オトウサンとのお出かけ 4
「百合さんとこの人なんかいいなと思ったのは、本当に百合さんが『お母さん』だったからなんだよね」
「え?」
「僕が結婚する人は、志奈のお母さんになれる人だから。結婚しようと思ったのは、百合さんが何よりもまずは『柚鈴ちゃんのお母さん』でいる女性だったからだよ」
「お母さんであることが、好きになった理由なんですか?」
「うん。百合さんはいつでも、女性である前に社会人で、その前に母親だった」
オトウサンは目を細めて、小さく笑った。どこか冷たく。
「やっぱりほとんどの女性はね、例え母であっても恋をしたときは、母親であるよりもまずは女性としてありたいと思うみたいで。僕が志奈の母になる再婚相手として紹介されたのは、そういう人ばかりだった。まあ結婚する以上、好き同士がした方が良いわけだし、女性が女性としてまず愛されたいというのは、正解なんだけど。僕にとってはそれは限りなく不正解だったんだみたいで、全然結婚したいと思わなかった」
その冷めた表情に、オトウサンの本音が詰まっているみたいで、柚鈴は言葉が見つからない。
だけど、そんな柚鈴の表情に気づくと、オトウサンは目を瞬かせてから、にっこり笑った。
それはいつもどおりで、釣られて柚鈴も小さく笑みを浮かべた。
改めて言葉を探して。
オトウサンはお母さんと結婚したわけだから、お母さんの何が『正解』だったんだろうと不思議に感じて口を開いた。
「お母さんとは仕事で会ったんですよね」
「そうだね」
「結婚相手としてじゃなくて会ったのが良かったということですか?」
オトウサンは、柚鈴の聞きたいことが分かったように頷いた。
「うん。確かにそれが良かったのかもしれないね。ちょっとしたきっかけで仲良く話すようになったけど、別に女性を捨てたように仕事をしてるわけでもなく、母親として娘のことを一番に考えているのが伝わってきて、ああ、こんな人もいるんだなって思ったのが最初のきっかけだったよ」
「……」
「こういう人と結婚するなら結婚したいなって、思ってね。それで興味を持って女性として見てみたら好きになった」
「そ、そうですか。あ、あのもういいです」
相槌を打ってから、これ以上の言葉が出ないようにしっかり止めた。
幸せそうに笑うオトウサンの姿は、惚気ているとしか言えない。
これ以上はもう聞かなくても良い気がして。というか、娘としては聞きたくない気もして、何かまだ言いたそうなオトウサンの表情に念押しのように首を振った。
本当は同時にどこかほっとしたような気持ちにもなっていた。
お母さんがこの人は好きで、私がいても好きなんだということが、どこかで柚鈴が持っていた不安を解消してくれたから。
「そういえばこの近くに美味しい洋菓子やさんがあるんだ。志奈にお土産でも買ってかえろうか」
続きを拒否されたオトウサンはパッと話を変え立ち上がって、車に戻るように歩き出した。
その様子に油断してついていき、助手席のドアを開けてくれたオトウサンに完全に油断して、乗り込むと覗き込むようににっこり笑われる。
「僕は柚鈴ちゃんには感謝してるよ」
「は?」
「うん。百合さんと結婚したいと思ったのは、柚鈴ちゃんが今まで守ってくれたから素敵なお母さんだったとも思うから」
油断していたところに、そんなことを言われて固まってしまう。
不意打ちだ。
不意打ちで、オトウサンは言いたいことを言い出した。
ズルイ。
「今は娘として好きというよりも、そう言った感謝の方が強いかな。まあ、その辺は少しずつ親子になろうね」
「……」
正直すぎる言葉だと思った。
柚鈴だって急に家族として愛おしいと言われても嘘だろうと思う。
だからオトウサンの言葉は嫌じゃなかった。
ただ、聞かされてズルイと思っただけ。
その感情の意味を聞かれても、今は言えそうになかった。
「あの、もうその話はお腹いっぱいです」
「そう?」
「はい。なんか良いお話で、なるほどとか良かったなという気持ちですけど。聞いていてどうも居た堪れないくらいお腹いっぱいな気持ちです。もう、別の話に。あ、志奈さんの話に戻りましょう」
そうだったね、とオトウサンは笑った。
ちょっと柚鈴の反応に楽しそうにしてる様にも見えたが、これは気のせいと思うことにする。
それこそタチが悪い。
オトウサンは助手席のドアを閉めてから、運転席に乗り込んでシートベルトを閉めると、エンジンを掛け、駐車場から道路へと進みながら、再度口を開いた。
「志奈は、特別なペアが欲しかった。でも学園で探すためには、その子に惹かれているかどうかよりも自分というパーツに合っているかどうかで志奈は選ぶと思うんだ。『周りが自分に合ってると思う誰か』だからそれはとても難しいんじゃないかなと思うんだよ」
自分と似ていると感じる志奈さんだけに、思うことがあるのかもしれない。
そう思いつつ、少し釈然としない気持ちにもなった。
「あ、あの」
「ん?」
「なんというか私も違うんじゃないでしょうか?私はオトウサンが結婚したから、志奈さんの妹になっただけなんですから。そもそも志奈さんは選んでもないですよね」
「あー、うん。そうなんだけどね」
「はい」
「柚鈴ちゃんの前で志奈は、特別で良い子のお嬢さんじゃないみたいだから、大丈夫なんだろうと思ってるんだ」
「……」
その言葉には柚鈴は深い沈黙を返してしまった。
確かに志奈さんは、柚鈴にとって外見上は綺麗な人だけど、特別良い子とは言い難い。
全校生徒のお姉さまと呼ばれるわけが、容姿だけなら話は別だが、多分それなりの行動をしていた気配がある。
その辺りは柚鈴自身もなんとなく感じる所ではあった。
そういえば以前同じようなことを志奈さんに聞いて『柚鈴でいい』とあっさり言われていたが、改めてオトウサンから言われると、納得を通り越してどこかほろ苦さを感じるような気持ちになる。
「志奈さんは確かに私にとっては、べったりなお姉さんです」
「だよね。だから大丈夫なんだよ」
ニコニコっと笑うオトウサン。
だから大丈夫って。
オトウサン、べったりされる側はなんとも分不相応に思ってますが、それは良いのでしょうか?
淡く思うが、それは大丈夫だよ、なんてこの笑顔で言われても困るので聞かないことにした。
些か腑に落ちないが、柚鈴にもお母さんにも好意的で、おそらく理想的な新しい家族であるオトウサンに言い返す言葉が浮かばず、柚鈴は過ぎていく綺麗な景色をもう一度目に焼き付けた。
高台からみた景色がある程度見えなくなる頃に、一つ疑問に思うことが出来て聞いてみる。
「どうして、急にドライブに行こうと思ったんですか?」
「あぁ。だって柚鈴ちゃん、家で2人だとすぐ勉強してしまいそうで。ドライブだったら、少しは話も出来るかなって思ったんだ」
「そうなんですか」
柚鈴が勉強することで話す機会を奪ったということだろうか。
そうも思うが、こんな話、家でされても困っただろうなと思うので反省はしないことにする。
オトウサンは柚鈴の表情を見て、申し訳なさそうに付け足した。
「だからって、こんな話をするつもりはなかったんだけどね」
「そうですよね」
その話は信じられなかったが、口先で同意すると、オトウサンは焦ったように眉を下げた。
「ごめんね。これに懲りずにたまには一緒にドライブしてくれると嬉しいな」
「ドライブですか」
「そうそう。春まで他人だった中年男性とでは申し訳ないけど。2人で話すような時間もあったら嬉しいなと思っているんだよ。他愛もない話をだよ、本当だよ」
志奈さんの言葉を持ち出して自分を下げた言い方をするオトウサンに、柚鈴は小さく笑った。
「オトウサンは、中年男性である前に、まあ一応家族ですし」
「うん」
柚鈴の小さな反抗のような嫌味には全く動じていないオトウサンに、やっぱり反省の色は感じられなかったけれど、まぁいいかと思うこともにした。
「本当に他愛もない話をするお約束の上なら、よろしくお願いします」
そう言うと、オトウサンは嬉しそうに笑った。
その笑顔が嫌じゃないと感じながら、柚鈴は外の景色を見るために外を見た。




