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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
46/52

姉妹っぽいこと 4

「それでは本題よ」


倉庫から出て瓶を一度庭に出して、外の水道で洗ってから天日干しをすると、改めたように志奈さんは仕切り直した。

「私たちは、母の日の課題をクリアしなくちゃいけないのよね」

「勿論です」

色々、脇道に逸れてしまった気もしないでもないが、母の日どうするかというのは、変わらず大本命と言えるので、柚鈴は頷いた。

志奈さんも頼もしく頷いて見せる。


「そんな柚鈴ちゃんに、昨日私が徹夜で調べておいた成果を元にしたアイデアがあります」

志奈さんは自信満々に言い出した。

少しだけ、調べたと言っていたが、やっぱりみっちり調べたのだろうか。

矛盾を感じつつ、口にはしない。

それよりも、内容が気になる。斜め上のものだったらどうしようと言う、不安も感じる。

だが、志奈さんの提案は思いのほか庶民的なものだった。


「二人で、手作りカーネーションを作りましょう」

「て、手作りですか」

思わずほっとするが、そのことに志奈さんは気づいていない。

ちょっと申し訳ない気もしたが、あんなに豪華な食器を見せられた後では、一体どんな提案をしてくるのかと、不安になっても仕方がない。

柚鈴が多少、嬉しそうな顔をしているのをどう思ったのか、志奈さんはにっこりと笑った。


「それでね。一つ仕掛けをしようと思って」

「仕掛けですか?」

志奈さんは頷いてから、辺りを気にしたように見回す。

「どうしたんですか?」

「お父様に聞かれたら、ちょっと悔しいかと思って」

「いや、悔しくはないでしょう」

意味が分からずに柚鈴が否定すると、志奈さんは首を振った。

「いいえ、絶対悔しいわ。そしてこれは姉妹の秘密にしておかなければならないことなのよ」

「……」


もしかして『姉妹の秘密』が欲しいだけなんじゃあ。

一瞬よぎる考え。

しかし、母の日について考えるのは、志奈さんへのお礼だったことを思い出した。

つまり、ここは志奈さんに付き合うのが筋だろう。


「そ、ソウデスネ。そうしましょうか」

全く心がこもっていなかったが柚鈴が同意すると、志奈さんは更にやる気になったように、オトウサンがどこにいるのかを気にしつつ、家の中に入っていった。

一先ず柚鈴もそれに従って付いていく。


「柚鈴ちゃんはとりあえず二階のベランダに行ってて」

そう指示を受けて、階段を上がることにした。

志奈さんは、そのまま台所へと行ってしまう。

途中まで普通に階段を上っていて、もしかしたらここはオトウサンにばれないように、スパイのように静かに上ったほうがより良いのかと、意味もなく音を立てないように登ってみたりする。

一応、感謝の気持ちを込めて、一歩ずつ。


こんなことで、お礼になっているのかな…?

多少疑問は湧くが。気にしたら、なんというか自分に負けそうな気がしたので。

気にすることを止めた。


そうしてベランダに出ると、そこには志奈さんお気に入りのゆりかご椅子が、風のせいか、ぶらぶらと揺れていた。

迷ってからベランダの一角にあるテーブルと椅子の方に進む。

ゆりかご椅子には興味があるのだが、迂闊に使用すると、志奈さんが喜んで一緒に座ろうとする未来が見える。椅子が無難でいい気がする。

椅子に座ると、風が心地よく入ってきて気持ちよかった。

志奈さんは少ししてから、アイスティを二つ持って入ってきた。


「お父様は大丈夫だったわ。お昼ごはんの為に張り切って蕎麦を打っていたから」

「は?」

「蕎麦を打ってたの」

繰り返して言われてしまう。


蕎麦を打つ。

柚鈴は体験したことがないが、大変な作業に思える。

「オトウサンはそういう趣味があるんですか?」

「いいえ。今日の為に習いに行ったんですって」

「え、オトウサンってすごく忙しいんですよね?」

「ええ、すごく忙しいわ」

「……」

あっさりと肯定されて、柚鈴は沈黙を返すしかない。

オトウサンのこういう行動って、当たり前なんだろうか。

というか、階段で忍んだ意味もなかった。

色んな考えが柚鈴の中をよぎるが、勿論志奈さんは全く別感覚だ。

安心するしたように胸をなで下ろしていた。


「でも、良かった。お父様、どれだけのことをするのかと心配していたのだけど、それ程でもなくて」

「あーいや……」

オトウサンにとっては、通常運転だったようだ。

ドライブはともかく、焼きたてパンを朝から買いにいき、昼は蕎麦を打つなんて、かなり大したことな気がするのだけど。

実の娘から、それほどでもないというドライな評価を受けているオトウサンってどうなんだろう。

それともそう思える程、常日頃から手間暇かけてるんだろうか。

なんとなく、そんな気もして柚鈴は外の穏やかな景色に目を泳がせた。

居心地が良すぎて、逆に悪い。


志奈さんは全く気にしていように、アイスティを一口飲んでから本題へと移った。

「手作りのカーネーションはね、折り紙とか、柔らかい紙とかで作れるんですって。まずはそれを手作りして、籠に飾るの。メッセージを書いた紙をたたんで、籠にリボンのように結んでおいたらどうかと思って」

「メッセージを隠しておくということですか?」

「そう。母の日は柚鈴ちゃん、帰って来れないんでしょう?やっぱりそれだと寂しいと思うから、当日読んでもらえるメッセージを隠しておくのよ」

「なるほど」

お母さんに手紙というのは、そういえば書いたことがなかった気がする。

直接話が出来ないなら、確かにサプライズになっていいかもしれない。

「生花だと、上手く隠すのは難しいと思うけど、手作りのカーネーションだったら、母の日までは触らずに飾っておこうとすると思うのよね」

「そうですね。いいと思います」

「でしょう?」

志奈さんは嬉しそうに笑う。

「志奈さんもメッセージ書くんですよね?」

「え?良いのかしら」

「志奈さんが嫌でなければお願いします」

母でなかった人への母の日のメッセージをお願いするのも、どうなのかと思いながら柚鈴が遠慮がちに言うと、志奈さんはにっこりと笑った。

「柚鈴ちゃんが良いならそうするわ」

「お母さん喜ぶと思います」


それから柚鈴は、出来れば、と言葉を繋げた。


「志奈さん。このゴールデンウイーク中に、食事も一度は作りたいんですけど」

「え?」

このゴールデンウィーク中に、柚鈴に食事を作る順番がないと言われてはいたが、母の日と言えば、という気持ちがあって、口にしてしまう。


「毎年、母の日には感謝を込めて食事を作っていたんです」

そういうと、志奈さんは瞬きをしてから、そう、と頷いた。

「今日の夜までお父様が作って、明日はお母さんの番なのだけど」

「オトウサン、夕飯は何にするつもりでしょうか?もう用意していたりしますか?」

「仕込みはしているんじゃないかしら?お父様のことだもの」

「じゃあ、今日変わってもらうのは無理ですね」

「そうなの?」

やはり大してオトウサンに気を使わない志奈さんは、変わってもらってもいいのよ?と言わんばかりの目線を柚鈴に向けていて、慌てて頷いた。

「は、はい」

「明日はお母さんの番だから変わってもらう?」

「あー」

柚鈴は一瞬考え込んでから頷いた。


「でもそれが一番かもしれません。もしかしたら、お母さんとは作ろうとしているものが一緒かもしれないですし」

「作ろうとしているものが一緒って、何か定番メニューがあるっていうこと?」

「はい」

「それってなあに?」

「『本格カレー』だったんです」

「本格カレー?」

きょとんとした様子の志奈さんに、少しだけ躊躇う。

これは中学の同級生の話に話したときも、『意味が分からない』と言われてしまった内容だ。

小鳥遊家で作っていいものか悩むメニューでもあるが、口に出したものは仕方ないので説明する。

「その…ルーは使わずに、色々スパイスを使って作るカレーなんです。レシピがあるわけじゃないので、その時ごとに味は違うんですけど」

「2人とも辛いのが好きなの?」

「辛いのが好き、というか」

どう説明しても、分かってもらえるように上手く話すことはできない気がしたが、柚鈴は一度口を閉じて、頭の中を整理してみた。


「以前住んでいた場所の近くに、辛いけど凄く美味しいカレーやさんがあったんです。一番辛いメニューは、数量限定で本当に辛いんですけど、それだけじゃなくて、とても美味しくて。それで家でも辛いけど美味しいカレーを作ってみようって話になって。私もお母さんも甘いもの食べないじゃないですか。誕生日にケーキは必要ないから、代わりに」

「け、ケーキの代わりがカレー?」

その言葉に志奈さんが急に絶望的な顔をした。

志奈さんは甘党だから、なんだかとても良くないイメージをしたんだろうか。

その想像が何かを思い至ってから、慌てて訂正した。

「勿論、志奈さんの誕生日にはケーキ用意すると思いますよ。そもそも志奈さん、そんなに辛いものは得意じゃないでしょう?」

「そうねぇ。嫌いというわけでもないけれど」

顔を引きつらせたまま、自分に言い聞かせるようにブツブツと呟く。

「確かに辛すぎるものは得意とは言えないわ。でもそれが2人の共通点なら、一緒に挑戦するのは私の…」

「姉の役割じゃないと思います」

志奈さんの言葉を読んで繋げる、志奈さんは柚鈴を見上げて、不満そうに頬を膨らませた。

その目線は話が進まなくなるので無視することにする。

「お母さんも、カレーを作ったとしても、志奈さん用に甘く出来るようにすると思いますし」

「別にそこまで辛いのが苦手なわけじゃないのよ」

フォローするつもりだったが、挑戦したい気持ちが捨てきれなかったらしく、志奈さんは諦めきれないように言った。


「普通に辛いカレーならいいんですよね。わかりましたから」

「私は柚鈴ちゃんが作ってくれるなら同じ辛さのカレーがいいんだけど」

自信なさそうに尚も引かない志奈さんに、柚鈴はため息をついた。

まさか、そこで意地になるとは思わなかったのだ。

甘党の志奈さんに、スパイシーなカレーを作るなんて考えてもいなかったし、志奈さんが食べたがるとも当然思わなかった。

柚鈴とお母さんが作るカレーは辛い。

辛さだけでなく、美味しさの追求もしようと、トマトやリンゴなども加えているので甘みもあるのだが、後から火を吹くような辛さが出る。

どうも志奈さんが好きそうな食べ物に思えなかった。


寮で出るカレーも甘めだったしなぁ。ああいうのが志奈さんっぽいんだけど。

そう考えながら、困った話になったと思ったが、一応は請け負うことした。


「わかりました。お母さんが料理を作っても良いと言ったら、ちゃんと同じ辛さで志奈さんの分を作ります」

一応、辛くないバージョンも作っておいて、もし食べきれなかったら、出し直せばいいかと思うことにする。

柚鈴のそんな打算を知らない志奈さんは

「ええ。私、頑張るわ。お母さんに料理当番を変わって頂いて、柚鈴ちゃんにはとびきりのカレーを作ってもらいましょう」

と妙なやる気をみせることを忘れない。

頑張るのは、カレーを食べることなのか、それとも料理当番を変わってもらうことなのか。


当然、カレーを食べることなんだろうな。何も頑張らなくてもいいのだけど。

とは言え、だ。

お母さんにも志奈さんにも食べてもらえるのだから、ちゃんと辛くて美味しいカレーを作ろう。


志奈さんのがうつったのか、柚鈴も無駄にやる気が出てきて、決意を固めた。

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