姉妹っぽいこと 3
志奈さんに案内されたのは小鳥遊家の裏手。
そこには洋風な家とはちぐはぐなまさに和の土蔵がある。
それこそ志奈さんの祖父母より前の時代から、しまってある物もあるらしい歴史を感じる建造物。
であると同時に、家もそうだが、しっかり警備会社と契約してセキュリティ万全。監視カメラがしっかり設置され、扉は暗証番号と指紋のロックで開くようになっている。
そのあたりがかなり厳重な気がする。
土蔵ってそういうイメージではないのだけど、最近はそうなのか、それともこの家が珍しいのか。
正直、柚鈴からすると、監視カメラがついている所には、あまり入りたくはない。
ロックを解除するための指紋は今の所、オトウサンと志奈さんの2人ぶんが登録されているらしい。
お母さんは登録していない。
これはそうだよね、とものすごく気持ちが分かった。
出来れば、柚鈴も登録したくはない。
登録することで得られるのは、妙な緊張感と責任のように思えるからだ。
いつか登録することになるとしても、それは出来るだけ後回しでお願いしたい。
そんな重圧なんて全く感じる様子のない志奈さんは手慣れた様子でロックを解除して扉を開けた。
おもちゃの箱でも開けるかのような気軽さに、ミスマッチな程、その装置はハイテクで厳重。
違和感しかない。
「随分物々しいですね」
黙っているのも苦しくて、柚鈴が声を掛けると、志奈さんはそうねぇと、おっとりと返事をした。
「うちはお父様と2人だったし、去年までは私も寮生活だから、何事も備えておこうっていうことみたい」
「はぁ」
「ここは色々入っているのよ。食器とか着物とかの衣装類もだし、家系図や代々伝わる書物なんかも。古いものも多いけれど、使えるものも多いのよ」
なれた様子で入っていくと、奥の棚の方へと進んでいく。
柚鈴の方は、渋々とそれについていった。
もはや、早く出たい気持ちだ。
「明日はお母さんもお休みで家にいるみたいだし、何か料理を作るでしょう。この辺りは食器を色々置いているから、それを使ってもいいと思うのよね」
「はぁ」
志奈さんの指さす方を見る。そこには高そうな箱やふくさに包まれた、明らかに芸術品の気配を感じる食器が並んでいた。
「し、志奈さん?これ、高級品なんじゃないですか?」
「柚鈴ちゃん」
恐れおののく柚鈴に対して、志奈さんはおっとりとした声で、仏様のように微笑んだ。
「これは食器よ?」
「い、いや、そうは言っても」
「食器は使うことに価値があると思わない?」
「その通りなんですけど。万が一使って壊れちゃったら」
「壊れてもいいのよ」
志奈さんは微笑んだまま、とんでもないことを言い出した。
「母の日なんて特別な日になら使ってもいいじゃない。私の友人も特別な日には特別な食器を使って食事を作るって言ってたわ」
志奈さんの友人とは、もしや北や西クラスのお金持ち諸君でしょうか?
いや、きっとそうなんだろう。
柚鈴は勢いよく首を振る。
「お母さん、卒倒しちゃいます!絶対ダメです!!」
「えー」
不満そうに頬を膨らませた志奈さんから距離を取るように後ずさる。
えーじゃない。
「そもそも、小鳥遊家で普段使いしてる食器だって充分良い食器なんですよ。無茶言わないでください。食器に関してはいつも通りのもので大丈夫です。長年娘をやってる私が言うんだから間違いありません」
「そういうものなの?難しいわね」
いまいち納得していない顔を見せる志奈さんに、柚鈴は背中を向けてため息をついた。
そう言えばオトウサンも、倉庫に使えるものがあったらなんでも使って良いといっていた。
つまり、志奈さんと似たような考えなのかもしれない。
なんて、恐ろしい親子なんだっ。
柚鈴の目から見て、この場所に使えるものなんて全くなさそうだ。世間一般の母の日をしらないだろうか?カーネーション一輪だって親に渡さない不届きものだっているのに、これではそんな類の人達が可愛く思えてしまうじゃないか。
改めて、その場所をぐるりと見渡せば、やっぱりどこを見ても気軽に使って良さそうなものはない。
芸術品、美術品の類も多そうだ。
見渡したことで部屋の片隅には温度調節のためのエアコンがあり、内部は温度管理までされていることに気付いた。
ここは普通の倉庫とは言えない。少なくとも柚鈴の感覚では。
「申し訳ないのですが、ここで志奈さんと姉妹っぽいことは出来なさそうです」
目を細めて呟くと、志奈さんはガッカリしたように肩を落とした。
しぶしぶと外へ出ようとする志奈さんと共に出口の方に向かうと、さっきは見えなかったが扉に近い場所にガラスの大瓶がいくつも並べてあることに気づいた。
高級品ではなさそうで、返って目が行く。
5~6リットルくらいのものが入りそうな、口が大きくて取手がついた瓶がざっと10個程。
場所を取るために置いてあるといった様子だ。
「どうしたの?柚鈴ちゃん」
立ち止まった柚鈴に志奈さんが声を掛けた。
「これなんですか?」
志奈さんは戻って来て、柚鈴の視線の先を確認した。
「広口の密封瓶のこと?」
「密封瓶ですか?」
「ええ。うちでは、そうね。梅干しを漬けたり、梅酒や林檎酒なんかを漬けたりしていれているの。中身が入っているものは家のパントリーに置いてあるわ。随分昔から漬けてあるものもあるのよ」
「へえ」
「梅干しはともかく私たちはお酒は飲めないから、成人したら一緒に飲めるわね」
志奈さんは、将来のことを思い描いたらしく柔らかく微笑んだ。
成人したらお酒が飲める、という言葉は柚鈴にもなんだか楽しそうな印象を抱かせた。
自家製のお酒を家族で飲む、なんて考えたこともなかった。
「良いですね、こういうの」
思わず柚鈴がそう呟くと、志奈さんは一度大きく見開いた。
「そう?じゃあ今年はお酒を作ってみようかしら」
「え?」
「どうせ今漬けたって、すぐに飲めるものじゃないけど。柚鈴ちゃんが我が家に来た年のお酒ということで準備しておいて、私たちが成人したら一緒に飲むの。楽しそうでしょう?」
「あ、はい」
志奈さんの勢いに少しばかり押されながら、でも確かに楽しそうだと柚鈴は頷いた。
柚鈴が同意すると、志奈さんはいよいよ真剣になる。
「長期置いておくならやっぱり梅酒なんだろうけど、梅が手に入るようになるのはもう少し後だったと思うのよね。瓶は出して置いて、梅が手に入ったら、漬けておくことにしましょう」
志奈さんが瓶を一つ手にとった。
「いつ頃なんですか?」
「確かGWは終わった後だったんじゃないかしら。柚鈴ちゃんは帰ってこれないでしょうけど、任せておいて!私が姉として立派に梅酒を作っておくわ」
姉として立派に、梅酒つくり…?
なんというか妙にしっくりこない言葉だが、志奈さんはやる気である。
いや、無駄に私にエネルギーを注ぐよりも、梅酒つくりに熱意を燃やされた方がいいか。
そういった悪い考えが浮かんでしまったので、今回は止めないことにした。
とはいえ、だ。
「母の日について考えてたのに、なんだか悪い気がしますね」
母の日を二人で考える、というのが主題だったのに、二人のお酒つくりの話になってしまっては、柚鈴はその点が申し訳ない気持ちになった。
もちろんお母さんに対して、だ。
「そう?じゃあねえ」
志奈さんは考え込むようにしてから、柚鈴に瓶を手渡す。そしてさらに一瓶自分の手に収めた。
「え?どうするんですか?」
「父の日用に何か漬けておけば良いんじゃないかしら?梅酒だと出来上がるまでに時間がかかるけど、さくらんぼ酒とかなら、今からでも十分に間に合うだろうし」
「そうなんですか?」
「昔、お祖母様に教わったことがあるの。さくらんぼとか苺とか、そういう果実にお酒が染み込みやすいものが良いんですって」
お祖母様。
オトウサンの話を思い出せば、その人は志奈さんの母方の祖母のことだろう。
懐かしむように瓶を撫でた志奈さんは、どうやら以前お酒作りをしたことがあるらしい。
柚鈴にはそういう記憶はない。
お母さんの両親は、柚鈴が小さい頃に他界している。
なので、祖母との思い出を持っている志奈さんは、少し羨ましいように思えた。
「志奈さんのお祖母様って、今はどうされているんですか?」
「お祖母様?私の中学卒業と同時に、お祖父様と田舎に引っ越してしまったの」
じゃあ、いつでも会いに行けるんですね、と言い掛けて口を閉ざした。
その時は多分、志奈さんは柚鈴を連れて行かないだろう。
それは当然のことだけど、なんだか寂しい。
私のお祖母さんではないのだ。
だから仕方ない。
「どうしたの?柚鈴ちゃん」
沈黙した柚鈴に不思議そうに目を向けた志奈さん。
正直にいうのは躊躇われて、柚鈴はじぃっと志奈さんを見つめてから、そっぽを向いてごまかすために言葉を繋げた。
「志奈さん、本当はお祖母様が漬けたっていうお酒、実はすこし飲んだことあるんじゃないですか?そんな疑いの心が生まれました」
「ええ?」
「志奈さんが試しに一口飲まなかったなんて、信じられないような気がします」
「酷いわ。そ、そこまで欲深くないもの」
「本当ですか?」
わざと冷たい言い方をすると、志奈さんはふーんっとソッポを向いた。
「その時はお祖母様が、アルコールなしの梅ジュースも作ってくれたもの。それを飲んだから、お酒は飲まなかったのよ」
「梅ジュースですか」
「柚鈴ちゃんという通り、作ったからには飲みたくなったのよね。でもお祖母さまは当然ダメだっておっしゃって、私が残念そうにしてたら作ってくれたの」
「優しい、お祖母さまですね」
「……」
相槌を打っただけのつもりだったが、柚鈴の言葉に志奈さんは黙って柚鈴を見た。
「な、なんですか?」
「そうか、優しい、か」
何か重要なことに気づいたように志奈さんはもう一個瓶に手を触れた。
「なら、私は、優しいお姉さまになるわ!」
「は…?」
急に決意したように志奈さんが高らかに宣言した。
「梅の時期になったら私が梅ジュースも作っておくの。それなら成人まで待たなくてもいいし、柚鈴ちゃんとすぐに飲めるわ。そして飲むたびに柚鈴ちゃんが『優しいお姉さんが作ってくれた』と思うの」
「え」
斜め上の進展に、絶句してしまう。
「そう思ってね。柚鈴ちゃん」
志奈さんはにこにこと楽しそうだ。
柚鈴は、後ろめたいような、なんだか複雑な気持ちを隠したまま、志奈さんの笑顔を見つめた。
これは柚鈴が、寂しい気持ちを抱いたなんて、気づいていない気がする。
無邪気そのものだ。
「随分、嬉しそうですね」
「嬉しいわ。柚鈴ちゃんが妹になった年のお酒を作ったり、成人するまでの期間のために梅ジュースを作っておくなんて考えただけでも楽しいもの」
「そうですか」
「そうよ。そもそも柚鈴ちゃんの為に何かしたくたって大して出来ないでしょう?お姉さんとしての私は瀕死寸前なのよ」
「なんですか、瀕死寸前て」
「体力が有り余っているってことかなあ」
お姉さんをすることにやる気満々の志奈さんは、確かに余力が有り余っているらしい。
それなら、と柚鈴は思いついて、もう一つ瓶を手にとった。
図々しいかもしれないけど、何かしたいならいいかと思うことにする。
瀕死状態なら、少しくらい。
「なら梅が手に入ってから作る梅酒は二瓶にしておいてください」
「え?」
「4人で事あるごとに出して飲んだら、すぐになくなってしまいそうじゃないですか。だから二瓶はお願いしたいんですけど」
そう言うと、志奈さんは瞬きしてから、こちらをまっすぐ見ていた。
「……」
「いけませんか?」
心配になって柚鈴が聞くと、首を振って微笑んだ。
「ううん。そうか、これから4人なんだなぁって、改めて思っただけ」
志奈さんの言葉に、少し恥ずかしくなって憎まれ口になってしまう。
「志奈さんがあっという間に結婚して、人数減っちゃう可能性もありますけどね」
「あら、私は柚鈴ちゃんと姉妹を堪能しきるまで、家を出て行くつもりはないわよ」
「いつ堪能しきるんですか?」
「いつかなー。一生かかったりして」
うふふ、と冗談めかして言う姿に困った気持ちになりながらも、少しだけ嬉しい。
寂しい気持ちも、志奈さんの優しさで癒される気がした。
そんな複雑な気持ちは...
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