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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
4月
30/52

翼を得たもの 4 陸上部のお姉さま

柚鈴が志奈さんを迎えに校門に走っていった頃。


幸は柚鈴と別れると、真っ直ぐ特別棟の3階にある図書室に向かった。図書室のカウンターを抜け、閲覧室も通り過ぎる。

そして図書室の一番奥にある書籍の棚の影になってる場所に立った。ここは図書室にいる生徒達からは殆ど死角になっている。そしてそこには非常扉があるのだ。

幸は音がしないように非常扉を開いた。

非常扉の外は階段になっていて、その階段の下が部室棟からのグラウンド入り口になっている。

陸上部部員はここに集まって、まず簡単なミーティングをしてから練習へと移るのだ。

少しずつ着替えて集合する陸上部部員たちを階段のフェンスに隠れるようにして幸は覗いた。


柚鈴ちゃんのお姉さんの言う通りなら、何か良い兆しが見えそうだけど。


ドキドキしながら眺めているが、陸上部部員はどこか重苦しい雰囲気だ。

常葉学園の体操着は、見れば直ぐに学年が分かるようになっている。

幸達1年生はジャージと体操着の襟が紺色。

2年生は青色。3年生は黒。

だから陸上部の様子も色を注意してみれば、随分分かりやすい。

2年生が有沢部長を避けるような動きをしているのだ。


あれ。これってあんまり良いことが起きてない?

どうしても不安になってしまう。

見つからないように頭一個分出して見つめていると、ふいに肩をポンとたたかれた。

「ぇえ!?」

「幸さん、こんにちは。良い場所を見つけたわねぇ」

恐る恐る振り返ると、生徒会長たる長谷川凛子が涼しげな表情で立っていた。

「り、り、り、凛子先輩!」

「あら、驚かせた?ごめんなさい。ここ、穴場ね」

「い、いえ。まさかここにいらっしゃるなんて」

「それがね。ここに来る前に陸上部顧問の先生とばったり会って、不思議なことを言われたから、陸上部の様子がみたいと思っていたの。そうしたらあなたが、まるで子うさぎみたいに付いてきて欲しそうな様子で歩いていたから、つい」

「こ、子うさぎですか?」

その言葉につい幸は曖昧に笑ってから、上手い言葉を探そうと考える。

「と、いうことは、凛子先輩はアリスですか?」

その言葉に、凛子先輩は顔を引きつらせた。

アリスの何が問題だったかは幸には分からない。


「……まあ、子猫でも子犬でも良いんだど」

「良くないですよぉ」

「幸さんは、薫さんのこと気にしてたし、もしかしたら陸上部でも偵察するのかと思って付けたのよ。大正解ね」

凛子先輩は話をすり替えた。

見つかってしまった幸の方の心境は複雑だ。


なんだっけ、こういうの。上手い言葉があった気がする。

あ、頭隠して尻隠さず?

自分の状況が当てはまる言葉に行きついたような気がして、幸はトホホとため息をついた。

それから気になって、凛子先輩を見る。


「そういえば陸上部顧問の先生はなんと仰ってたんですか?」

「それが…」

凛子先輩が説明しようとして、何かに気付いたように、頭を引っ込めて身を隠した。

「え?え?!」

「幸さん、来たわよ」

慌てる幸に、その報告を指差す。

その方向に気づき、離れた所から颯爽と歩いて来る人影に気づいた。

あの姿は、部誌の写真でも見た緋村楓さんだ!

幸もすぐに隠れなおした。


緋村さんは、まるで競歩でもしているように、あっという間に陸上部部員の中にいた有沢部長の前に立った。

「こんにちは。卒業以来ね」

「か、楓さん。どうされたんですか?」

驚いた有沢部長の頭を緋村さんは大型犬にでもするようにガシガシと撫でた。

クシャクシャになった髪を、有沢部長が困ったように押さえる。


その様子を見て、幸はほっとしたように息をついた。

緋村先輩が来たということは、志奈さんのいう通り、ことが上手くいったということだろう。

柚鈴ちゃんのお姉さん、ありがとうございます!

心の中でお礼を言う。

しかし、凛子先輩は首を傾げて、頭半分だけフェンスから出すように覗いている。

「どうして来てくれたのかしら?」

「え?」

「昨日頼みに行ったときは、本当にあっさりと断られたのよ。まさか来てくれるなんて」

一瞬、キョトンとして。


だって志奈さんと真美子さんが、と言いかけてハッとした。

そういえば真美子さんに口止めされていたんだっけ。


咄嗟(とっさ)に開きかけた口を閉ざすと、凛子先輩が目ざとくそれに気付いた。

「何?あなた何か知ってるの?」

「ええ?!ええと、何も……」

「早く言いなさい」

声を荒げることはないが、明確な指示に動揺してしまう。

「え、ええと。そういえば、昨日、遥先輩が薫を連れてどこかに行ったなぁと」

「遥が?」

誤魔化すように言った言葉に、凛子先輩が食いついた。

「どこに行ったの?」

「え、えっと大学です!常葉学園の大学部」

詰められて、良く考えたら遥先輩に教えてもらってない情報を口にしてしまった。

後をつけて行ったから知っているのだ。

しかもその先であった出来事は、真美子さんに口止めされている。

これは、マズイかも。

幸は冷や汗を感じた。


そんなこととは知らない凛子先輩は、考え込むように俯いた。

「常葉学園の大学部?遥が?」

こっそり目を逸らして、誤魔化すように陸上部の方を見ると、緋村さんは陸上部に対して睨みを利かせていた。

他の人はともかく、緋村さんの声は遠くまで響き、その内容は離れた幸でも分かるくらいだ。

あとは何となくだが雰囲気で想像しながら聞くことにした。

「さて。色々面倒なことになっているみたいね」

「すみません…」

有沢部長が小さくなって謝ると、緋村さんはため息をついた。

「あなたの何事にも真摯に向き合う所は、私は尊敬だってしているのよ?」

「楓さん」

緋村さんの言葉に、有沢部長は言葉を失う。思いのほか優しい言葉に驚いたようだった。

「綾。あなた、1年生の時は悩んでいたわね。どうして?」

「え?あ。その」

有沢部長は言いにくそうに口ごもったが、緋村さんを見て覚悟を決めたように言った。

「陸上部の練習がきつくて、中々ついて行けなくて。自信がなかったからです」

「そう。そんな時、私はあなたをメンティにしたわ。あなたが付き合うことになった私の練習は先生にも相談して、誰よりもハードなものだったわ。大変だったでしょう?でも結局最後まで、一言も愚痴を言わなかった」

「…」

「私のペアになることはきつかったと思うの。正直、いつ弱音を吐くかと思ってた。でも綾は最後まで弱音を吐かなかった」

淡々とその時のことを話す様子に、綾さんは眉を下げて聞いていた。

それから何かを噛みしめるように、頷く。

「…それは、嬉しかったので。楓さんに認めてもらえて、バッチを貰って。期待に応えたくて。それに楓さんとペアになってから、私の記録も伸び始めて楽しくなってきました」

「そう。あなたは、私の誇りよ」

少しだけほほ笑んでから、緋村さんは穏やかに言った。

「例えあなたが弱音を吐いたとしても、私は決してあなたからバッチを奪いはしなかったでしょうね」

緋村さんは目線を有沢先輩から離さず、少しだけ声を低くした。

「それで?」

「え」

「それであなたは何故、前田光希からバッチを奪おうとしてるの?」

有沢先輩は叱られたように目線を泳がせてから、顔を上げた。

「光希には、陸上部の部長の家系を背負わせるのは重荷だと思うんです」

「あらそう」

「だから、バッチを返させた方が、光希を自由にさせた方が良い気がして」

「別に部長を継がせなければいいじゃない」

「え?」

意外な言葉に驚いたように有沢先輩は顔を上げた。

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