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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
37/52

GWに待っているもの 4

改めてお茶を三人分いれた柚鈴は、落ち込んでいる兼久さんと志奈さんに出して、お茶を飲んだ。

ほっとする味だ。

確かに柚鈴は家で飲むなら日本茶が一番好きだった。

ほっと息をつくてから、思い出して志奈さんに渡す為に書いてきた紙を鞄から出した。

「志奈さん、色々考えてきたんですけど。決まらなくて」

薫と幸が一緒に考えてくれた、志奈さんとする『姉妹っぽいこと』一覧表だった。


志奈さんは目を輝かせて一覧を見た。

「へぇ。ショッピングをする、映画に行く、カラオケに行く...」

それを見ていると興味深くオトウサンも覗き込んできた。

「えぇ。二人で出掛けちゃうの?」

眉を下げた様子に、志奈さんは肩を竦めてクスクス笑った。

「お出かけはしてみたいけど、お父様がついてきそうね」

「そ、そうですね」


志奈さんは続きを読んだ。

「勉強を教わる、両親のご飯作りを一緒にする、母の日のプレゼントを一緒に選ぶ…」

それで志奈さんはハッとしたように棚に飾ってあったカレンダーを見た。

「そうね、そう言えば長い間縁がなかったけど、今年からは母の日のお祝いがあるのね」

「はい。それで母の日が、中間考査の直前で帰ってこれないと気がして、この連休にプレゼント出来るといいなと思うんです」

そういうと、志奈さんはなるほど、と頷いた。


「柚鈴ちゃんは去年はどうしたの?」

「その日のご飯の材料を買ってきて作って、それからカーネーションをプレゼントしましたよ」

全て柚鈴のお小遣いからだったので、カーネーションは一輪だったけど、お母さんはすごく喜んでくれた。

「私は学生なので、貰ったお小遣いをあんまり使いすぎるのも申し訳ないので、豪華にはしたくないし出来ないんですけど」

正直言えば、オトウサンが協力してくれれば、いくらでも豪華に出来そうなのだけど、出来れば分相応な母の日にしたかった。なので遠慮がちにそう言うと、志奈さんはそういうものなの、と呟いた。


「それを言うとお父様の父の日は派手なのかもしれないわね。毎年お金は自分が出すからって『カッコいいと思うお父さん』のコーディネートを全身させるんだもの」

「志奈にお金は使わせてないのに、ダメなの?!」

オトウサンは驚いた様に口を開けた。

「今年は柚鈴ちゃんにも選んで貰えると思ったんだけどな」

がっかりと肩を落すオトウサンに何と言えば良いか分からなかった。

確かに子供の方には一円もかからわけだし、選んぶだけでいいのなら、柚鈴にも出来そうではある。

答えを迷っていると柚鈴を止めるように志奈さんが言葉を重ねる。

「柚鈴ちゃん、全身よ全身。靴や小物まで選ばせるんだから時間かかるのよ。一日掛かりなんだから甘くみちゃだめよ」

「そ、それは大変ですね」

その様子から察するに、志奈さんは毎年のそのイベントに、うんざりしている気配があった。

志奈さんが敢えて止めるほどのものなら、迂闊(うかつ)に良いですよ、なんて口には出さない方が良さそうだ。

「お父様は、お母さんに今後は選んで貰ってください」

志奈さんがトドメとばかりに、ふわりと微笑むと、オトウサンはガックリと肩を落とした。


その様子も見届けようともせず、

「そうね、GW中はその計画を立てましょうか」

話を進める志奈さんに、オトウサンは癒しを求めるように美味しそうにお茶を(すす)ってから、口を挟んだ。

「何だったら家の倉庫の中を見てごらんよ。何か役に立つものがあるかも知れないから。使えそうなものは何でも使っていいよ」

「そうね。後で見てみましょう」

オトウサンのその言葉には頷いて、志奈さんは立ち上がった。


「じゃあ、その前に私は自分の役割を果たさないとね」

力強い言い方で、一瞬何かと思ったが時間から考えて昼ごはんを作るのだろう。柚鈴も立ち上がる。

「手伝います」

「これはダメよ。この日の為に特訓したんだから、譲るわけにはいかないわ」

志奈さんは真剣な目をして言った。

「志奈ちゃんは課題でもしていて」

「お、終わらせて来たんですけど」

小さく呟くが、志奈さんは聞こえていないように台所の方に行ってしまった。

せっかく課題を終わらせてしまったのだが意味はなかっただろうか。

一瞬むなしく思う。

「まあ、志奈が頑張ると言ってるわけだし、柚鈴ちゃんは自由にしていたら?」

オトウサンにのんびり声を掛けられて、一瞬どうしようか考えてしまった。


中間考査も近いのだから、課題とは別に勉強はすべきかもしれない。

うら若き女子高生なのに、それくらいしか思い当たらない。

柚鈴は大人しくリビングのテーブルの上に教科書を開いた。

オトウサンはその背中を目を丸くしてから、一瞬目を彷徨わせて、何事もなかったように経済誌を開いて読み始める。


しばらく、真面目に勉強に取り組んでいると、台所の方からいい匂いがして来る。

頑張って料理をする志奈さんと、いつもは忙しいのに、のんびりとする時間を作って出迎えてくれたオトウサン。

ちょっと前までは他人だった人の中で、家族をしているということが不思議に思えた。

まだ居心地は良いとは言えない。

でも、この家に来たばかりの時に感じた違和感みたいなものは、少し和らいだ気もする。

柚鈴は無言でシャーペンを動かした。


元々、ひたすらに勉強するということは嫌いじゃなかった。

感情がコントロールされて、神経は鋭敏になって行くのに、無に近い気持ちになる。

頭に感情の代わりに知識や、答えへのパターンが入って行って整理されるようだ。

不安なことや嫌なことがあった時は、よくこうして、一心に勉強してきた。

そういう時に集中するのは難しいが、出来れば驚くくらいに平らな気持ちになれた。

心でなく、脳を使っている。

そんな感じがするのだ。


「……ちゃん。柚鈴ちゃん」

呼ばれて、はっと顔を上げると、志奈さんが覗き込んでいた。

集中しすぎて周りの音が聞こえなくなっていたことに気づいて、目を瞬かせた。

「すみません。聞こえてなくて」

「良いのよ。真美子も勉強しだすとそんな感じだもの」

志奈さんは特別なことでもないという感じで、柚鈴を手招いた。

「ご飯出来たから一緒に食べましょう」

「あ、ありがとうございます」

そう言えばお腹がすいた気がして、柚鈴は頷いた。

しかし、真美子さんのような人と一緒にされるのは、申し訳ない気がする。


「今日のお昼は親子丼とお味噌汁です」

志奈さんが満面の笑みで笑った。

食事をするための部屋に移動し、ダイビングテーブルに進むと良い香りがした。

並べられた料理がとても見栄えがよくて、驚いてしまう。

「志奈さん、料理上手なんですね」

「料理は全然したことなかったわ。今日のは本当に特訓したの」

そう志奈さんが力を込めて言うと、オトウサンは何かを思い出したかのように小さく笑った。

志奈さんはその様子に肩を竦めた。

「この家は、昔から通いの家政婦さんが料理を作ってくれてたし、高等部に入ったら寮でしょう?休みに帰っても、家政婦さんが心配だからって料理を作り置きしてくれて、包丁なんて授業くらいしか握ったことなかったわ。この春のお父様たちの結婚がきっかけで、家でも料理をすることになったでしょう?全然出来ないんだって改めて気づいたのよ。だからわたしの当番の日は友達に教えてもらいながら作ってるの」

それでも、と志奈さんは付け足す。

「一番作ってくれてるのは、お母さん。その次がお父様なの。それくらいまだまだ役になってないのよ。今日は柚鈴ちゃんが帰ってくる日だから、色々頑張ったんだから」


その言葉に志奈さんの妙な気迫が伝わってくる。

更にふと疑問が湧いた。

「あ、あの。もしかして、私がご飯を作る日って」

「そんな日はないわ」

はっきりと志奈さんが言い切った。

「そもそも柚鈴ちゃんは、料理は得意だって聞いているもの。もう少しくらいは姉として、私が自信がつくまではここは譲ることが出来ないの」


その言葉に柚鈴は多少、眩暈を覚えた。

まさかここで『姉の意地』とも取れる言葉が出てくるとは思ってもいなかった。

この様子だと志奈さんは手伝わせてくれなさそうだ。オトウサンはどうだろうか?

休みの日に当番制にするなら、是非仲間に入れてほしいのだが。

最後の希望はお母さんではあるが、それこそ志奈さんが料理の勉強のために手伝いそうな気がする。


まさか、休みに家でやることがないのではないかと多少不安を覚えつつ。

せっかくの昼食が冷めないうちにと手を合わせた。

「頂きます」

志奈さんとオトウサンも、その様子にそれぞれ合掌して食事を始める。

料理経験が全くないというのは嘘ではないらしく、勉強している間に随分時間もたっていたので多少卵の焼きむらを感じるが、良い出汁の香りがした。

麺つゆじゃないんだ、とすぐ分かる舌触り。

親子丼が、麺つゆで簡単に出来ることは、お母さんが教えてくれたので知っている。夏の素麺が終わる頃、残った麺つゆでの定番メニュー。


だが、志奈さんが作ってくれた親子丼は、きちんと出汁をとった味。お母さんの出汁の味とも違うことがすぐ分かった。

「美味しいです。手間が掛かった味ですね」

そういうとオトウサンはなるほどねぇと笑って柚鈴を見た。

「百合さんのいう通り、柚鈴ちゃんは舌が敏感なんだね」

「え?」

「手を抜くと、嫌がりはしないけどすぐ分かるって言ってたよ」

楽しそうな笑顔に、柚鈴の方が慌ててしまう。

お、お母さん、何の話をしているんだ。

少々居心地が悪くなって、誤魔化すように志奈さんの方を見た。

「料理が好きな友達が誰かいるんですか?真美子さんのイメージではないですけど」

「そうね。確かに真美子じゃないわ。真美子は料理も出来なくはないみたいだけど、そもそも食に興味がないみたい。今回は、同級生の料理好きな子に指導を頂いたの。その子の家で、何回も作らせて貰ったから、大分上手になったわ」

「何回も?それ大丈夫なんですか?」

「その点は抜かりないわ。その子の家は料亭で、親子丼はその日の賄いだったんだもの」

つまり、下手くそな仕上がり分の親子丼も、誰か料理人の口に入ったという事だろうか。

それは迷惑な、と思ったが、志奈さんの麗しい笑顔に少し考える。


料理人の方が男性ばかりなら、意外と喜ばれたのかもしれない。


浮かんだ考えに、我ながらどうかとも思う。

これは確認するのが怖いのでやめておく。うん、知らない方が却っていい。

とにかく親子丼は回数こなしただけにとても美味しく、志奈さんの手作りお昼ご飯をしっかりと堪能させてもらった。


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