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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
4月
26/52

お姉さまが欲しかったもの 5

その姿を見送ってから志奈さんは振り返ると、柚鈴に微笑んで見せる。

「これで今日の夜には今田先輩が緋村さんと話してくれるわ。それでほぼ問題解決するはずよ」

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

「何?柚鈴ちゃんたら私のことが信用出来ないの?」

「だ、だって話が上手くいきすぎじゃないですか!」


そう言い返すと、真美子さんは驚いたように目を見開いた。

「志奈ったら、本当に全く信用されてないのね」

「あ、いや、そう言うわけじゃ」

慌てて言うと、真美子さんは苦笑した。

「あぁ、別に良いのよ。なんだか志奈の周りって、志奈を必要以上に買いかぶってる人種が多かったから驚いただけ」

「は、はあ?」


真美子さんの言葉に、意味が分からずにいると、志奈さんはやれやれと言った様子で頷いた。

「まあ、普通は心配になるわよね。良いわ、私が明日、きちんと話が収まったか確認しに高等部に顔を出すことにしましょう。それでもし緋村さんが有沢さんの説得を考えていないようなら、私が口を出すわ」

「志奈さんが口を出せば収まるんですか?」

半信半疑で聞き返してしまうと、真美子さんはクスクスと笑う。

不味かっただろうか。

気まずくて小さくなると、真美子さんはどこか冷たさを感じる眼差しで志奈さんを見た。


「なるべくなら、志奈が直接有沢さんと話す事態は避けてほしいわね。流石(さすが)に今の生徒会メンバーの面目がたたないわ」

「もう、わかったわよ。じゃあ確認だけ。もしもの時は、凛子ちゃんにアドバイスするとか考えるわ。真美子の不興(ふきょう)なんて買いたくないもの。どうせ、今の話で収まる方向に動くもの。問題ないわ」

志奈さんは自信ありげに笑って請け負った。

真美子さんは頷くと、柚鈴と幸を見て念を押すように言う。

「貴女達も、出来れば志奈と私が今田先輩に口を出したことは、凛子や遥さんには言わないでちょうだい。只でさえ、志奈の後の生徒会なんて大変なんだから、自信を無くさせたくないの。今後はこんな上手く助けられるわけでもないでしょうし」

「あら、柚鈴ちゃんが生徒会に入るなら、私はいくらでも手伝うけど?」

にっこり笑った志奈さんを、真美子さんは冷たすぎる目線で睨んだ。


この2人、仲良いの?悪いの?

険悪な状況に、どきどきしながら叫んだ。

「分かりました!言いません!絶対言いません」




次の日、授業が終わって校門に向かった。

幸は一先ず、陸上部の様子を伺うと行ってしまった。

志奈さんが様子を見に来てくれるはずなので、出迎えるかどうかは迷ったが、柚鈴の友人の為に動いてくれてるのに放っておくのも申し訳ない。

校門から一歩出てから、携帯の電源を入れる。


携帯が起動するまでの時間で。

すっと人影が横を通り過ぎた。

振り返ると、既に後ろ姿になったその人は迷わず学園の中に入って行く。


あの人。

思わず見つめていると、手元で携帯が鳴った。

見ると志奈さんからのメールで、近くの喫茶店で待つとの連絡だ。


さっきの人を見送り、どうしようか考えて。一瞬後を追いかけて止めた。

幸が陸上部に行ってるし、大丈夫だよね。


自分に言い聞かせて、喫茶店に向かうと、志奈さんが注文したらしいケーキセットが届いたところだった。

「あら、柚鈴ちゃん。こっちよ」

こちらの姿を見つけ、嬉しそうに手をヒラヒラ振ってくる様子に少し脱力する。


う~ん。二人の時は、志奈さんはやっぱり志奈さんだ。

大学で見た、志奈さんと印象が違う。

「お待たせしました」

志奈さんから促されて相席し、請われて仕方なくコーヒーを頼む。志奈さんはそれでようやく納得したようで、幸せそうにケーキを一口食べた。


「陸上部まで行くつもりだったけど、途中で緋村さんを見かけたからやめちゃったの」

その言葉に、柚鈴はやっぱりと思った。

「さっきすれ違った人が、やっぱり陸上部前部長さんだったんだ」


写真で見たことあるだけだったから、自信はなかったのだが、間違ってなかったらしい。

と言うことは、今田さんと緋村さんの話が一先ずは功を奏したらしい。

柚鈴はほっとした。

「ほら、結局上手く言ったでしょう」

「まだ全部が上手くいくか分かりませんよ」

「分かるわよ。有沢さんは素直で良い子だもの。緋村さんが入れば上手くいくわ」

その言い方に、柚鈴は疑問を持った。

「志奈さんは陸上部部長のことご存知なんですか?」

「知ってるわよ。有沢さんは緋村さんのペアになる前まではよく『偶然ですね』って声を掛けられてお話をしたもの。そのついでに手紙だって貰ったことがあるわ」

「え」

助言者(メンター)が出来るまで『偶然』?

それに手紙?

どこか含みのある言い方に引っかかって考え込む。

それがどんな場所だったかは分からないが、そんな期間限定の偶然なんて起きるのだろうか?

そこはかとなく作為的なものを感じて志奈さんを見た。


「私は全生徒のお姉さまだったらしいからね。色んな子の偶然に出会って来たわ」

志奈さんは柚鈴の考えを肯定するような言い方でにっこり笑う。

察するに、どうやら有沢部長は志奈さんのファンだったということになる。

これは予想外だった。そういうこともあり得るという発想が欠落していたようだ。


いや、私の知ってる志奈さんだと、どうもそういう予想をしがたい。

高等部での志奈さんは、ちょっと違う一面を持っていたのではないかと、思い始めていた。


「志奈さんは有沢部長のこと、どう思っていたんですか?」

なんとなく聞くと、志奈さんは、うーんと少し考えた。

「気にはしていたわよ。でも他の子と同じくらい」

あとはもうケーキの方が気になると言った様子で。もう一口食べてから、なんとも幸せそうに微笑んだ。


な、なんか薄情な人だ。

そう思った柚鈴の目線に気づいたらしい。少し反省したような顔をしてみせた。


「彼女は緋村さんのペアになって、本当に成長したのよね。私を追っかけていた頃より、その後のほうが本当に素敵な生徒になったんだもの」

志奈さんは思い出すように言ってから、ふふっとわらった。

「生徒会長なんてつまらないわ。追いかけてきた生徒もペアを持つとみんなそっちに夢中になる。そして今までにないくらい輝き出すの。助言者(メンター)制度でペアを持った子たちは沢山見せつけてくれたのよ。本当、羨ましいと思ったわ」

「羨ましかったんですか?」

「ええ。羨ましかった」

どこか寂しそうに言ってから、志奈さんはケーキを食べ進める。

しばらくして志奈さんはハッとしたように手を止め、カチャンとフォークを皿の上に置いた。


「あぁ!しまった。苺を食べちゃった。取っておいたら、柚鈴ちゃんにまた食べて貰えたかもしれないのに!」

見れば確かに志奈さんのケーキに苺は乗ってない。


志奈さんは本当にショックだったらしく、頭を抱えてしまっている。

「苺、好きなんでしょう?別にいいじゃないですか」

「好きよ!好きだけど、こんなチャンスめったにないのに」

美人も台無しな姿の志奈さんに、柚鈴は呆れたようにため息をついた。


仕方ないなぁ。


志奈さんのフォークを手に取った。それから残ったショートケーキを、小さく一口分取る。

気付いた志奈さんが顔をあげると同時くらいに、柚鈴は自分の口に運んで食べた。

「甘っ」

思わず眉を潜めると、志奈さんはキョトンとしてこちらを見ている。

柚鈴は志奈さんを諭すように言った。


「別にシェアするだけなら、苺じゃなくても出来ますよ」

「でも、柚鈴ちゃん。甘いの好きじゃないでしょう?」

「そうですよ。でもたまには、好きじゃないものもシェアしたって良いんじゃないですか?」

そう言ってから。

浮かんだ言葉をそのまま言うのが非常に恥ずかしい気がしたが、勢いのまま、口に出した。

「一応、姉妹なんですし」


ぱっと志奈さんが明るい顔になる。

「そうね」

その大きな瞳がキラキラしていて、直視するのは少し辛い。

しかし言ったものは仕方ない。

そして、言いたい気持ちになったから、それも仕方ないのだ。



お姉ちゃん、お姉さん、お姉さま。

『志奈さん』以外で、この人のことをなんと呼ぶのが一番抵抗ないか考えながら、柚鈴はコーヒーを飲んだ。


甘味の後のコーヒーの苦さは意外と好きかもしれない。

そんなことを思いながら。



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