お姉さまは有名人? 1
常葉学園の寮、清葉寮は、高等部から徒歩10分程の山手にある。
理事が変わり、学校の体制が変わった時に、遠方からでも生徒の受け入れが出来るようにと建てられたそうだ。
まるで邸宅のように作られたマンションタイプの寮は、手すりや階段などには木材を使用しており、居心地が良さそう雰囲気を漂わせている。
共有スペースに大浴場と食堂、ランドリー談話室が並ぶ。
寮の食堂では、朝食と夕食も出る。味は志奈のお墨付きだったので期待してる。
それ以外は自炊も出来るように、調理室もある。
ここで生活をして、不足するものは、ほとんどなさそうだった。
玄関は新緑の門の先にある。
到着すると、玄関横にある事務室で手続きをして、部屋の鍵を渡される。
一階の部屋。
家から送った荷物は既に運んでくれているので、大きな荷物は段ボールの状態で部屋で積まれていた。
全室一人部屋で、ベットと勉強机のせいで広いとは感じないが、小鳥遊家に引っ越すまで、自分の部屋すらなかった柚鈴には十分。
小鳥遊家での部屋が広すぎて、居心地が悪かったくらいだったので、却ってほっとした。
収納のために壁と一体型のクローゼットまである。
私は深く深呼吸した。
ここでこれから、お世話になるんだ。少しドキドキする。
部屋に向かって頭を下げて
「これからよろしくお願いします」
心から挨拶をした。
まずは制服を荷物から出す。そしてシワにならないようにハンガーに掛けた。
新しく一着だけ作ってもらっていて、出来上がったものは寮に直接届いていた。
志奈からのお下がりの分と、新しく仕立てた制服。
前でボタンで留めるタイプの紺色のセーラー服。襟に薄桃色のラインが入っている。
綺麗に着られていたお下がりの制服は、クリーニングに出したものが帰って来てすぐ着てみたが、そんなに違和感はなかった。
少しサイズは大きかったけど、高校生とは言え、多少身長も伸びるだろうし、問題はないだろう。
そもそも制服一着の金額を考えるとお下がりが着れるだけでも本当にありがたい。
母親の仕事で不在の時は、柚鈴がお財布を握ってお買い物することもあったので、無駄遣いは厳禁というのがモットー。
一円でも節約出来ると嬉しいとさえ感じる性質が身についてる、貧乏性だ。
そういえばと、襟元をよく見てみると小さな穴が空いている。
手荷物から、貰ったブロンズのバッチを取り出して、穴に合わせて止めてみる。
この位置に付けて、志奈さんはこの制服を着ていたようだ。
「なんか着るのが恐れ多い」
華やかな人だから、きっと生徒の注目を浴びていただろう。
上級生には、存在を知っている人もいるかもしれない。
誰も同じ制服を着ているとは思わないだろうが、柚鈴自身は知っているのだから、気になる。
「もしかしたら制服姿の志奈さんの写真、学校のどこかで見つけられるかもなぁ」
図書館や、学園の端にある同窓会館など、可能性はある。
この寮にだって住んでいたのだから、足跡だって出来るかも。
突然できた姉、しかも自分にかなり好意的な志奈さんに戸惑い、どうにか距離を置こうとしていたけれど、離れてみると少しばかり恋しい気持ちにもなる。
私だって、人並みに美しいものに憧れる平凡な15歳なのだ。
だったら、寮になんて入らない、家から通える学校にすれば良かったのかもしれないけれど。
やっぱり時間をかけたい。
そこまで環境変化に心が付いていけない。
言わば、この寮にいる時間は、柚鈴にとってのモラトリアム。
少しだけ、子供でいていい時間なのだ。
入学後の志奈さんの足跡探しを、楽しみに感じながら、それなりの数ある届いていた段ボールの荷ほどきをしていると、ドアがノックされた。
寮に入って最初のお客さん。
少し緊張しつつ、返事をして扉を開けた。
ドアの外に立っていたのは、なんともメルヘンな格好の小柄な女性だった。
リボンの飾りが印象的で、ふわふわと流れるような髪が可愛らしいツインテール。水色のやたらフリルの多いワンピースを着ている。
年上だとは思うが、幼さを感じるというか。
可愛いは可愛いけど、多分、これロリ系ファッション、だよね?
一瞬、何事?と目を見張ったが、相手は平然とした顔をしているし、本人の当たり前の私服なのだろう。
何より、フランス人形みたいな姿が似合う、愛らしい顔立ちをしている。
「ごきげんよう。私は寮長の市原遥です。3年生よ」
「あ、はじめまして。今度入学することになりました、小鳥遊柚鈴です」
ごきげんよう?
その言葉にももちろん驚いたが、この変わった格好の人が寮長??
困惑を隠すように深々とお辞儀をする。
すると一瞬息を飲んだような間があった。なんだろうと顔を上げる瞬間に肩を軽く叩かれた。
「緊張しないで大丈夫よ。今、新入生のお部屋を一部屋ずつご挨拶に回っている所なの」
「そ、そうなんですか」
「それよりあなた、小鳥遊さんとおっしゃるの?」
「は、はい」
この春からの苗字ではあるが、小鳥遊には違いないので頷く。
それで気づいたが、もしかして苗字に驚いたのだろうか?
志奈さんも寮生活をしていたのだから、当然この市原寮長とも知り合いのはずだ。
珍しい苗字だし、気になったとしても確かに不思議ではない。
言った方が良いか迷っていると、市原寮長は質問を重ねた。
「小鳥遊さんは、遠方からいらっしゃったの?」
「あ、いえ。元々はここからも近い公立の中学で。春に引っ越ししたので、結果的にはすこし遠くなりましたけど」
「そう」
納得したような、釈然としないような表情をして、じぃっと顔を見つめられる。
これはやはり、苗字が珍しいから志奈さんとの関係性を勘ぐっているんだろうか?
とはいえ、当たり前ながら、柚鈴と志奈は全く似ていない。
顔を見れば、他人だと思われるだろう。
自分で思ってて、ちょっと悲しい。
志奈さんから特に口止めされなかったし、言ってもいいのかもしれない。
いや、どちらかと言えば、義理でも妹です!と名乗ることを喜びそうな気もする。
地味な義理の妹として珍しがられ、大変なのは私だけじゃないだろうか?
そう思うと、親の再婚話などの細かい話を自分からするのは気がすすまなくなってきた。
どうしたものかと、誤魔化すようにぎこちない愛想笑いをしていると。
「遥様!」
2人の会話に乱入するように。
どたばたとした足音でショートカットの女の子が走ってきた。




