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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
5月-序
34/52

GWに待っているもの 1

5月初頭。

柚鈴は学校が終わってからも一心不乱に机に向かい、GWの課題をこなしていた。


GWと言うと、一般的には4月の終わりから始まるイメージだが、おおよその学生にとっては微妙なお休みではないだろうかと思う。

間に平日を挟み、その日は学校に通学する場合がほとんど。

もちろん有給休暇なんてものは存在しない。

結果的に中途半端な連休になったり、山のような宿題を出される場合も多いという、手放しては喜べない期間だ。


もちろん常葉学園高等部の場合でも大して変わらない。

GW期間の平日でも公然と休んで長期旅行に行く生徒もいるのだが、柚鈴や幸の所属する特進科東組では、特に課題の量が半端ない。

そのため休みのほとんどを課題で費やす生徒もいる程だ。

東組にも部活動に励んで、今後の大会などに備える生徒もいるが、課題対策を各部活でするぐらい大変な量なのだ。


というわけで4月からのGW休みが開始すると、柚鈴と幸は、5月平日開けのGW後半の休みの為に、山積みされた課題を兎に角こなし続けた。

それでもどうしても4月中には終わらず、5月初頭の学校後にラストスパートとなったのだ。

それもこれも5月の連休で小鳥遊家に帰ってのんびりするためだ。

幸も何か予定があるらしく、課題は速やかに終わらせたいと意見が一致して休みの日は寮の実習室で一緒に机に向かい続けた。


が、頑張らなくちゃ。

小鳥遊家は、春に出来たばかりの新しい家族の住む家。学校が始まってから初めての長期での帰宅となる。課題があるから勉強しますとは言いたくない。


休みで帰るからにはそれなりに新しい家族とのコミュニケーションを取ろうと思っていた。

義理の姉である志奈さんとは、少しばかり近づいた気もするが、オトウサンとはまだまだなのだから。

小さいころに実のお父さんが『浮気』という形で家族を裏切った事実がある柚鈴にとって、『新しい父親』とのコミュニケーションは多少気が重い、というのが正直な所ではある。

でも、その人柄を認めてお母さんを預け、ゆっくりでも関係を築くと決めたのは柚鈴自身だ。

努力を惜しむつもりはなかった。


というわけで、今は寮の自分の部屋で一人、熱心に課題に取り組んでいるわけである。

その柚鈴が手を止めさせたのが。

携帯の音だった。


ベッドに置いてあった携帯を振り返ると、着信画面に『小鳥遊志奈』と表示されている。


志奈さん?

帰るのはもう明日なのに、なんだろう?


柚鈴は首を傾げて電話を手に取り、通話ボタンを押した。


「もしもし。どうしたんですか?」

『あ、柚鈴ちゃん?ごめんなさいね、突然』

志奈さんは、いつも通りの透き通るような声で、少し申しわけなさそうに言った。

「いえ、それは良いんですが」

『明日、柚鈴ちゃんがこっちに帰ってくるでしょう?それでちょっと伝えておかないといけないことがあって』

その言いにくそうな口調に、柚鈴も不安になってくる。


「なんですか?」

『あのね、ちょっとお父様が張り切りすぎてるのが心配になってしまって』

「オトウサンが?」

いつも穏やかでにこやかな小鳥遊家の父親、#兼久__かねひさ__#さんの顔が頭に浮かんだ。


ちなみに両親の呼び方だが。

志奈さんは昔から、『お父様』と呼んでいるらしい。柚鈴は『お父さんで良いよ』と結婚が決まって迷っていた時に言ってもらい、そうしている。

実際まだ言い慣れなくて、オトウサンになってしまうのだが。


志奈さんは新しいお母さんになった柚鈴の母親のことを『お母さん』と呼んでいる。

志奈さんの本当の母親は、志奈さんが小さな頃に病気で亡くなっていて、その人のことを『お母様』と呼んでいるから、そうすることにしたらしい。

最初の食事会で柚鈴にも問題ないか確認していてくれて、了承していた。

というわけで、新しい家族になった小鳥遊家では、父親と母親の呼び方が、義理の姉妹の間で違うという、少々不思議な現象が当たり前になっていた。

以上、呼び方の説明である。


しかし張り切るとはどう言うことなんだろうか?

柚鈴の不思議そうな声に志奈さんは軽くため息をついた。

『春に籍を入れてから、柚鈴ちゃんがすぐに寮に入って、あまり家にいなかったじゃない?お父様ったら仕事で入学式にも行けなかったし、なんだか焦ってきたみたいで』

「はぁ」

そういえば、確かに最初は入学式に行きたいと言ってた気がした。

すぐに難しいことが決まり、あまり気にしていなかったが、志奈さんの口ぶりだとオトウサンはかなり気にしていたようだ。


『柚鈴ちゃんが帰ってくるGWに合わせて休みが取れるようにって、この一週間ずぅっと残業して仕事を詰め込んでいるの』

「え!?と、止めてくださいよ」

『私が止めても逆効果なのよ。入学式にも行ったし、その他でも会ったことをお母さんに話していたら、耳に入っちゃったみたいで』

逆効果、ということは、志奈さんにライバル意識でも燃やしているということだろうか。

あんまり想像できないが、羨ましく思っているというのはあるんだろう。

だからと言って実の娘が逆効果とはどういうことだ。


『今日も朝早くに出て、当然まだ帰ってきてないから、なんだか逆に柚鈴ちゃんが心配になっちゃって』

「そこで志奈さんも、オトウサンの心配はしないんですか...」

『しないわけでもないけど、優先順位があるもの』

どうしてこう、はっきり物事を言う人なんだろう。

悪気もないし、柚鈴のことを考えてくれているのは分かるのだが、オトウサンに申し訳ない気がして仕方なかった。

いや、オトウサンの方ももしかしたら大差ないのかもしれないが。


何にせよ、オトウサンは柚鈴の帰宅を志奈さんに心配されるほどに楽しみにしているらしい。

「なんだか意外です。お会いしてから、私と話していても、志奈さんみたいにはしゃいだりする人でもなかったし、大人で落ち着いている人かと思っていました」

『それも別に間違ってはいないとは思うわ。お父様って私と似ている所があるし』

「え?それってどういうことですか?」

その言い方だと、志奈さんも『大人で落ち着いた人』みたいだけど、とまでは流石に言えない。

言わなかったので、志奈さんには伝わらなかったらしい。うーんと考え込むようにしてから返事が返ってきた。


『簡単に言えば、優先順位がはっきりしているの』

繰り返した言葉を使い言うと、志奈さんは思うところがあるらしくため息をつく。

『お父様は、あの雰囲気では分かり辛いと思うけど、仕事の捌ける人なの。そのわりに偉ぶったりしないし、いつも穏やかで人の懐に上手に入るのよね』

「へぇ」

この評価は志奈さんの自己分析も入るのか分からず、適当な言葉は見つからず相槌を返す。

『別に萎縮するわけでもないけど、お父様が気が小さいと思う人も多いみたい。だから油断して、ちょっと話しすぎたりしちゃう。そういうことをちゃんと気づいて黙って受け止めておくの』

「そ、そうなんですか」

どうも志奈さんの説明するオトウサン像というのは志奈さんと似ているのだろうか?

気が小さいとは志奈さんを見て思う人はいないだろう。だとしたら、人を油断させるところがあるのだろうか?


志奈さんが言う『私と似てる』とはどう言う意味なのか聞くのが怖い気がして、というよりまだ知らない方が良い気がして、柚鈴の口は貝のようになっていた。


それに気づいたのか、志奈さんは一瞬黙ってからクスクスと笑いだした。

『本当に私もお父様もとてもシンプルな人間なのよ』

「そうだとすごく助かります」

心の底からの気持ちを伝えると、志奈さんは実に楽しそうだった。

『ふふ。何にせよ、お父様が明日はしゃいでいても、驚かないでねって言いたかったの』

志奈さんそう言うと、明日楽しみにしているわ、と電話を切った。

柚鈴は困ったように肩を竦めた。


まぁ、気にしすぎても、どうしようもないか。

そう思って机に向かうと、終わりが見えてきた課題へと集中し始めた。

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