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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
4月
25/52

お姉さまが欲しかったもの 4

「遥ちゃんがわざわざ常葉学園に来た理由かぁ」

理由を聞き終わると、志奈さんは思慮深く考えこんだ。

それから真美子さんと目を合わせる。

まるで答え合わせでもするように。


「やっぱり、陸上部の家系を頼って、よねぇ」

「でも元部長の緋村先輩は、常葉学園にはいないと聞きましたけど」

志奈さんの言葉に、柚鈴が反応すると、あっさり肯定された。


「確かに大学部1年に、緋村さんはいないわ。陸上部の強い大学に誘われたって聞いたわ。私の言う『常葉学園にいる陸上部の家系』と言えば、2年生にいる方よ」

「緋村さんの助言者(メンター)だった今田先輩か」

真美子さんは成る程、と頷いた。

今の陸上部部長の助言者(メンター)である緋村楓さん。そしてその更に上の助言者(メンター)の今田智子さん。

そもそも助言者(メンター)制度自体、ピンときてない柚鈴には遠い遠い存在にしか思えなかったが、志奈さんと真美子さん的には間違いないらしい。

お互いに微笑みあってから、話を先に進める。


「でも今田先輩の性格から考えて、家系だからって口出しはしないでしょうね」

「そうね」

「そんな」

それじゃ困ると声を上げた柚鈴に対して、志奈さんはだって、と言葉を足した。


「今田先輩は、陸上部の家系の縛り(メンタリングチェーン)を実にめんどくさがっていたもの。古い慣習を自分の代で少しでも変えたいって言ってたわ。遥ちゃんだって、何か手は考えてきたとは思うけど、簡単には手を貸してくれないでしょうね」

そう言ってから、志奈さんは思考を巡らせるように視線を動かした。


「ねぇ、真美子」

「はいはい」

「今田先輩、緋村さん、有沢さんどこを動かすのが一番なのかしら?」

志奈さんは、ゲームの答えを聞くかのように軽く真美子さんに問いかける。

真美子さんは少しだけ間を置いて答えた。


「そうねぇ。今田先輩じゃない?緋村さんは私たちの頃の生徒会でも手を焼いていたじゃない」

「あら、緋村さんでも説得は出来ると思うのよ」

「説得?」

真美子さんは、冷笑とも取れる笑い方をした。

「その場合は脅迫の間違いでしょう?」

「失礼ね。説得よ」

真美子さんの物騒な言い方を志奈さんは不満そうに訂正してから、本題に戻った。


「でもそうね。今田先輩が一番よね。あの人には一度きちんと言っておいた方が良いとは思っていたの」

どうも志奈さんの言葉は、一つ一つ穏やかではない。

柚鈴の知っている志奈さんは、どこまでもおっとりした天然な人だったのだが、何かが違う。


「あ、あの。志奈さん?」

「柚鈴ちゃんのお友達の心配事を解決しに行きましょうか」

状況が分からなくなりそうで、声をかけた柚鈴に。

志奈さんは「問題ない」とでも言わんばかりに柔らかく笑ってみせた。



常葉学園大学部の陸上部が使用している練習場の一つだという「林間ロード」に着くと、すぐそこで走り込みをしていた一人がこちらに気づいた。

こちらにというか、正しくは志奈さんに。


「おや、お嬢じゃない。どうしたの」

「ごきげんよう。今田先輩を少々お借りしたくて参りました」

「今田?今日はあの子のお客さんが多いね。何かしたの?」

「はい」

志奈さんが悪戯っぽく笑うと、その人はあらら、と肩を竦めた。

「お嬢を困らせるなんて、ダメねえ。私で良ければとっちめてあげるから、いつでも言うのよ」

悪戯に笑ってから、待ってて、と「林間ロード」を抜けて走っていく。

冗談だったとは思うが、やはり志奈さんは先輩方から好かれているらしい。


なんだかそのことが薄ら恐ろしい、と思うのはいけないことだろうか?


しばらくしてこちらに走ってきたのは、小柄で丸顔の、可愛い感じの女の人だ。

陸上部らしくランニングウェアを着ていて、身体は良く見れば引き締まっている。

印象がそうは見せないのだが、流石(さすが)は陸上部元部長、といったところか。


「今田先輩、ごきげんよう」

「何?お嬢が来るなんて、珍しいわね。真美子まで一緒なんて、相変わらず仲が良いわね」

今田先輩、と呼ばれた相手は、志奈さんと真美子さんに驚いたような顔をする。真美子さんは小さく頭を下げて挨拶した。

「先輩方は、今だに私のことをお嬢なんて呼ぶから、来づらいんですよ」

「まぁ、お嬢はお嬢だもんね。高等部にて夢と感動をくれた存在だから仕方ない」

にっこり笑う笑顔は子供みたいだ。


しかし、『お嬢』だの『夢と感動』だの、一体なんの話なんだか。

柚鈴が言葉一つ一つに引っかかっていると、隣は全く別のことが気になっていたらしい。


「なんか、緋村楓さんの助言者(メンター)だと思うと、イメージ違うね」

幸がこっそり(ささや)いて来た。

そういえば。言われてから考えてみる。

写真でみた緋村楓さんは、会えば緊張しそうなほど厳しそうなイメージだった。

だから、緋村楓さんの助言者(メンター)は、同じかそれ以上に厳しそうな人のイメージになってしまう。

でもこの『今田先輩』と呼ばれている人は、人懐っこくて馴染みやすい雰囲気だ。

確かに幸のいう通り、なんだかイメージと違う。


「今日、高等部の市原遥ちゃんが来ましたよね?」

「うん、来たよ。陸上部の1年生と一緒にね。色々言ってたけど、なんか陸上部の子達が助言者(メンター)制度のことで揉めてるんだって?」

「そうみたいです」


もう、仕方ないなぁと、今田さんは肩を(すく)めて呆れたように首を振った。

「悪いけど、口出しは断っちゃったよ。卒業しちゃった人間がいつまでも関わるなんて、今頑張ってる子に迷惑だと思うんだよね」

「今田先輩なら、そうおっしゃると思いました」

志奈さんは柔らかく微笑むと、頷いてみせた。それから真美子さんと目を合わせて頷き合う。

思った通り、といった様子だ。

「そのお話なんですが」

と話を切り出した。


「今田先輩には緋村さんに陸上部の件を上手くまとめるようにお口添え頂きたいんです」

「はあ?」

今田さんは、意味がわからないと言った様子で口をぽかんと開けてから、不快そうに首を振った。

「何言ってるのよ。私が楓にそんなこと言うわけないじゃない」

「いいえ。言って頂かなければなりません。そうでなければ、私が有沢さんと話すことになるんですから」

「はぁ」

ますます意味が分からない、と言った様子で今田さんは困惑したような顔で首をかしげた。

有沢さんと話すことになるのが、どうかしたのかと言った様子だ。

志奈さんは極上の笑みを浮かべて、どこまでも優しい声で語り出す。


「今田先輩。緋村さんが今田先輩が卒業された後、随分生徒会には非協力的だったことはご存知ですか?」

「知っているよ。お嬢、楓と合わなかったの?」

志奈さんの笑顔をどこか薄気味悪いと言った様子で、警戒するように今田さんは早口で返した。

志奈さんは、あらまあ、と驚いた顔をしてからクスクス笑ってから首を振る。

「対外的にはそう思われているようですけど、違います」

それからたっぷりと間を持たせて、今田さんを諭すように言った。


「緋村さんが生徒会に非協力的だったのは、今田先輩が生徒会役員をしていて、その為に助言者(メンター)の役割をきちんと果たさなかったからです」

「ええ!?」

何を言われてるか分からない、というような声に、志奈さんは穏やかな表情のままつづける。


「緋村さんは、随分(ずいぶん)今田先輩を慕っていました。だから、今田先輩が生徒会役員になって、陸上部部長の役割を(おろそ)かにしている間、文句一つ言わなかったはずです。緋村さんが部長になった後、後輩育成に専念していたのは、今田さんを反面教師にしていたからに他ありません」

「は、反面教師って」

「助言者に指導されなかった陸上部員が、後輩に熱心に教えるなんて、その助言者を模範にしてるなんて考える方がおかしいでしょう?」

そう言うと、今田さんは目を丸くして傷付いたような顔をしてから、考え込むように黙った。


「今田先輩。例えば卒業式くらい、緋村さんに何か言われませんでしたか?」

志奈さんが問いかけると、今田さんははっとして顔を上げた。

「まさか、あれってそういう意味だったの?」

小さく呟いた様子には心当たりがあるらしい。

その様子には志奈さんは呆れたようにため息をついた。


「緋村さんは、そもそも生徒会に良い思い出がないんです。大切なペアを取られた象徴ですから。だから、今田先輩卒業後の生徒会には非協力的だったし、今の生徒会長が今回の件を頼んでも了承してくれなかったはずです」

志奈さんは淡々と言うと、今田先輩は腕を組んで不満そうな顔をした。

「そんな話、楓に聞かなきゃ、本当にそうか分からないわ」

「そうでしょう?」

志奈さんは頷いて同意した。


それからにっこりと笑う。

「ですから、今田先輩には緋村さんと今回お話して頂きたいんです。私の言ったことが本当かどうか確かめてください」

「あー」

実に嫌そうになるほどね、と今田さんは目を泳がせる。

「つまりお嬢の思った通りなら、私が楓の気持ちを聞きだして整理することで、結果的に楓が高等部の陸上部に口を出すことになるってわけね」

「はい。その通りです」


志奈さんがにっこり笑う。

その自信ありの表情が今田さんは納得いかないんだろう。

腕を組んで、不満そうな表情を崩さない。


「どうしても承諾頂けなければ、仕方ありません。緋村さんには好かれていないと評されている私が高等部に出向きましょう。それで有沢さんと話をして、今回の件での過ちが何か教え(さと)して、話を納めます」

志奈さんが言えば、それまで黙っていた真美子さんが冷静な眼差しを今田さんに向けた。

「ですが、後輩を育成することに情熱を注いでいた緋村さんのことですから、本当は今回の件、自分で有沢さんの指導をしたいでしょうね」

「緋村さん、可哀想に。本当は自分が指導したいだろうに、助言者(メンター)が原因で生徒会にわだかまりがあるばかりに、素直にそれができないなんて」

志奈さんが憐れむような声で、ため息まじりに畳みかける。

今田さんはむうっと唸って顔色を変えた。

それから大きくため息をつく。

「もう。分かったわよ、一度楓と話してみるわよ。でも、楓が本当に私のせいで生徒会にわだかまりがあるならともかく、そうじゃなかったら知らないわよ。私は楓に陸上部に関わるようになんて指導しないからね」

「それに関しては間違いないので問題ありません」

志奈さんは自信たっぷりに言うと、真美子さんも合わせたように小さく微笑んだ。

二人の息の合った様子に、今田さんはしばらく沈黙してから、にいっと笑った。


「もう、お嬢ったら相変わらず良い性格してるわ。真美子も揃って、嫌な感じ。私は練習があるから、もう行くからね。終わったら速攻、楓に会いに行かなきゃならないんだから」

切り替えたように、大きく口を開けて笑ってから、今田さんはこちらに背を向けた。


「はい。頑張ってくださいね」

「おうよ。今度の大会、応援しに来なさいよ」

大きく手を振って、今田さんは走って行った。




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