姉妹っぽいこと 1
朝起きて、着替えてから顔を洗う。
小鳥遊家で柚鈴と志奈さんの部屋はそれぞれ二階にある。
洗面所は一階にも二階にもあり、二階では普段は使用しない客用のバスルームと並んでいる部屋にある。身支度にために顔を洗うなどの用事であれば、全て二階で済ますことが出来た。
贅沢に間取りを使う生活は、なんだかホテル暮らしでもしているようだ。着替えを終えて、一階に降りると、お母さんが既に起きていた。
仕事用のスーツを着て、髪も化粧もきっちりしている。しっかり仕事モードだ。
「柚鈴、おはよう。よく眠れた?」
「おはよう。少し緊張してたみたいで、まだ少し眠い、かな」
「寝てても良かったのに」
「お母さん、今日も仕事でしょう?見送りくらいはしたかったし」
そう言うと、お母さんは嬉しそうに笑う。
GWに実家に帰る一番の理由はやっぱり母親にある。
『新婚』でもある母にべったりする気持ちにはなれなかったが、少しでも親子らしい時間が得られるのだ。
「兼久さんが、朝食にパンを買ってきてくれたから、一緒に食べましょう」
お母さんは、柚鈴を招いた。
柚鈴はその言葉に思わず時計を見る。
階段を下りる前と当然ながら変わらない時間。まだ七時台。
「こんなに早く買いに行ったの?」
「焼きたてが絶対美味しいって、近くのパン屋さんの開店と同時に買ってきたらしいわよ。なんというか贅沢よね」
苦笑交じりの表情に柚鈴も頷く。自分の休日の朝一に、家族のためにパンを買いに行くオトウサンというのは、サービス精神が旺盛としか言いようがない。
どうやら今日の食事当番はオトウサンの番らしい。料理の手間暇を掛けるよりも、男性らしく行動力でフォローをしている、ということだろうか。
世間一般の父親とはそういうものなのだろうか?
そこまでしなくても、と思うのだが、まぁ同じように思っているお母さんがいるとわかっただけでもひとまず納得することにした。
なんせ、オトウサンはお母さんが選んだ相手。
娘があんまり引いていたら、立つ瀬がないだろう。
お母さんに背中を押されて、食卓に向かうと、サラダがテーブルに置かれて、オトウサンがトーストの準備をしていた。焼きたてのいい匂いがする。
Tシャツにジーンズというラフな格好で、ちゃんとエプロンをしていて、若干やる気さえ感じてしまう。
なにより朝から爽やかな笑顔だ。
「おや、柚鈴ちゃん。おはよう」
「おはようございます。オトウサン、わざわざ朝からパン屋に行ったんですか?」
「うん。ジョギングのついでにね。焼きたてのパンだからそのままでも美味しいよ」
そういいながら手早く動いて、お母さんに包みにいれたお弁当を差し出した。
「百合さん、サンドイッチを用意して置いたから、お昼にどうぞ」
「わざわざ?」
驚いたお母さんに、オトウサンは申し訳なさそうに付け足した。
「作ったのは僕ではなく、パン屋さんだけどね」
にっこり笑ったオトウサンに、お母さんがどこかほっとしたようにに頷いた。
「それはそれは、わざわざありがとう」
焼きたてパンを買ってきた上に、お昼ごはんまで用意されたら、申し訳ないというお母さんの気持ちが伝わってきて、柚鈴はぎこちなく笑った。
柚鈴とよく似たお母さんを、随分大切にしているオトウサン。
どうにもそのことに、まだまだ違和感を感じてしまうのだ。
ごめんなさい。
食卓に着くとオトウサンが焼きたてのトーストをお皿に乗せて出してくれる。
「柚鈴ちゃんは早起きで運がいいよ。やっぱり焼きたてが一番美味しいからね」
「ありがとうございます」
受け取ってお礼を言うと、お母さんもお皿を受け取った。
それからすぐにもう一枚トースターに入れたところを見ると、もしや柚鈴が受け取ったのはオトウサンの分だったかと気づいた。
いや、おそらくそうなんだろう。
申し訳なくなるが、受け取ったものを今更返すというのもどうかとも思う。
特に気にせず食べてるお母さんにならって、トーストを口にした。
サクッとした歯ごたえと、焼きたての良い香りが口の中に広がった。
「美味しい」
思わず口に出ると、オトウサンはニコニコと嬉しそうに笑った。
「だよね。中々食べる機会がないんだけど、やっぱり焼きたてのパンもたまにはいいよね。志奈も起きてきたら良いのに」
「志奈さん、まだなんですね。私、起こしてきましょうか?せっかくのお休みだし、寝かせて置いた方が良いでしょうか?」
「でも、柚鈴ちゃんも食事中なんだし」
「行儀が悪いでしょうか?」
「いや、志奈も柚鈴ちゃんと一緒に一緒に朝食を食べたいとは思うよ」
そう躊躇いがちにオトウサンがいうのを聞いて、柚鈴は食べかけのトーストを置いて立ち上がった。
「ちょっと声だけ掛けてきます」
柚鈴は階段を登り、志奈さんの部屋の前に立った。
寝ていたら悪いだろうかと思いつつ、一応声だけでもと思いノックをしてみる。
しんとして、部屋の中から音がする気配はない。
どうしたものか悩みながら、もう一度ノックをしてから声を掛けてみた。
「志奈さん。朝ごはん一緒にいかがですか?」
「は~い…」
力無い返事があってから、少しの間。
起きたのか、また寝たのか。
どちらなのか判断に迷うだけの時間が過ぎる。
「すぐ、下りるから。先に行ってて」
確かに起きていると思われる声。
それからゆっくりと起き上がったのだろう、部屋からの物音。
これから朝の準備をして下りてくるのだろう。
「じゃあ、先に下りてますね」
柚鈴は階段を降りた。
テーブルに戻ると、オトウサンが自分の分のトーストを用意し終わっていた。
柚鈴が戻ってくるのを見て、自分のトーストにバターを塗り始めている。
「すぐ降りるって言ってました」
「ありがとう。じゃあ、パンを焼いておこうかな」
オトウサンが志奈さんの分を準備するために立ち上がると。
「いっけない」
お母さんが慌ただしく立ち上がった。
何事かと見ると、携帯でスケジュールの確認をしている。
「今日は急ぎの用があったの忘れてた!そろそろ行かなきゃ」
一度座ってから、慌てて食べかけのトーストを食べてコーヒーを飲むと、再度立ち上がって荷物も確認しながら手に取る。
「百合さん、送って行くよ。それならもう少しゆっくり出来るんじゃない?」
落ち着いた様子で、志奈さんのトーストを焼くためのタイマーをセットしてから、オトウサンが声をかけるが、お母さんは首を振った。
「電車の中で目を通したい資料があるの。車だと酔いそうだからお気持ちだけ頂きます」
そう言って、用意されたお昼ご飯をしっかり持った。
「昼食は美味しくゆっくり感謝を込めて頂くから、ばたばたしてごめんなさい」
小走りのお母さんの見送りに、柚鈴はオトウサンと玄関まで一緒に行く。
「ごめんね、柚鈴。バタバタしてて。明日はお休みだから、ゆっくり話そう」
「うん。あんまり無理しないでね」
あまりの慌ただしさに、行ってらっしゃいの言葉をお母さんがちゃんと聞いたかもわからない。
駅までに使用している自転車に乗り込んで、あっという間に出かけて行ったお母さんを、オトウサンが見届けてから悲しげに呟いた。
「なんというか柚鈴ちゃんをドライブに誘うより、毎朝の百合さんを車に乗せる方が難しい」
その悲しげな声に思わず柚鈴が噴き出すと、オトウサンは心底、困った顔をした。
「笑い事じゃないんだよ。百合さんの職場は通勤で乗り換えるより車で行った方が早いのに、断固として車通勤を拒否するんだから」
「それ、オトウサンのお金で車を買うことになるからじゃないですか?」
そういうと、オトウサンはますます悲しげに顔を曇らせた。
図星らしい。




