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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
35/52

GWに待っているもの 2

5月のGWの始まりは、程よく快晴。

程よく、と感じるのは、まだ朝に近い午前中だからだろう。

寮で食事を終えて、常葉学園の中庭をぶらり散歩しているのは、高等部一年生の春野幸。

この日までは、友人の柚鈴と共に課題に明け暮れていたが、それは昨日までの話だ。今朝は実にのんびりしている。


きちんと制服さえ来て、生徒手帳を所持していれば、休みの日に校内に入れてもらうことは難しくはない。

平日と違い門は閉じているが、部活動などでやってくる生徒や先生のために守衛さんが常駐しているので入れてもらえるのだ。

学園自体には早くから活動している運動部もいるので、幸が一番乗りと言うわけではない。

だが中庭は十分静かで、のんびりしたかった幸には恰好の場所だった。


「GWは香苗さんのお手伝いだもんなぁ」

うきうきとした声が、つい漏れてしまう。

春野香苗さん。常葉学園がまだ体制の変わる前の卒業生である、遠縁の親戚の名前だ。


幸は実家が長野ではあるが、両親は海外転勤中。

GWに帰っても誰もいない。

ならば都内に住む従姉の家に行ってみようかと思っていたら、こっちは仕事で連日夜遅い帰宅になるらしい。

「幸ちゃん。もう少し早くいってくれたら仕事なんて断わったのに」


高校の様子を聞きたがってた従姉は心底残念そうだったが、幸も入学したばかりの高校で、休みがどうなるかなんて気が回ってなかったのだから仕方ない。


友人の柚鈴は実家に帰ると言っていたし、薫は陸上部で練習。

寮で一人はさみしいなぁ、などと思っていたところに、都内で働いている香苗さんのことを思い出した。

ブリザーブドフラワーのお店とスクールを経営していて、いつもおっとり穏やかな女性だ。

歳も一回り以上離れているし、親戚というには遠いので、頼るのには少々気がひけるのだが、幸は小さな頃からこの人が大好きだった。

好きというより憧れていると言っていい。

常葉学園の受験を考えたのも、元々は卒業生である香苗さんきっかけなのだ。


駄目元でGWに顔を出していいか、お伺いを立てたら、快く了承を得られた。

それどころか泊まっていけばいいと言ってもらえたのだ。


嬉しくて、昨日は遅くまで課題をこなしていたくせに、出発の予定より早く目が覚めてしまった。

そうして時間つぶしに選んだのが、常葉学園の散歩だったのだ。


こういう時に寮が近いってのは良いなあ。

機嫌良く、涼みながら中庭を進んだ。

いつも生徒が溢れている場所だから、のんびり見て回れることはほとんどない。

でも常葉学園の中庭の造形は実に見事なのだ。

文芸部所属の幸の想像力を刺激するには充分すぎるくらいだ。


ほわほわと、しばらく歩いていると、中庭のベンチに座っている生徒に気付いた。

日向ぼっこしているのだろうか?

長い髪は肩で横に結んで前に流していて、表情は柔らかく微笑みが浮かんでいる。

背はすらりと高いのが座っていても分かる。

ふと視線がこちらに向いた。ばっちり目があって、にっこり笑われる。

「ごきげんよう」

「あ、ごきげんよう」

幸は相手の挨拶に同じ言葉を返した。


このご挨拶は…


幸は北クラスか、西3クラスのどれかの生徒なのだろうと思った。

芸術系の北組と普通科である西3組は、そもそもの常葉学園の流れを汲んで、ある程度育ちの良いお嬢さまか、もしくはそういった教養を重視している生徒達が多い。

だから「ごきげんよう」の挨拶が主流である。


一方、特進科である東組と体育科とも言える南組は外部からの受験者も多く、挨拶は「おはよう」「こんにちは」が一般的。常葉学園では、この二つのタイプが何故か存在している。もちろん例外はあるのだが、大体はクラスによって分かれている。

そしてその組の生徒は進学によっても混ざることがほぼないので、特に問題なく卒業まで過ごすのだ。

ちなみに例外のほとんどは、部活動の場合のみ挨拶の仕方を変える生徒がいることだ。

だから、このどこかおっとりした、気品さえ感じる生徒は、前者に違いないと確信をした。


「1年生の方ですか?」

聞かれて幸は、はいっと返事をする。

「1年生の春野幸です」

つい東組の言葉を抜かしてしまう。今更「ごきげんよう」の組にいないというのが、気恥ずかしく感じてしまった。

もちろん特進科である東組が恥ずかしいわけではないのだが、柚鈴のように特待生ならともかく、幸は東組ギリギリ。

堂々と名乗れる程でもない。

「私は沢城悠(さわしろゆう)です。2年生です。仲良くしてくださいね」

ぺこりと、上級生だと言うのに、丁寧に挨拶されてしまった。

無防備な様子で、良かったらと席を勧められる。

幸は誘われるまま、横に座った。

「幸さんはお散歩ですか?この場所は気持ち良いですからね」


柔らかく微笑まれて、優しそうな笑顔に、つい幸も誘われてにっこり笑った。

「はい、そうなんです。でもこんなに人がいない時に中庭に来たことがなかったんで、とっても素敵で驚きました」

「そうですね。確かに生徒がいる間はこんなにのんびり出来ませんよね。私も今日は可愛い下級生と話しが出来て、いつもより得した気分です」

「…」

にこにこにこ、っと幸せそうな笑顔に一瞬何故か従姉を連想させた。

この人はもしかしたら、警戒すべき相手なんだろうか?

念のため、少しだけ距離を取る。

気付くか気づかれないか程度。

だがやっぱり気づかれたらしい。

沢城先輩は一瞬悲しそうな目を見せてから、何も見なかったように前を向いた。


その様子には気づかなかった振りをすることにした。

「沢城先輩は、やっぱりお散歩ですか?」

意外な質問を受けたというように、沢城先輩は一瞬目を見開いてから笑った。

「お散歩というか用があって来たんですが、今日は時間を間違えてしまったようで。それでここにいたんですよ」

「え?!後、どれくらいここにいるんですか?」

「家に帰るとちょっと時間が掛かるものですから。ここにいるのはもう少しのつもりでしたけど、幸さんが相手をしてくれるなら頑張れるかもしれません」

なんてことない、と言う感じで笑うので、中々大らかな人だと感心してしまった。

「私で良ければお相手しますので、気を確かにもってくださいね」

幸もそこまで沢山の時間があるわけではないのだが、気になってしまって励ますと、沢城先輩は嬉しそうに笑った。


「そろそろ寂しい気持ちにもなってきた所だったので助かります」

「さ、寂しかったんですか」

「ちょっと早く来過ぎましたね」

穏やかに笑われて、幸も流石に目を瞬かせた。

どこかおっとりしているが、素直な人だ。

そうか寂しかったのなら、さっきの言動も仕方なかったのかもしれない。思い直して元の位置に座りなおした。

沢城先輩はそれにも気づいたようで、少し嬉しそうな顔をした。

「それで幸さんは、この連休に学校に来て、お出かけは他にはしないんですか?それとも部活動でもあるとか?」

「いえ、私は文芸部なので。今日はこの後、近くに住んでいる親戚のおうちに行くんです」

「ああ、それはいいですね」

「はい。今の前の理事の時に、この学校に通っていた親戚なんです。だから学園がどんな風に変わったとか、一緒に話せたらなあって思っているんです」


沢城先輩の言葉にするすると言葉が出てきて、幸は香苗さんのことを思い出して、にっこり笑ってしまった。

そう、今日は沢山お話をして、沢山お手伝いだってするのだ。

想像するだけで幸せな気分になる。

沢城先輩はその様子に目を細めて笑った。


「楽しそうですね。何か面白そうな話が聞けたら、是非教えて頂きたいです。幸さんのお家は親戚のお家は遠いんですか?」

「私は元々長野なんで、遠いです。沢城先輩はどうですか?」

「私は近いですよ。家はレストランをやっていて、この連休中も両親は忙しいですが」

「レストラン!?」

幸はピクッとその言葉に反応したようにした。

「はい。洋食を出しているレストランです。興味ありますか?」

洋食と言われては、ますます聞き逃せない。

思わず身を乗り出してしまう。


「あります!私オムライスが好きなんです。長野にいた頃に一時期、毎日のようにオムライスを食べていたことがあって、従姉に笑われたりしましたけど。それくらい大好きです」

幸の勢いに、沢城先輩は少し驚いたように体をひいた。

表情は変わらず笑顔で相槌を打っている。

「オムライスですか。美味しいですよね」

「はい。従姉があんまり笑うので、毎日オムライスにケチャップで、違う食べ物を書いて抵抗したくらいには好きです」

「ケチャップで違う…」

沢城先輩は、それを想像したようで顔を逸らして笑いをかみ殺した。


「そ、それは、随分可愛らしいですね」

「ああ!バカにしましたね!?」

幸がショックを受けたような顔をすると、沢城先輩は慌てて首を振った。

「してません。してませんよ」

幸が疑うように目を細めてみると、もう一度顔を逸らして笑いをかみ殺してから、沢城先輩は何食わぬ顔でもう一度幸を見て頷いた。

「バカにしてません」

「…」

「そんなに好きなら、うちのお店にも一度食べに来てくださいね。気に入っていただけるかは分かりませんが、オムライスは一押しメニューですから」

「……」


幸は少し考えてから、にっこり笑った。

オムライスの前では疑う気持ちなど不要である。

全く躊躇(ため)いなく頷いた。

「はい。ではそのうち行かせて頂きます」

「是非。楽しみにしてますから」


約束してから幸は中庭の時計をちらりと見た。

少し時間が気になったのだ。

それに気づいたらしく、沢城先輩が立ち上がった。

「おかげで時間が潰せました。私はそろそろ行きますね」


幸は釣られるように立ち上がる。

時間が潰せたというけど、本当はまだまだなんじゃないかな、と、じぃっと沢城先輩を覗き込んだ。

「な、なんでしょうか?」

動揺したように目線を泳がせる沢城先輩に、目を瞬かせてから、いいえ、と幸は首を振った。

小さく笑みがこぼれる。気を利かされたというなら、知らぬ顔で甘えておこうと思った。

確認した時間は、幸が寮に戻ってから出発するには良い時間になっていた。


そうだ、とポケットに手を突っ込むと、可愛い包装紙に包まれた飴玉が二つ出てきた。

幸はそれを沢城先輩に差し出した。

「沢城先輩にお近づきの印に差し上げます」

「え、いいんですか?」

「はい。もしまた寂しくなったら、一先ずこの飴でしのいでください」

沢城先輩が受け取ると、ふんわりと幸は笑った。

「じゃあ、今度お会いしたら、親戚のお話を聞いて頂きますね」

「はい。楽しみにしています」

「ごきげんよう」

深々とお辞儀をしてから幸が立ち去ると、沢城先輩は飴玉を見ながら少し歩いて、さっそく一個口に入れた。

「美味しい」

ほわん、とした表情で笑うと。

当てがあるのかないのか、中庭を幸が行ったのとは逆方向にのんびりと歩いていってしまった。


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