オトウサンとのお出かけ 3
「志奈の方は、新しい家族が出来るって聞いたら、すぐ受け入れてくれて、それどころか妹が出来るって喜ばれてね。親戚からは結構驚かれたんだよね。普通はもっと動揺するものだから、きっと志奈が我慢してるんだろうって言われたりしたよ」
「それは、志奈さんはなさそうです」
初めての顔合わせの時も嬉々とした表情の志奈さんを思い浮かべると、そんな慎ましやかに耐えていたとも思えず、柚鈴は言った。
だよねえ、とオトウサンがカラッとした笑い方で同意する。
「志奈は我慢は出来る子だけど、今回のことは本当に嬉しそうでね。特に妹が欲しかったみたいで、何よりそこを喜ばれたよ。常葉学園のメンター制度だっけ?自分にも特定の誰かが出来るって本当に嬉しそうだった」
「……」
まさかオトウサンもメンター制度のことを知っていると思わず、柚鈴は一瞬思考を停止させた。
今更なのかもしれないけれど、志奈さんに妹としての歓迎ぶりが親公認だと思うと気恥ずかしくも思える。義理とはいえ、姉妹なのだから良いのかもしれないけれど。
ごまかすような気持ちで、水を差す言葉を探す。
「志奈さんなら、生徒会長でなかったらどんなメンティだって出来た気もするんですけど」
柚鈴が曖昧に笑って言うと、オトウサンはそうかな?と首を傾げた。
「志奈は誰かを選ぶ、というのは苦手だと思うから、柚鈴ちゃんみたいな子が妹になって良かったと思うよ」
「え?」
意味が分からずに聞き返すと、オトウサンは一度柚鈴の方を見て、目線を前に戻した。
「柚鈴ちゃんみたいに、志奈を特別扱いしない子にね」
「あ、いえ。私も志奈さんは、すごい人なんだろうなって思ってます」
「うん、そうだね」
戸惑った柚鈴の言葉に、オトウサンは相槌を打った。
「志奈は親の僕が言うのもなんだけど美人だろう。大概のことはそれなりに出来てしまうし、志奈の母方の祖母に当たる人が行儀作法を厳しく教えたりしたおかげで育ちの良いお嬢さんに育ったと思う」
自慢話と思うにはどこかオトウサンは淡々とした口調だ。
何が言いたいのかよく分からず、柚鈴は首を傾げた。
「おかげでね、どうも志奈は、役割や求められる事柄に応えようとするような所があるんだ。だからかな、志奈本人の資質以上に周りから特別なイメージを持たれやすくてね」
「特別なイメージですか?」
「こう言ってはなんだけど、片親っていうのは特に成長期の子たちにとって、ちょっと特別だろう」
その言葉は、言葉の意味の理解より早く、肌で感じるところがあって沈黙するしかなかった。
片親である、ということは、それだけで周りの子とは違う何かになってしまうのは、自身で知っていたから。
その事実は受け止めるしかないし、その上で色んな選択をして自分を作っていくしかない。
志奈さんはすごい人なんだろう。
美人だし、生徒会長をやっていて、要領もいい。
そこに『お母さんが小さな頃に亡くなってしまった』片親であるという事実が加わる。
柚鈴にとっては『片親』ということは、あまり意味を持たない言葉だった。もちろん周りは思うこともあったようだけど、柚鈴自身が努力をして、他の人の言葉には惑わされないと思い込んで、意地になってそうしてきた。寂しい、とか悲しい、とか悔しいとか、そういうのが全然ないわけじゃなかったけど、自分が負けないことが、お母さんを守ることの一つだと信じていたから、そう出来てきた。
だから、『片親』の言葉に負けたことはないと思うけれど、そう勝ち負けを感じる時点で、確かに『片親である』ということは普通ではないのだ。
良く分かっている。
志奈さんはどうだったのだろう。
今もその事実が志奈さんを困らせてるとは思わなかったが、過去は分からない。
柚鈴が志奈さんを『特別扱いしない』というのはそういうことも含まれているのだろうと思えた。
『片親』なんて、柚鈴には当たり前とも言えるから。
「志奈は誰かを選べと言われたら、自分が好きな子ではなくて、そうするべきと周りが思うような子を探してしまったと思うんだよね」
「そう、なんですか?」
オトウサンは小さく笑った。
「志奈は自分を特別じゃなくて、重要だと思ってくれる人が欲しいんだよ。そうなんだろうと僕は思うよ」
特別じゃなくて重要?
その言葉の違いが少しわかったようで、柚鈴はいよいよ黙り込んだ。
「あー、難しいかな?ごめんね」
「いえ、あの。すみません」
見晴らしの良い、海と街並みが一望出来る高台に着くと、オトウサンは車を停めて降りた。
柚鈴も車のドアを開け、外の空気を吸った。
風が心地よく吹いていて、景色のより良く見える方へオトウサンは手招きしてくれていた。
そちらに向かい、街を見下ろして、気持ちが高揚するが、話の続きが気になってしまった。
「オトウサンは、どうしてそう思うんですか?」
「え?」
「志奈さんが、自分では上手にペアになる後輩を選べないって」
「あー。うん」
オトウサンは困ったように頭をかいた。
それから自嘲するように笑ってみせる。
「僕がね、やっぱりそういうの苦手な方だからかな」
「え?」
「正直に話すけど、いいかな?」
オトウサンは柔らかく笑って、でもその視線は柚鈴の迷いを払うようにまっすぐで。
柚鈴はゆっくりと頷いた。
オトウサンは、高台の柵に軽く座って、世間話をするようになんてことないように話出した。
「志奈のお母さんだった人とはね、僕が生まれた時には結婚が決まってたんだ。勿論大好きな人だった。けど、志奈が生まれてすぐ亡くなってしまって。僕の両親もその後にやっぱり亡くなってしまったから、僕はずっと志奈と2人きりだった」
オトウサンが話す言葉は、柚鈴自身が聞いていいのかどうか悩むくらいの内容だったけど、オトウサンは特に気にした様子もなく話続ける。
多分、それがオトウサンの柚鈴に対する誠実な態度の現れなのではないかと思い、頑張って聞いていることにした。
「親戚には随分、志奈のために早く誰かと結婚するように言われたけど、難しくて。自分の為だけの結婚なら、正直誰でも良いのかもなんて思ったりもしたよ。よく考えたら、僕は誰かを自分で選んだことがなかったことに改めて気づいたりてね」
困ったように肩を竦めて、話を続ける。
「次の結婚は志奈のためにするとなると、亡くなった妻以上の人が全く思い当たらなかったんだ」
オトウサンの様子に、柚鈴とすると反論しないわけにはいかなかった。
向こうもそれを待っているようで、仕方なく口を開いた。
「でも、お母さんと再婚したじゃないですか」
「うん。それは本当に運が良かったと思っているよ。うん、多分。初めて自分から好きになった人なんだと思う」
「初めて?」
「そう。亡くなった妻のことだって大切で好きだったよ。でも自分から選んだのは百合さんが初めてなんだよね」
オトウサンは、機嫌よさそうにへらっと笑った。
「僕は、柚鈴ちゃんのお母さんが大好きなんだ」
「そ、そうですか。それはどうもありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」
困ってしまった柚鈴が思わずお礼を言うと、オトウサンは丁寧に頭を下げてお礼を返す。
この人、娘に熱烈に母に対する愛を語るってどうなんだろう。
喜ぶべきなのかもしれないが、なんだか泣きたい気持ちになる。
しかし泣いても仕方ないので、心を強くして我慢する。
平常心の振りで、なるべく無表情。




