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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
36/52

GWに待っているもの 3

小鳥遊家が住まう家は、柚鈴からするととてつもなく大きい。

オトウサンの両親が遺してくれたという郊外にある一軒家。

二階建てで洋館の風貌を持つその家には4家族くらいは住めるんじゃないかという程の部屋数があり屋根裏がある。

車が10台程度は停めれそうな駐車場。昔住んでたマンションの近くの公園程度に広い庭。


分かりにくい例えかもしれないが、ともかく母親と二人暮らしの長い柚鈴からすると、この新居はとにかく大きかった。


豪邸だとも思っているのだが、常葉学園に通うお嬢様方には、それよりもっと大きな家に住んでいる人たちがいて、それこそ豪邸なんだよとオトウサンは言う。

確かにそうなのかもしれないが、上を見ればキリがない。

柚鈴には敷居が高いと感じる程の豪邸が小鳥遊邸だった。


寮からは電車での移動となり、駅に着くと30分程歩くことになる道のり。

今日は迎えに行くと言われていたが、どうしても時間をかけて歩いて行きたいと希望させてもらった。

なるべく時間を掛けさせてほしい。

そう感じる柚鈴の気持ちを分かってもらえればありがたい。


ゆっくり帰りながら、緊張とか躊躇いを緩和させたいんだよなぁ。

大きな声では言えないけれど、心の中だけでは、そんなことを呟いているのだ。



そんなわけでGWの始まりに朝早く寮を出てから、ゆっくりゆっくり時間を掛けて帰ってきた小鳥遊家。

そんな柚鈴を出迎えてくれたのは、なんとオトウサンの兼久さんだった。


「やぁ。お帰り、柚鈴ちゃん」

にっこり笑って、柚鈴をリビングに通すと、お茶セットが置かれている部屋端のサイドテーブルの前に立ち、いそいそとお茶の用意をしてくれている。

急須を取り出したところを見ると中身は日本茶らしい。


広いリビングには、映画用なのかと思うくらいの大きさのテレビと、頼もしいサイズのテーブル、それに合わせたようにL字型のコーナーソファが置かれている。6人掛けと言って良いのだろうか?

多分、座って待っていた方が良いのだろうが甲斐甲斐しく動くオトウサンの姿に、座るのが申し訳なくて、荷物だけ床に置かせてもらった。


「百合さんは仕事に行っていて、志奈は買い物でね」

真剣にお茶と格闘し始めたオトウサンは、立ったままの柚鈴には気付かない。


ちなみに百合、というのは、オトウサンである兼久さんと結婚した柚鈴の母親の名前である。

仕事は英会話の講師と通訳の仕事をしている。


結婚したら、仕事の量を減らしてもいいのではないか?という話もあったみたいなのだが、柚鈴の学費は自分が出したいと聞かず、結婚前と仕事量は変わっていないらしい。

流石に土日の仕事は多少自粛してくれたみたいだけど。

平日は朝から晩までコースだ。

ゴールデンウィーク中も早上がりながら、出勤の日が続いているらしい。


そういうわけで、小鳥遊家の平日の食事は勤めている通いの人が、今でも変わらず用意してくれているらしい。

お母さんは食事の準備もするつもりがあったみたいだけど、オトウサンから提示された妥協点だったという話だ。

そして休みの日は、お母さん中心ではあるがオトウサンと志奈さんも、たまに交代で奮闘しているそうだ。中々楽しく家族をしているなぁと柚鈴は思っていた。

勿論そこに自分がいないことが寂しく思う気持ちもないわけではない。

でもその様子をお母さんや志奈さんがメールや電話で教えてくれるのは嬉しいし、家族が形になっていくのが見えるようで遠くから応援している。



今日、志奈さんが買い物に行っていると言うことは、志奈さんの当番の日なのかもしれない。

1人で買い物に行かせたことが申し訳なくて柚鈴は、小さな声で呟くように言った。

「言ってくれれば、もう少し早く帰ってきて、買い物にも付き合ったんですけど」

「いや、志奈はね。本当は柚鈴ちゃんが帰ってくる前に買い物を終わらせるつもりだったらしいよ。ただ、まあ。高校までは料理も食料の買い物もしたことがなかったから、どうしても予定より時間がかかっちゃうみたいでね」

「そうなんですか」

柚鈴が頷くと、オトウサンが気付いて席を勧めてくれた。

二人きりだったことなんて今までなかったから、少々緊張してる気配があった。

もちろん柚鈴だって緊張はしているが、見て分かるほどオトウサンの方が緊張しているので、そのことに逆に安心してしまう。


この姿だけ言えば、あの志奈さんのオトウサンとは思えないくらいだ。

「常葉学園の高等部はどう?楽しくやれてるかな?」

「あ、はい。寮もとても過ごしやすくて」

「ああ、そうらしいねえ。おかげで志奈が高校三年間の間、中々家に帰って来てくれなかったから、僕も寂しかったよ」

眉を下げて残念がるオトウサンに、柚鈴は曖昧に笑った。


柚鈴のGWの休みに合わせて、仕事を詰め込んで時間を作ったオトウサンだと思うと、だが。

志奈さんが高校時代のお休みの時も、予定を合わせるために、仕事を過度に詰め込んだ可能性が高い気がする。

そう考えると、志奈さんが帰らなかったのは、寮での居心地が良かったからというより、オトウサンを心配して、ではないかと思えてくる。

可能性はありそうだ。


『優先順位がはっきりしている』

志奈さんがオトウサンに対して言っていた言葉を思い出して、それは確かにそうなのかもしれないなぁと感じてしまった。

こうして顔を合わせて見ると、オトウサンは子煩悩すぎて自分を#顧__かえり__#みない人のようだ。

つまり子供は優先、自分は後回し。

勿論、奥さんになったお母さんだって大切にしてくれているのも知っている。


と言ってもだ。これまで柚鈴に対して、志奈さんの様に距離を詰めるようにグイグイ寄ってくるようなことはなかった。


だから志奈さんが電話してくる程、オトウサンを心配する必要があったのかはよく分からなかった。今も緊張感は分かるが、柚鈴が困るほどではない。

勿論、仕事を詰め込みすぎるなら、オトウサンの体は心配だけど。


それ以外のことなら、志奈さんの心配しすぎかなぁ。

そう思いながら、柚鈴はお茶を飲んだ。

「!!?」


そのお茶の苦さに思わず息を詰まらせる。

「ど、どうしたの」

「お、お茶が苦…」

言葉に詰まりながら、サイドテーブルに置いてあるお茶セットの中から、今使用された急須を覗くと、とんでもない量の茶の葉が入れてある。

「な、なんですか?これ」

「いや、柚鈴ちゃん、コーヒーも苦めが好きだっていうから、ちょっと濃いめに」

柚鈴の様子に、失敗したことに気づいたオトウサンが慌てて淹れなおそうとする。

「あ、いえ。あの、私#淹__い__#れます」

柚鈴がその急須を掴んで、自分の方に引き寄せた。

そんな時。

志奈さんが帰ってきたようで、リビングの扉が開いた。


「あら、柚鈴ちゃん!お帰りなさい」

満面の笑みで入ってきた志奈さんが、急須を取り合うような柚鈴とオトウサンを見て首を傾げた。

それから気まずそうな顔をしている、オトウサンに気づいたらしい。

テーブルに置いてあった柚鈴の湯呑を手に取った。

「ああ!志奈さんそれは!」

柚鈴が動揺すると、それが志奈さんの疑惑を更に深めたらしい。

怪訝な顔をいえて志奈さんが一口飲んだ。


「……まず」

なんとも言えない一言をこぼして、苦みは苦手な志奈さんは固まったまま目に涙を浮かべた。

「ゴメンナサイ」

オトウサンが肩を落とすのを見て、柚鈴は浅く笑うしかなかった。


オトウサンに注意すべき。

これは確かに一理あるようだ。

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