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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
38/52

オトウサンとのお出かけ

食事が終わると、オトウサンが真っ直ぐ柚鈴の方を見てにっこり笑った。

「僕はこれから、柚鈴ちゃんとのドライブを希望します」

「え?」

きょとんとした顔で見上げると、志奈さんも驚いたように目を見開いた。

その表情に、オトウサンは一息先に言葉を発した。

「志奈はこれから片付けするだろうし、夕飯の準備だってするんだろう?だったら、暇同士ということで柚鈴ちゃんとドライブに行ってこようと思うんだよ」

愛想の良く説明するオトウサンに、志奈さんは不満そうに眉をひそめた。

少し遅れて、柚鈴も状況を理解する。

ドライブにオトウサンは柚鈴と二人だけで行こうと提案しているのだ、と。

突然の提案に驚いてしまうのだが、その驚きもつかの間、オトウサンと志奈さんの二人で攻防を初めてしまった。

「だからってお父様と2人でなんて」

「親子の時間を連休中に欲しいと言うのは我儘かな?」

「時と状況によっては我儘だと思うわ」

「ええ、酷いなあ。2人で姉妹らしいことをする時にはどうせ僕が放っておかれることになるんだし、少しくらいは良いじゃないか」

「少しくらいって。この場合、気にしないといけないのは別のことじゃないかしら?」

「どういうことだい?」

志奈さんはおっとりとした話し方はいつも通りながら、嫌そうな空気をにじませている。

オトウサンはどこまでも穏やかだけど、志奈さんの雰囲気に何を言い出すのかと柚鈴も内心ハラハラせずにはいられなかった。


「考えてもみて?お父様。ついこの間まで他人だった中年男性と女子高生をドライブなんて、柚鈴ちゃんが可哀想じゃない!」

ええ!?

そ、そんな言い方しちゃうんですか?

不安が的中してしまった、以上の発言に、柚鈴は絶句してしまう。

「可哀想って志奈。お前、そこまで言うのか」

「事実、そうじゃない。何か間違っているかしら」

父親には遠慮がない、ということなのか。呆れたととも憤りとも見える表情の志奈さんに対してなんとも情けない顔を見せたオトウサン。

何か間違っているかと問われれば、確かにオトウサンに反論の余地はない。

つい最近まで他人だったのも事実であれば、残念ながらオトウサンが中年男性の部類に入るのも事実である。

しかしこれには柚鈴の方がオトウサンが可哀想な気持ちになってくる。


ついこの間まで他人だった女子高生に、姉妹として仲良くしようとしている「志奈さん」という女子大生だっているというのに。

いや、「志奈さん」はただの女子大生ではなく、高校時代は「全校生徒のお姉さま」と呼ばれ、どこに出しても理想的な可愛い女子大生だから許されるのだろうか?

そう考えると、この姉妹ごっこに関して一般的に問題に思われるのは、「平凡な女子校生でありながら、急に出来た美人なお姉さんを両手を上げて歓迎しない」柚鈴の方なのだろうか。

いやいやいや。

バカな考えが浮かんで、今は本題が違うと首を振った。

そう、本題はオトウサンの方だ。


そもそもオトウサンは、決して娘に毛嫌いされるようなタイプの男性ではない。

父親という存在が、柚鈴には今までの人生では、ほとんどあり得たことがないので、その点に関しては偉そうなことは言えないのだが。

清潔感もあり、いつも穏やかで笑顔を浮かべて、笑いジワが刻まれた表情は、男性としても魅力があると言われることの方が多いはずだ。

もちろん格好いいと感じるかは好みの分かれ目ではあるが、少なくとも嫌われるタイプでないことは確かだ。

体型はどちらかと言えば痩せ型。身長も男性としては平均的な高さで、スーツを着こなして、澄ました表情を作れれば(作るのかどうかは疑問もあるけど)見た目は頼りになる上司タイプにもなるだろう。実際気も効く方で、話し方や行動もスマートな方だ。とにかく中年男性などという言い方をされることはほとんど無いと思う。


このオトウサンに、その言い様は少々可哀想すぎる。

その気持ちがとうとう、柚鈴に二人の話を割って入らせた。

「わ、私は良いですよ!ドライブくらい」

「良くないでしょう!」

不満そうに言い返した志奈さんに、思い切りイヤイヤと首を振ってみせた。

志奈さん、落ち着いて。落ち着いてください。


「い、いえ。せっかく帰ってきたけど、この辺りが何があるかわからないし。志奈さんも忙しいなら、オトウサンにドライブ連れていってもらうのも楽しい気がします」

「本当に?」

「本当ですよ。ていうか、なんでそんなに疑うんですか!」

柚鈴の必死の説得に、志奈さんはむぅ、っと拗ねたように頬を膨らませた。


うん、とても可愛らしいのだけど、そこで拗ねられても困る。

「まあ、さっき僕に気を使って、二人のお出かけは諦めようかと話していたみたいだから悪いけどねえ」

オトウサンは苦笑して言った。

「このお休み中に、母の日のことを二人で考えるのなら、それに僕は仲間入りも出来ないだろうし。それでなくても柚鈴ちゃんと二人きりで話をする機会なんて、今くらいだろう?頼むよ」

オトウサン。あくまでも穏やかで、低姿勢。

正直、オトウサンこそ不機嫌になったりしても良いような状況なのに、文句ひとつ言わずに収めようとしていて、偉い。

そして志奈さんも、その様子をみて少し考えるように沈黙した。

流石に、自分の子供っぽい言動を振り返ったのかもしれない。肩を落として、大きなため息をついた。


「柚鈴ちゃんは、構わないのね?」

「え?あ、はい」

念押しのような確認に柚鈴が頷くと、志奈さんは仕方ないと言った様子で肩を竦めた。

「妹が父親と二人で出かけるのを断固阻止する程、意地悪じゃないわ。私も少し大人になって、二人を見送ります」

そう言って食器を片づけだす志奈さんに気付いて手伝うように柚鈴が立ち上がると、志奈さんは首を振った。

「いいの。片づけはしておくから、準備をして出かけてきて」

「でも」

昼食の手伝いも何もしていない柚鈴からすると、片づけくらいはしたい気持ちが強い。

だが、志奈さんは断固譲らなかった。もう一度首を振ってから柚鈴をまっすぐに見つめる。


「だって、片づけるものもなくなってしまったら、二人を待ってるのが退屈だもの。ゆっくり片づけて、ついでに掃除でもしてから夕飯の準備をゆっくり始めるわ」

「ありがとう、志奈」

オトウサンは一度笑ってから、悪戯っぽく付け加えた。

「じゃあ、ゆっくりゆっくり行ってくるよ」

「そこは早く帰ってくるよ、でしょう!?お父様」

不満そうに声を上げた志奈さんに、満面の笑みを返したオトウサンは支度をするために部屋に行ってしまう。

こういうところはさすがに親子なんだろう。志奈さんの子供のような表情に、柚鈴は思わず笑ってしまう。

下手下手に出ていたのに、なんだか一瞬でオトウサンが志奈さんを転がしていたような形になった。志奈さんをこんな風にからかう存在は、他にそうはいない気がする。

思いがけず良い物を見た気がしつつ、柚鈴も片づけを諦めて準備をすることにした。

「柚鈴ちゃん」

部屋を出ようとした柚鈴に志奈さんは声を掛けると、いつも通りふんわりと笑った。

「美味しいご飯用意して待ってるから」

「志奈さん」

その表情に曇りがないかを一瞬探ったが、その様子は全くなかった。

いつもどおりの志奈さんだ。

「別にゆっくりしなくてもいいけど、私のことを気にして早く帰る必要はないから。楽しんできてね」

そう言って志奈さんの表情は優しくて、柚鈴は素直に頷いた。


オトウサンに見せた子供の顔の志奈さんと、私に見せるお姉さんの顔の志奈さん。

こういうのが家族で、こういうのが姉妹なんだろうかなんて、少しだけ考えていた。



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