翼を得たもの 3 陸上部のお姉さま
久しぶりの智子さんで、色んな話をした後。
思い出したように智子さんが言った。
「そういえばさぁ、楓」
「はい」
「なんか今、陸上部って助言者のことを『お姉さま』って呼んでるんだって?」
そう言われて、私は意味が分からずに眉を顰めた。
「そうなんですか?」
「知らなかったの?あーなんだ。てっきり楓が復活させたのかと思った」
「え、智子さん。どこでそんな話を聞いたんですか?」
「あー、いや今日。ちょっと高等部の陸上部の子と話す機会があってさ。有沢綾さんが、メンティの子に『お姉さま』って呼ばれてたって聞いて」
その言葉に考えてみてから、一つ心当たりがあって。
「そういえば」
「何?やっぱり楓が復活させたの?」
「あ、いえ。そういえば綾には、私が3年生になってから一度、もし私のことを『お姉さま』と呼びたければ呼んでもいい、と話したなぁと。でも、一度も呼ばれたことがなかったので忘れてました」
本当は、一度も綾から『お姉さま』と呼ばれなかったのは正直残念だったので、良く覚えてる。
が、流石にそこまで言うと恰好悪いし、『お姉さま』の柄じゃないだろうと自分でも思うので、そのことは私だけの秘密だ。
例え智子さんでも言うつもりはない。
しかし、今になって『お姉さま』とは。
綾のメンティと言えば、前田光希だが、あの子が希望したのだろうか。
私はそんなことを考えてから、ん?と思う。
「智子さん、高等部の陸上部の子と話したんですか?」
「あーうん」
はっとしたように、こちらから目線を逸らした智子さんがポリポリと頬を掻いた。
「ごめん。それきっかけです」
「やっぱりそれで。手間を掛けてすみません」
智子さんは困ったように笑った。
「いや、いいんだよ。別にその陸上部の子たちに頼まれたことは一つもしてないし。そもそも私自身が卒業した後の陸上部に関わるつもりがなかったし。ただね」
「はい」
「もし、私のことが原因で生徒会が嫌になってて、高等部の陸上部に関わりたいのに関われないなら、嫌だなぁって」
「え?」
私は目を見開いた。
確かに私が今回の件に関わらなかった理由は、そのことを頼みに来たのが現生徒会長だからだ。そしてその理由は智子さんにある。
しかしそのことは私だけの秘密にしてきたはずだ。
智子さんが気づいていたとは思えないし、例えば今日来た今の生徒会長が知っていたなんて考えられない。
誰がそんなことを智子さんに吹き込んだんだろう。
困惑する私の様子を、智子さんは勘違いしたようで慌てて言った。
「あれ?違った??いや、お嬢がそんなこと言うからさぁ」
その言葉に私は凍りついた。
過去の記憶が一気にフラッシュバックをして、状況を理解する。
つまり、彼女に気づかれていたのか。
智子さんがお嬢と呼ぶのは1人しかいない。
小鳥遊志奈。
同級生であり、昨年の生徒会長だった人物だ。
卒業式で泣き出して智子さんを困らせてしまった時、遠い校舎の中で外を見ていた小鳥遊志奈と目が合った気がした。
だが彼女はすぐに立ち去ったし、その後生徒会行事に何かと非協力的だった私に、その時の話を持ち出すこともなかった。
だから泣いていたのも見られてなかったのだと思ったし、まさかその理由まで気づかれていたなんて思ってもいなかったのだ。
「た、小鳥遊志奈は、他に何か言ってましたか?」
恐る恐る聞くと、智子さんはうーんと考えた。
「なんか私と楓がきちんと話をしたら、きっと楓は今回の陸上部の件に口を出す、とかかな。もしそうじゃなかったら、有沢綾とお嬢が話をして問題を解決する、とか?」
あやふやに智子さんが言う言葉に、楓は眉を顰めてから大きくため息をついた。
なんて正確に私を理解しているんだ。嫌になる。
確かに私は今回の陸上部の件が気になっている。
そのうえで私が口を出さなければ、綾と小鳥遊志奈が直接話をして解決するなんて、私にとっては嫌がらせでしかない。
元々、私のメンティである有沢綾は、小鳥遊志奈のファンだった。
確かに小鳥遊志奈は、入学してすぐから「常葉学園の天使」として評判で、夢中になっても仕方ない存在だった。私は内心面白くないと感じながらも、当時陸上部の練習にへこたれていた綾が見ていられずにペアの申し出をした。
そもそも綾は部長になるような素晴らしい部員ではなかった。だが言われたことは誠実に受け止める姿勢を私は気に入っていて、この子をメンティとして育てたいと思ったのだ。
別に私を思慕していなくても構わないと思わせてくれた。
綾は驚きながらも私の申し出を受け入れた。そしていつの間にか小鳥遊志奈を追いかけなくなり、自分の成長へ意識を傾けていった。
私はどの後輩にも厳しかったが、綾には特に目を掛けて、悪い癖はとことん付き合って直した。
それが結果に繋がり、助言者制度のバッチを綾が受け取ることが出来たことは自慢でしかない。
何故小鳥遊志奈が今回の陸上部の件で口を出してきたか分からないが。
有沢綾の助言者である私を差し置いて、『陸上部で困った綾』にアドバイスをさせるわけにはいかない。それは私の仕事だ。
確かに、小鳥遊志奈は完璧にことを収めるだろう。それも分かっているから譲るわけにはいかなかった。
これ以上借りを作るつもりもない。
「そうですか」
決意を固めるとなんとも低い声が漏れ、智子さんは驚いたように目を見開いた。
「ありがとうございます。確かにその助言者助言者制度での陸上部のトラブルは、私が口を出したい所です」
「あ、あ。そうなの?うん、いいんじゃかいかな。私は楓が口を出したいなら良いと思うよ」
うんうん、と慌てたように首を縦に振る智子さんに私は頷いてみせた。
私の育てた陸上部に、今更、小鳥遊志奈を関わらせるものか。
それは陸上部元部長としての使命感が強かったが、ほんの少し、綾の件に対する嫉妬もなかったとは言えない。
メラメラとやる気になっている私を見て、
「やっぱり、楓はとお嬢は合わないのかな?」
そんなことを智子さんがこっそり呟いていたことは、私は気付かなかった。




