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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
4月
32/52

お姉さまと一緒に 1

その夜。

もう少しで寮の訪問者の許可された時間が終わろうと言う頃。

凛子先輩は、陸上部の有沢部長とそのメンティである前田光希を連れて帰ってきた。二人とも部活着で着ていたジャージのままでの訪問だったが、いつになく無残な格好だ。

くたびれた表情もだし、髪は汗を流しすぎたせいなのかグシャグシャだ。

ジャージも随分土がついている。

ただ、眼だけは憑き物でも落ちたようにスッキリしていた。


時間も時間なので中には上げず、二人には玄関口で待ってもらい、薫が部屋から呼ばれた。

凛子先輩と遥先輩は立会人のように、玄関に立っている。

幸と柚鈴も気になって、玄関の音だけは聞こえる壁の先に二人並んで様子を伺う。

今日は薫が、寮の倉庫掃除をしていたため、帰ってきてから柚鈴も幸も手伝う以前に発見することが出来ず、ようやくさっき顔を合わせたばかりだった。

お陰で薫には、幸から「今日は陸上部で元部長がスペシャルメニューを指示して、全員すっごくしごかれたから、薫は明日から部活行っても大丈夫」という、分かるような分からないような話しか聞かせることが出来ていない。

きちんと説明する暇もなく、薫の『何言ってるの?』の顔だけが印象に残る無駄説明になってしまった。というわけで心配で覗いているわけだ。


「こりゃ、今日は随分張り切りましたね」

二人の先輩を見て、薫は驚いたように呟いた。

前田先輩は少しむっとした表情を浮かべたが、大きく息をすって呼吸を整えてから、真摯な表情を作って言った。

「高村さん。今回のこと、私のメンティにならないと言うことで、あなたの練習を妨げたことを謝ります。ごめんなさい」

そして勢いよく頭を下げた。

有沢部長はその様子を頷いて見守ってから薫を見た。

「私も強引に今回の件を推し進めようとして、ごめんなさい。光希とペアを解消して、高村さんとペアを組もうと言ったことは撤回します。私のバッチは光希が泣いて逃げ出したいと言うまでこの子に預けようと思うの」

そう笑って言うと、薫はにぃっと笑い返した。

「前田先輩が『泣いて逃げ出したい』ですか。有沢部長に噛みついてでも離れそうにないから大丈夫そうですね」

「どういう意味よ」

前田先輩は顔を引きつらせて言った。

「いや、前田先輩、そういう執念は強そうだなって」

「はあ!?」

薫が真顔で答えると、前田先輩は思わずと言った様子で反応した。

有沢部長がふっと笑い、凛子先輩は呆れたように口を出す。

「薫さん、相手は真剣に謝りにきているんだから、茶化すのはどうかと思うわよ」

「そうですね」

注意されると薫はあっさりと納得して、先輩方に頭を下げた。

「今回は色々生意気なことを言って申し訳ありませんでした」

その様子に遥先輩も肩を竦めて安心したように笑った。


「じゃあ、高村さん。明日から部活に復帰してちょうだい。寮長からの罰則という建前も明日までよね?」

遥先輩はぎょっとして、有沢部長を見るが、嫌味というわけではないらしく穏やかな表情だ。

つまり悪意を持って言っていないということに気づいて複雑そうな顔をした。

「あ、有沢部長」

「なに?」

「今日、陸上部はスペシャルメニューをされたんですよね?明日、反省を込めて、私もそれがしたいんですが」

しれっと言った様子は()()()()()()()()といった雰囲気はない。

噂のスペシャルメニューに興味深々と言った様子だ。

「良いけど。あれは毎日出来るメニューじゃないから、明日やるとしても、高村さん一人でやるのよ?」

「構いません」

「それなら良いでしょう。明日メニューを教えるわね」

有沢部長は、そういうと遥先輩と凛子先輩の方を見た。

「夜分に失礼しました。それじゃあ、失礼します」

「ちょっと待ってください」

前田先輩は、薫を睨むように見ながら、有沢部長を止めた。

「どうしたの?光希」

「どうしてももう一つ、高村さんには言っておかなきゃならないんです」

穏やかな雰囲気ではないが、有沢部長は困ったような顔を一瞬浮かべただけで頷いた。

光希さんを信頼しているんだろう。

「分かったわ」

前田先輩は、早口にお礼を言うと、薫に向かって声を大きくした。

「高村さん、あなたが私のバッチを受け取らなかったのは、私があなたより記録が出ないからよね?」

「……」

これには周りいた先輩方の方がぎょっとしたような雰囲気になった。

薫だけが、飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さず頷く。

「まあ、そういうことです」

「そういうことなら私は諦めないわ。スランプだって絶対克服してみせる」

前田先輩は高らかに宣言した。

「いい?もし私が、あなたよりもいい記録をだしたら、四の五の言わずに私のメンティになるのよ?」

「え、諦めないんですか?」

薫が驚いたような声を上げると、前田先輩は不敵に笑った。

「そうよ。あなたの言う通り、私は執念が強いの。一度でもメンティにしようと思ったんだから、必ずそうしてみせる。正々堂々とね」

「はあ。いいですよ、負けませんし」

薫は肩を竦めてから目を細めて笑った。

自信があるという表情に、前田先輩は勝負を挑むように頷いた。

「部長、私の用は終わりました」

「あなたは、全く」

呆れたようななんとも言えないという顔をして、有沢部長はクスクスと笑った。


「まあ、いいわ。正々堂々の勝負なら、楓さんも喜びそうだし」

それから今度こそと、全員に挨拶をして前田先輩と帰っていった。


「まあ、なんとかなって良かったわね」

遥先輩が言うと、凛子先輩が遥先輩の肩を叩いた。

「今回は遥のお陰ね」

「え?」

「大学部までわざわざ行ってくれたんでしょう?私の方はあんまり上手く行ってなかったから助かったわ」

「ええ?」

戸惑ったように、遥先輩は薫の方を見た。

「あなた、どうして言ったの?上手くいかなかったから黙っていなさいっていったじゃないの」

「え?あ、いや」

「上手くいったじゃない」

凛子先輩は遥先輩の様子を照れ隠しとでも思ったらしい。

軽く笑ってみせた。

「いかなかったわよ。今田先輩にあって、緋村先輩の説得を試みたけど全然。最後は薫さん相手に世間話始めちゃって大変だったんだから」

「世間話しろって言ったのは、遥先輩だったじゃないですか。今田先輩を動かすとしたら、懐に飛び込むくらいじゃないとダメだからって」

「あなたは世間話が盛り上がりすぎなのよ!」

遥先輩がツインテールを揺らして怒ると、凛子先輩が苦笑した。

「何にせよ。それが功をなして、こうやって問題も解決したんだと思うわよ」

「全くそんな気がしないわ」

遥先輩は全く腑に落ちない様子だが、凛子先輩は機嫌よさそうに伸びをした。

「お腹すいたなあ」

その様子に、遥先輩はふっと笑った。

労わるように凛子先輩の肩を叩く。

「食事なら取っておいたわよ」

「ありがとう、遥」

そういって、こちらにやってくる気配に、柚鈴と幸はこっそり部屋に戻った。

薫だけは二人の後ろ姿に気付いたことも知らずに。


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