受けてますから。スランプ奪回どころか、順調に仕上がってますよ」

「あら」

そのいいっぷりに凛子先輩は吹き出すように笑った。

薫の方は、緋村先輩の指導を受けたい様子である。


「それは仕方ないわ。そもそもあなたが原因で緋村先輩は高等部に来て前田さんを指導しているんじゃない」

「それはそうですけど」

「羨ましいなら、前田さんのメンティになることね。そうしたら指導が受けれるかもよ」

「それは勝負に負けた気がするから嫌です」

薫ははっきりと言って不敵に笑った。

勝負事には本気で行く、という態度が良く分かる。

仮に申し込んだ先輩が緋村楓さんであれば、喜んでバッチを受け取ったかもしれないが、緋村楓さんは薫にバッチを渡したかどうかは疑問である。

あの人が有沢綾以外の誰かを選ぶなんてことはない気がする。

そんなことを考えていたら、思わず頬が緩んでしまう。

そういったペアの関係は微笑ましい。


「何ニヤニヤしてるんですか?」

薄気味悪そうにしている薫の顔に、凛子は顔を慌てて引き締めた。

「凛子先輩は生徒会ですか?」

「えぇ。最後の詰めをね。今日やることは済ませたから、明日はのんびり出来るわ」

「何がそんなに忙しいんですか?」

不思議そうな薫に、凛子は肩を竦めてみせた。

常葉学園の生徒会の忙しさは、主にOGとの関係性にあるのが実情だ。

薫を含む特待生の受け入れが出来るのは、成功した常葉学園卒業生であるOG達からの多額の寄付金があるからだ。そして学園側は、その寄付金の成果として、優秀な生徒の育成を義務付けられているようなものだ。

より多くの優秀な生徒を育成するために、進んで特待生を受け入れ、また更に成長させるためのクラス分けや、教育システム、そして助言者(メンター)制度と生徒会の働き。

勿論、各教師陣もしっかりとした成果だしを意識していて、サポートをする。


そのことは生徒会役員であれば、当然のように理解しているが、別に説明する必要は感じなかった。

薫のようなスポーツ特待生は大会に出て、記録を作ればそれだけで、結局成果となる。

そこに心得を刻むように、学園の仕組みを教える気にもなれなかったし、口にすれば愚痴のようになってしまいそうで、それも困る。

学園の特待制度に恩恵をうける、特進科の首席生徒としては、黙して働くのがベストだと思うのだ。


だから凛子は、この場合のベストの答えを薫に聞かせることにした。


「さしあたってはゴールデンウイーク明けに配る資料ね。後は常葉祭に向けての打ち合わせとか」

「常葉祭?」

「秋にある文化祭よ」

「え?もう文化祭の話が出るんですか?月末にある体育祭じゃなくて?」

興味深そうに話しに乗ってきた薫に、凛子は大きく頷いた。

「生徒会はね。三年に一度、兄妹校になる尭葉(たかは)学園生徒会と合同制作があるの。これが中々大変で、今から方向性を決めておかないと間に合わないのよ」

「はぁ。随分大変なんですね」

本当に思っているかどうか、どこか他人ことにのんびりとした口調の薫に凛子は苦笑する。


まあ、仕方ない。

この苦労を背負うことを決めたのは自分なのだから。

学業と両立しなければならない生徒会は、正直楽な仕事ではなかった。

それでも手を挙げて、やりたいと言ったのは自分である。

決めたからにはやるしかなかった。


「とりあえず、ゴールデンウィーク明けには、柚鈴さんと幸さんは忙しくなるわ。色々フォローしてあげてね」

「ゴールデンウィーク明け?中間考査ですか?」

「そうね、中間考査もね。……ああ、お腹すいたわ」

寮が見えてきて意識が削がれ、思わず声を上げると薫も同意するように頷いた。

「本当ですね。凛子先輩にさえ会わなかったら、途中で袋の中身を食べてました」

「それは止めてちょうだい」

常盤学園の寮生、買い食いする。しかもささみ。おそらく丸かじり。

これはあまりに醜聞である。

いまだに近隣の住民にはお嬢様学校のイメージも強い学園のイメージはダダ崩れである。

「じゃあ、今後、コンビ二に買い物に行った時は大人しく寮までダッシュで帰って、部屋でこっそりいただくことにします」

力強い薫の返答に、一瞬、反論しかけて辞めた。

まあ、ダッシュで帰るくらいなら問題ない気もする。

「慌てず、ゆっくり噛んで食べるようにね」

「え、はあ、まあ」

凛子の注意に、困ったように返事をしてから、薫は頷いた。

丸きりの子供扱いだったと思って、凛子が自嘲的に笑うと、薫は気づいて、にっと笑った。


「凛子先輩も学食はよく噛んで食べたほうがいいですよ。魚の小骨がノドに刺さりますから」

「行儀の悪い食べ方はしないわよ」

「そうですかね?今の時間は人が少ないだろうし、それこそ丸のみしかねない勢いでしたので」

目上に敬意を払わない言い方に、凛子は呆れたようにため息をついた。

しかし、薫はこういうタイプの人間だ。

この態度には、凛子にも問題があるのかもしれない。

「そうね、気をつけるわ」

つかれきった頭では態度について教育する気にもなれず話を切り上げるように言った。

すると玄関に入ってから、薫は口を開いた。

「友人のフォローは、まあ、出来る限りしますよ。私は雑なんで、そこそこしか出来ないと思いますけど。足りたいときは頼りにしてますんで」

「……」

脱いだ靴を片づけるために背を向けた薫を、凛子はまじまじと見つめた。

「じゃあ、失礼します」

頭を下げて、部屋に帰っていく姿を見送ってから、小さく笑った。


薫にとって、今、凛子は頼れる先輩だというのが嬉しかった。


物事は変化していくのだろう。

それが良い方向であるように、努力しよう。

頼られるなら、頑張ろう。


凛子は靴を揃えて、中に一歩進んだ。


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