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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
39/52

オトウサンとのお出かけ 2

オトウサンの車に乗せてもらうのは、これが二度目になる。

一度目は、春にこの小鳥遊家に引っ越しをしてきたとき。

それまで住んでいたマンションからの荷物を引っ越し業者の人にお願いして見送った後。迎えに来てくれていたオトウサンの車に、お母さんと二人乗せてもらった。

その時は後部座席に乗らせてもらったので、実際、助手席に乗ったのは初めてだ。

車は詳しくないけれど、オトウサンの車は国産の黒の乗用車。

5人乗りの車で、中が広々としている感じ。

お母さんは運転は出来るけど車は持っていないので、柚鈴が今までバスやタクシー以外の車に乗る機会はほとんどなかった。

どういった種類の車なのかはよく分からないが、少なくとも乗ったことがあるタクシーに比べるとスプリングが良いからか座り心地が良く、足元が広く、エンジン音が静かな車だ。

それだけで、随分場違いな所にこれから行くのだと思ったものだ。

いや、今も場違いな場所にいるという感覚は大して変わらないのだけど。


オトウサンが開けてくれたドアから、緊張しながら車に乗り込んで腰を下ろした。

「柚鈴ちゃんはどこか行きたいところある?」

上機嫌のお父さんが、運転席に乗り込みながら聞いてくれるが、この辺りの土地勘が全くない柚鈴には、全く見当もつかなかった。しかも今までなかったオトウサンと二人きりという状況に頭が全く働かない。

困ったようにぎこちなく笑うと、オトウサンが頷いた。

「じゃあ、この辺りの紹介も兼ねて、ぶらっとしようか」

車が動き出し、家の敷地を抜けると、午前中に柚鈴がゆっくりと歩いてきた道もあっという間に過ぎ去っていく。

公共機関の窓から見える景色と、こうした自家用車から見える景色は何か上手く言えないけれど違うようで、新しい空間で見せられる景色は、どこか他人事というか、映画館で映像でも見ているような感覚だ。その慣れない感じに魅せられたように、しばらく窓に目線を張り付けて外を眺めていた。

「今住んでいるあの場所には僕も生まれる前から、小鳥遊の家があってね」

窓の外に意識を飛ばしていた柚鈴に、穏やかな声でオトウサンは説明をしてくれる。

耳障りのよい、優しい声だ。

「家は古くなったけど、都内の方に比べると海も近いし、緑も多いから、引っ越す気にもなれずにずっと住んでいるんだ」

家から離れ、繁華街とは逆の方へ坂を上っていくと、田舎道のように森林が増える。

車の窓が半分ほど開くと、一気に緑の匂いがした。

駅とは反対方向で、地元の人の道なのだろう。

行きかう車も多くはない。

「一応、志奈が生まれる前くらいに一度リフォームはしたんだけど、何か不便なことがあったら言ってくれるかな?」

そう言われて、オトウサンの方を見ると、こちらに少しだけ目線をくれて、にっこり笑った。

それで柚鈴は車に乗って、まだ一言も話していないことに気付いて慌てた。

「困ること、ですか」

「うん」

返事をした柚鈴に、嬉しそうに笑うオトウサンに困ってしまう。

そんなこと言われても、私住んでないし、何か要望を出すのも難しい。

どちらかと言えば図々しいと言ってもいいんじゃないだろうか。


柚鈴の戸惑いに気付いたのか気づいてないのか、にこにこ顔のお父さんは楽しそうに言葉を繋いだ。

「ちなみに同じことを百合さんに言ったら、家が広すぎると言われたよ」 

「あ、確かに」

思わず、口からこぼれて、しまったと思った。

お母さんも正直だが、つられてしまっては柚鈴も人のことは言えない。

「ああ、そうだよね。広いよねえ」

オトウサンは、その様子にも、ふふっと楽しそうに笑う。

「僕は一人っ子だけどね。僕の父が子供の頃は父の兄弟も多く住んでいたし、お客さんも多かったらしくて。その頃と同じ部屋の数あるから多すぎるよね」

「今はお客さまは来ないんですか?」

「来ないわけじゃないんだけど、ホームパーティを大々的に出来るほどは大きくな家でもないし。父親の兄弟はそれぞれ家庭を持って、僕の祖母が亡くなったら、あまり来なくなったみたいだね。ああ、でも。志奈が中学生の頃くらいまでは、誕生日にお友達が来たりもしていたかなあ」

柚鈴はなんだか納得して頷いた。

「志奈さん、お友達多そうですね」

「……」

オトウサンは少しだけ黙ってから、柔らかく笑って頷いた。

その沈黙がなんだか気になって、オトウサンを見つめていると、気づいたようで困ったような眉を下げる。

「今、僕、変な顔でもしてた?」

「あ、いえ。そんなことないです」

目線を逸らして外の景色の方に顔を向ける。


志奈さんが友達が多そうだと思うのは、間違いではないと思うのだが、なにかおかしなことを言っただろうか?

多少疑問に感じながらも、それをどう聞いていいのか分からない。

中学校は、志奈さんは常葉学園ではなかったはずだから、これは後で確認というわけにもいかなかった。


しばらく車が走ると、随分坂を上ったのだろう。街並みが遠くに見下ろせるように良く見え、遠くの方に海も見えてきた。

「なんだかドライブって感じですね」

そういうと、オトウサンはそうだね、と相槌を打つ。

少しして我ながらおかしな感想だったような気がした。

ドライブに行ってるのだから、『ドライブって感じ』もないだろう。

オトウサンは気にした様子ではなかったがので、ドライブなんて連れて行ってもらったことのない柚鈴からすると、まさしく小説で読んだり、映画で見たことがあるドライブとはこうだろうという印象で思わず口から出てしまった。そういう慣れてない感が丸出しなようで、一人で気恥ずかしい気持ちにもなる。


多分、私、ちょっとはしゃいでるんだ。

柚鈴はようやく、そのことに気付いた。

車の助手席でこうして変わる景色を見ていることは、自分だけに与えられた空間で、そのことは思いのほか嬉しく楽しい気持ちに柚鈴をさせてくれた。

同い年の女の子が、嬉しそうにお父さんの車に乗って出かける意味が、初めて分かったような気がしていた。今まで体験したことがなかった時間だけど、他の子が体験しているのは知っていて。

それがどんなものか知らなかったから、羨ましいとも思わなかったけど、今、その知らなかったことと対面している。

それは小さな感動さえ感じさせてくれた。


外から入ってくる風が気持ちよくて、窓枠に肘をついて顔を乗せ目を細める。

「ドライブ、気に入った?」

「はい」

オトウサンの言葉にうなずいて振り返る。

「それは良かった」

オトウサンは心底ほっとしたといった様子で肩を撫でおろした。

柚鈴の未知との遭遇を、楽しいと感じていることを知らないオトウサン。安心してしまう。

まだ色々お見通しされた方が困る。

顔に出ても大丈夫なように、もう一度外に目を向けた。

「ああ、でもそしたら。きっと志奈がすぐにでも免許を取るっていうだろうね」

「それは、言いそうですね」

志奈さんの顔を思い浮かべて、柚鈴は苦笑した。

柚鈴と二人ドライブがしたい、くらいは簡単に言い出しそうだ。

そして志奈さんとのドライブも中々違った風に楽しそうだと思う。


「志奈は本当に柚鈴ちゃんが可愛いみたいだね」

「志奈さん、妹が欲しかったみたいですから」

「高校に入るまでは、そんな感じじゃ全然なかったんだけどね」

懐かしむように言うオトウサンの言葉に首を傾げた。

高校の頃の志奈さんは想像つかないけど、正直それ以前の志奈さんはもっと想像がつかない。

「そうなんですか?」

「高校で色々感じることがあったんじゃないかな」

「色々ですか」

なんとなく、ペアを持つ子が羨ましくなったと言っていた志奈さんを思い出して、納得する。

そうか、志奈さんは変わったのか。

「柚鈴ちゃんは、お姉さんが出来てどう?」

「どう、ですか」

オトウサンの質問に柚鈴は目を瞬かせた。その質問の意味を推し量るように呟くと、オトウサンはうん、と頷いた。

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