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拝啓、お姉さまへ  作者: 一華
4月
24/52

お姉さまの欲しかったもの 3

「そもそも志奈さんはめんどくさいんですよ」

「え?」

柚鈴の勢い任せの声に、志奈さんは驚いたように目を丸くした。

「どうせすぐ分かるのに、生徒会長だったことを隠してみたり、入学式に変装して来てみたり。今日だって電話する前に現れてみたり」

「ちょ、ちょっと柚鈴ちゃん」

急に文句を言い始めた柚鈴に、驚いた幸が目を見開く。

「なんかもう色々と面倒なんですよ!」

「確かに」

志奈さんは傷ついた風でもなく、納得したように頷いた。

なんとも手応えのない反応に、柚鈴は大きく空振りしたような気持ちになりつつ、居たたまれずに志奈さんを見てから幸を見る。


幸は真っ青になって固まっていた。

それはそうだろう。目の前でなんの前触れもなく、義理の姉に文句を言い出す友人に対応するのは難しいと思う。


ご、ごめん。幸。

心の中で謝ってから、志奈さんの方を向き直る。

どうしよう。謝ったほうが当然いいよね?

全く傷ついた様子ではない志奈さんに、返ってこっちのほうが動揺してしまっているのだ。


悩んでいると、志奈さんの後ろから、艶のあるまっすぐな髪質のショートボブで落ち着いた雰囲気の女性が現れて、歩み寄ってきた。

どこか冷たい印象を受ける切れ長の目が、状況を見定めるように観察している。


「なに、喧嘩?急に走っていったと思ったら」

「喧嘩ではない、と思うわ」

その質問には自信がなさそうに返してから、志奈さんはこちらを振り返る。

その目が柚鈴の様子を伺うようしてから、柔らかく笑った。

「ごめんね、柚鈴ちゃん」

「あの、謝ってほしいわけじゃありません。というか、謝るのはこの場合、私じゃないですか?」

「うん。でもごめんね」

どこまでも穏やかに志奈さんは答えた。


き、気まずい。


居た堪れない柚鈴を落ち着かせるように肩を叩いてから。

志奈さんは幸の方を見て、目を細めて愛想よく笑顔を作る。

「ごきげんよう。柚鈴ちゃんと仲良くしてくれているのね。初めまして。小鳥遊志奈です。常葉学園大学部一年で、昨年は高等部にいたのよ。それから、こちらは」

後ろからやって来た女性を手で示してから、柚鈴にも紹介してくれる。


「笹原真美子。私と同じ大学部の一年生。昨年までの高等部では、特進科の首席だったのよ。常葉学園始まって以来の才媛と言われているのよ」

真美子さん、と呼ばれたその人は口元だけで笑ってみせた。

「こんにちは。そう、貴女が志奈の妹になった子なの。ご噂はかねがね」

「初めまして。あの、小鳥遊柚鈴です。噂の妹です…」

もはや何といえば良いのかわからず、ろくな自己紹介が出来なかった。

どんな噂を聞いているのか聞きたいような怖いような。


なんとも気まずい気持ちになりながら、幸の方を見た。本当は紹介した方がいいのだろうけど、言葉が浮かばない

「ごめん、幸。あの自己紹介してもらってもいい?」

幸は気持ちの切り替えをするように目を瞬かせてから、柚鈴を安心させるように軽く笑って頷いた。


「初めまして。小鳥遊柚鈴さんの友人の春野幸です。高等部一年生で文芸部に所属してます。どうぞよろしくお願いします」

そういって深々と頭を下げた友人に心から感謝の気持ちを送る。


ありがとう、幸。本当に不甲斐なくてゴメン。


幸の自己紹介を聞いてから、志奈さんは改めて柚鈴を見た。

思い巡らすように少しだけ沈黙してから、口を開いた。


「そうか、生徒会長だったことももう知られちゃったのね」

呟くと、少し残念そうな表情を浮かべる。柚鈴は頷いて、なるべく淡々と言った。

「先輩からは気に入られていて、後輩からは慕われてて、すごく人気の生徒会長だったんですよね」

「そうね」

特に否定する様子もなく頷いてから、志奈さんはこちらを伺うように見た。


「それで、柚鈴ちゃんはどう思ったの?」

「え?」

「嫌だった?嬉しかった?」

その質問の意図が分からず、柚鈴は困惑してしまう。

「そんなの分かりません。私のことじゃないのに、嫌とか嬉しいとか、そんなことは思いませんし」

「そう」

何かの答えを期待していたように、少し悲しそうに目を伏せた志奈さんに、動揺してまう。


「でも」

だから、何が正しい答えなのか分からないまま、勢いのまま言葉を繋げてしまった。

「でも、なんだかあんまり幸せな高校生活には思えませんでした」

志奈さんは、その言葉に一瞬驚いたような顔を見せた。それから、にっこりと笑った。

「そう」

その笑みに、少し安心しつつ、罪悪感も覚えてしまう。

今日はなんだか、志奈さんに酷いことばかり言ってる気がする。

「…すみません。勝手なこと言って」


「ううん。いいの。そもそもこんな会話を柚鈴ちゃんとしたかったの」

志奈さんはふふっと笑って、柚鈴の頭を撫でた。


ううっ。なんか困る。


居心地が悪い気持ちを抱えながら、大人しくそれを受け入れた。

志奈さんは嬉しそうに目を細めてから、頭から手を離した。


「そうね。一つ言わないといけないと思うのだけど。私にとって高校生活は充実して楽しかったわ。常葉学園で役割を与えられて、それを頑張れて幸せだったと思っている」


背筋をピンと張って、堂々とした様子で、志奈さんは何にも臆する様子はない。

そして、その瞳は深く、柚鈴から逸れる事はない。


「でもね、柚鈴ちゃん。ある面では、柚鈴ちゃんの言う通り、もしかしたら幸せじゃなかったのかしら?なんて思うこともあるの。だから、ある面では柚鈴ちゃんの考えは正解」

「ある面?」

柚鈴が問うと、志奈さんは頷いた。


「私自身が誰かの助言者(メンター)になれなかったことよ」

意外な言葉に、柚鈴は驚いて聞き返した。

「なりたかったんですか?」

「生徒会長になった後にね、そうなってみたかったなって強く思ったの。沢山の誰かの模範じゃなくて、たった一人の助言者(メンター)に」

その答えに、柚鈴は良く志奈さんの気持ちが分からなくて、首をかしげた。

だってこの人は、全校生徒のお姉さまと言われた人だ。

その人が、誰か一人との関係が築けなかったことが、残念だと言うのが分からなかった。


「贅沢ですね」

思わず口にすると、志奈さんは首を傾げた。

「そう?」

「だって志奈さんは、沢山の生徒の理想のお姉さまだったことを『充実してた』と思ったんですよね。その上特別な誰かまで欲しいなんて。贅沢な気がします」

「なるほど」

志奈さんはふふっと笑った。


「なら私は贅沢な上で、最高に幸せ者ね。助言者(メンター)にはなれなかったけど、姉にはなれたもの」

そう言って笑う志奈さんの言葉に、その幸せ者の条件が柚鈴自身と気づいて、目を丸くした。

「姉と助言者(メンター)は同じですか?」

「たった一人の特別な人でしょう?本質は変わらないと思うわ」

「いや、でも。私は大人しく言うことなんて聞きませんよ?」

「それでも、あなたは私の妹でしょう?」

言い返す柚鈴に、志奈さんは全くぶれることなく微笑んだ。


「みんなの理想のお姉さま?憧れの存在?そうね、私は確かにそういった役割を常葉学園で(にな)っていた。友人だって私が完璧な何かだと思っている人が沢山」

滑らかな口調で柔らかく言うと、志奈さんはうっすら笑みを浮かべた。その表情がとても綺麗で妖艶にすら見える。


「別に、それも嫌ではないわ。だって、その立場だから出来たことも過ごせた時間も私の誇りだもの」


そう言ったてから顔を上げてから志奈さんの強い視線を真っ直ぐ柚鈴に向ける。それは柚鈴の言葉を失わせるには十分だった。


「それでも思うの。誰からも愛されるって、本当は誰からも愛されてないことと近いんじゃないか。みんなのお姉さまなんて、結局誰のお姉さまでもないんじゃないかって」

「…よく分かりません」

掠れた声を漏らした柚鈴に、志奈さんは頷いた。


「私も上手く言えない。でも確信してるの。助言者(メンター)制度でペアになった者同士の関係は、なんだかとても近くて深い、他の人たちが立ち入れないものがあったわ。とても羨ましかった。そんな姿を沢山見たから、私もそんな存在が欲しくなってしまったの」


そんな存在。

この流れだと、それはやっぱり柚鈴のことをそう思っているということになる。

柚鈴は思わず、言い返した。


「志奈さんが私を選んで妹にしたわけでもないのにですか?」

「選ばなくても、柚鈴ちゃんは私の妹じゃない」

良く意味が分からない、と言った表情で志奈さんは首を傾げた。


「それに柚鈴ちゃんが妹で、嫌だと思ったことがないわ。だから問題ないでしょう?」

「あ、そ、そうですか」


こ、この人は、恥ずかしい人だ。

天然で悪意がない。

思わず赤くなる柚鈴の気持ちなんて、分からないに違いないのだ。


「それで?」

「はい?」

唐突な志奈さんの質問の意味が分からずに首を傾げる。

それで、とは、なんなんだ。


「それで、柚鈴ちゃんは、どうしてここに来たの?」


どうして、ここに?


はっと我に返って幸を見ると、幸はへらっと笑った。

「しまった」

「まぁ、仕方ないよ。薫のことも大切だけど、柚鈴ちゃんのこの時間も大切だったわけだし」


幸の笑顔に尚更申し訳ない気持ちになった。

あぁ、しまった。


「もしかして、遥さんを追って来ていたんじゃない?」

頭を抱えて反省していると、真美子さんが口を開いた。

志奈さんはキョトンとして、聞き返す。


「あら遥ちゃんも来ているの?」

「この子達の前に歩いて行ってしまったの、見えてなかったの?」

志奈さんが頷くと、真美子さんは、はぁとため息をついた。

柚鈴と目が合うと、軽く唇の端を上げて笑ってみせる。


「柚鈴さんと幸さん、わざわざここに来るくらいだから何かあったのでしょう?どうしたのか教えてくれる?」

その表情はやはりどこか冷たさを感じるのだが、同時に頼りにしたくなるような雰囲気もある。


だから、その言葉に頷いて。

柚鈴と幸は、理由を話し始めた。


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