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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
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姉妹っぽいこと 2

お母さんは運転こそ出来るが、車は所持したことがない。

買うのも勿論だが維持費がしっかり掛かるので、公共機関が一番だと思っているようだ。

「夫婦なのに、ねぇ。柚鈴ちゃんからも今度言ってくれないかな?」


夫のお金で妻が車を買う。

確かに夫婦では一般的な話なんだろう。オトウサンが希望する気持ちも分かる。

本当はオトウサンは、柚鈴の学費だって全然出す気でいるし、お母さんが仕事を辞めてもいいと思っていることも知っている、何度も言われたことである。


でもお母さんにそのつもりが全くない。

柚鈴と二人の時は、一家の大黒柱を自負していたし、娘は自分の手で大人にすると決めているのだ。

結婚して娘を育てるのに人の手を借りるのであれば、結婚せずに自分を全うしたい、という信念があるらしい。

もちろん夫婦となれば人(=他人)ということではなく、また家族の一員であるのだが、お母さんはそこは別換算だ。

「結婚の意味は経済的にはちゃんとあったわ。家賃が必要なくなったことって、すっごく大きいのよ」


このお金の問題の折り合いは中々着かず、結婚は柚鈴の高校卒業まで待つという話も出たくらいだ。

オトウサンとしても、強くは言えないが根強く気にしている部分らしい。

夫婦の間の生活格差、というほどではないかもしれないが、いつまでも自転車と電車で通勤する母を気にする気持ちは分かるは分かる。

だけど、だ。

「うーん。常葉学園の特待制度にこだわる私が言っても、効果ない気がします」

「あぁ、そうだね。似た者親子か」

とほほと肩を竦めたオトウサンにすみませんと頭を下げた。

そう、柚鈴はお母さんの気持ちを分かる側だ。偉そうなことは言えない。


「朝食、食べに戻ろうか」

「はい」

やれやれといった感じのオトウサンと食卓に戻ると、志奈さんが起きてきていて、テーブルに座っていた。

だけなら良いのだが柚鈴の食べかけのトーストを、ちゃっかりもぐもぐと食べていた。

「し、志奈さん!なんでそれを食べているんですか」

「そこに焼きたてがあったから」

トーストを食べ終わった志奈さんが指差した方にはオトウサンが志奈さんのために焼いていたトーストが焼きあがっていた。

いや、志奈さんおかしい。

焼きたてのトーストと、食べかけのトーストがあったなら、普通食べるのは焼きたての方のはずだ。

それをわざわざ、食べかけに手をつける意味が分からない。

お行儀が悪いとさえ言えるだろう。

文句言いたげな柚鈴に対して、志奈さんはしれっとした表情だ。


「私が食べたの、柚鈴ちゃんのでしょう?焼きたてではなくなってたし、それなら焼きたてを半分こした方が姉妹っぽくない?」

「ぽくないです。姉は焼きたてを喜んで食べるべきだと思います」

冷静に突っ込んでから、椅子に座って更に気付いた。


「そもそも私のトーストが焼きたてじゃないなんて、食べてみるまで分からなかったんじゃないですか?」

「ばれたか」

志奈さんはクスクスと笑った。

「ばれたかじゃないですよ」

どうやら志奈さんは、あえて柚鈴の分と分かって食べたらしい。

「姉が妹に与えられたものを敢えて奪うというのも、一つの姉妹の形だと思うのよね」

「妹の迷惑を顧みない、というわけですか」


呆れた顔をしていると、オトウサンが焼きたてのトーストを半分に切って、柚鈴と志奈さんに出してくれる。

「だってやってみたかったんだもの。半分こ」

「さっぱり気持ちは分かりません」

志奈さんは半分のトーストにたっぷりジャムを塗っている。

柚鈴のトーストには何も塗っていなかった。甘党の志奈さんがそこまで柚鈴のトーストを食べたいなどと、どう理解しろ言うのだろうか。いや出来ない、無理無理。

「姉妹って、こういうことをするものじゃないの?」

「少なくとも同じものを与えられていたらしないと思いますけど」

「なるほどね。違うものを食べればシェアしてもらえるのか」

志奈さんは分かったように頷いたが、その受け答えが朝だからか、どこかふわふわしている。


「志奈さん、もしかして、眠いんですか?」

「眠そう?」

「はい。違うんですか?」

「ううん。眠いの」

いまいち要領を得ない会話にオトウサンが小さく笑っている。

笑ってないで、この人どうにかしてください。

振り回されて困るのは、どこまでも柚鈴一人のようだ。


「昨日、寝る前に母の日どうしようかと色々考えたり調べたりしていたら、随分遅くなってしまって」

「え?言ってくれれば一緒にやったのに」

「ごめんなさい。本当に少しだけのつもりだったの。気がついたら時間が過ぎてて」

「大丈夫なんですか?」

「柚鈴ちゃんと朝食を食べるくらいは出来るわ」

「あ、そうですか」

そこにやる気を出す志奈さんには引いてしまう。

使命を感じているようですらあるのだから、どちらかと言えば迷惑だ。


「それに今日はお父様に邪魔されずに柚鈴ちゃんと姉妹っぽいことするんだから」

「僕は邪魔ですか」

そうよ、と拗ねたように志奈さんが視線を送ると、苦笑したオトウサンはやれやれと肩を竦めた。


「昨日2人でドライブする時間を、私は一人持ったことで、そう思っても良いという判断が下りました」

迷いない志奈さんの言葉から意思は固そうである。


「まぁ、昨日は志奈のお陰で、良い時間と美味しい夕食を手にできたわけだから感謝してるよ。ねぇ、柚鈴ちゃん?昨日の夕食は良かったよね」

「へ?あ、はい。昨日の手巻き寿司は美味しかったです」

そう柚鈴が同意すると、志奈さんは顔を綻ばせた。


昨晩の夕食は手巻き寿司。

なんと志奈さんとオトウサンは、家で手巻き寿司をしたことがなかったという。

酢飯と巻くためのノリ、あとは様々な具材を用意して、各々好きに手で巻く手巻きずし。

海鮮ネタは勿論だが、卵焼きや茄子の素揚げ、サイドメニューとしてから揚げなんかも準備されていて、中々豪華な内容だった。


柚鈴とオトウサンが帰ってきた頃は、志奈さんは酢飯作りに専念している所だった。

熱々ご飯を覚ますのが大変そうだったし、火を使う調理も緊張した気配があったけど、熱心にやり遂げてくれたし、家族で手巻き寿司をして食べるというのは、やっぱり楽しかった。

手巻き寿司初体験の志奈さんは尚更印象深かったらしい。

具を入れ過ぎて巻ききれなかったり、悪戦苦闘しながらだが、ものすごくはしゃいでいて、本当に楽しく美味しく夕食を頂いたのだ。


「手巻き寿司なんてする家庭が多いって聞いたときは、なんだかお行儀悪いんじゃないかしら、なんて思っていたけど、本当に楽しいのね。またしたいわ」

「ならたこ焼きも家で作ってみたいね」

オトウサンも楽しそうに笑う。


たこ焼きに、手巻き寿司。

一般家庭では当たり前に出てきそうなメニューに、これだけ2人がはしゃぐことに、柚鈴は心の中で驚いていた。

お母さんと二人暮らしだった柚鈴でさえ、それは珍しいメニューではない。

その辺は流石というべきかなんだろうか。

もしかしたら家政婦さんがいるようなお金持ちの家庭では、逆に縁がないメニューなのかも知れない。

それとも家族が多ければ、柚鈴が思うような『富裕層』でも出てくるメニューなんだろうか?

うん、さっぱり分からない。

柚鈴は考えることを諦めた。

統計を取れるわけでもないし、この先、小鳥遊家では「手巻き寿司」も「家でのたこ焼き」も当たり前のメニューになることは間違いないのだ。

今はそれだけ分かってればいい。

柚鈴は美味しいトーストを食べて、また一口かじった。

このトーストも、小鳥遊家に帰ったときには当たり前の朝食になるかもしれないのだ。

数えきれない程の当たり前が増える。

それが新しい家族になるということなのだろう。気にしていたらキリがない。

そう思った。


食事を終えるとオトウサンが片付けを始めて、志奈さんが柚鈴を手招いた。

「さあ、これから姉妹っぽいことを始めましょう」

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